新たな手がかり
とんでも発言をしたオタクをガン見したその場にいる男女。もちろん盃都も例に漏れず食いついた。当の本人はまさかここまで食いつかれると思っておらず、出した言葉を引っ込めることもできずにポツリポツリと話し出す。
「いや…みんな知ってるじゃないですか、当時ずっと騒がれてましたし…高校一年の時に牡丹さんが桜太さんに告白したけどフラれて、翌年春に念願の桜太さんと付き合うことになったって、学校中で噂でしたよね?」
「…そう言えばあったね、そういう噂」
噂。あくまで噂であり事実ではないのだろうか?だからこのオタクの男以外は今まで忘れていたのだろうか。忘れるにしてもビッグカップルの交際情報は印象に残りやすいだろう。こうも忘れ去られるものだろうか。盃都はこの噂にも何か裏があると思い、詳細を尋ねると、別の女がほとんど盃都が昔から知っている桜太の情報を口にする。
「でもさ、桜太くんは基本的に誰とも付き合わないってスタンスだったじゃん?」
「なんで?」
「プロ注目選手だったし、下手なことして将来を潰されないためじゃない?実際、勉強に野球に平日も休日も忙しそうだったし、パパラッチは学校まで押し寄せてたし」
この桜太の様子はいずれも盃都が知っている桜太そのものだ。だからこそ、不審に思った。そんな慎重な人間がよりにもよって不良少女とも言われるような洞牡丹と付き合うだろうか。盃都はますます謎が深まる中、その場にいる男女も盃都と同じ疑問を抱いていた。
「なんでそんな桜太くんがよりによって牡丹?って思ったけどさ、結局それも本当かどうか分からないまま噂が消えてったよね」
「確かに、二人が一緒にいるところ見たことないね」
「いつの間にかそんな噂があったことすら俺らは忘れてたし」
「フラれたのが悔しくて牡丹がでまかせ言ってたんじゃない?」
「でも高ニって牡丹がもう御三家と一緒にいる時だろ?桜太さんにこだわる理由ないだろ?」
「確かに、燕大と清鳳に気に入られてるならそのまま二人を狙ってた方がメリットあるよね」
「アンタさっき御三家は玉の輿でも御免だって言ってたじゃん」
「すでに気に入られてるなら話は別よ、菜月の機嫌伺わなくていいんだから」
菜月。ここでも出てきた人物。牡丹と御三家の男二人の関係性において、芒花菜月が何か重要なキーを握っているのだろうか。盃都は昼に阿部理奈が言っていたことを思い出した。“菜月は優秀な男が好き”。もし阿部理奈が言っていたことが本当で、今目の前で聞かされている牡丹と御三家の男の関係性が本当であれば、菜月は黙っていないだろう。菜月が牡丹を追い払うために何かするとしたら、手っ取り早いのは牡丹が別の男とくっついた噂を流すこと、とも考えられる。盃都はみんなに聞いてみる。
「菜月って清鳳と燕大とはどういう関係なの?どっちかが恋人?」
「てわけではないと思うけど、あの二人に手を出すには菜月の承認がいるっていうか」
「なんだそれ?二人の母親か何かなの?」
「…というより、菜月が一方的に二人をキープしてるだけだと思う」
「キープ?」
「ほら、菜月っていいとこのお嬢様だろ?だから将来の結婚相手として優秀な男をキープしてるんじゃないのか?菜月のお父さんがあの二人の親と一緒にいるところよく見るし。この前も柳田議員の事務所と県教育委員会に出資してたよな、菜月のお父さん」
「親にお膳立てされてるのに、そこに他の女が割って入って獲物を攫っていかれたら、プライドが高い菜月からすれば発狂ものかもね?」
「確かに、さっきも清鳳が別の女をちやほやしてて機嫌悪そうだったし」
「別の女って?あの妙に色気がある人?成人式で青いドレス着てた」
「そうそう。ていうか、うちの学校にあんな人いたっけ?」
「あれ美緒らしいよ」
「え!?変わりすぎじゃない!?」
松子が扮した斎藤美緒に注目が集まる中、盃都は御三家の関係性を考えていた。柳田家も桐生家も芒花家には頭が上がらないのだろうか。もしそうであれば、実質、芒花菜月が実権を握っていることになる。そして権力者である菜月からすれば、婿候補なのか家臣なのか仲間なのか分からないが、清鳳と燕大が取られるのは痛いということだろう。顎に片手を当てて考えていた盃都に声がかかった。
「ねえ、大輝くんは美緒知ってる?」
「え?」
「昼一緒にいたから知ってるでしょ?」
「え!?もしかして二人付き合ってんの??」
盃都が物思いに耽っている間に話題が思わぬ方向に進んでいた。松子と共に行動しているところを見られたのだろうか?車に乗り込むところを見られたのか。突然ゴシップネタにされて焦るものの、本物の佐藤大輝と斎藤美緒はここにはいない。そしてここにいる者たちは本物について知り得るはずがない。バレることがないという確信があると人は大胆になれるものらしい。気づけばいつもの盃都からは想像できない言葉を口にしていた。
「“綺麗ですね”って声かけたら美緒っていう人だった」
「「「きゃーーーー」」」
「大輝くん、きみ、意外とプレイボーイなのかね??」
「いや、全然」
明言を避けつつ相手に華を持たせる婉曲表現を探してたどり着きようやく捻り出した言葉だったが、逆にあらぬ方向に妄想を加速させてしまったらしい。横にいたオタクの男の一人が盃都の腕を引っ張って立ち上がらせようとする。意味がわからず見上げていると、男は慌てたように話だした。
「おい大輝!そういうことならこんな場所で油売ってる場合じゃないぞ!さっき清鳳が美緒さんをお持ち帰りしてたけど!いいのか!?」
いいも何も、二手に分かれて情報収集するのが盃都と松子の今回の作戦だ。盃都は男を再び座らせて話題を元に戻す。
「それよりも俺はあの事件の方が気になる。学校に行ってなかったけど同級生が突然二人も亡くなって、結局未解決のまま二年が過ぎたんだ。新聞読んでもネットで探してもそれらしい情報全然出てこないし、手がかりが一切ないって本当かよ?」
「そういえば警察発表も大したことなかったわよね?そうこうしてるうちに有耶無耶になってみんな事件のこと忘れてったし…でも、私たちも当時は不思議だなと思ってたよ。牡丹はともかく桜太くんが犠牲になるなんて」
「お前のお父さんが遺体を発見したって言ってたよな?どういうこと?」
盃都は先ほど自身の父親が第一発見者だと言っていたオタクの男の方を見て尋ねる。男は自分の父親の立場とその時の状況を簡単に説明した。
「俺の父さんは捜索隊の一人だったんだ。警察官だけじゃ足りないって、警察の方から町の人間に突然協力要請が来てさ。父さんは自治会の会長だったから自分の自治会に声かけてみんなで捜索隊作って、途中から警察と一緒に探してたんだよ。でも全然見つからなくて、捜索範囲を拡大してあの堤周辺を割り当てられてみんなで探してたら、納屋のなかで牡丹の遺体を見つけたらしいよ」
「発見した時、牡丹は服は着ていたのか?」
「裸だとは言ってなかったな…でも、頭から血を流してたらしい」
「血?頭のどこから?」
「多分前の方から見た時に傷は見えなかったっぽいよ。顔は綺麗だったけど、とにかく首の後ろの方まで赤かったって」
首の後ろまで血がつたい、前頭部には傷が見えない。後ろから殴られたのだろうか。となれば、不意をついた襲撃だ。犯人に背を向けられるほど親しい顔見知りか、別の方へ意識が向いていた時に赤の他人にやられたか。
「首の後ろまで赤かったってことは、結構血が流れたってことだろ?その納屋は床が血まみれだったんじゃないか?」
「そんなことは言ってなかったけどな…俺の父さん血が本当にダメだから、床に血が広がってたら大騒ぎの末、たぶん卒倒してるよ。でも普通に帰ってきたから、血がついてたとしても、そんなに量が多かったわけじゃないと思うけど…」
「警察発表だと洞牡丹は頭蓋内出血が直接の死因って出てたよね?」
「頭蓋内ってことは外はそんなに出血してないってことなのかな?」
「いや、頭の傷ってのは軽症でも派手に血が吹き出ることが多いんだ。発見時に首の後ろが真っ赤になる程の血が出ていたんだよね?もしその納屋で頭を殴られて死んだのなら、納屋の床にはそれなりの血溜まりができていたはず」
「……大輝くん、詳しいね。医大生だったっけ?」
「いや…前に本か何かで読んだだけ」
盃都はつい松子と話すように推理を始めてしまう。佐藤大輝であることを忘れてしまいそうになっていたが、改めて彼らの同級生の一人として亡くなった同級生の死の真相を知りたい人物であると自分に言い聞かせる。
「桜太の方はどうだったか知ってる?」
「溺死で見れない姿だったとは聞いたけど…」
「でも確か、牡丹の血が桜太くんの服についてたんじゃなかったっけ?」
それは盃都も新聞の記事で読んだ情報だ。だが、具体的にどんな血液がどこに付着していたのかはどの記事にも記載されていなかった。
「どこについてたの?その血は」
「警察の知り合いから聞いた話だけど、ズボン?についてたっぽいよ」
「ズボンのどこ?」
「え、ここら辺って言ってたな」
そう言って彼女は自分の右脛あたりを触っている。つまり、後ろ側ではなく前側から血がつく状況だったということ。しかも膝から下という低い位置。牡丹の出血は頭部。どういう状況であれば桜太の脛に血が付くシュチュエーションになるのか。桜太の足元に後頭部を殴られた牡丹が倒れてきたのか。もし桜太が牡丹を殴り殺したとして、殴り殺すくらいの腕力はあっただろう。桜太はピッチャーだから。その時に後頭部を殴った相手が倒れた時にぶつかったというのだろうか。後ろから殴られたというのであれば前に転ぶのが自然だが、そうすると殴った人間の前足に血が付くのはやや不自然な気もした。殴られたときに数歩歩いてふらつきながら後ろに倒れてきたのであれば犯人の前足に血が付くこともあるだろう。だが、数歩歩いているうちに被害者とは距離を取って反撃に備えるのが普通ではないだろうか。桜太が犯人だと仮定しても、牡丹が倒れた時に現場にいただけと仮定しても、血痕が付着した場所は説明がつかない。
盃都は再び顎に手を添えて考え込んでいた。その様子を見て不思議に思う同級生たち。いくら同級生とはいえ、不登校だった佐藤大輝がほとんど接点のない二人の事件についてここまで頭を悩ませる理由がわからないのだ。だが同級生の死がいまだに解明されておらず、不審点だけが残っていることは皆気がかりであることは変わりがないらしい。一人の女が何か新たな手がかりを思い出したようだ。
「そういえば、牡丹がクラブから出てきたところを見かけたことがあるんだけど、男の人と一緒にいたよ…両腕いっぱいにタトゥーが入ってて明らかにあっち側の人っぽかったけど」




