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目撃者


 松子(しょうこ)盃都(はいど)が柳田家のパーティーに潜入している際、岩城(いわき)は一人で研修で訪れていた県警の資料庫で事件のバックナンバーを漁っていた。


──梅澤(うめさわ)さん人使い荒いけど、毎度指示は的確だからな。なんでか知らないが、ここの資料庫の勝手も知ってたし。県警にいたこともあるのかな?それとも全都道府県警がそうなのかな?


 岩城は梅澤の指示通りに申請を上げてこの場所の利用許可を得て、研修終わりに資料庫に篭っていた。思ったよりも早く目当てのファイルを見つけ、一安心した岩城。そのファイルにある内容を確認すると、事件の概要は岩城たちが調べていた通りで概ね間違いないようだ。


 だが、岩城は気になる情報を見つけた。殴り書きで加筆されている。


【 R-1412 他殺 Y.T 証言撤回 】


──どういう意味だ?


 数字にどんな意味があるのか。だが岩城はなんとなく察しがついた。先ほどから周囲にあるファイルのナンバリングはHとRだ。そして奥の棚にはSの文字。和暦ごとに分けているのだろうか。だとするとRは令和。今見ている例の事件の番号は023081410。末尾が近いことに気づいた岩城はなんとなく、二つ番号が後ろのファイルを手に取ってみた。


 そのファイルを開くと、そこには縞桜太(しまおうた)の母親である縞茜(しまあかね)の死について書かれていた。当時の捜査員たちは自殺と断定している。根拠は目撃者がいたことと、遺体の状態だと書かれている。


 Y.Tとはどういう意味なのか。ぱっと見は誰かのイニシャルだろう。岩城は縞茜の自殺で片付けられた事件の調書内にY.Tに該当するイニシャルを持つ人物がいないか探す。高田佳子(たかだよしこ)。茜の自殺を目撃したという人物だ。この人物の証言がほとんど決め手となってこの件は幕を閉じている。少なくとも岩城は調書に記載されている内容からはそう読み取った。


 他殺という言葉。自殺や事故死ではないということ。何がだ。もし一緒に書かれている数字の羅列が事件のファイル番号だとしたら、それがそうだったということだろうか。つまり、縞茜の死は他殺だということ。


 証言撤回という言葉は、その前に書かれてあるおそらく高田佳子が、“縞茜が自殺したという証言を撤回した”──という意味だろうか。


──もしそうだったとして、誰が書いたんだ?何のために?


 当時、あの事件の周囲を潮流とは別角度から、今の岩城たちのように捜査していた捜査員がいたということだろうか。だとしたら、その人物とは一体誰なのか。いたとしても簡単には名乗り出ないであろうことは予想される。こんな厄介な事件、今更つつき回そうとしてる好き者はそうそういないだろう。だから梅澤は新人で警察組織や当時の地元民の感情に晒されていない自分に声を掛けて、今、盃都や松子という一般人も利用して捜査をしているのだろう──と、岩城は考えていた。


──にしても、誰にも気づかれてないのか……?こんな明からさまな暗号めいた走り書き。


──これ、僕以外に捜査本部が畳まれた後に見た人いるのかな?いたら、僕たち以外にも捜査続行してる刑事がいるはずだよな?


 岩城はあらゆる考えが浮かんできたが、とりあえずこの二冊のファイルを片っ端からスマホで写真に撮り、大鳥のアドレスに送信した。本来であれば対象捜査員以外への捜査情報の漏洩は処罰の対象となるが、あの田舎に渦巻く気持ちの悪い正体の謎に迫れるのかもしれない──と、岩城は怖さ半分、好奇心半分で自分が何故警察という組織で働こうと思ったのかを思い出した気分になった。


 全てを写真に撮り終えて送信が完了したところでファイルを元に戻して岩城は資料庫を後にした。


 県警から出てすぐ駐車場へと向かい、自分の車に乗り込もうとした岩城。どこからか話し声が聞こえて思わず周囲を伺い身を潜める。岩城は今自分が関わっている事件の捜査は警察官になってから、いや、人生史上、最高レベルの秘匿性を持ったものだったこともあり、つい周囲の様子を伺うようになってしまったのだ。


 岩城は自分の車の陰に身を隠しながら、声がする場所を探すと、県警の裏口の一つだろうか。スーツ姿の男が一人、スマホを片耳に抑えながら話していた。岩城はその男に気づかれぬよう、低姿勢で車の陰に隠れながら近づいていく。声がクリアに聞こえる場所で耳をすませ、車の陰からそっと覗く。見覚えのない顔だ。だが、その男の発する言葉に岩城は肝を冷やした。


「……ツルサキショウコという女を探せ?おいおい、ここは人がいない東北とは言え、どれだけ広大な土地だと思ってんだ。ただの女一人探すためだけにオービスも人員も割けるわけないだろ。指名手配になってる人間ならまだしも、お前の個人的な人探しに付き合ってるほど、うちも暇じゃないんだ」


 ツルサキショウコ。同姓同名かも知れない。岩城はそう思ったが、男が電話口で話した言葉に青ざめる。


「何?2年前の事件を調べてる?……まずいな、議員がこの件に噛んでいることが露呈しては困る」


 岩城の中で確定した。この男が口にした名前は、我々が知る鶴前松子(つるさきしょうこ)だと。しかしこんなに都合よく探している情報に関係した人物が自分の目の前に現れるだろうか。岩城は疑心暗鬼になり周囲を警戒する。もしかしたら、資料庫で例のファイルを閲覧していたのがバレたのかもしれない──と。

 

──いや、梅澤さんから言われた通りに、例の事件を探っていることはバレないように別の件で資料庫の鍵を借りたんだ。バレるはずは……じゃあ、現地で僕たちが探っていることが誰かにバレてるのか?


 岩城の頭の中は“いつバレたのか、どこからバレたのか、具体的に何がバレたのか”という疑問でいっぱいになる。もし自分のせいでみんなに、鶴前松子に危険が及ぼうとしているのであれば大変だ。そう思った岩城はこの騒動の原因を特定すべく、無音カメラを起動して車のサイドミラー越しに電話している男を撮影する。念の為、動画でも。そしてその場で何の件名もつけずに大鳥へと送信した。


 そして再び男の電話口の声に耳を澄ます。


「背に腹は代えられん。なんとか適当に理由をつけて交通部にいるうちの人間を使って探してもらおう。また連絡する」


 男はそう言って電話を切り、中へと戻って行った。


 岩城は周囲を見渡して人がいないのを確認し、素早く移動して自分の車に乗り込んだ。そしてある人物へと電話をかける。3コールで相手の声が聞こえてきた。


『なんや、岩城』

「梅澤さん!やばいっスよ!松子ちゃん、下手したら梅澤さんの家に匿ってるの、奴らにバレるかも!』

『はあ?』


 慌てる岩城は自分が何を言っているのかわからなくなりながらも、冷静な梅澤に誘導されて先ほど見聞きした情報を無事に伝えることができた。だが、妙に落ち着き払った梅澤に違和感を覚えて岩城は尋ねる。


「梅澤さんは、驚かないんですね?」

『まあ、松子の面が割れることは想定済みやからな……もうレンタカー屋でバレとるし、霜月紅葉に脅迫っちゅうジャブも打たれとる』

「そ、それはそうですけど……」

『まあ、でも、うちにおるのがバレると厄介やな……いや、逆に俺に注目が向くんは陽動に使えるんか』


 一切動揺することなく次の作戦を組み立てようする梅澤に得体の知れない恐怖を抱く岩城。味方としては心強いが、梅澤を敵に回すとそれこそ厄介だな──と、今自分が梅澤のチームであることを岩城は心底ありがたく思った。梅澤のおかげで冷静さを取り戻した岩城は資料庫で見た情報を梅澤に伝える。


「あの、そのうち大鳥さんから情報が共有されると思いますが、さっき資料庫で妙な書き込みを見たんです」

『妙な書き込み?後から書き足された手書きの情報でもあったんか?』

「いや、もう梅澤さんってなんなんですか?実は超凄腕のスパイとかだったりします?」


 あまりにも感の良い梅澤が怖くなった岩城。もはや恐怖心を通り越して少しずつ面白くなってきてすらいた。ちょっと浮ついて調子に乗り掛けて思わず出た言葉が梅澤には刺さったようだ。

 

『どういう意味や?俺に喧嘩売っとるつもりなら買うで?』

「いやいやいや、なんで僕が梅澤さんに喧嘩売らなきゃならないんですか。ほとんど説明しなくても分かっちゃうんですねって意味ですよ」


 慌てて言い訳がましく訂正する岩城の言葉を、電話の向こうにいる梅澤はなんとも言えぬ表情で聞き流して話を本筋に戻す。

 

『プリントアウトされた調書だけやったろ、こっちの先魁警察署にあったやつ。書き込み言うたら、そっちの県警の方で誰かが後から手書きで書き込む他に新情報なんて出てこんやろ?わざわざPCで入力してプリントアウトするんやったら、その事件に関しては最終履歴としてクラウドに自動保存される。でも最終履歴は、お前がわざわざ電話で報告せなあかんような情報は見あたらんかったからな、こっちで確認した時は』


 完璧すぎる推察に岩城は、なぜこの人はこんな田舎に飛ばされてきたんだ?──と、疑問に思いつつも説明の手間が省けて大助かりである。そして例の手書きの文字の写真を梅澤に送信して、自分が考えた推察を披露すると、電話の向こうの梅澤は薄く笑った。


「その笑いはどういう笑いですか?検討はずれだったから呆れ笑いですか?」

『いや、お前、意外とこういう謎解き向いとるんやな?鑑識やなくて刑事やったらええんちゃうん?』


 梅澤から嬉しいお言葉をもらい、思わず年甲斐もなく喜ぶ岩城。だが、ふざけていられない状況が岩城を狩り立てる。


「あの、松子ちゃん、どうします?一旦東京に戻しますか?」

『戻してもええけど、アイツ、また誰か巻き込んで戻ってくるで?』

「確かに諦めの悪い子ですけど、流石に面が割れたとなると……」

『そんなんでビビるタマちゃうぞ、アイツ』


 松子を静止させるのは不可能とでも言うような口ぶりの梅澤は続ける。


『面が割れてるの分かっとるから今アイツは斎藤美緒(さいとうみお)に成りすましとるんやろ?』


 梅澤の最もな指摘に納得せざるを得ない岩城。それと同時に、鶴前松子という人物が特定されても、斎藤美緒に成り済ましている松子を見つけるのはそれなりに至難の技なのではないか──とも思った。だが、もし、先ほど電話で話していた男が、実際にオービスや防犯カメラを使って松子を特定し、松子が乗っている車が先魁警察署の管理区域内に入ったという情報を掴まれてしまったら梅澤の家に松子がいることまで特定するのは、そう時間がかかるものでも無いだろう。本当にオービスで松子のあの赤いスイフトが特定されるのであれば。


 本当に松子がこの事件を調べていることがバレることなんてあるのだろうか──、もしバレた場合はどうなってしまうのだろうか──、梅澤の家に出入りしていることまで特定されれば梅澤まで被害が及ぶのだろうか──と、岩城は自分の身の安全のことなどすっかり頭から抜け落ちたかのように二人の身の安全を慮っていた。 

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