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サクヤコノハナノミコトは、明らかに私を避けていたし、私も彼女を避けていた。

所詮、私と彼女の住む世界は違う。たまたま彼女を私が助けて、そのことを彼女が勝手に仮に思って、いついているだけなのだ。

そのうち、借りとやらを返して彼女はいなくなる。ならば、関わるだけ無駄ではないか。

そう思うことで、私は無心で剣を振ることができる。

彼女の黒髪に、心乱されることなく。



庭先で話し込むローザと彼女の姿を最近見る。どこか二人とも楽しげだ。

やはり彼女は教養のある人間らしく、私以上に多くの知識を有している。ローザとも話が合うのだろう。

私の持つ知識など、殺すため、闘うための知識。それは普通の人間が必要とするものではない、非人間的なもの。

そんなものしかない私と比べて、彼女はなんて多くのものを持っているのだろうか。

それが羨ましくもあり、妬ましいと思ってしまう。彼女がそれを選んだわけではない。そして、普通の人生に戻る選択肢があったのに、選ばなかったのは私なのだ。彼女を恨むなど、勘違いもいいところだ。

わかっていても、心は理屈で解決できない。

ああ、なんて、面倒くさい。

私の足元にサレナが寄ってきて、尻尾を振っている。灰色の毛は、成長とともに、黒っぽくなって、今では灰色というより、薄い黒色となっている。

私は彼女を撫でる。嬉しそうに舌を出し甘えてくる。

私は静かに戻っていく。やるべきことは、ここにはない。それに、談笑する二人の姿を、それ以上見ていられなかったのかもしれない。



私は一人、夜の街に繰り出していた。

ラウシルンの夜の中に、深紅のフードを被った私は立っていた。

ローザもサクヤコノハナノミコトにも、何も言わずに出てきたのは、私の存在が彼女たちには不要なのではないか、と思ったからだ。いちいち言う必要はない。

結局、私は独りなのだ。どこまで行っても、人は独りでしかない。どれほど人と寄り添おうとも、心は、精神は孤独。寄り添おうとすればするほど、傷つくならば、近づかなければいい。

私の心は渇いていた。この渇きを潤すことができるとしたら、それは罪人の血だ。

私の剣は、心は、血を求めていた。


数日前、奴隷市場から逃げ出した参加者は、未だこの街にいるようだ。

マクシミリアンは、未だローザの拷問にかかっているのだろう。私はその姿を、あの日から見ていなかった。

だが、あんな奴、今はどうでもいい。

この夜の街は、いつも誰かの助けを求める声がしている。無数のその声全てに耳を傾けられるほど、私は超人ではない。それでも、私はすることをするだけだ。

真紅のマフラーが、夜風に揺らされる。私は屋根の上を跳躍し、夜の街を闊歩する。



足元に倒れる男たち。私は刀の血を払うと、その場を立ち去ろうとした。

救おうと思った命は、力なくその場に倒れ、息を止めていた。間に合わなかった。

小さな少女。私の生きた時の半分も、彼女は生きられなかった。

醜い大人の欲望に奪われた命。私は大人への憤りと、自分の至らなさを感じずにはいられなかった。

少女の開かれた眼を閉じて、安らかな眠りを祈った。

「人形風情が、人のまねごとか?」

突如響いた声に、私はすぐさま刀を構え、殺気を放つ。私を襲う、強い悪寒。その悪寒を、私は知っている。その声を、私は知っている。そして、どれほど、どれほど憎く思ったことだろう。

毎夜思い出す悪夢。私を、私たちの運命を変えた、あの悪魔の声を。

闇夜の中から、その人物は現れた。銀色の長髪を一本に結い、濁った血の色の眼が私を見る。

痩せてこけた頬、表情のない顔。そこにいるのに、いないかのような、だが、強力な威圧感を放つ男。

ヒュドラーの指導者にして、長く裏世界を暗躍する、戦神。

「アンドラス・・・・・・・・・・!!」

私は目を見開いて、アンドラスを見る。

私の刀を持つ手は震えて、脚はすくんでしまっていた。

まさか、アンドラスがこのような場所にいるとは思ってもいなかった。

「どうした、私を殺すために、あの女狐の下にいるのだろう?」

アンドラスは薄笑いをして、両手を広げる。腰にある刀は抜いていない。銀色の長髪を靡かせ、隙だらけであった。だが、彼は知っているのだ。それでも、私は彼を殺せないであろうことを。

私の足は動かない、動かせない。

「くそ」

私は呪詛を吐いた。自分が憎たらしい。

なぜ今まで生きてきた?復讐のためだろう?彼女を殺し、私たちを使い捨てたアンドラスたちに復讐するためだ。

覚悟はあったはずだ。だが、身体は言うことを聞かない。

恐怖が、内側から拡散し、私の身体をマヒさせる。

「詰まらんな。少しは使えるものになったかと思ったのだが・・・・・・・」

そう呟くと、銀髪の暗殺者は腰の刀を抜くと、それを揺らしだした。

「どうした、その刀で私を斬らないのか?やらぬなら、私から行くぞ」

そして、銀髪の男は私に向かってくる。

男の速さは、私以上であり、何とかその攻撃を回避できたのも、運が良かったとしか言いようがない。

私は二撃目以降の攻撃を、黙視することなく、ただ勘だけで避けていた。そのため、完全によけきることはできず、徐々に傷を負っていく。

これでも、アンドラスが本気でないことがわかる。アンドラスならば、私など、私が意識するよりも前に、首を斬り落とせるのだから。

彼女を殺した時のように。

「どうした、お前の復讐とやらはそんなものか?」

アンドラスは笑って言った。彼にとって、刀を振ることなど、準備運動にもならないのだろう。私はただ、息をついて、攻撃を回避することに必死だというのに。

「それはそうだろうな。お前はいつだって人形でしかなかったのだから。自分の意思もなく、我らに忠実であり続けたのだから。ほかの子どもたちよりも」

「!」

「あの女はお前に何を吹き込んだ?人間らしさか、感情か?だとしたら、愚かなことだ。お前にはそもそも持つべき感情も人間性もないのだからな。お前は模倣し、ただ命令を繰り返すだけの人形なのだから」

「私は、人形じゃない・・・・・・・・・!」

私は、低い声で反論する。アンドラスは、その血の色の瞳で私を見る。

「お前は人形だ。どれほど人間のまねをしようとも。だから、お前が受け入れられるわけがない。お前は人形。お前は歯車。我ら、ヒュドラーという偉大なる竜の一部に過ぎないのだ」

「お前の言っていることなど、信じない」

私はそう言い、アンドラスの言葉を、外へと押し出そうとする。だが、私の中でアンドラスの言葉は反駁し続ける。

今の私は、ローザの生き方を模倣しただけなのかもしれない。そこに「私」という存在はなく、ただ彼女の影があるだけ。

私は「何者」にもなれない。ただ役割を与えられ、演じるだけの「人形」。

そうやって、生き続けてきた。

誰よりも、組織の命令に忠実であり、絶対的であった。そうすることが、一番楽であったから。

殺して、殺して、殺して、殺した。ただ、彼らの言うとおりに。

私の行動に、私の意思などない。あるのは「命令プログラム」だけ。意志は、ない。

私の手から刀が滑り落ちる。そして、私は両膝を地につき、アンドラスに許しを請うように、手をついた。

「そうだ、そうして人形らしくいれば、今まで通り生かしておいてやろう。我らヒュドラーの大願のために」

そう言い、アンドラスは刀を戻した。

「お前は、ほかの使えなかったものとは違い期待しているのだぞ。命令さえ聞くことのできない、価値のない人形などより、な」


そう言い、アンドラスは、まるで彼らの死をどうとも思っていない無表情で言い放った。



無価値。こいつはそう言ったか?

私の中で、何かはそう言った。怒りの声、強い憤怒。憎悪。

ざわり、と背筋に何かが奔る。だがそれは悪寒ではない。もっと、恐ろしいものであった。


『ねえ、いつか』

遠い記憶の中で、私は彼女や仲間たちと夜の星を見ていた。私の隣で、夜空のような髪を揺らして、彼女は囁きかけた。

『いつか、私たち、自由になれるかな』

私は、静かに頷く。それが、嘘だと、わかっていたのに。

彼女は笑った。

『そうだよね、そうじゃなきゃ、私たちが生まれた意味なんか、無くなっちゃうもんね』

寂しげに笑って彼女は星を見た。

『もし、私が先に死んでも、あなただけは、私を覚えていてね』

そう言い、彼女の手が私の手を握る。私は、何も答えられなかったが、強く握り返した。

その瞬間、星空の海を、閃光がよぎった。

『流れ星・・・・・・・』

彼女はそう言った。

『意味がないなんて、言わせない』

『え?』

『価値がないなんて、言わせない。私たちは、確かに生きている。人形じゃない』

私はそう言い、星の海を睨んだ。

神が、世界が私たちの生きる意味を認めないなら、認めさせてやろう。

私たちの生きる意味を、絶対に。



「お前が・・・・・・・・・・・うな」

「?」

アンドラスが私を見る。何か言ったか、と彼の目が私を見る。

「お前が、彼女たちの命の意味を、知った風に言うな!!」

私は落ちていた刀を拾い、アンドラスへと向かっていく。

アンドラスは、表情を変えることなく、刀を抜くと、私の攻撃を受け止める。

私は刀を捨てると、懐から取り出した苦無を投げつけ、両袖から抜き出した短剣で、斬撃の雨を降らせる。

「なんだ、人形風情がこの期に及んで私に刃向う気か?」

アンドラスは、苦も無く私の攻撃を避ける。彼の髪の毛一本すら、触れることはできない。

それでも、私は攻撃の手を緩めない。私は私のため、そして、死んでいった仲間のために、認めるわけにはいかないのだ。

彼らの命が無駄であったなどとは。

圧倒的な体格差のある相手。リーチの短い武器では、あたりはしない。

武器が弾き飛ばされる。だが、それに執着はしない。武器ならある。そこらかしこに。

私は武器を捨て次の武器で切りかかる。

「何がお前をそうまでさせる?理解できないな」

アンドラスはそう言う。無表情で、何の色もうつさない瞳で私を見る。

「私は決して屈しない。お前にだけは、絶対に」

「人形風情が、我らに刃向うか?」

アンドラスはそう言って、刀を一閃させ、私の服を切り裂き、中にあった武器をすべて破壊した。

私は落ちていた刀に手を伸ばす。そこに、アンドラスは無慈悲に刀を突き立てる。

私の右手の甲を、アンドラスの刀が貫く。骨が断たれ、肉が斬られ、血が大地を濡らす。

痛みに呻きながらも、私はなおも反抗の意思を隠さずに、アンドラスを見た。

「私は、人形なんかじゃない・・・・・・・・・・!!」

「ならば、お前はなんだ?」

銀髪の男が問う。

私は何か、それに対する答えが、私にあるのだろうか?何者にも慣れない私に。模倣し続ける私に。

『復讐を』

忙しなく、ただただ怨念のように、同じ言葉をそれは繰り返す。

そうだ、簡単なことじゃないか。私が何者かだって?決まっている。

彼女と出会った時から、私は・・・・・・・・・・・・・

「私は『VENGEANCE』だ!!」

そして、私は突き立てられた手を、動かしその呪縛から逃れる。右手はもう、使い物にならない状態だ。手は血まみれで、ちぎれてしまいそうだった。

だが、アンドラスは初めてその顔を動かした。私の行動が予想外だったのか、動くことができなかった。

私の左手の刀は、ようやく動いたアンドラスの痩せこけた頬に、一筋の切り傷をつけた。

「・・・・・・・・・・・・・!!」

アンドラスの驚愕の表情。

見たか、クソッタレ。

私は心の中で毒づく。そんな私を、アンドラスが蹴り上げる。

骨が砕ける。吹き飛ばされた私は、立ち上がろうとしても、できないほどであった。

それでも、私は決して、アンドラスに屈しはしない。

「なんという、なんという愚かな」

アンドラスはそう言い、私を見る。冷たい瞳。

「黙って従っていれば、我らの秩序の下で過ごせるというのに」

アンドラスの血に染まった刀が、私の首の上に閃く。

「いいだろう、それほど死にたいのなら、冥土に送ってやろう。役立たずどものいる、な」

「言ってろ、くそ野郎」

私は嗤って毒づいた。アンドラスの顔は、憤怒に溢れた。

この男でも、こんな顔をするのか。

ザマァ見ろ。

そして、私は目を閉じる。

ごめん、皆。私は死ぬようだ。でも、私は奴に傷を負わせた。決して忘れることのできない傷を。これで、私たちの生きた意味、刻めたよね?

そして、ローザ。あなたがいなければ、私がこういうふうにアンドラスに傷もつけられずに、ただあの砂漠で死んでいただろう。ありがとう。

サレナと、我儘お嬢様を、よろしく。



そして、アンドラスの刀は無慈悲に私に振り下ろされた。

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