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「誰かを殺したい、憎たらしいと思ったことが、ローザにはある?」

そう質問したのは、彼女と出会ってすぐのことだった。

その質問に、彼女は明確な答えを出さなかったが、一言「ある」と言った。

そして、そのまま沈黙して、しばらくたってから再び言った。

「今でも、その激情は私の中にある。おそらく、この命尽きる時まで」

そう言った時の彼女の顔はあまりにも無表情で、遠くを見つめていた。



ローザは自身のことについて全く語ろうとはしない。

だが、ある程度のことは私でもわかる。いつかラウシルン領主やテラーという名の襲撃者の言葉から、彼女が名の知れた存在であり、多くの敵と戦ってきたであろうことは。少なくとも十年以上の時を。

彼女の出身地は、ここからはるか遠くの異国、たぶん西方なのだろう。

一体彼女がなぜこのような土地に来たのか、わからない。

彼女の胸の内の激情を、私はうかがい知ることはできない。

人には知られたくないことがある。それでも、知りたいと思うのだ。何故なら彼女は私の家族なのだから。

深紅の髪の貴婦人の背中は、未だはるか遠くにある。私はただ、その背を見つめて、追いかけるだけだった。




私とローザは屋敷を後にして、ヒュドラーと関係すると思われる奴隷商のところに来ていた。

ラウシルンよりわずかに離れた場所にあるキャンプ。そこで、違法な奴隷取引の市が開かれているのだ。

ローザ曰く、長年目星はついていたが、諸事情で屋敷を開けられずにいたのだが、運よくここで開かれるという情報を掴んだのだ。

私はサレナに屋敷の留守を任せて、ラウシルンの街でローザとともに潜入の準備をする。

ヒュドラーのアジトの情報を掴むためには、関係者を当たらなければならない。かつて私のいた場所は、すでにもぬけの殻であり、数あるアジトの一つでしかなかったようだ。

アンドラスら幹部が根城とする場所はおそらく別にある、とローザは確信していた。

奴隷商は末端の人間だが、確かに組織とつながっており、長く関係を持っているという。私のような子供や女性を組織に売り払うのだという。

ローザは奴隷商というものを毛嫌いしていた。強姦魔や、女子供を虐げる者を、彼女は憎んだ。

ここ数か月の間で、それは嫌というほどによくわかっていた。

どんな小さな悪でさえ、彼女は見逃さない。そして、復讐をする。力なきものに代わって。


私はみすぼらしい布の衣服を着せられた。ひざ丈までのズボンと、腕をすっぽり覆う位の布の服。そして、髪は薄汚れた金髪に染められていた。

一方の彼女はきらびやかな貴金属と、蒼いドレスに身を包んでいた。肌の色は浅黒く、髪は金髪になっていた。顔かたちも、普段とは違う。やや頬はふっくらとして、裕福な貴族の夫人、といった感じを受ける。体つきも、いつものようにしなやかではなく、どこか無駄な肉がついている、という感じを受ける。

「ローザ、どうやってそんな風に?」

私は聞いた。彼女は仕草も雰囲気も変わっていただけでなく、声質まで変わっていた。

「念には念を入れておかないといけないわ、アンドラスのような男たちがいないとも限らないからね」

そういい、彼女は私を見る。

「あなたは金持ちの夫人の小間使いの奴隷。普段はフードで顔を隠し、私の後ろにいる。そう言う設定。わかった?」

こくんと私は頷く。

「それじゃあ行くわよ」




夜の漆黒の中で、ひときわ明るい開けた場所にそれはあった。

夜中だというのに、人は多く、賑わっていた。

「すごい人ねぇ」

ローザはそう呟く。すると、近くにいた恰幅のいい裕福そうな男がにやにや笑ってローザを見る。

「マダム、この奴隷市は初めてで?」

「ええ、そうですの。本当は何時も夫が参加しているんですがねぇ」

そう言い、扇子で仰ぐローザ。そして私に向かって言う。

「おい、はぐれるんじゃないよ!」

「・・・・・・・は、い」

私は掠れた声で答える。もちろん、ふりである。見ると、男の後ろにも似たような小間使いがいる。

褐色の肌でまだ十歳を過ぎたころだろう。珍しくはない。男娼として使われる奴隷も、少なくはない。

「今回は、東方の民が多く出品されるのだとか。あそこの女性は我らとはまた違う人種で、交流も少ない。ぜひとも一人は連れて帰りたいものです」

「ええ、そうですわねえ。お互いに頑張りましょうねえ」

そう言い、にこやかに言ってローザは人ごみを歩き出す。

周囲は似たような、下衆たちばかり。見るからに奴隷である者たちを引き連れていた。

吐き気がする。今すぐに、彼らを解き放ち、下衆どもを殺してやりたい。

そんな私を戒めるようにローザは私を見る。まだ早いと、その目は語っていた。

微かに怒りを滲ませていた。

私だけではないのだ、憤りを感じているのは。

私は自制する。

事前に聞いた情報では、この催しは非公式なものだが、多くの国や地方は黙認している。なぜなら彼らにも恩恵があるから。西方では奴隷制は廃止されてきているらしいが、この周辺は未だその兆候は見られない。ヒュドラーという組織が裏で手を引いていることも深く関係しているのだろう。

私は周囲を見る。かつて組織にいた時、目にしたことがある顔があった。国の要職に就く者や、名の知れた貴族や商人。私たちに依頼を出したことのある者もいる。

未だ姿は見ていないが、ヒュドラーのものがいてもおかしくはない。



ローザと私は足を止める。そこでは、熱狂する人の波があり、その奥には、木製の舞台と幕があった。

そこが、奴隷市の舞台なのだろう。今か今かと、群れる人々は騒いでいる。

「あれよ」

そう言い、ローザの視線をたどる。その先にいたのは、笑みを浮かべている中年の、頬がこけた男がいた。

奴隷市の主催者、マクシミリアン。さる貿易商の息子で、父亡き後商会を引き継ぎ、商売を拡大させ、若くして成功を収めた。奴隷取引によって。

奴隷取引は違法ではない。だから、奴のようなクズものさばる。

近くには大きな馬車が止まっている。中には、先ほどの東方の奴隷が入っているのだろう。

「大きな戦争があって、東方民が多くとらえられたそうだからねえ」

「あらまあ、野蛮なこと!」

「でも東方民は変わった習慣があるそうだからねえ。それに、神秘的な黒髪だからねえ。ここいらにいる黒髪とはまた違った質感らしい」

聞こえてくる会話に耳を傾ける。

黒髪と聞いて思い出すのは、死んだ親友のことだった。

思えば、彼女も東方民だったのかもしれない。今回のように、連れてこられた奴隷の子どもだったのかもしれない。

私は強く拳を握った。

その時、声が不自然に止んだ。舞台にマクシミリアンが立ったからだ。

彼は満足そうに観衆を見ると、お辞儀をしていった。

「それでは、皆様。お待たせいたしました。奴隷市を開催します。今回もとっておきを多数ご用意しておりますので、お楽しみください」

ニヤリと笑い、マクシミリアンは礼をして舞台を降りる。

周囲がまた一気に騒がしくなる。

「はじまったわね」

ローザはそう呟いた。

「私たちは何時動くの?」

「マクシミリアンが一人になるのを待つ」

ローザはそう言った。

「周りに人が多すぎる。殺すだけなら別にいいけど、私たちの目的は殺害ではない」

私は黙って彼女を見る。

奴隷の売買は早速開始されたようだ。

幕が上がり、屈強な男の奴隷が数人連れてこられる。

マクシミリアンの紹介と、奴隷を競り落とさんとする下衆どもの声が、私の脳裏に響いた。

胸糞が悪くて、私は心を閉じて、目の前の光景を無表情に見る。

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