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潜入


 梅澤(うめさわ)岩城(いわき)と共に非公式に捜査している一方で、盃都(はいど)松子(しょうこ)も秘匿性の高い捜査活動を行なっていた。


 先魁市立会館Aホール。


 田舎町にしては大きい施設。そこにドレスアップした若者たちが集結していた。ドレスに着物、袴やスーツ。それぞれスタイルは違うものの、何らかの式典もしくはパーティーが開催されていることは誰が見てもわかる雰囲気。田舎で着飾ることなどないのだから。そう、今日は年に一度の催し。真夏に行われる成人式だ。


 いつも閑散としているこの町も、成人式の日だけは平均年齢は下がり人口密度は上がる。田舎の人間がお盆の墓参りに帰る口実を利用して毎年8月13日に式典をぶつける先魁市は、そうでもしないとこの町に若者が戻ってこないことを理解している。


 久しぶりの同級生に会えて大はしゃぎしている者もいれば、本当についでに参加しただけの早く帰りたがっている者もいる。それぞれの思いを抱いて出席する若者たちの中で一際目立った人物たちがいた。彼らは自分たちに注目が集まるのを分かって遠慮をしてか、単に無駄な社交辞令を処理するのが億劫なのか、壁際で三人立ち並び人を寄せ付けないオーラを放っている。皆、彼らを視界に捉え声をかけたくてうずうずしているように見える。この田舎においてそれほど注目の的になっている人物とは誰なのか。


 この学年では学区を超えて知名度があり、全学校を含めたカーストの中でトップに君臨し続ける者たち──柳田燕大(やなぎだやすひろ)芒花菜月(おばななつき)桐生清鳳(きりゅうきよたか)だった。


 三人は示し合わせて集合したわけではない。自然と三人になってしまうのだ。何故なら、明らかに他の人間とは別枠の人物だからだ。


 市政に携わり今や国会議員となった政治家のご子息、地主であり古くから豪農として町のメイン産業である農業を支える中心にいる旧家のご令嬢、そして県全体の教育界を取り仕切る教育界名家のお坊ちゃん。今後の町の有力者そのものである彼らが社交界デビューする日だ。彼らが何をすることもなく勝手に注目を浴びてしまうのである。


 社交パーティーは幼い頃から慣れっこであろう三人がなぜこうもよそよそしく壁際に控えているのか。そのことについて盃都と松子は議論していた。若干の距離を取りながらもお互いの声が聞こえ、かつ周囲の人間には聞き取れないほどの距離感で。


 松子が入手してきた例の招待状をくれた主たちに成りすまして堂々と会場入りした二人は、会場内を歩き回り接触すべき人間を探しながらどうやってあの三人に近づこうかと頭を回転させる。


「もうヒョロ男に直接声かけた方が早くない?」

「流石にそれは警戒されますよ、他の方法の方が無難です」

「他って、具体的にどうすんのよ?」

「…………」

「おっと、代案なき批判とは、アンタにしちゃ珍しいね〜。何、ビビってんの?」


 松子は盃都を揶揄いながらも壁際の例の三人をじっとりと見つめる。その松子のあからさまな行動に気づかないはずがない盃都は思わず松子を嗜めて冒頭のシーンにつながる。


「松子さん、見過ぎ」

「そんなことないって〜。アンタがキョドリすぎ。もっと堂々とせんかい!」

「そんなこと言ったって、俺、他人になりすますなんてやったことないから、どうしていいかわかんないんですよ!松子さんはなんでそんなに楽しそうなんですか?!」

「何事も楽しまなきゃね〜」


 盃都の忠告の甲斐なく松子は盃都の元を離れてその足で壁際へと歩いていった。気が気じゃない盃都だったがどうすることもできずにそのまま松子の動向を見守る。松子はまっすぐ清鳳の元へと向かい声をかけているようだ。とてもフレンドリーに。かつ、そうするのが当たり前かのように。


 あまりにも露骨に接触するものだから盃都はヒヤヒヤしていたが、壁際で退屈そうにもたれかかっていた清鳳は松子に笑顔を向けている。と言うよりも、下心丸出しの顔をしている。その上、松子の腰に手を当てて場所を移動しようとしているではないか。信じられないものを見るかのように口を半開きにして眉を顰めるしかない盃都。


「……マジかよ」


 思わずポロッと漏れた言葉。誰にも聞こえていないと思っていたが、後ろから声がかかる。


「何が?」


 女性の声だ。聞き覚えはない。当然だがこの会場に盃都の知り合いはいない。自分ではなく別の誰かに声をかけたのだろう。そう思って盃都は女性の声をスルーしていると、目の前に薄ピンク色の生地に古典柄のボタンが描かれた振袖を身に纏った女性が顔を覗き込んでくる。突然のことで驚き若干仰け反る盃都。その反応に目の前の女性は少しムッとした表情をした。一瞬、女性が何に対して不快感を表したのかわからなかったが盃都はこの会場にいる女性が普段はおそらく着ない様な特別な衣装で着飾っていることを思い出す。


「──素敵な着物だね。俺にこんな綺麗な知り合いいたかな?」


 盃都のとっさの社交辞令に気分をよくした目の前の女性はニッコリと満足げに笑みを浮かべて右手を差し出した。その手の意味がわからず目の前の女性の顔を見つめていると彼女は口を開いた。


阿部理奈(あべりな)よ。あなたは?」

「……佐藤大輝(さとうだいき)


 阿部理奈と名乗った女性に恐る恐る盃都も手を差し伸べた。偽名を名乗って。すると理奈は盃都の手を掴んで握手をする。意味がわからず盃都はされるがまま。何が起きているのか状況を探ろうと質問する。


「えっと……同じクラスだっけ?」

「さあ?私もあなたの名前聞いても誰だかわからないや。どこ高?私は北高」


 北高。この成人式に出席しているということはこの地域のナントカ北高校だろう。盃都は祖父の春如(はるゆき)との過去の会話を思い出す。


 『北高は女子校だったばって少子化で人足りねして何年も前に共学になったった。この辺だと北杜高校の次に頭いいどこだ。私立だんて金持ちの娘たち多いど』


 ということは、別の高校の生徒。盃都が成りすましている佐藤大輝を知る由もない。緊張が少しほぐれた盃都はまだぎこちないながらも第二の人格を作り出してなんとか口を開く。


「お嬢様学校か」

「それは平成初期の話。今はただのワタクシリツ。偏差値なんてあったもんじゃない。で、あなたは?」

「俺は北杜高校」

「うわ、頭いいとこじゃん……」

「そう──なのかな?」


 理奈は思っていることが顔に出ていた。声をかける人を間違った──と隠すこともしない、もしくは隠しきれていない素直さに思わず盃都は笑う。すると彼女もつられて笑い出す。


「北杜にしては珍しく普通ね?」

「どういう意味?」

「え?だってこの辺じゃ一番偏差値高い上に、権力者の子供達が入る学校じゃん?態度でかい奴らばっかりのイメージ。ていうか、実際そう」

「そうなの?俺、高校時代はほとんど不登校だったからさ、そういうのよくわかんない」

「なんで不登校?」

「……それ本人に聞く?」


 理奈というこの女性はどうやら社交的な人のようだ。緊張していた盃都が松子と会話をするときのように言葉が出てくる。重要人物に接触する前にウォーミングアップをしておこうと思った盃都は昨晩頭に叩き込んで練習した佐藤大輝のプロフィールを差し障りなく話してみた。目の前の人懐こい淑女に嘘をつくのは心は痛んだが、練習台にはもってこいの人物だった。


 お互い打ち解けたあたりでもう少しジャブを打ってみようと、あの三人について聞いてみることにした。


「うちの学校を知ってるってことは、当然、あの壁際にいる人たちについてもよく知ってる感じ?きみ、今まで話した感じだと情報通だろ?」

「もちろん知ってるわよ?そこの聖女ぶってるいけ好かない整形女は芒花菜月でしょ?ロゴが見えないハイブランドで固めちゃってさ。自分は周りの人間より大人アピールして周りの人間を子供っぽいと馬鹿にしてんのよ。だから似合もしない黒いロングドレスなんて着ちゃうの。お通夜じゃないんだから」


──なんだこの感じ……誰かに似てるな。

 理奈の物言いに既視感を覚えた盃都。そう、松子と似たような匂いを彼女から感じる。だが地元の人間がこうもハッキリと有力者に嫌悪感を露わにするのは初めてみた。普段の春如やその周辺にいる人間の権力者への態度は差し障りのないように接するかゴマをするかの二択しか見たことがないからだ。部外者である松子ならばともかく、お嬢様学校に通うほどのお金持ちがなぜ敵を作るかのような態度を見せるのか盃都は不思議に思った。


「……彼女となんかあったの?」

「中学の時の同級生」


 里奈は芒花菜月について何か知っている可能性が高い。盃都は平然を装って菜月の話を引き出そうと試みた。


「昔からあんな感じなの?」

「いけ好かないのは昔からよ──見た目は随分変わったようだけど」

「へえ。でもヤバそうな人には見えないけど」

「はあ……これだから男ってのは」


 里奈は盃都に呆れている。何故なのか理解できない盃都の頭上にはクエスティンマークが並んだ。だが盃都はこの手の女性の扱いには心得がある。このわずか2週間余りの時間だが、松子で学習済みだ。盃都は打算で次の言葉を紡ぐ。


「俺男だからさ、そういう女子特有の人間関係ってよく分かんないんだけど……でも確かに、彼女のインスタ見ると、彼女が女子から煙たがられてるのはさもありなんって感じはしたね」

「やっとまともな男に出会えた」


 里奈は胸を撫で下ろした。盃都の腕を掴み場所を移動する。そろそろ成人式が始まる。二人は会場の一番後ろの席に腰掛けた。最終列はまばらで周囲に人はいない。ステージ横に司会が登場して式典が始まるのを確認してから里奈は横に座る盃都にだけ聞こえるような声の大きさで話し始める。


「インスタ見たなら分かると思うけど、あの女は周囲に男がいないとダメなの。しかも能力や権力がある男限定」

「ああ──だからあの二人と写ってる写真が多いのか」

「そ。この地域だと柳田燕大か桐生清鳳を抑えとけば間違いない。北高でもあの二人に近づこうってみんな必死だから」

「……君は?」

「勘弁してよ。お父様から同じことを言われ続けてウンザリしてるんだから」


 この里奈の言葉からわかるように、彼女もお嬢様だった。芒花菜月には敵わずとも盃都たち一般人からすれば十分良い家柄のお嬢様だった。盃都は式典の間に里奈からできる限りの情報を引き出した。そして話を聞いてくれる盃都に気分を良くした里奈は連絡先を交換し後日会う約束をした。


 思いの外、外部から見た3人の印象について情報が得られた盃都は会場の外で壁にもたれかかり松子が合流するのを待っていた。そこにハイヒールをカツカツ鳴らして青いドレスを靡かせ颯爽と登場した松子は今までになく満足気な顔をしていたため、盃都は思わず顔を引き攣らせたのだった。


──今度は何をやらかしてきたんだ……?

 

 

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