↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/1

lesson1 センニチコウのリース

「可愛い……」


 休日のぶらり散歩。何となく足の向いた通りで見つけた、小さな花屋さん。


 店先に飾られたドライフラワーのリースに一目惚れした。


 ピンクのコロンとした丸い花。なんていう名だろう。それとも実かな。


『フラワーアレンジメント教室 始めました』


 ガラス窓に貼られた案内に目が止まった。


「へえ。自分で作れるんだ」


 作品例の一番下に『ブーケ』まである。


 一度は夢見たブーケだが、自分のためだけに作るのも悪くない。


 二十六歳の誕生日を目前に失恋したばかりだというのに、自分でも呆れるほどのんきだ。まあ現実逃避ってやつだな。


「あれも可愛い……」


 店の一角にアレンジメントが並ぶ。バラ、ガーベラ、カーネーション、かすみ草。それくらいしか花の名はわからなかった。お仏壇用のアレンジメントまで置いてあった。


「鉢物はすぐ枯らしちゃうからな」


 ホームセンターの園芸コーナーで鉢を手に取っては諦めていた。切り花もすぐに水換えを忘れてしまう。


 花に誘われるように、気づくと奥までふらふらと入り込んでいた。


「いらっしゃいませ」


 花束を作っていた男性店員さんは、黒いエプロンに白いTシャツ。物腰が柔らかくて、話しやすそうだった。


「あの。表のリースって初心者でも作れますか?」


「初めてでも一時間ほどで出来ますよ」


 時間ならある。


「あれだとお値段は?」


「あのセンニチコウは……」


 初めて聞く花の名前だった。それに手頃な値段で作れると聞いて、ますますやりたくなった。


 今ならすぐに作れるという。


「お願いしたいです」


「はい。では準備しますね」


 傷だらけの大きな作業テーブルの上に新聞紙が敷かれ、リースと花たちが並べられた。


「田中と言います。お名前、伺ってもいいですか?」


「秋野風鈴(フウリ)です。よろしくお願いします」


 秋だか夏だかわからない名だと言われるが、自分では気に入っている。


「センニチコウは赤とピンクのどちらの色にしますか? 混ぜてもいいですよ」


「表のと一緒で、ピンクだけがいいです」


 可愛いなんて歳じゃないけど、誰に見せるわけじゃない。


「これは猫じゃらしですか?」


「似てますがこれはラグラス。アレンジによく使われます」


「ふさふさして可愛い」


 うさぎのしっぽみたいな丸い穂。指の腹でなでてみた。少しくすんだピンクがとてもいい。


 そしてもうひとつ気になっていたのは、オレガノだった。先がほんのわずかピンクがかった薄緑色。小さな花がなんとも言えず可愛い。


「今日はこの三種類を使っていきます」


 田中さんがリースの周りに並べてくれた。


「こんな感じになります」


「はい。これでお願いします」


「最初にリースの上を決めましょうか」


 カールした蔓がところどころ飛び出ていて、ほんのわずかだが楕円。くるくると回してみる。


「ここかな。どうでしょうか」


「いいですよ。目印にリボンを仮に付けておきましょう」


 渡されたのは、両端にワイヤーの入った緑のリボン。


 田中さんを真似て、端を巻いたリボンを左指でぎゅっと押さえ、上下に輪を作る。押さえた箇所を中心に寄せてワイヤーを通し、後ろでしっかりねじる。


 これは難しかった。この先大丈夫かしら……。


「花を挿しやすく、準備していきます」


 田中さんがセンニチコウを手に取り、茎を三センチほど残して切った。


「ステムはこんな風に斜めにカットします」


「ステム?」


「茎ですね」


 なんだかプロっぽい!


 ちょきんと切るだけなのに心が弾んだ。


「フローラルテープでまとめて、グルーガンで貼り付けています。やり方は色々あるんですが、僕はなるべく簡単なやり方にしてます」


 講師によって多少違いはあるみたいだが、少しでも簡単な方がありがたい。私はとてつもなく不器用。母にも元彼にもよく呆れられた。お裁縫なんて壊滅的で、ボタンつけすら怪しい。


 田中さんがセンニチコウを三本まとめて、あっという間にくるくるとテープを巻き付けていく。


「テープは少し引っ張りながら巻いてください。切る時はハサミがべたつくので、ちぎってくださいね」


 ギザギザの切り口にはちょっと慣れない。


「あれっ」


「ゆっくりで大丈夫ですよ」


 花がポロリととれてしまった。


「大変! どうしよう」


「大丈夫ですよ。あとでグルーでつけましょう」


 束が八つ出来る頃には、なんとかテープを巻けるようになった。


「ステムにグルーを少し垂らして、熱いうちに刺していきます」


 いよいよリースに花を刺していく。このあたりかなと一度刺して、抜いた。


 グルーガンのレバーを引くと、どろりとした樹脂が出てきた。


「グルーは熱いですから気を付けてくださいね」


「はい」


 リボンの根元を起点に、時計回りにオレガノ、センニチコウをリースの枝に植え込むように貼り付けた。三時のあたりでなんとなく形ができてきたのが嬉しくなって、つい夢中になる。


「あちっ!」


 グルーに触ってしまった。グルーを使えばすぐにくっつくが、あちこちに蜘蛛の糸のように残ってしまった。やっぱり不器用……。


 田中さんが「気にしないで」とグルーの糸をささっと取り除いてくれた。


「みなさん同じですよ。じっくり見られたら、僕のにもほらね」


「ほんとだ」


 まさかと思ったが、見本の裏に白濁したグルーの痕があった。


 全体に花が埋まったところで、ところどころにラグラスとセンニチコウの葉を足していく。


 センニチコウの葉はドライ加工されて縮んでいる。捨ててしまうのかと思ったが、その縮みがほどよかった。


 一度全体を見て貰うと、田中さんはうんうんとうなずいてくれた。そして「ここに足してみたらどうかな」とオレガノを添えてくれた。


 ほんのわずか足すだけなのにボリューム感が違う。


「リボンをしっかり止めて、後ろにワイヤーでフックをつけましょう」


 一時間と三十分。あっという間だった。


「完成ですね」


 田中さんが壁に掛けてくれた。


「どうでしょうか……」


「上手に可愛く出来てますよ。初めての方って、お行儀良くきっちり並べることが多いんですけど……」


 私のラグラスはぴょんとリースから飛び出していた。


「僕はこんな感じ好きです」


「ありがとうございます」


 褒めて貰ったのが、くすぐったいくらいに嬉しかった。


 それに田中さんは決して急かさない。どこかほっとした。


「続けたいです。入会費とかありますか?」


「店頭販売の価格だけで、入会費もレッスン料もいただいてないです。作れるものはその日の在庫次第になりますが」


「それも楽しみですね。できれば月に一、二回通いたいです」


 割り勘にしていたデート代が浮いた分を回そう。それに花は残る。


「ご予算に応じて花材は変更できますから、遠慮なく仰ってください」


 それは助かる。急な物要りの月だってある。代わりにボーナスが出たら奮発しちゃおう。


 習い事など小学生以来だ。家からも職場からも近い。


「来店の時は先に連絡ください。この店、僕一人なんです」


 田中生花店。


 お店の名刺は手触りの良いすき和紙。ご褒美を貰ったみたいで、大事にお財布にしまった。


 田中さんは店主さんだった。仕入れから配達までこなしているという。


「今日はありがとうございました」


「ではまたお待ちしてますね」


 マチの広い紙袋に、リースを丁寧に入れてもらった。


 帰りは自転車を漕がずに押して帰った。信号で止まるたび、紙袋の中を覗きこむ。


 こんな心地よい達成感は、久しく味わっていなかった。


 家に着くと、着替えもしないで、どこに飾ろうか思案する。


「やっぱり玄関だな」


 下駄箱の上のカレンダーを外して飾ると、一人暮らしのワンルームにぱっと花が咲いた。


「やっぱり、可愛い!」


 今日からこのリースが出迎えてくれる。


「次はどんなの作れるのかな」


 私はずっとリースを眺めていた。

本日の主な花材 ドライフラワー

センニチコウ(ライラック)、ラグラス(ピンクグレープ)、オレガノケントビューティー 


今回はひげづるリースがおすすめです。大きさはお好みで。


※毎月第1、第3木曜日。21時頃に更新予定です。


※今回の作品は実際に作ってみました。写真をXに載せています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。