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屋敷に帰った私たちをサレナが出迎える。見慣れぬ人物を気にもせずに、私に一直線に向かってくる。

血に塗れた私の腕に飛び込む灰色の仔犬に、私の心は穏やかになる。

私はふと、後ろの少女を見る。簡素な服に身を包んだ、長髪の東方人。しかし、彼女の神秘的な魅力や素質は服装程度で変わることはない。

「さて、では入ろうか」

ローザはそう言い、少女に中に入るように促す。少女は迷いなき瞳でただうなずき、中へと入っていく。


「まず、お助けいただきありがとうございます」

少女は凛とした声でそう言い、頭を下げた。ローザはソファに背を任せて気楽にしているのに、少女はまっすぐに背を伸ばしていた。礼儀やマナーを曲げることが嫌いなようだった。私はローザの後ろに立っていた。

「我々の民がどうなったのか、ご存じで?」

少女は不安そうな色を浮かべてそう聞いた。

「多少の金と武器、食料は渡せた。助かるかどうかは彼らの運次第だ」

「そうですか・・・・・・・」

「あなたも、帰りたいなら帰るといい。必要な用意はこちらで受け持つ」

ローザはそう何でもないように言った。実際、彼女にとってはどうということもないことなのだろう。

どこから来るのか、彼女は把握しきれない金を持っているのだから。

「いえ、それはいいのです」

「ほう、なぜ?」

私はてっきり彼女がそのまま帰るものと思っていたから驚いた。私とローザの疑問の目を見て、少女は口を開いた。

「我らの国では、命もしくはそれに近いものの借りを返すことは当然のこととみなされています。あなた方には、我らの民と、私の純潔を守っていただいた。故に、私はあなた方に借り、恩義があるのです。それを返すことができるまで、私は帰ることはできません」

「別に、私もヴェンティも気にはしないぞ?」

ローザは笑って言うが、少女は真剣な目で彼女と私を見る。

「私とて、東方の神国、カグラツチの巫女の家系に連なるもの。そのような恥知らずではありません」

少女はそう言った。私は嘆息する。彼女は自分の意思を曲げるつもりはないらしい。そう言う教育を受けてきたのだろう。

これにはローザもお手上げ、という風に肩を竦めた。

「わかった。なら好きなだけここにいるといい。必要なものがあれば、私が用意する」

そう言うと、少女は深く頭を下げた。

「このサクヤコノハナノミコト、恩義を返し終わるまでお世話になります」

そう言い、少女は顔を上げた。

花のように凛としたその表情は、美しかった。



サクヤコノハナノミコトが来て数日が経った。

彼女は当初、ローザに代わって屋敷の掃除や庭の手入れをやろうとしたようだが、あまりにローザが完璧すぎるため断念していた。もともと、そう言うことをしたことのない高貴な生まれなのか、容量も悪かった。とはいえ、やる気だけはちゃんとあるようであった。

結局、彼女は暇を持て余すことになってしまった。屋敷にある膨大な書籍もほとんどが彼女には読めないものであった。話すことはできても、読むことは苦手のようだった。

そんな彼女は庭の薔薇や屋敷の周囲の草木を見ていた。

そして、その場に座り込み、何時間もその場を動かずにいた。

私は剣を振りながらそれを見ていた。


日が暮れて、夜の帳が訪れようとした頃には、流石に彼女は屋敷の中に戻っていた。

私は迎えに来たサレナとともに、屋敷の中へと入っていく。




翌日も、早くから彼女はそこにいた。私は彼女の横を過ぎて、日課を始めようとした。そんな私に彼女は声をかけてきた。

「ねえ」

私はその声が私に向けられたものとすぐには認識できずに、少し遅れて振り返る。

漆黒の髪の少女は、茶色の深い瞳で私を見上げている。

「なんだ?」

「どうして毎日、あなたは剣を振るの?」

質問の意味が分からず、私は彼女を見つめ返す。その黒い髪が、彼女に重なる。

「あなたは見たところ、私と同い年くらいでしょう?少し背は低いけれど」

「さあ、わからない」

正確な年齢など知らないからそうとしか答えられなかった。目の前の少女は16歳ほどだろう。こちらでは成人だが、東方ではまだ未成年なのだそうだ。

「あなたのような子供が、なぜ、人を殺す術を学んでいるの?」

少女は責めるような、疑問を抱いた声で聞いてくる。

私は手の中の剣を見る。幼い日から、剣は私であり、殺しの術は私のすべてであった。

初めて人を殺したのは何時だったか、物心ついた時には、両手は血に塗れていた。

無慈悲に、目の前にいる犬を殺したこともあった。

弱り果て、死を待つだけの犬を、殺すように命令するアンドラス。

そして、いらないものを始末するように、子どもを殺すアンドラス。

組織の大人の手で、私は殺人のための兵器となっていった。

組織に捨てられた時、「殺す術」は意味を成さなくなった。

今の私はなんなのだろうか。

私は、彼女の答えに出せるものがない。私は沈黙した。

彼女は私を見る。

「あなたも、あのローザという人も、人を平気で殺せる人間のように見える。助けられた身ではあるけれど、私には理解できない」

「・・・・・・あなたの国では、争いはないのか?」

私は彼女に向けて言った。

「私の国では、剣は殺しの技術ではなく、心の鍛錬のためのもの。もちろん、外敵が来たならば闘うけれど、私たちは血の穢れを嫌う」

そう言う彼女の住む国とは、まるで物語の理想郷のようだ。だが、そんなもの、この世界に存在しない。

「それは、あなたがあなたの住む世界を知らないだけ」

「!」

彼女は怒ったような顔をする。

「人間の歴史は戦いの歴史。私たちが私たちである限り、それは避けられない」

「だから、あなたは殺すための力を磨き続けるの?」

「違う」

私ははっきりと言った。

「私の力は殺すための力ではない。殺すだけの、ただの空虚だったころの私は死んだ。今の私は、『復讐者』」

私は剣を見る。

明確な理由がなかったあの頃とは違う。私には、理由がある。戦う理由も、剣を振る理由も。

死んだあの子や、仲間たち。そして、組織に脅かされる人々。彼らの無念を晴らし、救うために、私の力が必要とされるならば。

私は、修羅にだってなれるだろう。

「理解できないわ」

少女はそう言うと、たってどこかへといってしまった。

別にそれでもいいと思った。分かり合えるとは思ってはいなかった。誰とでもわかりあうなんて、不可能なんだから。

それでも、私はどこか寂しいと感じていた。

黒髪の少女が、私を拒絶した。それが、親友が私を拒絶したように錯覚させてしまうから。

私は弱くなった。ローザと出会い、人間として心を得てから。

それでも、私は剣を振ることを辞めない。

この胸の内で叫ぶ、復讐の声が止むその時まで。



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