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第一章 運命の彼方

(1)潮流の渦に巻き込まれて

時は嵐を呼ぶ戦国末期、時代は英雄を待っている。

織田信長の野望の元、この辺一帯も風前の灯火。浅井、朝倉が滅び、この西の加賀の国では一向衆の三万の農民が殺され、五万の人々が捕虜となった。生きるも地獄、死ぬも地獄、運否天賦のお先真っ暗の過酷過ぎる時代に生きる人々の運命。

ここは越中、椎名慶胤の領地、まもなく織田の蹂躙が始まる。

それにしても静かだ。いや静かなのは戦の前触れか。

南から飛騨、越中が降参し、次はここだ。降参して織田の下に附いたとて、信用を得るためには次の戦いに先陣を切るか、人柱となって、人間の壁を作るかだ。どっちに就いても死ぬ運命だ。何とか生き残っても、その地の裏切り者となり恨まれる。

ああ、何と生きにくい世の中だ。それでも腹は減る。どこかに飯屋はないか。

先の小川で馬に水を飲ませているのが見えた。

「もうし、この辺りで飯を食わせて呉れる所はないかな」

「この辺りはもうすぐ戦が始まる。あんた、ご浪人さんか」

「ああ、たまたま通りがかったんだが」

「それなら早く立ち退いた方がいいよ、戦に巻き込まれないようにね」

「あんたらは逃げないのかね」

「どこに逃げても戦だらけだ。逃げても無駄さ」

「早く誰かが天下を取ってくれれば好いんだけどね」

「あんたらにとっては誰でもいいんだろうけど、私等にとっては生きるか死ぬかだ」

「誰に付いたら死なないで済むか。そこが試案の難しい所」

「あんた浪人だろ。それならうちに仕官しないか。」

「戦になったら矢面に立って死ねと」

「生きるか死ぬかはあんたの運の強さ次第だ」

「運が強ければ浪人などしていない」

「いやいや、これから運が開けることもある。まあ、私も占い師じゃあないから何とも言えない」

「でも、ここの領主の椎名さんはどうするつもりかね。頼みの朝倉は負けちゃったし、武田の親父は死んじゃったし、上杉を頼るか。戦をした仲だ、助けてくれるかもよ」

「お握り一つ上げるわ」

「これは申し訳ない。有難く頂く」

「それでどうしたらいいと思う」

「何が」

「この戦よ。どうしたら勝てると思う」

「そうだな、勝とうと思っている間は勝てないな」

「そんな禅問答みたいなこと言って」

「多分、ここの殿様や重役は、何も決まらないうちに織田軍が来て、籠城だと言っている間に城は落ちる」

「時間を稼げば冬になるんじゃない。そうすれば引き上げるんじゃないの」

「こういうのを何度も経験している織田だ。時間を掛ければ信長に叱られる」

「守りに徹すれば時間は稼げると思うけど」

「三万の柴田が来る。正面突破なら一番強い。」

「昔、楠木正成が少数で勝った」

「そんな昔のこと。そうだな三日で城は落ちる」

「幾らなんでも」

「そう、今の織田なら三日だ」

「どうやって城を攻めるというの」

「三万も兵がいる。そいつ等に近辺の木を切ってこさせる。それを城の周りに積み上げる。そうして城山を丸ごと焼いてしまう」

「そんなひどいこと。女子供までいるのに」

「加賀の一揆を知っているか」

「聞いている」

「女子供、年寄りまでなで斬りの皆殺しだ。それに城丸ごと焼き上げるのを何度もやっている」

「だから三日なのね。どうすれば防げるの」

「だから、来る前に出る」

「来てしまったら焼かれるものね」

「でも、今の椎名は出る勇気が無い。だから負けるしかない」

「降参するしかないのね」

「嫌駄目だね。この辺りをいちいち落としていたのでは時間がかかる。だから見せしめとしてなるべくむごたらしく、派手にやるにはいい場所なんだ。降参は許さない。やるのも、逃げるのも今しかない。でも今の重役にはそれが分かっていない。死んでから一か八か打って出るべきだったと思うだろう。遅いけど、後の祭り」

「あんた私の参謀にならない。私付きの武将でもいいわ。悪いようにはしないから。私は椎名慶胤の娘、奈津。宜しく。城に行って様子を見てくからくるから城下で待っていて」馬に乗って行ってしまった。まあ、さし当って行く所もないし、どうなるか見てみるのも面白い。


奈津は門番に馬を任せ城、奥座敷に駆け込んだ。

「父上はどこ」

「今は評定の最中なれば」

「評定ね」小走りに駆けていく。

評定の部屋は思いの外、暗く静かに沈んでいた。

「父上、織田の軍勢がもう北飛騨の江馬の所まで来ているわ。まだ手を拱いているつもり」

「この大事な時に何を騒いでいるのだ」領主の慶胤は大声で言った。

「ここに来てもまだどうするか決められないの」

「ここは椎名の運命がかかっております。慎重に話し合いの上決めなければ、未来永劫の禍根を残すことになりましょうぞ」家老の上野勝重が余裕を見せて行った。余裕を見せている時間はないというのに。

奈津は皆を見回した。暗く失望の渦が渦巻いている。

「打って出ないでどうするの。待ってて何か良い事でも起こるの」

「女のお前の出る幕ではない」慶胤が叫ぶように言う。

「分かったわ。勝手にやるわ」と小走りに出て行った。

「何とじゃじゃ馬が、何も分かっておらぬ。皆も何か妙案はないのか」

「先程の和議の件、降服も許さぬとの返事、これ以上何が出来ましょうか、枕を並べて討ち死にしかない」

「殿、どうなされるのです」

「だから、何か妙案はないかと言うておる」

「こうなっては重役揃って首を差し出すしかないのでは」

「重役と言っても私なぞ、重役の端くれなれば、首を差し出しても何の役にも立たない」

「それを言うなら私が一番家禄が少ない」

「私なんか一番若造で」

「そんな話をして居る場合か。どう戦うかだろうが」

「三万の敵に戦うなんて、こちらはようやっと三千」

「一人十人だな」

「何が十人だ」

「一人が十人殺せば引き分け、いや勝てるかもしれない。それに尾張の兵は甲斐や越後に比べて弱いというぞ」

「でもその弱い尾張に甲斐は負けた」

「それとこれは話が別だ」

「何がどう別なのだ」

「ただの景気づけだ。何がどうという話ではない」

「お主らはそこで何下らぬ話をしている」

「これではいつまで経っても話が終わらぬ。おおい、誰か、皆に茶漬けを持て」

「そうだ、腹が減っては戦が出来ぬ」場は和らいだが、窮地なのは変わらない。


松倉城は越中最大規模を誇り、難攻不落の城として知られていた。松倉山山頂にあり、空堀で区切られた五つの郭が南北に並び、長さが五百間にも及ぶ巨大な城郭でした。背後の松倉金山で金の採掘が盛んに行われ、その経済力で勢力を誇っていたのだ。


「やっと見つけた、名前を聞いていなくて、探すのに往生したぞ」大声で奈津は言った。

「ああ先ほどの、私を、何で」

「名前を教えてください」

「菊池武勝、九州肥前の出だ」

「じゃあ、武さんね。それで何から始めればいいの。」

「何をだ」

「あんた、先程偉そうに言ったこと」

「だから何の話だ」

「だから、織田をやっつけるという話よ」

「それをお前がやるのか」

「そうよ私がやらないと誰もしないから」

「お前一人で何ができる」

「じゃあ人手がいるのね。どれ位いるの」

「まあ、千は欲しい。最低でも五百」

「ねえねえ、皆聞いて。いい仕事があるの。楽な仕事よ。それなのにいい金になる。早い者がちよ。」奈津が周りにいる者に、大声で声を掛けた。

「皆聞いて、私は椎名のお奈津、兵を集めているのじゃないの。仕事を頼みたいだけ。命がけじゃないのに大金が入る。こんないい仕事はないわ。稼ぎ時よ、稼ぎ時」

「何するんだい」中の一人が聞いた。

「何させるの」

「そうだな。木を切って運んだり、穴を掘ったり、石を集めたりかな」

「それって、いつもの仕事と同じだ」

「俺はやるぞ」

「じゃあ、人を集めて。たくさんいるの。斧や鎌に鍬を持ってきて」

「前金貰った者から仕事だ。行くよ。お奈津はどんどん集めて街道沿いのこちらに来させて」


「この辺でいいかな」

「何をするんだ」

「河原の握りこぶし位の石を集めてあの崖の上に運ぶんだ」

「どれ位あったらいいんだ」

「なるぶくたくさん」

「では後の人次行くよ」

「あそこの竹を切ってこの道沿いにその辺の蔦や蔓で縛って、斧で切ったらこう撥ねるように」

「こんな風でいいのかな」

「それを目立たぬように落ち葉や木の枝で隠して、では次」


「ここは蔓でこもを作って、石を入れて吊っておく。こちらは竹で筏のようにして上に石を載せて吊っておく。頼むよ。」


「ここはこの大きな木をあの木に吊って、綱を切ったら道の上をぶらぶらするように作ります。一本作ったら重くなるように木を五、六本になるよう付け足して重くしてください。それを出来れば十か所位は作ってください。では宜しくお願いします」


「ここはあの上に石や大木を置いて、落とせるようにしてください。なるべく簡単に落とせるよう、細工をしてください」


「ここは弓を作ります。とは言ってもこの竹で先に石をつけて 矢を作り。弓は立木に縛り付け固定して、十個位ずつ、出来るだけ多く作ってください」


夕方になって武勝は城下に帰った。奈津は火を焚いて、お握りと汁を用意して待っていた。

「どうだった。」

「後は明日だ」


翌日奈津は朝早くに迎えに来た。

「今日は私も現地に行くわ」

「飯や人集めはどうするんだ」

「部下を何人か置いてきたから大丈夫よ。明日には織田軍がやって来るというのに、じっとなんかしていられない」

「今日は馬をつれてきたわ。回るのに必要でしょう」

「ああ、これで指示しながら回れる。それと明日、動ける人間を選別したい」

「何をさせるの。戦うのは無理よ」

「大丈夫。綱を切って回るだけだ」

「ああ、実際に罠に掛ける人間ね」

「掛けて逃げる人間だ。それに分捕り品の回収だ」

「分捕り品」

「奴らが逃げた後の置き土産の回収」

「勝てればの話でしょう」

「大丈夫だ、勝てなければ死んでいる。死んだ後の心配はいらぬ」

「男はそうでしょうけど、女はそうは行かないの」

「なんで」

「女は死ぬ時はきれいに死にたい」

「何を下らぬ」

「そういう男は女にもてない」

「男は力で、女は美貌か」

「だからそんな男は持てないって言ってるでしょう」

「女心と秋の空」と言おうとして辞めた。


昼飯を食ってから、罠の人間の選別だ。

罠が約二百か所、一か所に出来れば二人から三人は欲しい。五、六百人は必要だ。だが、網を斧やなたで切るだけだと思って、軽く考えて結構集まった。

集まった者から役割分担。

「では皆さんの場所決めをします。二人から三人の組になってください。並んだ前の組から順に決まりです。前後で交代しても構いません。

「罠の綱を切ったら急いで逃げる。様子見をしていたら捕まる。山の方に逃げて隠れる。誰かが捕まっても今は助けに行かない。とにかく逃げる。遠くから様子見をしながら、大丈夫だと思ってもすぐには近寄らない。」

「前金はこれだけだけど、勝てば食料や武器が手に入る。一日で大金持ちよ」奈津が景気の良いことを言いながら笑っている。

「明日昼頃の織田勢は来るから朝の内にそれぞれの場所に待機。水と飯を忘れないこと。先頭がここに着たら合図の狼煙を上げる。そうしたら一斉に始めてくれ。くれぐれも慌てないように。終わったらここに集合です。」

「では明日、先ずはここに集合する。宜しく頼む。では解散する」


「では皆さん自分の分担の場所はわかっていますか。ではそれぞれの場所に移動します。移動開始。」

「大丈夫でしょうか。」

「何が」

「だってみんな農家の方で、戦なんて初めてでしょう」

「やるだけの事はやったし、後は野となれ山となれですよ」

「でも心配で心配で」

「では我々も第一狼煙山に出かけよう」

「馬に乗るのお上手なんですね」

「馬にも乗れねば仕官は難しいですから」

「仕官するつもりはあるんですか」

「そりゃあそうですよ。いつまでも浪人という訳にはいきませんから」

「気楽に浪人しているのかと」

「ここから良く見えますね。座ってお茶でも飲みながら待ってましょう」

「これから戦だというのに何と平和なんでしょう」

「おお、やってきましたよ。狼煙はまだですよ、まだ」

「案外のろのろ来るんですね」

「急ぎの用が無ければこんなものですよ」

「こんな輩に負けるなんて、まだですか、あの曲がり角まで来ましたよ」

「この下を通り過ぎてからです」

「でも狼煙の火が付かなかったらどうするんですか」

「炭に火が付いていつでもやれますから落ち着いてください」

「火のついた炭に藁をくべて燃え上がった所に桧や過ぎの枝をくべて煙を出すんですよね」

「ええそうです。狼煙を上げたら急いで山を下りて、でないと人が来ますから、急いで逃げないと」と言って笑っている。

「ではそろそろ準備をして狼煙を上げてください」

「ああ、うまくいきますように、これをしくじったら地獄行き」

「さあ始まりましたよ。あそこ、上手く行っているようですね。でも、成果が大きくならないと、奴らが引き上げてくれないと困る」

「では我々も降りよう」山の裏の麓まで下りて、馬で待ち合わせ場所に行く。

「大丈夫でしょうか」奈津が心配そうに聞くが、今は何もわからない。

集合場所にはもう五、六十人が集まっていた。

「どうだった」

「敵の真ん中に石を落としてやったぞ。」

「竹ではじくのなんか、まとめて何人も川に落としてすごかったぞ」

「大慌てで逃げようとして人にぶつかったり、踏んずけたり、阿鼻叫喚」

「地獄の様を見ているようだった」

「奈津、ここでは様子が分からん。見に行こう」

「俺たちも着いて行くぞ」

「俺も行くぞ」


石に潰されてうめいている。まずは刀や槍を奪って逃げた方に追っていく。どうも、荷物も放り出して逃げたようだ。だが、一度退却をして、立て直して攻めてくるかもしれない。用心をしながら武勝と奈津は馬に乗って先頭を行く。どうやら逃げ帰った様子だ。

「よし、皆で勝ち戦の分捕りだ。戦利品は一度先程の所に集めておけ。荷車を出して、武器や食料だけでなく、馬もだ。それがすんだら死体の片付けだ。そのままだと腐って異臭を発生させる。

「奈津、お前領主に報告をして来い。」

「いや、あなたも一緒に行こう。私じゃあ説明できない」

「分かった。皆、城に行ってくるから仕分けをしていてくれ」二人は馬に乗って城に急いだ。城ではまだ織田軍が退却したのを知らないため、緊張の中であった。

「父上、まだここで話をしているのですか」

「そろそろ織田軍がこの城を取り囲んでくるじゃろう。だがこの城、難攻不落の城じゃあ。簡単には落ちはせぬ」慶胤は苦虫を嚙み潰したように言った。

「御重役の方々はどうです」

「それは殿の方針に反対はできませぬゆえ」

「ここでじっとしているのですか」

「殿、報告が」外から声がした。

「苦しゅうない、申せ」

「織田軍が引き上げて行きます」

「何じゃと、本当か、なぜじゃあ」

「姫様が織田軍を引き上げさせたとのこと。罠で大被害の織田軍は引き上げざるを得ないかと」

「奈津、これはどういう事じゃ、説明せい」慶胤は言う。

「重役たち皆様が、文句ばっかりで何もしない故、私たち、急遽作った奈津姫隊で織田軍を懲らしめたまで。皆さまは後片付けをお願いしますわ。それと殿、褒賞はどうします」

「まあ、仔細が分かった後という事で」

(2)椎名奈津姫隊

奈津姫隊、五百で三万の織田軍を撃退したとの噂は瞬く間に広がった。そのくせ、椎名軍本体は怯えて隠れていたとか、夜逃げの算段をしていたとか、悪い噂ばかりだ。

「わしらとて何もしていない訳じゃない。戦の準備で忙しかった。上手くいったから良いような物で、織田軍に取り囲まれたら南正門、東、西門の三か所を守らねばならないから、準備に忙しいのだと。

勝ち戦の褒賞評定が開かれた。

「だいたい、職も上の許可もなく勝手に動いた奴らに何の褒賞がいるのか」

「命令を無視しての勝手な振る舞い、褒賞どころか、罰を与えねばならぬところだ」

「これでもし、姫様に何かあったらどう責任を取るのか」

「殿の許可なく、勝手に戦うなど、言語道断な振る舞い」


「重役の皆さまは、忘れているかもしれませんが、加賀の一向一揆を見ての通り、織田信長は一万で負ければ、次は三万、三万で負ければ次は五万をつぎ込んできます。信長は勝つまであきらめません。皆さまは次の五万はどうしますか。我々は今回勝手なことをしたという事で、謹慎していますから、皆さま宜しく。見物していますからね。」

「そうけんか腰になるな。織田はまた来るか」

「一向衆との戦いを見ても分かります」

「いつ来る」

「今から秋になれば冬はすぐ。この辺は雪が深いですから、雪解けを待ってでしょう」

「それまでは安心という訳か」

「いいえ、それまでに準備が終わっていなければ、負けは見えています」

「準備とは何するのか」

「能登、加賀、越中、飛騨をまとめ上げて甲斐、信濃を取ります。」

「畠山、神保、三木が黙っておるまい」

「連合を組まぬ奴らは滅ぼすまで」

「それを春までにか」

「北陸をまとめるまでを秋まで、甲斐を取るまでを年内、やるしかないでしょう。皆さんも死ぬ気でやるしかないんです」

「だいたいこの秋までに北陸を統一出来るなら、とっくにやっておるわ」

「信長の天下布武も出来るとは思っていなかったでしょう。まあやらなければ滅ぼされるだけですから」

「その前に、奈津姫隊というのは何だ、何時出来たのだ」

五日ほど前に、百姓の次男、三男をまとめ上げて作りました」

「百姓か、百姓を集めて何の役に立つのだ」

「織田に勝ちました」

「一度勝った位で、大きな顔をするな」

「こんな手は二度は使えません。だからこの北陸を統一しなければならないんです」

「だいたいお前は誰だ。見たこともない顔だが。」

「そうでしょう。私は椎名の家臣ではありませんから」

「椎名の者でないのに、なぜここにいる。ここは評定の間だ」

「椎名の者ではないが、奈津姫隊の棟梁だ」

「誰が任命したのだ」

「そりゃあ奈津姫隊ですから、奈津姫です。ですよね、奈津姫」

「ええそうです。織田に勝てるなら全権を与えると。まあ、織田に勝てるなら誰でも良かったのですけど。あなたたちの中に、私が勝ってきますという者がいれば、その方が良かったのですけど、あの評定の様子では無理でしょう」

「あの時は織田がこんなに弱いとは思いませんから」

「ホントにそうか」

「当たり前でございます。領民の、それも農民で勝てたのですぞ。次は私が先頭に立って勝ってまいりましょう。」

「お前は去年、隣の鯵坂に派手に負けたな」

「鰺坂は汚い手を使ってきました」

「鰺坂と信長、どちらが強いと思うか」

「そりゃあ、鰺坂でございます」

「お前のような家臣を持って頭が痛い。もう良い皆も下がれ」どやどやっと文句を言いながら控えの間に引き上げていった。助かれば今度は自分の立場を確保しなければならないと思っている。

「ホントにどいつもこいつも馬鹿ばっかりで、役に立たぬ」部屋の中をぐるぐる回りながら頭を抱えた。

「だいたい、あの信長にどうやって勝ったのだ。見当もつかぬ」

「この秋までに北陸を統一する。今年の内に甲斐、信濃を攻める。どうしたらそんな事ができる」

「そんなこと無理に決まっている。本当にできるなら、信長に代わって、わしが天下布武を唱えておるわ」ぶつぶつ言っていると。

「父上、宜しいですか」と言って奈津が入ってきた。

「隊の恩賞が無いなら、織田から分捕った品々は、仲間内で分けても良いですか」

「自分たちで取って来た物だ。好きにすれば宜しかろう」不機嫌そうに言った。

「ではそうします。失礼します」襖をピシッと閉めて立ち去ったようだ。


織田分捕り品を分けるという事で全員集合したので、隊分けをした。百人ずつの第一から第五大隊とし、大隊の二十人ずつを第一から第五小隊とする。大隊は隊長と副官を、小隊には小隊長を任命する。

まずは分捕った鎧、刀から隊長格が取り、残りはみんなが取り、余った物を予備とする。

次の元気な馬が二十頭程いるので、隊長と副官に一頭ずつ、残りは連絡係用と予備にする。

鎧を着て、刀槍を持つといっぱしの兵に見える。

次に重症の馬は可哀そうだが殺した。死んだ馬と合わせて冬の乾燥肉とした。後の米や大豆等はみなに分配した。

「これでこの冬を越せるぜ」

「米も肉もある。食べ放題だ」

「隊長格の者は作戦会議をするので、明日は集合してくれ」

「大隊の隊長と副官の組み合わせは良いか。良ければ、隊長の家と副官の家を提供してもらった。長屋だが、雨露は防げる。場所を教えるから今から行ってみてくれ」鎧、刀を携えて着いて行く。隊長と副官は隣り通しに決める。一軒分は談合と連絡場所とする。馬小屋は一ヶ所にまとめて飼い、飼育番の二人を決めて、二階を住居とした。

一軒余っているので、皆の食堂とした。

翌日、談合の家に集まった奈津姫隊の幹部会議を始める。まず奈津姫の挨拶からだ。

「今回は大変ご苦労だった。実はホントの事を言うと織田に勝てるとは思わなかった。これが本音だ」隣の武勝が指でつつく。

「もっと景気の良い話をしてください。」

「分かった。そういう訳で私は大変うれしい。知っていると思うが、私の参謀と大隊長の菊池武勝だ。今回の作戦も彼が考えたものだ。ではここからの話は彼から話す」

「私が参謀の菊池武勝である。武さんとでも呼んでもらおう。御覧の通り、お奈津は、いや奈津姫は泣き虫で気が弱くてお転婆で」

「ちょっと、それって、私の悪口よね」ふくれっ面で言った。皆はどっと笑ったが、

「失礼しちゃうわ」と横を向いた。

「と、この様に単純へちゃむくれだが、二度と姫が悲しむような事はさせないつもりだ。皆も心してもらいたい」皆は真顔になった。

「そこでこれからの事だが、まずは隣国の鯵坂を落とす。その後は北飛騨の江馬だ」

「鯵坂って、去年負けた所だろ。どうするんだ」

「長い竹ざおでしばく」

「竿でしばくのかえ」

「お前たち、剣術はできるか。」

「俺たちは鍬しか持ったことがねえ。剣術なんてできねえ」

「近寄ったら勝てない。だから長い竿でしばく。槍よりもずっと長い竹竿で、その上槍より軽い。叩く、突くだ」

「余りかっこ良くはないな。」

「慣れれば、いろんな武器を持ってもいいが、まずは石投げに竹竿だ。」

「竹は刀で切られるべ」

「竹は幾らでもある。それに軽い。いっぱい持っていく。橋にも梯子にも色々役に立つ」

「それにこの辺、いっぱい有るし」

「そうだ。先ず戦うとして、敵が集団で来たら、敵は槍をこちらに向けて進んでくる。槍先が二間程に近ずいたら、思い切って竹竿を振り下ろす。敵に当たっても当たらなくても、反動で持ち上がるから、また振り下ろす。敵が動かなくなるまで繰り返す。米つきバッタ作戦だ。試してみればこの恐ろしさが分かる」


(3)各々の正義

新庄城を攻める準備が急速に進められていた。内密に、重役も知らない、城主しか知らない。秋風が吹くと戦も終わりだ。特に北陸は雪が深い、豪雪の地だ。雪が降り始めたら、もう家から出られない。じっと家に籠る。その油断を狙う。

雪が舞う城門は閉まり門の外に門番はいない。門の両横に竹で作った梯子を掛け、静かに登っていく。二人ずつ上ったら、網を伝わり音もなく降りていく。その間にもう二人ずつ上っていく。誰も気づかぬ闇の中闇の中、門の左右に四人、門番を狙って近づいていく。音もなく殺して、門を開ける。その後、第二門を開けに行く。夜明け前、誰もきずく前にやらねばならない。兵の半数が門の内に、門を閉めて控える。残り半数が、城の中に入っていく。暗がりの中静かに寝ている兵を殺していく。夜が明ける頃には城内は奈津姫隊に制圧されていた。

「あなたの仕事はこれからですよ」武勝は引きつった顔の奈津に言った。

「分かっているわよ。あなたが鰺坂 宗信ね。戦国の習い、打ち取らせてもらうわ」

「私は良いが、長実はどうなる」あきらめ顔で言った.

「それについて相談があります」武勝は静かに言った。

「敗れた我らに相談とはいかな相談か。一家皆殺しにすればよかろう。それでは足りぬか」

「申し上げます。鯵坂家老、菅屋長頼殿、参られました。」

「おのれ、長頼、裏切りおったか」

「いいえ、菅屋長頼殿は決して裏切ってなどおりません。鯵坂のこれからを相談するために来て頂いた。これからこの北陸は織田に蹂躙されます」

「そんな事、 死に行く我らには何の関係もない事」

「そうではない。一時この鰺坂領は我が椎名領にさせて頂く。だが、北陸を統一の後武田を制圧いたす。武田領の三分の一は織田が取りまする。残りの三分の一は北条が取りましょう。だがその残りは我らが頂く。その内の半分を鰺坂 長実殿に治めて頂く計画でござる。その為、ご家老以下、有力家臣の皆様に黙って我らに従って頂きたい。それまではこの地にそのまま残って頂いて構いませぬ。如何であろうか」

「殿はどうなる」

「あなた方にお任せいたす。但し隠居して頂き後継者は長実殿とする。但し、決定は一年後とします。それまでは宗信殿は人質として我らの元にいて、家臣の方には我らに従って精進して頂く恰好をしてもらいたい。現時点では約定を交わす分けにはいかぬゆえ、私とあなた方との口約束でしかないが」

「分かった信用しよう。まあこの状況で騙したとして何も徳はないしな」

「これは我が殿にしか話しておらぬゆえ、要らぬ事を言う輩がいるかもしれないが、長くて一年だと思って自重して頂きたい。お願い致す」

「万事分かり申した。こちら側の事は全てお任せあれ」秘密会談はこうして終わり、鰺坂領は一夜で落ちたこととなった。

椎名軍は静かにしかし急いでいた。北飛騨の飛騨諏訪城を落とさなければならない。鰺坂の事が漏れる前に城を落とす計画だ。江馬時盛もまさか椎名軍が攻めて来るとは思っていないだろう。高原諏訪城は、江馬氏下館の背後にある規模の大きな山城であり、巨大な堀切や長大な竪堀が最大の特徴で、飛騨有数の山城である。

椎名軍の戦法は鰺坂の時と同じで、夜中忍び込んで門番を殺し、外からは助けが来ないように、城内はまさか戦が起こるとは思っていないため、普通の生活のため、大部分の武将や兵隊は自分の領地や家に帰っているため、兵隊の数は少ない。半時ほどで制圧した。

領主の江馬時盛と、輝盛を縛り上げ、家老の山県昌景が来るのを待っていた。

領主、家老が揃ったら、鰺坂の時と同じく、今後の事を相談する予定だ。



(4)闇の中の秘密会議


「遅いわねえ、大丈夫かしら」奈津がいらいらしながら武勝が帰って来るのを待っている。

「大丈夫ですよ。武勝様は天狗のような方ですから」付きの登女が言った。

「大丈夫なのは分かっているけど、報告位寄越しなさいって言ってるの」部屋の中をうろうろしながら、待っている。

「だいたい五百人で、城を落とすって、無理に決まっているじゃない。それも二か所よ。馬鹿にしてるわよ」もう何に怒っているのか分からない。只の八つ当たりなのだから。

「でも武勝様ならやり遂げますよ。天狗ですから」おかしそうに笑っている。

「天狗でも何でも負ける時は負けるの」

「姫様は負けると思っているのですか。武勝様は勝ってくると言われましたよ」

「負けて来るという訳ないじゃない。馬鹿じゃないの」

「そんなに心配なんですか。こんなに朝早くから起こされて、私も大変なんですよ、我儘な姫様に付き合わされて」

「ううん、何暢気なことを言ってるの、この生きるか死ぬかっていう時に」いらいらはどんどん増してくる。明け方には勝負はついているはずだ。そうでないならうまくいっていない証拠だ。

「父上の所に行って来る」と言って奈津は部屋を飛び出した。

「父上、父上」

「おお、姫か、どうだった。いえまだ、何も」しどろもどろだ。

「少し落ち着け」

「なぜ父上はそんなに冷静でいられるのですか」

「武勝殿が言っておられたであろう。これは秘密作戦だと。お前が騒ぎ立ててどうする」

「何も知らせが無いと、じっとしておられません」

「落ち着いて、まあ、茶でも飲め」

「お茶なんかいつでも飲めまする。ううん、いらいらする」

「殿、申し上げまする」近習の者が声を掛けた。

「聞こう。菊池殿から報告。予定通りと」

「そうか予定通りか、重役を急ぎ集めよ、評定を開く」

「父上、良かったあ」奈津は泣きそうだった。慶胤は優しく微笑んでいた。

「誰かおるか」

「はい只今」

「もうすぐ、武勝は腹を空かせて帰ってくる。飯の支度をしておけ」

「承知いたしました」


「殿」

「何事」

「武勝様がお戻りになり、奥の部屋で報告がしたいと」

「よしすぐ行く」

「殿様、報告に参りました」武勝が平伏しながら声を上げた。慶胤の横に奈津が座っている。

「首尾は」

「予定通り」

「で、これからどうする」

「先ずは顔合わせから」

「そうだな。腹を割って話せればいいが」

「だいたいのこれからを話しておりますれば」

「了承したか」

「領主と家老殿には納得して頂いております」

「では、会おう」


薄暗い松倉城の奥座敷に椎名慶胤と奈津姫、武勝の前に新庄城の鰺坂 宗信と荒子五郎兵衛、飛騨諏訪城の江馬時盛と山県昌景が座っている。

刀は持っていないが縛られてもいない。

「これはこれは、ようこそおいでなされた」

「いや、応もなく良い気持ちで寝ておる所を叩き起こされた」

「まあ、これから面白いものを見せてくれるというに、楽しみにしておるぞ」

「そんな風に言われると臍が痒い」

「それでどうするのじゃ」

「先ずは我々が悪者になります。その裏であなた方と話したことを他の方にも話して納得して頂く」

「順調に運べば良いが」

「それまでは、我が家臣の前に手も下手な芝居をして頂く」

「最終的にはどうするのだ」

「越中、越後、信濃まで手を組みまする」

「上杉はどうする。黙ってはいまい」

「上杉 景勝殿に我々の総領になって頂く」

「まとめて子分にしてくださいって頼むのか」

「今のこの辺りで一番の人物は景勝殿しかおられませぬ」

「いっそのこと、お主がやったらどうだ」

「無理でございます。九州の薩摩、四国の長曾我部、東北の伊達まで巻き込むのは私では無理なれば」

「大層な計画よのう」

「これで信長とは五分、これしか信長に対抗する術がございません」

「この間まで尾張の大戯けがこんなに大きくなるとはな」

「北条はどうする」

「あの北条では話ができ申さぬ故、潰します」

「潰しますか、末恐ろしい」

「この後大広間で重臣の方々と芝居の一幕目をご披露して頂きます。ではそういうことで、一同の方々には、まず食事をして頂きます。では皆さま良しなに。」


(5)強敵を超える

大広間に家臣幹部が集まり、その中央に新庄城の鰺坂 宗信と荒子五郎兵衛、飛騨諏訪城の江馬時盛と山県昌景が縛られ、髪は解かれて座っている。

「昨年は大層世話になった。今回はお返しをせねばならんな、鯵坂殿」武隈元員が彼らを見てニタニタしている。

「殿のおなり」出て来るや、席にもつかず、

「これは鯵坂殿、江馬殿、戦国の習いとはいえ、お心察し致す。何度も立ち会い申したが、これよりは仲良く碁でも打ちたいものだ」笑いながら、目くばせをしている。これだけ芝居が下手とは

「父上、お二人の今後とこれからの評定の場、落ち着きください」奈津が笑いを堪えながら言った。

「そうじゃそうじゃ、鰺坂殿は上野勝重の預かり、江馬殿は神前和泉守の預かりとする。お二人は遠慮せず、注文があれば申してくだされ」白湯を飲み干して、

「臣下の者どもは、急には立ち退く所もありますまい。こちらの命があるまではそのままで良い」

「立ち退かせるのでは」が訝しげに聞いた。

「元の城主が人質に取られているのだ。下手なことはできまい」

「分かりました。」

「但し、鰺坂 長実、江馬 輝盛はこの城に留め置く」

「親子分けて置けばお互いが人質とな扱いやすい、殿、さすがでございます」

「城主は急には決められぬゆえ、後日決定事項とする。次はこれからの事だが、武勝、説明してくれ」

「分かりました。我々の目的は織田に抵抗できる勢力を育てることに有ります。それにはまずは、この北陸を統一することです。能登、加賀、越中、飛騨をまとめ上げなくてはなりません。畠山殿、神保殿、三木殿、内ケ島殿と密約を交わし、軍事同盟を組みます。そのうえで、諏訪殿と組んで、甲斐、信濃をとります。織田や北条も出て来て取り合いです。出来れば武田の半分を取りたい。それを諏訪と分けます。尾張、美濃、近江、三河、遠江の織田と十分戦えますので。」

「畠山や三木と誰が話をつけるのだ」

「急ぎますので、奈津姫と私が北方面を、南を鰺坂 長実殿と江馬 輝盛殿にお願いしようかと」

「鰺坂と江馬にか」

「その間に皆様には信濃を取って頂きます。鰺坂と江馬の軍にも協力して頂きますれば、今年中にお願いします」

「今年中にか」

「来年には織田、徳川、北条が本気で出てきます。それまでに切り取れるだけ切り取ってください。とにかく大きくして、最低でも五万の兵を動かせるようにします。内訳としては殿の兵が二万、上野殿、武隈殿、神前殿には各一万の兵を率いて頂きます。後は器量次第という事で。あちこち手を出している織田ですから、それ以上をこちらに向けることはできませんから、これで織田の報復を一応防げます。これ以外に我々が滅ぶのを防ぐ手はありませんから。宜しくお願い申します」

「なお信濃攻めですが、鰺坂と江馬から三千ずつ出してもらいます。それを上野殿、武隈殿、神前殿はご自分の兵、千と鰺坂と江馬から二千の各三千で諏訪と協力の上分捕って頂きたい。

上野殿に荒子五郎兵衛殿、武隈殿に菅屋長頼殿、神前殿には山県昌景殿が副官としてついてもらいますから、、他の兵とて十分働けます。では十分打ち合わせの後、なるべく早く出立して頂きたい。良い正月になるよう、頑張りましょう」


奈津と武勝は朝早く馬で出発した。まず越中の神保慶宗を訪ねる。南の三木と内ケ島には鰺坂 長実と江馬輝盛が説得に動いていた。

奈津と武勝の向かった畠山義続の七尾城は、能登国の守護・畠山氏に築いた城館で、全国でも屈指の規模を有する。石動山系に築かれた城域は、山上から山麓までの自然地形を巧みに利用し、七尾の地名の由来となった七つの尾根筋を中心に多数の曲輪(屋敷地)を連ね、山麓には城下の町並みが形成され京風の能登畠山文化が華やいでいた。

七尾城に着くや父の名代として、畠山義続と話し合いを持った。北に離れている能登の畠山では、それほど緊急性を感じていなかった。だが、朝倉、武田、それに加賀の一向衆を排除した北陸は、たとえ能登の離れた地であったとしても瞬く間に蹂躙されるだろう。信長は一度狙った物は絶対あきらめない。降服しても安堵できない。人身御供か、人の壁か、人柱だ。徹底してすり潰していく。生きるか死ぬかの戦いなのだ。そこを実感できるかだ。朝倉や加賀がやられたように、これから武田がやられるように、北陸能登も蹂躙される。避けるには北陸で一致協力ができるかだ。

「そなたらも、鰺坂、江馬を攻めたであろう。織田とどこが違うのだ」義続は厳しく問おた。

「何もせず、ここに来て話を聞いてくれましたか。目の前に危機が来て初めて防御を考えるものです。この地も攻められる、長く戦ってきた敵とは違います。皆殺しにしてくる強敵です。」

「我らには我らの戦い方がある。口を出さないで欲しい。」

「畠山殿が織田に勝てれば何も言いません。能登が負け、加賀が負け、越中が負け、飛騨が負け、そして皆負ける。」

「我が畠山家は守護・畠山で、何百年続いた名家だ。その方ら下克上の家とは違う。そう簡単に潰されはしない」

「長く続こうが、短かろうが、今の力が強いかだ。強大な力には皆でまとまって戦うしかない」

「信長に負けたくないなら、皆で、わしの下に附くが良いぞ。わしが人柱に使ってやろう」

「協力体制が出来ないなら、私が潰します」

「ほう、今度は脅しか」

「織田にやられるところを黙ってみている訳にはいきませんから。では奈津姫帰りましょう」

「急ぎませぬと峠を越える前に雪になるかもしれません」

「いつでも良いぞ。戦ならわしの方が良く知っているでな。わははは」体をゆすって笑っていた。

二人は黙って後にした。街道を抜けて、城下町を過ぎた。山の入り口にある荒れ寺で、火を起こし、

体を温める。

「猟師のような格好の男が、静かに近づいて来た。

「どうでございました」

「あれは噂通り駄目だな。息子の方は頭が切れるというから、代替わりをせねば潰れる」

「どうしますか、」

「今夜やる。日にちも無いからな」

「では準備します」

「宜しく頼む」

「どなたですか」奈津が聞く

「飯田元親だ」

「元親を連れて来ていたのですか」

「用心のため、第一大隊を連れてきている」

「いつの間に」

「帰ったらすぐ準備をしてもらっていた」

「まあ、用意のいい事」

「少し寝て置け、明日は早いぞ、明るくなる前に始める」


「おい、起きろ、騒ぐなよ」

「早く縛れ、騒がぬよう猿轡をしろ。ほれ袋に入れろ、よし、担いで行け」

「城門を開けろ、通ったら締めておけよ」

「よし二人で担いで走れ、急げ、急げ」


「連れてきました」

「気付かれたか」

「大丈夫です」

「怪我をさせていないな」

「丁寧に扱っていますから」馬に布団を厚くしいて、洲巻にした人を乗せ、落ちないように縛る」

「よし、引き上げるぞ」

「お前たちはこいつを連れて城に帰れ。俺たちはもう一仕事ある」十人程をつけて行かせた。

「次は神保だ」武勝はは奈津に行った。奈津は黙って頷いた。


砺波東部の庄川支流、和田川東岸にあり、南北朝から中世末まで続いた典型的な山城。越中三大山城のひと つとして知られ、神保氏の重要拠点であった。

 一の丸は和田川に面した崖の上にあり、格好の自然条件に恵まれていた。和田川を挟んだ西岸には、城下町が広がっている。城内には、二の丸、三の丸があり、空堀や石垣などで囲まれている。二の丸には、通称「神水鉢」と呼ばれる石鉢があり、日照りにも決して水がかれなかった。

城内に入って、要件を告げるとすぐに神保慶宗は会ってくれた。

「よう来られた。織田に責められた大変であったろう。椎名の次は我らじゃ。気が気でなかった。実を言うと降服を申し出たのじゃが、聞き入れてもらえんかった。もう覚悟を決めた所であった」

「それに比べて我が重役は、方針も決められない、弱虫ばっかりじゃて」

「姫、その辺で」

「引き上げた柴田の顔が浮かぶわい。それで今回来られた用向きは」

「この北陸で同盟を組んで、一気団結して戦えればやれるのではないかと思って、父の名代で参りました」

「そうじゃ、そうじゃ、それしかないよのう」

「能登の畠山に行ってまいりましたが、まだまだ遠くの話と思っておいでのようで。」

「阿奴は自分の事しか考えぬ小心者じゃ。勝てる戦は呼びもせんのにやってきて恩に着せる。負けそうになったら平気で裏切る。阿奴には気を付けなされよ。」

「有難うございます。流石は名高い神保様。頼りになります。」

「わしも長くやっておるから、人の胸の内が見えてくるのよ」

「流石でございます。畠山義綱殿はどうでござろう。噂では切れ者だと」

「息子か、親父より擦れてないだけましかのう。だが、もう少し戦いで命を懸けた経験をすればよくなろうが、まだまだ若さが出る」

「その辺が、我々には分かりませぬ。経験が物を言うという所ですかな」

「こればかりは本を読んでも、教えられても理解が出来ぬ。まあじっくり勉強なされよ」

「これは有り難い教え、心に刻んでおきます。では織田が来た時は一緒に目に物見せてやりましょう。今回はお目に掛かれて幸運でした。これからも色々とお教えくだされ」

「おお、良い良い、何時でも来なされ」

「ではこれで失礼いたします」

「椎名慶胤殿に宜しくお伝えくだされ」



「どうも軽くて、信用できない」

「まあ、あんなものだろう。それより、飛騨の連中がどう出るかだな。それより早く帰って、信濃の援護だ」

「上手くいってるという話だけど」

「今までの、普通の戦なら、勝ち戦でいいんだけど、年内に間に合わぬ。本当は畠山、神保、三木も兵を出してくれればいいんだが、まあ無理だろう。今から協力体制を強固にしていかねばならない」

「計画通りでなくても、まあまあ最低の線は超えているんじゃない」

「実は年内にもう一つ難題を越えなくてはならない」

「なあに」

「世代交代。信長は若い。だから各領主も若返りが必要だ」

「それより、畠山はどうするの」

「畠山義綱殿を呼んで、彼と折衝する」

「父親の誘拐した所に来るかしら」

「普通は来ない。来て殺されたら跡継ぎもいないことになる」

「じゃあどうやって呼び出すの」

「誠を持って説得する」

「説得の前じゃあ来ないんじゃない」

「餌をまく」

「親父と」「と」

「嫁」「嫁って」

「各家の姫を他の家に嫁がせて、つながりを強める」

「誰を誰に嫁がせるの」

「まだ決まっていない」

「一段落した所で、皆を集めてお見合いをする。後は本人次第」

「私もその中の入っているの」

「そうだ」

「相手がいなかったら。」

「大丈夫だ。本人が思っているより美人だ」

「じゃあ、その時は責任取ってよ」

「ああいいよ」



(6)北陸連合に向かって

奈津姫隊の評定会議の場だ。

菊池武勝が皆に向かって話をしている。皆は黙って聞いている。

「そろそろ十二月だ。次の段階に行かねばならぬ。後継者を全員集めて話し合いをしたいので、全員集めてくれ」

「密書を用意したので早急に送って、各家の後継者と姫を集めてくれ」


「畠山義続殿、ご機嫌は如何でしょうか」

「こんな扱いを受けて機嫌が良かろうはずが無かろう」

「我々としては、我らに賛同して頂けるのなら、こんな事はしたくなかったのですが、こうなると仕方ありません」

「殺すか」

「別に殺しやしません」

「生かして置く訳にもいくまい」

「次の領主に任せます」

「次の領主とは誰だ」

「第一候補が畠山義綱、第二候補が遊佐続光のご子息、第三候補が温井総貞のご子息、一応お話をさせて頂き、遊佐殿、温井殿には了承してもらっております。義綱殿が断ればですが。」

「阿奴らめ、面の皮の厚い奴らだ」

「どうされますか。」

「まあ生かされているだけでも見つけものか。良い良い書状でも何でも書くぞ」

「ではこの紙に、引退届を書いて頂きましょう」

「これに、こうか」

「では次に能登所領の譲渡書を」

「何と準備が行き届いておるの。準備万端整っていると」

「ご苦労様でした。あと半年ほどはここでごゆっくりして頂きまして」

「おう、そうさせて頂こう」機嫌よく書いたが、能登に帰ればいつでも取り戻せると思っているに違いない。


「畠山義綱殿、父上様にはお話ししましたが、ご理解頂けませんでした。このままでは北陸連合はできず、来年の織田軍に対抗できず、滅びます。我々も、黙ってやられる訳にはいきませんので、あなた様も覚悟を決めて頂きたいと思います」

「お話はよく分かりましたが、このまま父を見殺しにはできません。どうすればよいのでしょう」

「まず、義続様に引退して頂き、その表明をして頂きます。その上で、あなたが、能登を引き継いで頂きます」

「もし嫌だと言ったら、」

「我々と共通認識の者が領主になってもらい、抵抗する配下の者は排除します」

「父上はどうなる」

「どうとは」

「殺すのか」

「そんなことしませんよ。どなたかの預かりと。義続殿にはすでに、引退表明と能登所領の譲渡書を書いて頂きました。後はどなたが受けるかです。」

「共通認識の者とおっしゃいましたが、具体的にどなたでしょう」

「遊佐続光のご子息と温井総貞のご子息です。すでにお二人から了解を得ております」

「わかりました。どうすればよいでしょうか」

「まず、譲り受け書を書いて頂きます。その後我々と北陸同盟に賛同する旨の軍事同盟書に署名を、最後に皆で共闘する旨の決意表明を」

「これで良いのか」

「はい、宜しゅうございます」


「後継者の我々は分かるが、姫たちまで集めるはどういう訳じゃ。人質を増やす目的か」

「とんでもない。皆様には姫様達と打ち解け、仲良くなって、未来の奥方を決めて頂きたい。それによって、家と家との結びつきを強固にして頂きたい」

「俺は和歌とか、やったことないぞ」

「貝合わせとか無理だ」

「同じ場所に美しい女性がいて、それを見た殿御が心動かぬはずはないと」

「如何してよいかわからぬ」

「なるかならぬか、皆さま次第。ただ、二十日には越後に出発しますので、正月は越後で過ごすことになります。まあ、土産を楽しみにして頂きましょう。越後には珍しい物や奇麗な物がたくさんあるそうな。それまでに、誰に買ってもらうか、早い方が良いぞ」

「そんなこと言っても、」

「奈津姫が恋の橋渡しをしてくれるそうだから、頼むのも手だぞ」

男と違って、子供でも女は本能的に恋の術を知っている。女性の手に掛かったら、男は軽く手玉に取られる。その縮図がここにあった。女の戦いは意地悪で残酷なのだ。天秤に架ける者、独り占めする者、蜘蛛のように網を張ってじわじわ追いつめる者、いろいろだ。越後行きがあるので余計気がせく。行くまでに決めたいと思うからだ。決まらない者はお土産がもらえないという事もあせる原因だ。貰えそうな物がもらえなかったら我慢ならない、あきらめきれないものだ。


二十日の日の早朝、八人の若武者が馬に乗り、その後を百人程の兵が後を追う。三日程で越後春日城門前に到着した。

「越中椎名慶胤が家来、菊池武勝と申す。上杉 景勝殿にお取次ぎをお願い申す。」城門横の勝手口が開き、門番が出てきた。門前には百人もの兵が取り囲んでいる。驚いて、

「聞いて来るから待って居れ」と言って引っ込んだ。暫くして代わりの者が来た。門番の上司だろう。

「こんなに大挙して、何の用だ」

「景勝様にお目通り願いたく、まかり越しました」

「しばし待たれよ」と言って引っ込んだ。

暫くしてまた別の者が出てきた。

「直江兼続と申す。全員という訳にはいかぬ。代表者の何人かで参られよ」

「飯田元親はいるか」

「ここに」

「皆おまとめてここに控えておれ」

「分かりました」

「では皆様行きましょう。」武勝が先頭で兼続の後を追う。

「こちらで待っていただけたら」礼をして奥に行った。

「景勝様、お出まし」機嫌の悪そうな男と先程の男が出てきた。

「わしが景勝じゃあ。お主たちは何者じゃ」

「私は越中椎名慶胤が家来、菊池武勝と申します。こちらの方々はこちらから畠山義綱殿、神保 長職殿、椎名 康胤殿、鰺坂 長実殿、江馬輝盛殿、三木 良頼殿、内ケ島氏理殿でございます。此度、北陸軍事同盟を組みまして、ご挨拶に一同揃ってまいりました。」頭を下げる。

二人で何やら話をしている。隣の部屋では槍を構えた兵が控えているだろう。

「何の目的で雁首揃えてきたのだ。」

「信濃では残虐の限りと聞いておるぞ」景勝は笑いながら低い声で、脅すように言う。

「土産は大きい方が良かろうと」武勝もニヤッとしながら言った。

「ほう、土産とな。わしへの土産か」

「仰せの通りでございます」また二人でヒソヒソト話をしている。

「越後を、わしの首を取りに来たのではないのか」

「滅相もない。御屋形様には、我々の棟梁になって頂きたく参りました」

「みんな揃って、わしの下に附くか」

「御意」

「それでお主らは何の得がある」

「上杉だと名乗れます」

「兼続はどう思う」、

「家来になりたいというのですから、家来にしてやるが良かろうかと」

「これはあなた様につくという連判状でございます」

「色々用意してくるのう」

「それでお願いがございます。我ら一同に盃をくだされ。」

「それは作法か、密教か」

「いずれでもございませんが、心の区切りでございます」

「この後どうするのじゃあ」

「雪で帰れませぬゆえ、正月はここで接待を受けて」

「わしらが接待するのか」

「そうでございます。我々はもう上杉の家臣ゆえ」

「どうせ織田と戦えというのだろう」

「織田は今の上杉とは戦いませぬ」

「ほう、戦わぬか」

「今の織田は用心に用心を重ねて慎重になっておりますれば、戦いたくないと思っているはず」

「それが狙いか」

「二番はそうでございます」

「ほう、一番は何か、兼続分かるか」

「神輿でございましょう」

「神輿なら将軍が居る」

「名ばかりの神輿ではなく、連合を持ちかけた時、組もうと思わせる神輿でございます」

「だが、今川も、武田も織田までが将軍家を神輿にしようとしているではないか」

「信長は将軍や天皇を利用しているだけで、自分は神になろうとしておるのです。だから宗門徒を平気で殺せる。信長のホントの怖さはそこでござる」

「戦の打ち合わせは先にして、場外の兵たちを中に入れて、暖かい物でも差し入れてやれ」

「お心、かたじけない」


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