表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

転生幼女殿下の幸せ家族計画~冷遇するなら離婚してください、おかあさまと!~

掲載日:2026/03/01

 ある朝、とうとうアネットは吠えた。

 この世の理不尽というものに、ほとほと絶望しきったからである。


「民法第752条! 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならないっ!」


 それは、この世界には存在しない法律の一節で、この世界にその言語を解する者がいない以上、誰にも聞き咎められることはなかった。

 もっとも、仮に、事情を知る誰かに聞かれていたとして、幼子らしい『ふーふはどうきょち〜』という舌足らずな言葉を、正しく結びつけることはなかったかもしれないけれど。


 ☆


 さて、とある女の話をしよう。

 彼女は、日本の首都・東京の、少々複雑な家庭に生まれた。

 具体的には、経済的には不自由ないが家族仲は壊滅的に悪い――悲しいことにさほど珍しくもない様相の家庭に。


『早く、居心地の悪い家を出て、自立したい』――彼女は、切実にそう願っていた。


 幸運なことに、勉学は制限されなかったし、その努力を活かす環境は与えられていた。

 ゆえに、彼女は一心に勉学に励んだ。

 やっとのことで某難関国家試験に合格し、ようやく道が開けるのだと前途洋々たる将来に思いを馳せていたところ――彼女の『道』はぷつりと途切れた。


「うにゃあ~っ!」


 次に目を覚ましたときには、ふくふくとしたまるい頬の、愛らしくも無力な生き物に、姿を変えられていたもので。


(え? 何これ? 生まれ変わり? ……私、死んだの!?)


 じたばたと手足を動かしたつもりが、赤子の狭い視界に入るのは、むちむちと肉のついた握りこぶしのみ。

 下半身に至っては、上手く脚を持ち上げることもできず、首も据わらない彼女には、頭を起こして覗き込むことすらできない。

 よって、不快感を訴えるには泣き声によるしかないのだが、それもぴしゃりと遮られた。


「ああ、もう、うるさいわね! アネットさまっ、ちょっとは静かにできないのっ!」


 ヒステリックな金切り声を浴びせかけられ、彼女はキュッと口を閉ざした。

 バタバタと足音を立てて自分に駆け寄ってくる人物は、どうやらご機嫌ななめらしいと察したからである。


(赤ちゃんの泣き声が苦手な人もいるだろうしね。育児ノイローゼなのかもしれない)


 本物の赤子なら、周りに構わず自分の感情のままに泣くことしかできなかったかもしれないが、こちとら、人生二周目の二十代女性である。

 誰にだって『今は声をかけないでほしいな』という瞬間くらいあるだろう。理解ある赤子としてその都合を優先しますよ、と余裕の涼しい顔を見せたのだけれど。


「はあ、早く死なないかしら。こんな子、陛下にとってもお目障りでしょうに」

「うにゃっ!?」


 突如飛び出した一線を越えた一言に、彼女はまだ上手く開かない目を見開いた。

 赤子には言葉が通じないと思っているのかもしれないが、さすがに許されていい発言ではない。


(はぁっ!? やんのか、この(アマ)! ……って、『陛下』ですって?)


 ただ、一つだけ良かったことがあるとするなら――。


「『死にぞこないの王妃』ともども、処分してしまえばよろしいのに」


 暴言を吐いた女は、世話役の侍女にすぎなくて。

 アネットの実母や実父は、侍女とは別にいて、彼らは国王夫妻というやんごとなき地位にあり――つまり、アネットはこの国の第一王女というやつらしい、と分かったことだ。


 人生二周目、それも前世においてもそれなりに優秀であり、それと比例して鬼のようにプライドも高かったアネットは、まず言語と運動能力の獲得に集中することにした。

 中身はいい年した成人女性だというのに、下の世話や乳母からの授乳を施されることに、羞恥心が限界を迎えていたから、というのも大きな理由ではあった。

 だが、最大の理由としてはそれ以上に、当初想像したよりもアネット母子は冷遇されており、侍女になおざりにされる世話に、赤子として命の危機を感じていたからである。


「おかあさまに、あわせなさい」


 母を呼ぶよりも飲食物を要求するよりも先に、しっかりと意味をなす二語文を発した不気味な幼児に、周囲の使用人たちは度肝を抜かれた。


「あ、アネット様? どうしたのです、いきなりそのような物言いを……」

「二歳児なら、はなせても、ふしぜんではないでしょう?」


 二年も耐えた。子どものふりはもううんざりだ。

 曲がりなりにも二足歩行には不自由しなくなり、自分の意思を伝えられるようになった今、アネットがするべきは『周りの環境を変えられる権力者への直訴』である。

 ひとりひとりの侍女やメイドが、どれだけ心根の清い親切な娘であろうが、反対に邪悪なまでに意地の悪い娘であろうが、アネットが嫌なものを泣いて遠ざけるだけでは、その場限りの効果しかない。

 王妃である母は、この宮殿で一番偉いはずだ。母なら世話役の人員配置の決定権も持っているだろうし、母に訴えれば……と、見込んでいたのだけれども。


「……どなた?」


 侍女たちの中で一番アネットに同情的な娘が、周りから押しつけられ、どこか怯えた様子でアネットから身を引きつつも案内してくれたのは、宮殿の奥の日当たりの悪い一室だった。

 部屋のカーテンは閉め切られ、室内にはどんよりと湿った冷たい空気が滞留している。そんな空間で、か細い声を聞いたものだから。


「うわっ、かびくさいなっ! あっ、はじめまして、おかあさま! あなたの娘のアネットです!」 

「ごほっ……わたくしの、娘……そう、あの子が、こんなに大きく……よかった……陛下も、きっと喜んでくださるわ」

「あの、おかあさま! 娘から一つていあんがあるのですがっ!」

「なあに?」

「このへや、今すぐに換気してもよろしいですか!?」


 カーテンをぐいと引っ張って、窓を外へと開け放つ。ようやく動かされた空気に、宙を舞った埃が、きらきらと光を弾いた。

 光の差し込んだ寝台の上で、やせ細った王妃は大きな目を丸くして、初対面の『娘』がちょこまかと部屋の中を動き回る様子を眺めていた。


 病床の王妃を、どう考えても不衛生で病人の療養に向かない部屋から、よく掃除の行き届いた――何かとすぐにサボろうとするメイドたちを、そのたびにアネットが耳をつんざく泣き声でどやしつけて掃除させた――アネットの部屋へと移した。

 その後で、青い顔をした使用人たちが、王妃の寝室の埃まみれのカーテンや天蓋を取り外し、せっせと洗濯場に走る様を、アネットは睥睨した。


「おかあさまの寝台の、目に見える大きさのほこりすら掃除しないなんて、あなたたちは、何をして、おきゅうりょうをもらっていたのかしら?」


 意識的に可愛らしい笑みを作って問いかけたのに、それを見た使用人たちの顔色はますます青くなる。

 さすがに彼らとて少しは罪悪感があるのだろう。……もしかしたら、反省しているわけではなく、子どもらしくない不気味な幼児に怯えているだけかもしれないけれど。


「私のみぶんをかさにきて言うけれど、おかあさまは、王妃なのよ。あなたたちは、へやの掃除のためにやとわれたのでしょう? 王妃のへやの掃除よりも、ゆうせんするものがあって?」

「……でも、『死にぞこないの王妃』じゃないですかっ!」


 おや。どうやら、罪悪感で口が利けないわけでも、怯えているわけでもない、第三派がいたらしい。

 まさかの『逆ギレ』を見せた侍女を残して、他の使用人は去らせ、アネットは薄紫色の美しい瞳を眇めてみせた。


「もう一度いってみなさい」

「国王陛下からも憎まれ、疎まれて、離宮に追いやられて。そんな方を『王妃』だなんて、笑わせないでください!」

「どういうこと?」


 侍女曰く――王妃は、国内でも有力な公爵家の出身で、前国王と父公爵の意向で現国王との政略結婚の相手に選ばれたが、成婚からほどなく父公爵が死に、後ろ盾を失ってしまった、と。

 それでも懐妊したからと、国王が離婚のタイミングを逃していたところ、王妃は出産予定日間際に、政敵に毒を盛られ、生死の境をさまよった。

 その間に早産した瀕死の胎児は、女児で、この国では世継ぎにすることもできない。王妃自身も毒の後遺症で次の子は望めない身体になってしまった。

 王妃として娶るメリットが無くなったうえに、もはや世継ぎを産めないと確定しているのに、王妃の地位を譲らない強情な女なのだ、と。

 だから、王妃は皆から『早く死んでその地位を空ければいいのに』と望まれている、と――。


「……なるほど、なるほど」


 興奮状態で話しているうちに、侍女は自己陶酔にでも陥ったのかもしれない。

 微に入り細に入り、彼女が知る事情をペラペラと囀った。

 どうしてアネット母子がこの離宮で暮らしているのか。使用人たちからも粗雑な扱いを受けているのか。

 それを分かりやすく教えてくれるのはありがたい。だが、その内容は、とても捨て置けるものではない。


「つまり……おかあさまは、悪意をもったひとに毒殺されかけたひがいしゃで、そのせいで健康も損なったのに、国王はおかあさまを追い出した。療養先でも、あなたたちにいたぶられて、おかあさまの回復を妨げられている……そういうことよね? あなたが言ったことを、まとめると」


 ――ああ、せっかく、チャンスをあげたのに。


「ええ! あははっ、ご自身の立場がお分かりになりました?」


 淡々とアネットが述べた要約を、得意げに頷いて認める侍女は、垂らされた最後の蜘蛛の糸を、自分で断ち切ってしまったことに気がついていないのだろう。


「ええ、しっかり理解したわ。――ピエールとボリス、この女を追い出して。罰をあたえなさい」

「っ、他にもひとがいたのっ!?」


 ため息まじりにアネットが告げると、こめかみを指で押さえた老爺と、図体の大きな庭師の男が、扉の影からぬっと姿を現した。

 針金のような細身のピエールは、常に片眼鏡を不気味に光らせているが、アネットがねだった本は何でも用意してくれる老爺だ。そこにしれっと『帝王学』などというタイトルの革表紙を紛れ込ませる茶目っ気もある。

 対して、ボリスは無口で不愛想だが、アネットが庭で拾った鳥の雛を巣箱に戻してくれた心優しき男である。少なくとも、罪のないアネットと比べて、この性悪侍女を選ぶことはないだろう。


「私がひとりでたちむかうとおもったの? おばかさんね。たすけをもとめてとうぜんでしょう?――だって、私、こんなにちいさくてかよわい女の子なのよ?」


 犯人を追い詰めて逆上させて怪我なんてさせられたら困っちゃうもの。

 両手で頬を包んで愛らしく微笑んだアネットに向かって、連行される侍女は『バケモノ』と罵ってきたが、アネットの心はぴくりとも動かなかった。


「さて、と。おかあさまの命をねらうひとがいるのは、やっかいね……どうやったら、敵をたたきつぶせるかしら?」


 たかが侍女の職務怠慢なんぞよりも、差し迫った命の危機の方が重大事である。

 それこそ、王妃の暗殺未遂なんて、本来は国を挙げて犯人を突きとめて再発防止に努めるべきことだろう。だが、被害者である王妃の方を離宮にポイと追いやって終わり、といういいかげんな対応からは、真面目に解決しようとしている様子はうかがえない。

 そもそも、厳重に警備されていただろう王妃が、ほいほい暗殺されかかっていること自体、不自然だ。


「あんさつしゃがよっぽどの手練れだったのかしら? 裏におえらいさんがついているとか……それこそ、くろまくが国王だとか?」


 親の意向で結婚しただけの、気に入らない王妃なんて殺してしまおう――と、国王が考えていたとしたら?

 国王にとっては、王妃のこともアネットのことも、さぞかし目障りで仕方がないだろう。


「民法第752条! 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならないっ! ……どころか、じぶんのつまを殺すつもりだなんて。こちらもまもりをかためないといけない。でも、おかあさまの実家はたよれないし……」


 さて、ここにきて、困った。

 国王に対抗できるような強者に庇護を求めねばならないのに、アネットにはその伝手がない。

 何なら、誰に助けを求めればいいのか、その見当さえついていないときた。


(なんやかんや言っても、私は王女だもの、殺すよりは政略結婚の駒として使う方が、国王にとってメリットがあるはずよ。適齢期になれば、他国や有力な貴族に嫁いで、その結婚相手に私の後ろ盾になってもらえるかもしれない。……でも、それって、何年後の話なのよ。それまでに死にたくないし、お母さまが殺されてしまったら私だって寝覚めが悪いわ。今の時点で何か私にできそうなこと……私の強みって何かしら?)


 考えて、考えて――アネットは結論に行きついた。


「アネットちゃん。いらっしゃいな。綺麗な髪を梳かしましょうね」

「はあい、今行くわ! おかあさま!」


 甘く可憐な響きの声に呼ばれて、アネットは母の膝に飛びついた。

 初めて会った時にはこちらが心配になるような苦しげな咳をしていた母は、環境を変えたためか、少しずつ体調も良くなっているように見える。それでも、病み上がりなのは確かで、やせ細った身体の肉づきは薄かった。

 しかし、その雰囲気を『不健康そう』『貧相』ではなく『儚い』『可憐』『妖精みたい』と言い換えてしまうような魅力が、アネットの母にはあった。


 つまり――母はめちゃくちゃ美人だったのだ!


(今のところの私の強みは――美人で優しくて癒し系なお母さまがいることっ! お母さまに良いご縁を用意して、そのままなんやかんや、再婚先で、私も幸せにしてもらおうっ!)


 清々しいほどのコバンザメ作戦である。

 アネットが優しい母の膝に座り、鏡台に向き合うと、鏡には小生意気そうな幼児の姿が映った。

 白銀の髪に薄紫色の瞳……と色合いは儚げだし、多少つり目がちとはいえ、整った目鼻立ちも十二分に『可愛らしい』に分類される顔だと思う。だが、幼児が浮かべる表情がどうにもふてぶてしい。

 背後の垂れ目がちのまなじりをさらに下げて微笑む母とは、親子なのに雰囲気が似ても似つかない。

 こればかりは中身の人格が表れてしまっているのだろうな、と納得しつつ、アネットは母の操る櫛に細い髪の毛を梳られて、うっとりと瞼を落とした。気分は、飼い主にブラッシングをされる犬である。


(優しいお母さま、大好き。待っててね、お母さま。お礼に、お母さまにふさわしいお婿さんを用意してあげるから)


 次第にまどろんで、こくりこくりと船をこぎ始めたアネットの耳に、母が『あらあら、今日もたくさん遊んで疲れたのね』と優しく囁く声が届いた。


 ☆


 ――母の再婚相手を探す。

 次なる目標を定めたアネットは、まずは婚活市場の調査にくり出すことにした。


「この国では、再婚するひとの相場はどのくらいかしら? 子どもが一人いる未亡人が再婚するのって、何歳くらいのおとこのひとが相手なの?」


 アネットが脈絡なく唐突な話題を切り出しても、もはやピエールが驚くことはない。

 少し眉根を寄せて渋い顔をしただけで、咎めることなくアネットに過不足のない情報を与えてくれた。


「は。既に子どもがいる女性の再婚、となると、女性もそれなりの年齢でしょう。そうすると、相手の男性側は五、六十代くらいになりますでしょうか」

「んん? よく分からないわ。若い初婚の男性が、自分の子どもが欲しいからって、子持ちの女性をさけるのは分からなくないけれど。五、六十代? 女性のこどもはまだちいさいのよ。そうね、おかあさまくらいのおんなのかたを考えているのだけれど」


 というか、まあ、母本人の再婚を考えているのだが。

 ピエールとて国王の命令で離宮の管理を任されている使用人である。彼に明かしたせいで、万が一にも国王の耳には入らないように、とぼかして尋ねると、ピエールは同じ内容を繰り返した。


「ですが、カレン様は既に二十歳も過ぎていらっしゃいますし」

「『もう』って? ぴっちぴちの若さじゃないの」


『カレン』とは、王妃の名だ。

 つまり、母は今、前世のアネットよりも年下の、せいぜい女子大生か新卒社会人かくらいの年齢ということで。

 それはいいとして、そんなことよりも気になったのは――。


「……待って。今まだ二十そこそこってことは、おかあさまが私を産んだのって、いくつのとき?」

「それは、十――」

「わああ、やっぱりいいや! やっぱ無し!」


 ピエールの言葉は慌ててかき消したが、アネットは頭の中でしっかり計算してしまった。

 アネットの父国王は、政略結婚の相手であるカレンに不満を覚えながらも、しっかりやることはやって彼女を妊娠させたということで。その当時のカレンは現代日本でいうところの女子高生程度の年齢だった、と。

 誰の目から見ても明らかな事実としては、ただ、それだけである。


 (価値観も違う世界でのことを責めても仕方ないけれど……国王、控えめに言っても、クズロリコンじゃないっ!?)


 アネットの中で、また一段と、父親の株が大暴落した瞬間であった。

『お母さまの理想的なお婿さんがいるかはともかくとして、少なくとも父よりはマシな再婚相手は絶対にいるでしょ!』と思わせるくらいには。


(この世界での平均寿命は分からないけれど、九十歳まで生きるのが普通ではないわよね? 五、六十代の男性にお母さまが嫁いですぐに相手が亡くなって、肩身の狭い思いをしたり、最悪、家の相続紛争に巻き込まれたりするのは、心底ごめんだわ)


 アネットは安寧を求めるがゆえに母の再婚相手を探しているのに、嫁ぎ先で新たな紛争に巻き込まれるなら、本末転倒だ。

 どうしても譲れない条件を確認して、アネットは重々しく本題を告げた。


「さん、よんじゅうだいの、妻がいない男性。できれば、ハイスぺ……有能なひとがいいわ! そういうひとに、こころあたりはない!?」

「……はて? 何のご用件で?」

「ええっと……おかあさまの再こ……私たちの生活をささえてもらうひとをさがしていてね?」

「護衛として、ということですか。ですが、有能な者は国王陛下の側仕えとして取り立てられており……」

「そういう人材はここまでまわってこない、ということね」


 国王が人材の囲い込みをするのは結構だが、それなら妻子の護衛くらい責任もって手配してくれ! ……と思いつつ、頼れないものに縋っても仕方がない。

 条件を『有能とまでは言えないが見どころある人物』くらいに妥協しようかと考えていると、ピエールがぽろりと呟いた。


「……ですが、一人、心当たりがないでもありません」

「へっ?」


 挙げられた候補者とその経歴を聞いて、アネットが何度目かの『このお爺さん、何者なんだ……?』という畏怖の念を抱いたことは、言うまでもない。


「さあさあ! カレン様、部屋に閉じこもっていては、脚に根が生えてしまいますぞ!」


 ガハハと豪快に笑う太い声を聞いて、アネットはにまにまと頬を緩ませた。


『バルバストル卿は、豪放磊落で人望厚く、剣技にも長け、『剣聖』と讃えられる人物でした。……数年前の戦争で、片眼を失うまでは』


 あのとき、ピエールが彼が紹介してくれたのは、天啓だったのかもしれない。

 パトリス・バルバストルは元騎士団長で、数年前の負傷を機に騎士団を去り、領地で隠棲していたらしい。昔の伝手があるというピエールが声をかけると『もろもろの引継ぎのために時間をくれ』と数か月待たされはしたものの、最終的には快く応じてくれた。

 アネットとしては『騎士を続けられないほどの重傷となると、護衛の任務も果たせないのでは』と心配していたけれど、パトリスは負傷直後こそ遠近感がつかめずに困ったが、この数年のうちに片目に頼る生活にも慣れ、今はさほど不自由も感じていないとのことで――あまりにもちょうど良すぎた。何者かの作為が働いているのではないかと、疑ってしまったくらいだ。

 おまけに、パトリスはなかなかの男前でもある。筋骨隆々のマッチョな身体と、顔に大きく残る縦一文字の傷、片目の欠損を隠す眼帯は、かなり好みは分かれるだろうが、万人が『顔立ち自体は整ってはいるよね』と認めるところではある。

 しいて、ネックな点を挙げるとすれば――。


「むふふ」

「うわっ、おまえ、また、父上のこと、見てたのかよ! きしょくわるい笑い方するな!」


 椅子から立ち上がりざまにふらついたカレンを、パトリスが姫抱きで抱き上げて、庭の椅子に下ろすところを眺めていると、今日も高い声がキャンキャンとアネットに話しかけてきた。

 もう驚きもせず、横目でちらりと視線を送ると、案の定、想像したとおりの顔がそこにある。


「あら、いたの。リシャール」

「いるに決まってるだろ! ここに住んでるんだから」

「そうね、あなたはパットおじさまのおまけだものね」

「『おまけ』と言うな!」


 そうなのだ、こんなにも優良物件のパトリスが、結婚していないはずもなかった。

 彼には幼なじみで相思相愛の妻がいたが、その妻は元々病弱だったこともあり、彼の出征中に一子を産み、そのまま産後の肥立ちがすぐれず亡くなってしまった。

 負傷して帰還したパトリスは、無理をすれば騎士団に残る道もあっただろうが、騎士団の任務のために愛する妻の臨終にも立ち会えなかったことを悔い、彼女の忘れ形見のリシャールを育てたいからと、自ら騎士団を辞した――ということで、こちらとしても、非常に再婚を勧めにくい事情持ちだった。

 とはいえ、パトリスが人として素晴らしい人物なのは確かだし、彼の亡き妻と同じように長く床に就いていたカレンに対して同情をもって親身に接してくれているのだから、こちらとしては文句はない。


「なんでっ! いつも、父上ばっかり見ているんだよ!」


 あとは、このキャンキャンうるさいリシャールとの同居が条件なことだけは玉に瑕だが、玉の品質に比べれば小さすぎる瑕ではある。

 アネットがパトリスを観察していると必ず突っかかってくるリシャールは、たぶん、かなりのファザコンだ。

 年齢はアネットの三歳年上だから、彼の年齢的にも境遇的にもお父さんのことが大好きで何の不思議もないのだけれど、どれだけ『彼から父親を奪うつもりはないのだ』と言ったら伝わるのか。

 目の前の、パトリスに似た容姿の幼児――といっても線は一回りも二回りも細いけれど――の顔をじっと見ながら考えて黙り込むと、リシャールは頬を赤らめた。


「な、なんだよっ!」

「はあ……けっこんあいてにしては、ちっさいわよねえ……」

「結婚!? なんだおまえ、けっ、結婚って……!」


 うん。いっそ、リシャールの方を結婚相手にすることも考えたが、彼だって将来有望ではあるものの、母の再婚相手としては頼りない。

 『これは無し』の結論を下すと、アネットは、何やら喚いているリシャールをよそに、パトリスと母の観察に戻ることにした。


「王妃とバルバストル伯との不貞の疑いがかかっているっ!」


 ――そんなことをしていたせいだろうか。母に『不貞』の疑いがかけられたのは。


 ☆


 ものものしい装備の騎士が離宮に押し寄せるのを見て、現在五歳のアネットが三年がかりでせっせと集めた忠実な使用人たちは、即座に臨戦態勢に入った。

 にらみ合いを続ける両陣営に向かって、真っ先に口火を切ったのは、アネットだ。


「失礼なっ! 私の目の黒いうちは、お母さまに不貞なんてさせるわけないでしょう!?」


 そつなく両陣営を見下ろせる吹き抜けの上に陣取ったアネットの声に、敵方は驚いたようにざわめいた。

 どうやら彼らは『第一王女が子どもらしくないふるまいをする』ということを知らなかったらしい。

 つまり、アネットが信を置く使用人たちは、誰ひとりとして、主人の情報を敵方に漏らさなかったのだ、と気づいて誇らしく思うのは、後になってからの話である。


(私がしようとしていたのは、再婚相手選びだけっ! 何が悲しくて、せっかく国王が有責なのに、お母さま側にも落ち度を作って自滅しなきゃならんのよ! 手ェ出すならちゃんと離婚が成立してからにするわよ、ばーかばーかっ!)


 その時点では、アネットは内心で人には聞かせられない企みと悪口を並べるのに忙しく、すっかり頭に血の気を上らせていた。


「じぶんたちが、女といっしょにいるときに、エロいことしかかんがえてないから、おとことおんながいっしょにいるだけで、浮気だ不貞だというんでしょう!」

「ぶっ、無礼なっ! なんというものいいを……っ!」

「ぶれい? 私の方が身分がたかいのに?」

「そんな言いようをする王女がいるかっ!」

「じゃあ、国王陛下にかくにんしてみれば? 私の『生産元』に文句を言いなさいよ! いいえっ、私がじぶんで行くわっ!」


 ひらりと吹き抜けから身を躍らせたアネットを、階下のパトリス以下腕っぷしの強い精鋭たちが難なく受け止め、小さな身体はすっぽりと彼らの腕に納まった。

 子どもらしく抱きかかえられたまま、アネットは居丈高に言い放つ。


「バルバストル伯のやといぬしは、私よ? あなたは『王女が雇った者が王妃に手を出す不始末をした』とおっしゃった。であれば、私が、みずから、国王陛下にご説明をさしあげましょう」


 早く案内なさい、と睨みつけるアネットを前にして、押し寄せた者たちはからくり仕掛けの玩具のように、こくこくと頷きを繰り返した。


「どうしたっ! 王妃は捕らえてこなかったのかっ!」

「公爵閣下、それが……」


 王宮の謁見の間で騒ぐ男と、それに対してごにょごにょと歯切れ悪く説明する騎士たちを見て、アネットはこの騒動の『真相』を悟った。

 あの男は、カレンの父公爵が亡くなった後に勢力を伸ばした対立する公爵家の当主だ。

 彼が『カレン妃を王妃に据えておくメリットはなくなった。国王陛下は離婚して我が娘を王妃にした方がいい』と何度も上申していたという話は、ピエールたちからも聞いている。

 今回の急な騒ぎも、王妃が離宮に男たちを出入りさせているという噂を聞いた公爵が『王妃が不貞したことにして廃位させよう』とでも企んだのだろう。

 その手に乗るかと睨みつけると、公爵も、アネットの正体を知らされたらしく、嫌な笑みを浮かべた。


「これはこれは、アネット様。迷子にでもなられましたかな? この謁見の間は、国の要人のみが立ち入りを許される場所なのですよ?」

「要人? この国の王妃が産んだ唯一の子である私よりも、重要な者がいるのかしら? ここには、あなたのような公爵ふぜいでも、出入りできるようだけれど」

「なにっ!」


 自慢ではないが、アネットは舌戦では負けなしだ。

 反射的に言い返してやると、公爵は怒りのあまりか、顔を赤黒く染めていた。とうとうその感情を抑えることもできなくなったらしく、口汚く罵ってくる。


「王妃といえども、不貞をするような女だろうっ! その子の血統も知れたものではないわっ!」

「私もそのことでまいりましたの。――誰が、お母さまが不貞するようなクソアバズレだっていう、事実無根の中傷をしやがった?」


 そう、アネットがわざわざこの場に乗り込んだのは『弁解』のためではない。

 母の暗殺を企む犯人を突き止める『捜査』としてであり、その犯人に罪を償わせるためにふさわしい罰を『執行』するためであった。


「公爵は、ものごとの前後や因果の把握が苦手でいらっしゃるの? お母さまは、ここで王妃として遇されていたときに、私を授かった。その後に、ある者に毒を盛られて、追いやられたの。そして、その身を守るためにバルバストル伯に護衛を任せた。私の血統に疑いを差し挟む余地もなければ、お母さまには責められる落ち度など何もない」


 暗殺未遂当時、母に毒を盛った実行犯のメイドは、速やかに処刑されたと聞いた。

 だが、誰がどう考えたって、一介のメイドが王妃の暗殺を自分の考えで目論むはずがない。重罪の上に、それを犯したって、メイドに得るものなんてないのだから。

 王妃を暗殺して最も利益を得る関係にあったのは、この公爵だ。だが、公爵まで捜査の手は伸びなかった。――あのとき逃したせいで、今もこんなふうに、余計な悪事を企んでいる。


「むしろ……責めるべきは、お母さまに毒を盛った『ある者』でしょう。その者は、お母さまや私のことを目障りに思っているようだけれど。そういえば……たった今、私のことが気に食わないと態度で示した方がいらっしゃったわね?」


 あえてそこで言葉を切り、公爵をじっと見つめると、謁見の間にいる者の視線は、公爵に一身に引きつけられた。

 皆の注目を十分に集めてから、アネットはわざと可愛らしく微笑んだ。『無邪気な子どもが真実を見抜いた』と言わんばかりの意味深な間をおいて。


「もしかして……いえ、まさかね?」


 ――ねえ、あなたがやったんでしょう? 


 皆、元々そう思っていた。

 だから、今回は、王女直々に『お前が犯人だろう』と示してやったのだ。『王女殿下のお言葉をきっかけに調べてみました』という言い訳が立てば、捜査も進むだろうと思って。

 今回もうまくごまかされてしまって、トカゲの尻尾切りをされるかもしれない。それでも『公爵が疑われた』という履歴を残しておくことは大事だ。

 彼の中に『次に騒ぎを起こせば自分が疑われるかもしれない』という疑念が湧けば、事を起こしづらくなって、アネットと母は平穏に暮らせるわけで。


(欲しいのは平穏な暮らし。それを守る宣戦布告のために、私はわざわざ、ここに来たんだから)


 これで目的も果たしたし帰ろうか、と思ったその時、地獄の底から響くような低い声が聞こえた。


「――我の許しもなく、離宮のバルバストル伯を雇い入れたのは、お前か?」


 その声はアネットが初めて耳にするもので、しかし、瞬時に誰のものかが分かった。

 彼が座す謁見の間の奥の椅子の煌びやかさなど見なくても、その威圧感で『この場でもっとも上の人間だ』ということを理解したから。

 初めて見る『父』はアネットと同じ色の銀髪しかり、身につけるものも含めて寒色で揃えているが、纏う空気はそれよりずっと冷たくて、不機嫌そうに眇められた瞳から氷点下の視線を差し向けてきていた。


「こ、国王陛下。ご機嫌麗しく……」

「御託はいい。お前か、と聞いている」


 不機嫌な声色に、彼がこの展開を喜んでいないことを悟った。


(そうだった。国王陛下は、元々、結婚相手だったお母さまのことが気に入らなくて。それで、犯人が明らかな毒殺未遂のときにも、公爵の罪を追及しなくて……)


 つまり――今回の騒動で、公爵家が罰されることも、国王は望んでいないのではないか。

 むしろ、王妃の不貞の噂を利用したのも、公爵の思惑ではなく、国王の思惑だったのかもしれない――。


「王妃が、バルバストル伯を望んだのではないか?」


 アネットの考えを裏付けるように、何度も執拗に疑いを向けてくる国王に、アネットはとっさに言い返した。


「違います! お母さまは関係ありません! 私が選んだんです! 陛下がちっとも頼りにならないから」

「ほう」

「はっ!」


 何が何でも母を有罪にしたいのかと思って、反発する気持ちを堪えられなかったのだ。

 母のことを庇いたくて、真実は違うと弁解したくて、思わず本音がこぼれ出た。

 その不用意な不敬な本音こそが、国王がアネットから引き出したかったものかもしれないのに。


「ほら、聞きましたか! 幼子が、自然にこのような不敬な考えなど持つはずがない! 王妃が吹き込んだのです! 王妃が、娘の名前で、好みの男に粉をかけ、呼び込んだのです! それにもし、これが王女自身の考えだとしたら、末恐ろしい悪女め! 王女の王位継承権も剥奪した上で、生涯幽閉するのが妥当――」


 公爵なんて、さっきまであんなに追い詰められていたくせに。

 国王が味方について勝ち馬に乗ったと思ったのか、公爵まで嬉々として好き勝手なことをほざいている。


「違う……っ!」


 理路整然と反論したいのに、その反論のせいでさらに悪い方に転ぶかもしれないと思うと、声が出てこない。

 息を詰めたアネットを見て、国王は不快そうに眉間に皺を寄せた。


「お前は……」

「――申し訳ございません! 陛下、どうか、アネットだけはお許しくださいませ!」


 その時だった。

 駆け込んできた靴音と、アネットを庇うように抱きしめてくる温かさを知ったのは。


「おかあさま……?」


 綺麗で優しくてその代わり頼りない母が、アネットが守ってやらねばならないと思っていた母が、国王の視線を遮るように前に躍り出て、アネットの身体を引き寄せ包み込んだ。


「まだ、幼い子の言うことです! この子は、自分がしたことの意味も分かっておりません。ただ、母のことを案じて、心を砕いてくれただけです!」


 ――ああ、これは悪手だ。


 そんなふうに説明したら、カレンが主犯ということにされてしまう。カレンを追い込みたい国王に、言い訳を与えてしまう。

 こんなの、母のためにならないし、母が排除されればアネットの身の危険もある。早く止めさせなければならない。


「大丈夫よ。アネットのことは、お母さまが守るわ」

「……っ、ごめんなさい」

「あなたは何も悪くないわ。お母さまのためにやってくれたんでしょう?」

「ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」


 それなのに――その気持ちが嬉しくて、アネットには止めることができなかった。


杏音(アンネ)、あんたがいるから、お母さんはお父さんと別れられないの』


 そのとき『私』は言ったのに。

 そんなの気にしないで。自分のために無理して一緒にいる親を見るよりは、別れていい人でも見つけてくれた方がいいって何度も言ったのに。


『どうして!? ここまで誰が金出して育ててあげたと思ってんの!? これから高い給料もらうんでしょ!? 学校卒業して、自分の仕事の目処が立ったら、あたしはもう用済みってこと!?』


 そんなことは思いたくなかった。親を嫌いになりたくなかった。だから、距離を置きたかったの。

 学校を卒業したら、一人で暮らしたいと伝えた。たったそれだけだったのに、鬼女のような顔をしたそのひとに追いかけられて、ここで捕まったら一生あの息が詰まる家から逃れられないような気がして。

 慌てて家を飛び出して、信号も確認しなかった交差点で、ブレーキ音が近くに聞こえて、そのまま――。


「子どもが思いやってくれたらね、親って、それだけで嬉しいのよ。それと同時に、気を遣わせて申し訳ないと思うの。だから、あなたは気にしなくていい。お母さまがあなたの分まで気にするんだから」


 たった二十年ちょっとしか生きていない小娘のくせに、母はきちんと母だった。

 可愛げのない娘は、弱い母を守ってやらなければならないと、内心で母のことを見下していたのに。その娘のことまでも包み込もうとするくらいに、強い女だった。

 『杏音』がそんな愛をもらったのは、これが初めてだったから。

 アネットは今生の母の胸に縋りついて、甘えて泣きつくことしかできなかった。まるで普通の幼子みたいに。


「陛下。どうか、正しいご判断を」

「久しいな、カレン。もう、身体はいいのか?」


 だから、泣くのに夢中だったアネットはうっかり聞き漏らし、気づくのが遅れたのだ。

 母に声をかける国王が、まるで思春期の少年のようにそわそわと落ち着きのない様子だったことに。


「ええ。アネットのおかげですわ」

「そうか……」


 国王は口をつぐみ、次に口を開いたときには、厳しい命令を下した。


「――我が騎士よ、公爵を捕らえよ。公爵による王妃の暗殺未遂の証拠は、我が腹心のパトリス・バルバストルに預けてある」

「なっ!?」


 国王の一言ともに、謁見の間の端に立つ騎士団が陣を展開して、公爵を取り囲んだ。


「……えっ? どういうこと!?」


 アネットが目を白黒させているうちに、公爵はあっけなく部屋から連れ出され、この場は静かになったわけだけれども。

 意外な展開に驚いて声を上げたアネットに、国王は呆れたような視線を送った。


「まったく、幼子が思いつきに任せて余計なことをしてくれたな。こちらは五年もかけて、今度こそ逃れられないように証拠を集めていたというのに」

「え? ……えぇっ!? 嘘でしょ!?」

「本当だ」


 公爵を五年前に罰しなかったのは、関与した者を根絶やしにする機会をうかがっていたからで。

 国王が王妃を追い出し、公爵の肩を持つような話をしたのは、公爵にぼろを出させるためで。

 王妃の護衛として人も送り込んでいた――という話を聞いて、そんな調子のいいことを言うなと周りを見てみても、この場に残った者の様子を見る限り、どうやら嘘でもなさそうだ。

 クズロリコンだと思われていた国王は、なんとも執念深い怖い男だったらしい。

 ただ、一つだけ、アネットにとって意外で、かつアネットの行いが良い方向に進んだと言えることがあるとしたら――。


「だが、おかげで早く片がついた。カレンは、今日から王妃宮に住むといい」

「へ、陛下? ですが、わたくしは、頼る家もなく、もう子を産むこともできず……」


 玉座を降りて近づいてきた国王は、うろたえている母を抱き上げると、別人のように甘く囁く。


「そんなことで私の愛は変わらない。君は私だけに頼ればいいし、それに――世継ぎなら既にいるではないか」


 その一瞬だけ、国王は――父は、鋭い目をして、アネットを見た。


「次期女王よ、早く育つことだな。余が愛する妃と二人きりで過ごせるように」


 その眼差しには、試練のような、期待のようなものが込められていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ