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第二章 信長の読み違え

(7)上杉連合の成立

上杉連合の成立は各大名の喇叭の者によって、瞬く間に知れ渡った。大名勢力図が大きく書き変わったのである。

各地の大名と連絡を取り合いながら信長対抗策を練り上げる。

信長包囲網は、戦国時代末期より安土桃山時代初頭にかけて発生した反織田信長連合のことをいう。

第一次包囲網は浅井氏、三好三人衆、荒木氏、一向衆によるものだが、信長は徳川家康と共に姉川の戦いで浅井・朝倉軍を破り失敗する。

新しい包囲網は東北の伊達、北陸の上杉、四国の長曾我部、中国の毛利、九州の大友、島津等と手を結び、織田、徳川、北条を大きくしないよう、抑え込んで行く。これを織田、徳川包囲網の基本方針として、その為邪魔になる北条は先に潰さざるを得ない。

戦国時代末期、相模国の後北条氏と甲斐国の武田氏は敵対関係にあったが、北条氏康と武田信玄の間では和睦が行われ、甲相同盟が結ばれる。武田氏は駿河国の今川氏とも甲駿同盟を結び、武田氏の仲介で今川・後北条氏の間でも同盟が結ばれると、三国間の甲駿相三国同盟が成立した。

武田信玄の駿河侵攻を契機に甲相同盟は崩壊、解消された。武田信玄と北条氏政の間で甲相同盟は再締結されるが、信玄は病没する。武田氏の家督を継いだ武田勝頼は長篠の戦いにおいて勝頼は織田・徳川連合軍に敗退する。勝頼は長篠敗戦後に外交の再建に着手し、甲相同盟強化を図った。

越後国で上杉謙信が死去すると後継者を巡る御館の乱が発生した。当初、勝頼は、上杉景虎を支持していたが、上杉景勝方が乱を制すると、外交方針を転換して景勝と甲越同盟を結んだが、織田・徳川連合軍の甲斐侵攻を受けた。

戦況は悪化し、勝頼は織田軍に襲撃され自害した。今川の時と同じく、後は織田徳川と、北条の切り取り合いだ。だが今回は、上杉領と隣接している。黙ってみている訳にはいかない。甲斐は徳川、信濃は上杉が取る。そして信濃の半分を諏訪氏が復活する。残りを鰺坂と江馬で分ける。鰺坂領を上野勝重が、江馬領を武隈元員が恩賞として拝領する。これによって、鰺坂と江馬の家臣は信濃に移動することになる。しかも元の領地より広い。

奈津姫や各大名の姫たちも慌ただしい正月を迎えていた。新しい彼との便りの交換や、土産の話、信濃は中国との交易があり、珍しい品や飾りがたくさん輸入されている為、大名の姫とは言っても田舎育ちだ、そういう物に弱い。男どもも、海老で姫、いや鯛を釣ろうと躍起になっていた。雪解けはまだまだだが、天気を見て今月の内には、報告を兼ねて帰る予定だ。景勝の人となりも分かったし、北陸、上杉配下同盟の認可も許可され、安心して帰れる準備が出来た。これで暫くは領地、領民の安堵が約束されたと思える、大仕事をなしたのだ。


ここ暫くは天気も安定し、風もなく暖かい日が続くと思われるので、今のうちに帰郷するべく準備をしていた。

「では盟主様、雪解け後の、北条征伐の打ち合わせに参りますので、今後とも宜しくお願い仕ります」武勝が言うと

「もう、そんな堅苦しい事を言うな。これからは、仲良くやっていこうぞ」景勝が言う。

「兼続様もどうかお元気で、お風邪などひかれませぬように」

「おお、春に会えるのを楽しみにしておるぞ」ニコニコの兼続であった。

北陸の皆はお土産をいっぱい家臣に持たせて、雪の積もった道を帰って行くのであった。

「しかし殿、濡れ手で粟と申しますか、棚から牡丹餅と言いますか、なんとも早、盆、正月でございましたなあ」兼続がにやにやしながら言った。

「これも、俺の日頃の行いの良さだ。有難いと思えよ」景勝も機嫌よく言った。謙信が亡くなってから良くないこと続きだったから余計うれしい出来事だったのだ。

「しかしこれで、我々は信長のでっかい目の上のたん瘤になりましたなあ」

「兼続、もっときれいな物言いはないのか」

「後門の虎とか、真っ赤な目の蛇が出たとかですか」

「そうさなあ、勝利の女神とか、」

「とにかく、今頃信長めは、頭を抱えておるだろうな、愉快愉快」

「殿、油断大敵でございますぞ」二人は城内に戻った。


「景勝は意外と気さくな方でおられた」康胤がほっとしたように言った。

「ほんと、ほんと、我々もやっと肩の荷を降ろせる」

「遠くまで来たかいがあった」

「甲斐ではない、信濃だ」

「そういう事ではない」

「それよりお主、せっせと便りを書いておったが」

「お主も土産を一杯買いこんで」

「待っていてくれれば良いがな」


「父上、只今帰りました」康胤が言うと

「どうであった」慶胤が聞く。

「首尾は上々。上杉様もとても喜んで、良くして頂きました」

「これでいつでも信長を迎え撃てる。寒かったであろう、さあ皆も中へ、早う早う」上機嫌だ。

城内大広間には姫たちがずらりと待っていた。

兄弟の所へ行くのかと思ったら、彼氏の方へ、彼氏も姫の方に、楽しそうに話をしている。全員相手が出来ている。奈津が武勝の方へ来て

「うまく組分けしているでしょう」得意げに言う。

「前もって好みを聞いて、重なった時はどちらかに気がありそうよと言って、物量作戦を取らせる。男なんて、あの子があなたに気があると言われたら、無視できない。すぐになびくものよ」男どもはみんな女性に手玉に取られてせっせと土産を買わされていたようだ。

見るに、組み合わせは、畠山義綱と三木の雪姫 神保長職と江馬の阿古姫 椎名康胤と畠山の綾姫 鰺坂長実は内ケ島の菊姫 江馬輝盛は神保の伊都姫 三木良頼は鰺坂の珠姫 

内ケ島氏理は諏訪の凛姫の組み合わせとなっている。それぞれ豪華な贈り物を送って姫を喜ばせているようだ。

「ねえ、私にお土産はないの」奈津が武勝に言ってきた。

「上杉軍事同盟の成功以上の土産はないだろう」

「そういうのじゃないの。だから女に持てないのよ」プイっと横を向いて、兄の康胤の方に行ったが、綾姫とのことで、邪魔にされている。父の慶胤はそれを見て、ニタニタしながら酒を飲んでいたが、武勝の所に酒を持ってきて、

「おまえは何も買ってこなかったのか」

「私は皆さまの世話と、上杉様の橋渡しに走り回っておりましたから、そんな暇はありませなんだ」人の苦労も知らないくせにと、ムッとしながら答えた。

「高価でなくても、何かあるだろう」

「無い事は無いですが」

「それでよいから、呉れてやれ。そうでなければ、あれはずっと機嫌が悪いぞ。これからの仕事が上手くいくようにするためだ」そういって慶胤は肩をポンとたたいて奥に引き上げた。

「仕方がない。景勝様からもらったこれをやることにしよう」と、奈津の所に行った。

「これ土産だ」包んだ布をほどき出てきたのは刀だ。

「何よこれ」驚いて言った。

景勝様からいただいた、鶴姫一文字だ。福岡一文字派の作という事だ」

「直江兼続様から聞いた話だが、」と言って刀の由来を話し始めた。

御屋形様の上杉謙信は刀好きで、騎乗しながら使えることを重視して選んでいたという。「馬上」仕様の刀。いかにも謙信らしいではないか。ただ、そういう意味では、この「姫鶴一文字」は少し刀身が長すぎた。それでも構わず手に入れたのだから、相当気に入っていたのだろう。長すぎれば、加工すればいいだけのこと。謙信は、早速、「姫鶴一文字」の刀身を切るように指示をする。

こうして、「姫鶴一文字」は、一時的だが、お抱えの研ぎ師の手に渡る。多くの刀を見てきた研ぎ師でさえも、見惚れるほどの美しさ。ここでも、魅了されてしまう者が一人。こんな美しい刀を自分の手で。そう思うと、気が乗らない。研ぎ師は興奮しつつ、明日の仕事を考えて床についた。

その夜。研ぎ師の枕元に、一人の女性の姿が。

身なりからして、姫君のよう。しかし、一度も見たことがない女性である。どうやら、上杉家ゆかりの姫君ではなさそうだ。その姿は流れる黒髪、白肌、切れ長の目。美女の条件が完璧に揃った姫君であったという。研ぎ師が驚いていると。

美しい姫君の目元が濡れているではないか。よく見れば、涙を浮かべている。謎の姫君は、じいっと研ぎ師を見たかと思うと。

「どうか、きらないで…ください」「……?」

「どうか、きらないで…。お願いします」

意味不明な言葉を残して、姫君は懇願し消えていった。

翌日になって、昨晩の夢が気になる研ぎ師。あれほど作業ができると興奮していたにもかかわらず。「姫鶴一文字」を取り出すのだが。これが、なかなかどうして、気が進まない。自分でも理由は分からないのだが、作業に集中できそうにないのである。

せっかくの名刀なのだからと。研ぎ師は、気乗りしないため、作業に取り掛かるのを見送る。結局、日を越すことにした。

そして、その夜。また、研ぎ師の枕元に、昨日と同じ姫君が立つ。それも、全く昨晩と同じ内容の繰り返し。

「きらないで…ください」

これでは一向に埒が明かないので。研ぎ師はとりあえず、姫の名を聞くことに。すると、

「鶴と申します。お願いします。きらないでください……」

鶴という姫君は、泣きながら懇願し姿を消した。

同じ夢を二晩も続けて見た研ぎ師。さすがに気のせいでは済ませられない。もう、不安いっぱい、胸騒ぎが止まらない様子。まさか。ひょっとしたら、あの夢に出てきた姫君は、この刀ではないのか。

そう思い当たった研ぎ師は、「姫鶴一文字」を手渡してきた家臣に相談。すると、なんと、この家臣も同じ夢を見ていたというのである。

「これは、一大事」

研ぎ師らは、こう判断して、主君である謙信に報告。自らを「毘沙門天」と称する上杉謙信のこと。即座に作業は中止が決定。その結果、謙信は、「姫鶴一文字」の刀身を短くすることなく、そのまま使ったという。

さて、実際のところ、夢に出てきた姫君が、「姫鶴一文字」の化身なのかは分からない。ただ、「姫鶴一文字」という名の由来はこの不可解な出来事から付けられたという。

どちらにせよ。

「姫鶴一文字」は、当初の長さのまま。我が身を傷つけられることなくご満悦。

「そうして、上杉謙信に、常に寄り添うことになったのであるという事なのだそうだ。今回の事、ほとほと私に感服したそうだ。何か気持を表したいと言って、これを下された」

「そんな大事な物、自分で持っていなくちゃいけないのじゃないの」

「だって、鶴姫だよ、これ」

「どれどれ」と康胤が無造作に刀を抜いた。

「すごい」奈津が言った。

「本当にもらってもいいのね」と言って兄から刀を取り返した。

「私には少し長いけど、短くできないものね。うふふ」



「雪の中ご苦労様でした」諏訪頼忠は武勝の手を握りながら言った。

「五十年の諏訪の願いが叶いました。有難うございました」守矢頼真が涙を流さんばかりで言った。彼は諏訪大社の神長官でもある。

「先祖代々の土地でもありますからね。やっと帰ってきた感があります。」

「それはようございました。凛姫様も、飛騨の内ケ島様と仲良くされているようですよ」

「まあ中に入ってゆっくりして下さい」

「有難いお話ですけど、松城の海津上で江馬さま、伊那の箕輪城で鰺坂様が待っておられるので、そうゆっくりも出来ないのです。落ち着いたらゆっくり話しましょう。諏訪湖の御神渡りも一度は見てみたいし」

「それはそれは、楽しみにしてください」

「ではまたお会いしましょう」


(8)一向宗門徒

まだまだ朝は寒く、山は白い。

北条との戦いの準備をするための、計画を練るため、武勝は直江兼続の屋敷に来ていた。

普通の戦い方では小田原城は落ちない。何と言っても武田信玄が攻め落とせず、あきらめて帰ったほどである。

北条氏は、居館を天守の周辺に置き、後背にあたる八幡山を詰の城としていた。北条氏康の時代には難攻不落、無敵の城といわれ、上杉謙信や武田信玄の攻撃に耐えた

主要部のすべてに石垣を用いた総石垣造りの城である。土塁のみの城の多い関東地方においては特殊と言え、関東の入口としての小田原城の重要性が窺える。また大手口前には丸馬出があった。

小田原城は中核部が二の丸総堀、三の丸総堀、総構堀によって三重に囲われた構造となっている。二の丸総堀は平地部及び八幡山古郭外周の堀が繋がったものである。三の丸総堀は近世城郭部の三の丸堀に加え、南側の天神山丘陵の尾根を走る空堀、そして最西端の小峰大堀切によって構成される。小峰大堀切は中世城郭部最大の遺構である。東側へと伸びる八幡山丘陵、天神山丘陵、谷津丘陵が集まる点にあり、各丘陵と西側の山地部を切断している。総構堀は上述のように小田原の町全体をとりかこんだ、連続した空堀と水堀である。山地部の空堀は小峰大堀切よりさらに西の小田原城最高所となるお鐘の台をとりこんでおり、ここから北西部の桜馬場、稲荷森の総構堀となっている。南西部の早川口や東部の蓮上院近辺は土塁が築かれたものだ。

直江兼続と武勝は頭を悩ませていた。それ程の城なのである。

「町ごと梁や塀で囲って、領民が中に住んでるなら、大量の人間を送り込むのはどうだ」

「それだけの兵はいない」

「いや、加賀の宗徒を送り込んで、一向宗を布教させる」

「それはどうかな。加賀の事は知っているだろうから、すぐに弾圧が始まる。我らとて信長のように撫で切りにされているのを見殺しにはできぬ」

「兵を千程混ぜる。入り込めたらまた人を送る」

「最終的にどれくらい送るのだ」

「三河に捕虜になっている者が五万、加賀から五万、一向宗を助け、一向宗の国にしてやる」

「一向宗門徒の頭と話をしなくてはならん。誰と話すのだ」

「顕如という人物がいる」

「浄土真宗石山本願寺の顕如か」

「そうだ、加賀の門徒にも命令は顕如から来ている」

「顕如がこちらを信用するか」

「信用しなくてもいい」

「信用しないなら顕如も動かないし、門とも動かない」

「門徒に噂を流す」

「何の噂だ」

「仏の与えた極楽浄土がここにあると」

「そんなことで奴らは動かないだろう」

「そこに何人か桜を使う」

「それで動くか」

「暴動を起こさせる。その援助を我々がする」

「最終的に十万の暴徒が発生する」

「戦どころではないか」

「暴徒を利用した戦だ」

「その後は」

「約束通り、門徒の国を作らせる」

「上手くいくのか」

「分からんが、加賀で苦労したが、今度は国として相模にできる。信長は震え上がるだろう。我々は彼らをできるだけ援助をする」

「北条が落ちたとして、今度は我々が手を焼くのではないか」

「我々は手を出さない。織田が手を出せないようにできれば良い」

「小田原地獄の始まりだな。」

「景勝殿はこういうのは嫌いだろう」

「ああ嫌いだ、真っ直ぐな方だから」

「だから俺たちでやらなければならん」

「いやな役目だ」

「先ずは顕如さんに会って来るよ」



「顕如さま、お初にお目に掛かります。私は椎名 康胤の名代でございます。今北陸は北陸連合から、上杉同盟になり軍事的に結びついております。今の織田に対抗し協力するためです。」

「良く参られた。此度は何用かな」

「加賀の件、残念です。三河に捕虜で五万の門徒が連れて行かれたと。」

「私どもは武力を持ちませんから、太刀打ちできず、門徒を助けることもできません」

「それで、大坂まで連れては来れませんが、船で関東に連れて行くのはどうでしょうか」「関東には、小田原に北条が居るであろう。それと戦えと」

「基本は関東に同化して頂くが良かろう。関東はまだまだ未開の地で知られていないが、京、大坂より広いのです」

「ほう、武蔵の国あたりか」

「上野、常陸、上聡辺りまで入れると相当広い」

「あなたはその辺に行ったことが」

「いえ有りません。人聞きですので。でも、当たらずとも遠からずかと」

「昔この地に大和という国があった頃、関東には日ノ本という国がありました。大和はどうしても日ノ本を滅ぼしたいので、征夷大将軍に坂上田村麻呂を任じてこの日ノ本という国を滅ぼした。その地が関東だと知っている方は少ない。千年前の話ですから。まあ良いでしょう。で、何をすればいいのです。」

「捕虜になった方全員を船に案内しますから、関東に移動して頂きたい。そこに念仏の国、生きる極楽浄土を作るのです。我々はそれに協力します。それを何とか伝えて頂きたい」

「日、出る方より仏の救い、突き進むべしと」

「地獄より舞い戻りましょう」


一向宗は、「南無阿弥陀仏」と唱える念仏を重視する仏教宗派です。阿弥陀仏にすがり、念仏によって誰もが極楽往生できるというシンプルな教えで民衆の支持を集めました。室町時代以降、強力な結束力を持つ教団に成長しました。

念仏の特徴として浄土真宗では、念仏は「自らの力で極楽へ行く手段」ではなく、阿弥陀如来への感謝と信の表れとされる「他力の念仏」です。

親鸞が開いた浄土真宗に対し、他宗派が「一向に(ひたすらに)念仏する」ことから「一向宗」と呼び始めました。蓮如の時代に教勢が拡大し、信徒たちは強固な組織力を持ちました。

厳しい禁制の中であっても、それをくぐり抜け、夜な夜な山の中や洞穴などに集まり、阿弥陀さまを御安置し、お勤めをし、仏法を聞き、お念仏申していたのです。

悲しみと絶望の中、法灯をつないでくださった方々から、改めて「お念仏申すことが大切である」という意思を受け継ぎました。


ここは三河の地。開墾と城の土塁を作るために人が連れて来られている。

「あなたが武勝さまですか。ここに五百人います。案内してください」

「あなたのお名前は」

「私に名前はありません。極楽浄土に宜しくお願い申し上げます」

「では順に船に乗ってください。いっぱいになった船から出してください」

「押すな、静かに、素早く」皆は黙って船に乗り込んでいった。

「現地についたら案内人の指示に従ってください」

「こっちの船から順に漕ぎ出せ」夜が明ける前に全ての船が東を目指した。西から来たのではなく、東から来たように見せかけるため、房総半島に上陸して、小田原を目指す。

たった二日で十か所から七万人が三河から消えた。

房総に着いた者から上総、下総、武蔵、を通って、小田原を目指す。加賀からも三万の門徒が移動している。一見小田原は人通りが多く、店は繁盛しているように見える。山際には掘っ立て小屋が次々と出来て、何をするでもなく、口をもごもごさせている。異様な風が吹く中、お昼ごろにあちこちの広場に食堂ができる。それに蟻が沸いたように群がる。


「門徒はどれ位いるんだ」

「ざっと十万」

「北条はなにも気付かないのか」

「気付いておろうよ。だが、何もすまい」

「どうして」

「北条気質だ。全て見えて、結論が出るまで動かない」

「景勝様には何と」

「十万の人間が殺されようとしている。救わねばと」

「賢い景勝様がそう簡単に騙されるものか」

「いや、騙されなぞしておらん。大義名分があって、目的が果たせる。ここは騙されてやろうかと」

「それが本音か」

「謙信様に歯向かう事は出来ぬ。だから言い訳を作ってやる」

「直江兼続が黙っておるまい」

「いや、黒い部分は兼続様が、だから景勝様は白くいられる」

「内も黒い所は全てお主だ」

「そういう人間が必要という事だ」

「で、これからどうする。」

「門徒に手を出す前に、景勝様に出て来てもらう」

「門徒どころではないと」

「まあ、そう言う事だ」



(9)北条征伐

上杉勢、五万が出てきた。本格的に上杉同名が動き始めたのである。

諏訪に集合し、甲斐を避け、川越を通って相模に出る。

まだ北条は動かない。鉄壁の小田原城があるからだ。広い城を取り囲むこともできない。

まさに北条氏政は余裕で朝餉を食べていた。

「どうじゃ、上杉は取り囲んだか」

「この広い塀と堀、取り囲むには五十万の兵が要りまする」福島勝広は笑いながら答えた。

「何年か前、武田に責められた時、堀や土塁を増やした。武田もやれぬことを、景勝はどうするか、高みの見物じゃあ、わははは」高笑いだ。

「泣いて帰るを見てやりましょうぞ」余裕を見せている。

「申し上げます」

「何事じゃあ」

「城門にて領民が喧嘩を始めておりまして」

「取締の役人はどうした」

「それが、押さえこめません」

「喧嘩の人数が多くて」

「高々百姓の喧嘩を納められんとは、殿、私が行ってきましょう」


「殿、大変でございます」

「どうした、喧嘩を納めてきたのではないのか」

「それが、やつらは一向宗の門徒でございます。念仏を唱えながら数がどんどん増えて、何千と武器を持っておりまする」

「なぜ門徒がそんなにおるのじゃ」

「以前から増えておりましたが、大人しく、悪さもしないので、放っておりました」

「それがなぜ急に騒ぎを起こしておるのじゃ」

「分かりませぬ。このままでは押さえられませぬ」

「軍を出して、場外に押し出せ」

「城門の外には上杉勢が居ります」

「門も開けられぬと申すか」

「それどころか、門徒が城門を開けようとしております」

「開けられたら敵の軍勢がなだれ込んでくるぞ。城内に我が勢は何人いる」

「三千位かと」

「三千しかおらんのか」

「申し上げます」

「今度は何ぞ」

「城門が開かれ、敵がなだれ込んでおります」

「止められんのか」

「もはや無理でございます」

「それどころか、敵に城門を閉められて、味方が助けに来られません」

「この小田原城が、こんなに簡単に落とされるとは」

「殿、如何致しましょう」

「如何も何も、降服するしかないであろう。上杉に伝令を送れ、味方には武器を捨て、降伏せよと申せ。無駄に命を落とさぬよう」氏政はがくっと腰を落とした。


北条 氏政、福島勝広、遠山綱景等が景勝の前に縛られて引き出されていた。

「氏政殿、久し振りでございます」笑いながら景勝は言った。

「まさか、景勝殿まで出張って来ておるとは」

「氏政殿に対するのに自ら出ねば失礼に当たると思いまして」

「一向宗門徒を利用するとは何という思い付き、感服いたしました」

「いやあ、彼らも悲しいさだめで可哀そうなので、何とか助けたいと思いまして」

「これから彼らをどうするのです。彼らはあなたを領主とは認めませんぞ」

「この地は彼らの物。我らは彼らを手助けしたに過ぎませぬ。あとは顕如殿次第」

「本気ですか」

「本気ですよ。これで謙信様に自慢ができ申す」



「この相模から、武蔵、上総、下総、上野、下野、常陸まで七か国、そなたたちの極楽浄土にするが良い」景勝は門徒らに言った。

「我らが出来るのはここまでじゃ。但し、絶対に他の大名に与するな。これが条件じゃ」高らかに皆に告げると小田原城を引き上げた。

「奴らの極楽浄土はこれからだ。我らはきっかけを与えたに過ぎぬ。地の大名や百姓やらに、慈悲と力と食料と、問題は山積みじゃからの」景勝は深い皺の奥を見せた。

今はみな平等だが、今から貧富の差と、身分の差ができる。その時の指導者が自分の利益に走るか、皆の幸福に向かうかは誰にもわからない。

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