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役割分担


 大鳥(おおとり)盃都(はいど)たちから両手では数えきれないほど調べることを依頼された。つまりこの捜査班のデスク番だ。仲間から集まる情報を処理し、必要と思われる情報を先回りして調べて伝える係。


 岩城(いわき)は鑑識であるため、先魁警察署内のラボで分析できることを周囲の目を盗んで行うことに。そして、後日研修がある県庁でクラウドに上がってきていない当時の捜査情報を拾ってくる任務が与えられた。


 梅澤(うめさわ)は刑事生活安全課として町を警ら中に住人から情報収集をしつつ、警察内部にいる犯人もしくは共犯を炙り出すという重要な任務を遂行することに。


 松子(しょうこ)はこのまま斎藤美緒(さいとうみお)としてこの地域の御三家であり被害者洞牡丹(ほらぼたん)の仲が良かった人物たちと接触して情報収集をする。


 盃都も佐藤大輝(さとうだいき)として松子と共に阿部理奈(あべりな)や同級生を使い、外から事件を捉えることに。



 それぞれが自ら提案し合って決めた業務分担。このメンバーの人間性からして、後から追加注文をしようが内容を変更しようが特に不満は上がらないだろう。リーダーがいるようでいない捜査班。ティール組織のようなこの捜査班を強く突き動かす原動力となっているのは、誰が見ても明らかだった。


 誰も口にはしないがみんなが認めていること。それは盃都の点と点を繋ぎ合わせる推理力だ。これは好奇心が発端で参加しているような松子や大鳥だけでない。警察官として未解決事件を解き明かさなければならない──という義務感に駆られる梅澤や岩城にも強く突き刺さっていた。その盃都をここまで突き動かすものが何なのか、盃都自身さえよくわかっていなかった。


 目の前に出てきた情報をどこに置くのか、何と繋がるのか、盃都は考えずにはいられなかった。これが桜太という兄貴のような親友を殺されたことによる復讐心からくるものなのか、あるいは偶然知った目の前の未解決殺人事件が盃都の奥底に眠っていた推理力を呼び覚ましただけなのか。


 いつもなら他人を巻き込んで何かをするようなことはしない。目の前に転がっている謎も自ら解こうとはしない。解かずとも生きていけるのだから。


 模試の問題用紙に向き合うことさえ億劫だ。将来の進路を考えることなど、答えのない問いを一生続けるようなものもごめんだ。


 とにかく、本来盃都は“疲れること“はしない主義だ。


 今盃都が向き合っている謎はあちこちへ足を運び、あらゆる人に出会って仲間と共に頭を悩ませなければならない上に、愛想良く会話をして情報を得ることも自分でやらなければならない。それこそ、普段盃都が“なるべくやりたくない”と思っているようなことだ。自分らしくないと分かっていながらも辞めることはできなくなっていた。


 


 大鳥と連絡をした翌日の朝、五人は朝食を取りながら会議をしていた。リビングのテレビには大鳥の姿が映し出されている。


『昨日あの後調べたんだけどさ、松子さんを脅した交番勤務の警察官──霜月紅葉(しもつきもみじ)。25歳。女性。実家暮らし。ホテルの向かい側にあるレンタカー屋に勤める母親がいるみたいだよ。レンタカー屋の防犯カメラ映像に映ってたけど、当日、松子さんの受付を担当したのがその人物だね。そして脅迫文が発見された前日は非番だ』

「たぶんその母親が家に帰って松子ちゃんについて話したんでしょうね。今日こんな人がいたわよって。それで事件について調べている人がいると知った霜月紅葉が、何故か慌てて夜中にホテルに忍び込んで脅迫文を松子ちゃんの部屋に置いてきた──」 


 岩城は梅澤の指示でホテルとレンタカー屋の防犯カメラ映像をいち早く見ていた人物だ。警察内にある人物データと照合して霜月紅葉だというところまではわかったが、家族の情報については手が届かなかった。何故なら、警察官の個人情報にアクセスするには権限が必要な上に履歴が残るからだ。レンタカー屋の映像に関しては松子が受付した人物の映像を警察が保有する人物データに検索をかけてみるもヒットせず。レンタカー屋に勤める従業員のデータは捜査権限もなければ情報開示の命令も出ていないため、監視カメラ映像を調べる以上のことができなかった。


 そこで岩城はふと疑問に思ったのだ。あらゆる裏ルートを使うだろう大鳥はともかく、梅澤はどうやってあの防犯カメラ映像を入手したのだろうか。捜索令状も持たずにどう入手したというのだろうか。新たな疑問が浮かび上がったが、今はそんなことは重要ではない。そして知りたくもない。先輩が如何にして違法捜査をしているかなど。


 今この場で大鳥に問う者は誰もいない。その情報をどうやって入手したのか──と。


「え、じゃあその霜月紅葉が洞牡丹か縞桜太を殺害した犯人ってこと?」

「どうですかね?洞牡丹と接点あるんですかね?霜月紅葉は。もう一人の被害者である桜太を殺す動機どころか関係がまず無いでしょう?家が近所でも無い限り普通は警察官と知り合いませんし」

「確かになー。警官と知り合う一般人言うたら、職質で声かけられたりやんな?」


 そう言って梅澤は盃都の方を見た。この二人の出会いもそうだった。つまり、警察官じゃない方の人物が声をかけられるようなことをしていなければ、元々知り合いだった場合を除いて、仕事以外で接点などそうそう生まれない。そう考えると、桜太よりも牡丹の方が声をかけられる確率は高いだろう。


「大鳥さん、洞牡丹の通話履歴に霜月紅葉の番号はありますか?それか、洞牡丹が補導された履歴の中に、霜月紅葉が担当したケースとかあります?」

『いちいち鋭いね〜君は。一応調べたけどね、洞牡丹と連絡を取っていたような形跡も、霜月紅葉が彼女を補導した履歴も見つからなかった。でも、霜月紅葉が榊原将吾とやり取りしていた形跡はあった。そしてどうやらこの二人、同じ高校だったみたいだね』

 

 またもや榊原将吾とつながる人物が現れた。これは偶然だろうか。盃都はどうやったらこの霜月紅葉と榊原将吾の関係性を突き止められるのか考える。あからさまに接触すると余計に警戒され、何か持っている証拠を隠蔽されかねない。


 ふと思った。もし二人が本当に関係があるのなら、榊原将吾をつけていればいずれ霜月紅葉も現れるのではないか。もし現れなかったとしても、榊原将吾を釈放させた人物とどんな関係なのかは目にすることができるかもしれない。


「大鳥さん、榊原将吾が秋林宗佑と連絡を取っている形跡はありますか?」

『それが無いんだよ』

「じゃあ、秋林宗佑と霜月紅葉は?」

『そのパターンは想定していなかったな──、ちょっと待っていてくれる?今調べるから』


 そう言って大鳥はカメラから姿を消してカチャカチャと音をたてている。電話番号の履歴を調べられるネットワークでも見ているのだろうか。数十秒の無言が続いた中、大鳥が画面に戻ってきた。


『盃都くん!ブラボー!先月の27日。霜月紅葉から秋林宗佑に連絡を入れている』

「霜月紅葉が秋林宗佑に榊原将吾を出すよう頼んだっちゅうことか?」

「それか秋林宗佑に指示を受けて、いや、その電話で秋林宗佑に指示を仰いだ霜月紅葉が、松子さんの部屋に脅迫状を置きにいったんですかね?」

『どれも可能性として考えられる。力関係がどちらにあるのかハッキリすれば、わかりやすいんだろうけどね』


 梅澤と盃都が見出した可能性を5人は考える。どうこの状況を辿ると犯人に近づくことができるのだろうか。一人朝食を食べ終えた松子は腕を組みながら口を開いた。


「もうさ、秋林宗佑について調べる人と、霜月紅葉について調べる人と、榊原将吾について調べる人に手分けしましょ。で、収集した情報を大鳥さんに上げてって追加で収集できる情報がないか探してもらう。まずがこれが手っ取り早いでしょ」

「せやな。俺が榊原将吾調べるわ。最近まで追ってた別件に上がってきた容疑者でもあるし。霜月紅葉も普段の警らの延長で調べられそうや」

「秋林宗佑については、私がやれるかも」


 どうやって辿り着くつもりだろうか。松子がほとんど関連性のない秋林宗佑についての捜査に手を挙げ、三人は驚く。ああだこうだと口を挟み始める。


「いや、政治家側の人間やで?大学生がどうやって近づくんや?まさか会員として後援会に入るつもりなんか?」

「そうだよ、不自然だし、危ないよ、松子ちゃん」

『明宣たちに任せた方が無難じゃないかな?それこそ岩城さんが地元の人間なら、会員とならずとも普通に応援という意味で自然とコミュニティに入れるだろうし』


 大人三人が松子の立候補を止める中、盃都は松子の意見に賛成した。


「いや、松子さんが担当した方がいいかもしれないですよ?」


 盃都の言葉に満面の笑みになる松子と眉間に皺を寄せる梅澤、岩城は顔に分からないと書いてあり、大鳥は画面の向こうで思わず笑っている。盃都だけは真剣な表情だ。出席者の反応が全員異なる中、盃都は手に持っていたお茶碗と箸を置いた。


「松子さんは斎藤美緒として御三家のご子息たちにアプローチ中です。その中には柳田燕大(やなぎだやすひろ)もいます。なんとか彼と親密になるなりすれば、家に呼ばれるなり父親に合わせてくれと言えば会えるでしょうし、後援会に入りたいと言えば事務所まで案内してくれる可能性だってあります。地元の現役警察官が接触するよりは警戒されないんじゃないですか?まあ、人殺しの容疑者の中に飛び込んでいくことになるので、危険は伴いますけど……」


 淡々と言う盃都に4人は固まる。それはそうだ。チームの最年少が最も冷静で最も論理的に考え、最も冷酷な考えをしているからだ。梅澤は顔を引き攣らせながら盃都に問う。


「お前──仲間を危険に晒すことに抵抗はないんか……松子こう見えても女子やぞ?」

「ちょっとアッキー、こう見えてもってどういう意味よ??」

「いや、ほら……松子はハッキリもの言うから心配なさそうに見えるけど、もし、襲われでもしたら、男相手なら敵わんやろって…」

「でも梅澤さん、松子さんに一本背負い決められてましたよね?」

『何それ。面白いことしてるんだね、君たち』


 盃都の暴露に面白そうに食いついた大鳥。岩城は苦笑い。松子は腕を組んで堂々としているが、梅澤は眉間に親指を当てて目を瞑っている。思い出したくもない黒歴史を梅澤は強制的に思い出させられた上に旧知の中であろう大鳥に知られてしまったからだ。そのおかげか松子を心配していたムードから一気に、松子に一任するのもアリかもしれない、という空気に変わっていく。


 それでも納得しきれず梅澤は松子に手を引かせようとする。


「あれはたまたまや。たまたま。とにかく、一人危険な目に遭うかもしれへんことは任せられんわ」

「一人じゃなきゃいいってことよね?」


 松子は横にいる盃都の腕を掴む。いきなり片腕を掴まれ、松子の方に引かれた盃都は体を持って行かれて頭が揺れた。そして掴まれている腕に松子の指が食い込んできて痛くなってくる。思わず、何をしているんだ?──という意味を込めて松子を呆れた表情で見つめた。松子は盃都を見ることもせず、向かい側にいるいつまでも反対姿勢を崩さない梅澤に物申す。


「盃都と一緒に今晩、清鳳たちのパーティーに参加して柳田燕大と接触するわ。二人ならいいでしょ?」


 そう力強く言った松子。こうなったら松子は誰の意見も聞かない。これ以上は止めても無駄だと思った梅澤はため息をついた。自分が秋林宗佑の捜査に松子を推薦した盃都は一緒に乗り込むつもりではあった。そして盃都がどう思うと、どうせ道連れにされるのだろう──とパーティーに反論するのは諦めたものの、急なスケジューリングに流石の盃都も驚いた。


「パーティー……ですか?なんの?」

「なんか、燕大の家に同級生とか街の人とか、来れる人は集まるんだって。定期的にそういうホームパーティーみたいなのやってるっぽいよ?」

「へえ〜、この時代にホームパーティーなんて、アメリカか金持ちくらいじゃない?」


 一人暮らしの岩城は物珍しそうにしている。田舎の大きい家であれば家に近所の人が集まってくるのなんて日常茶飯事だろう。盃都は春如の家で何度か突然近所の人間が集まって宴会が始まったことを思い出した。そういう集まりを燕大の家でやっていてもなんら不思議ではない。ましてや燕大の父親は議員だ。地元の人間と定期的にコミュニケーションを取る機会を設けていてもおかしくはない。それに、今はちょうど成人式もあって若者が一斉に帰ってきているタイミングだ。若者の支持者を増やすには絶好の機会だろう。息子を使えばより自然に支持を集めることができる。おそらく、それで松子にも声がかかったのだろう。盃都はそう推測して一人で納得した。

 

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