lesson1 センニチコウのリース
「可愛い……」
休日のぶらり散歩。何となく足の向いた通りで見つけた、小さな花屋さん。
店先に飾られたドライフラワーのリースに一目惚れした。
ピンクのコロンとした丸い花。なんていう名だろう。それとも実かな。
『フラワーアレンジメント教室 始めました』
ガラス窓に貼られた案内に目が止まった。
「へえ。自分で作れるんだ」
作品例の一番下に『ブーケ』まである。
一度は夢見たブーケだが、自分のためだけに作るのも悪くない。
二十六歳の誕生日を目前に失恋したばかりだというのに、自分でも呆れるほどのんきだ。まあ現実逃避ってやつだな。
「あれも可愛い……」
店の一角にアレンジメントが並ぶ。バラ、ガーベラ、カーネーション、かすみ草。それくらいしか花の名はわからなかった。お仏壇用のアレンジメントまで置いてあった。
「鉢物はすぐ枯らしちゃうからな」
ホームセンターの園芸コーナーで鉢を手に取っては諦めていた。切り花もすぐに水換えを忘れてしまう。
花に誘われるように、気づくと奥までふらふらと入り込んでいた。
「いらっしゃいませ」
花束を作っていた男性店員さんは、黒いエプロンに白いTシャツ。物腰が柔らかくて、話しやすそうだった。
「あの。表のリースって初心者でも作れますか?」
「初めてでも一時間ほどで出来ますよ」
時間ならある。
「あれだとお値段は?」
「あのセンニチコウは……」
初めて聞く花の名前だった。それに手頃な値段で作れると聞いて、ますますやりたくなった。
今ならすぐに作れるという。
「お願いしたいです」
「はい。では準備しますね」
傷だらけの大きな作業テーブルの上に新聞紙が敷かれ、リースと花たちが並べられた。
「田中と言います。お名前、伺ってもいいですか?」
「秋野風鈴です。よろしくお願いします」
秋だか夏だかわからない名だと言われるが、自分では気に入っている。
「センニチコウは赤とピンクのどちらの色にしますか? 混ぜてもいいですよ」
「表のと一緒で、ピンクだけがいいです」
可愛いなんて歳じゃないけど、誰に見せるわけじゃない。
「これは猫じゃらしですか?」
「似てますがこれはラグラス。アレンジによく使われます」
「ふさふさして可愛い」
うさぎのしっぽみたいな丸い穂。指の腹でなでてみた。少しくすんだピンクがとてもいい。
そしてもうひとつ気になっていたのは、オレガノだった。先がほんのわずかピンクがかった薄緑色。小さな花がなんとも言えず可愛い。
「今日はこの三種類を使っていきます」
田中さんがリースの周りに並べてくれた。
「こんな感じになります」
「はい。これでお願いします」
「最初にリースの上を決めましょうか」
カールした蔓がところどころ飛び出ていて、ほんのわずかだが楕円。くるくると回してみる。
「ここかな。どうでしょうか」
「いいですよ。目印にリボンを仮に付けておきましょう」
渡されたのは、両端にワイヤーの入った緑のリボン。
田中さんを真似て、端を巻いたリボンを左指でぎゅっと押さえ、上下に輪を作る。押さえた箇所を中心に寄せてワイヤーを通し、後ろでしっかりねじる。
これは難しかった。この先大丈夫かしら……。
「花を挿しやすく、準備していきます」
田中さんがセンニチコウを手に取り、茎を三センチほど残して切った。
「ステムはこんな風に斜めにカットします」
「ステム?」
「茎ですね」
なんだかプロっぽい!
ちょきんと切るだけなのに心が弾んだ。
「フローラルテープでまとめて、グルーガンで貼り付けています。やり方は色々あるんですが、僕はなるべく簡単なやり方にしてます」
講師によって多少違いはあるみたいだが、少しでも簡単な方がありがたい。私はとてつもなく不器用。母にも元彼にもよく呆れられた。お裁縫なんて壊滅的で、ボタンつけすら怪しい。
田中さんがセンニチコウを三本まとめて、あっという間にくるくるとテープを巻き付けていく。
「テープは少し引っ張りながら巻いてください。切る時はハサミがべたつくので、ちぎってくださいね」
ギザギザの切り口にはちょっと慣れない。
「あれっ」
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
花がポロリととれてしまった。
「大変! どうしよう」
「大丈夫ですよ。あとでグルーでつけましょう」
束が八つ出来る頃には、なんとかテープを巻けるようになった。
「ステムにグルーを少し垂らして、熱いうちに刺していきます」
いよいよリースに花を刺していく。このあたりかなと一度刺して、抜いた。
グルーガンのレバーを引くと、どろりとした樹脂が出てきた。
「グルーは熱いですから気を付けてくださいね」
「はい」
リボンの根元を起点に、時計回りにオレガノ、センニチコウをリースの枝に植え込むように貼り付けた。三時のあたりでなんとなく形ができてきたのが嬉しくなって、つい夢中になる。
「あちっ!」
グルーに触ってしまった。グルーを使えばすぐにくっつくが、あちこちに蜘蛛の糸のように残ってしまった。やっぱり不器用……。
田中さんが「気にしないで」とグルーの糸をささっと取り除いてくれた。
「みなさん同じですよ。じっくり見られたら、僕のにもほらね」
「ほんとだ」
まさかと思ったが、見本の裏に白濁したグルーの痕があった。
全体に花が埋まったところで、ところどころにラグラスとセンニチコウの葉を足していく。
センニチコウの葉はドライ加工されて縮んでいる。捨ててしまうのかと思ったが、その縮みがほどよかった。
一度全体を見て貰うと、田中さんはうんうんとうなずいてくれた。そして「ここに足してみたらどうかな」とオレガノを添えてくれた。
ほんのわずか足すだけなのにボリューム感が違う。
「リボンをしっかり止めて、後ろにワイヤーでフックをつけましょう」
一時間と三十分。あっという間だった。
「完成ですね」
田中さんが壁に掛けてくれた。
「どうでしょうか……」
「上手に可愛く出来てますよ。初めての方って、お行儀良くきっちり並べることが多いんですけど……」
私のラグラスはぴょんとリースから飛び出していた。
「僕はこんな感じ好きです」
「ありがとうございます」
褒めて貰ったのが、くすぐったいくらいに嬉しかった。
それに田中さんは決して急かさない。どこかほっとした。
「続けたいです。入会費とかありますか?」
「店頭販売の価格だけで、入会費もレッスン料もいただいてないです。作れるものはその日の在庫次第になりますが」
「それも楽しみですね。できれば月に一、二回通いたいです」
割り勘にしていたデート代が浮いた分を回そう。それに花は残る。
「ご予算に応じて花材は変更できますから、遠慮なく仰ってください」
それは助かる。急な物要りの月だってある。代わりにボーナスが出たら奮発しちゃおう。
習い事など小学生以来だ。家からも職場からも近い。
「来店の時は先に連絡ください。この店、僕一人なんです」
田中生花店。
お店の名刺は手触りの良いすき和紙。ご褒美を貰ったみたいで、大事にお財布にしまった。
田中さんは店主さんだった。仕入れから配達までこなしているという。
「今日はありがとうございました」
「ではまたお待ちしてますね」
マチの広い紙袋に、リースを丁寧に入れてもらった。
帰りは自転車を漕がずに押して帰った。信号で止まるたび、紙袋の中を覗きこむ。
こんな心地よい達成感は、久しく味わっていなかった。
家に着くと、着替えもしないで、どこに飾ろうか思案する。
「やっぱり玄関だな」
下駄箱の上のカレンダーを外して飾ると、一人暮らしのワンルームにぱっと花が咲いた。
「やっぱり、可愛い!」
今日からこのリースが出迎えてくれる。
「次はどんなの作れるのかな」
私はずっとリースを眺めていた。
本日の主な花材 ドライフラワー
センニチコウ(ライラック)、ラグラス(ピンクグレープ)、オレガノケントビューティー
今回はひげづるリースがおすすめです。大きさはお好みで。
※毎月第1、第3木曜日。21時頃に更新予定です。
※今回の作品は実際に作ってみました。写真をXに載せています。




