事件への一歩
盃都が松子に言われて手に取って読んだ招待状は縞桜太と洞牡丹の学年の成人式ならびに同窓会の招待状だった。
──いつの間に招待状を手に入れたんだ?どういうルートで?なんでこの人がこれを持ってんの?
盃都は松子に聞きたいことがたくさん出てくる。何から尋ねようか迷っていると松子が先に口を開く。
「この同窓会に行けば超怪しいナツキとかいう女にも会えそうじゃない?」
「……重要参考人と直接会うつもりですか?」
「やだな、容疑者だよ」
「──なおさら、そんな危険人物に会ってどうするんです?まさか、お前が殺したのか?──と直接聞くつもりですか?」
「いいわね!揺さぶって反応見てみるのも面白そう」
「……」
「何よ、冗談よ」
──この人ならやりかねない……。
冗談と本人は言っているが目は本気だ。松子はどういう訳か先程サービスエリアでSNSを検索してからナツキという女性に執着している。物騒な発言が出てくる前に話題を逸らそうと盃都は尋ねる。
「この招待状、どうやって入手したんですか?まさか偽造したんですか?」
「ちょっと、アンタ私をなんだと思ってるわけ?一応先輩よ?」
「先輩か後輩か関係ないですよね?松子さんならやりかねないなと思ったんです、俺にGPS仕込んでストーカーまがいのことした人ですから」
「あれで確信したよね。アンタは私がいないとダメだって」
「どうしてそうなるんですか…」
「GPS仕込まれても気付かない坊ちゃんを一人で因習村に行かせられないでしょ」
「……自分だってあの田舎で脅迫されたくせに」
「なんか言った?」
「いえ……」
お互いに遠慮がなくなってきた二人。だがそれは、お互いがお互いを知り始めたということ。それが本物の相棒のように信頼関係に発展するのか、擬似的なもので終わるのかは二人次第。そんな関係性よりも二人が今気になってしょうがないのはあの因習村で起こった事件である。二人はすぐに元の話題に戻った。
「で、この招待状と誰かの調査書。なんなんです?」
盃都の問いに松子はハンドルを握り前を真っ直ぐ見ながら口角を上げた。その様子を見た盃都は嫌な予感はしつつも黙って松子の言葉を待つ。
「SNSで探したの。桜太くんと同じ高校の同級生を。話だけ聞こうと思って。もちろん、事件の調査をしていることは伏せてね」
「それだけでこの招待状が手に入るとは思えませんけどね……」
「それは私の調査能力の賜物よ。あの学校やあの田舎に愛想尽かしてるような人、もうほとんど地元の人間と縁を切ってるような人を探したの。簡単に言うと、そういう人と仲良くなってそれを貰った」
以前から松子のコミュニケーション能力には目を見張るものがあったが、まさかここまでとは思わなかった盃都は感服するしかない。要するに松子は同窓会に顔を出したくない人を見つけ出し、代わりに出席するために口説き落として招待状と成り済ますための個人情報を入手したのだ。しかも本人から。
──あっぱれだな。
盃都は手放しで褒めるしかない。
「松子さん、CIAや公安に行けますよ」
「無理無理!私さ、組織に従うとかほんっとに無理なの。形はできるよ?でも本心からとか無理」
「でしょうね……集団行動苦手そうですもの。同床異夢。だからこそスパイ向きです」
「まあとにかく、今回はアンタもスパイやるのよ?」
「俺もですか?」
「そのために二人分の招待状を手に入れたんだから」
盃都は松子の言葉にもう一度手元にある書類を見ると、重なってわからなかったが後ろの方に既に開封された招待状があった。個人情報も二人分。これを盃都を拉致する前に用意していたというのだろうか。盃都もこの事件を捜査しに現場に乗り込むと予想して。それは先見の明なのか、洞察力なのか、他者をコントロールする能力なのか。
──こういう人をカリスマ性があるって言うんだろうな。
盃都は感心した。いずれにせよ、先ほどナツキを偏見で疑っているかと思っていたが、言語化していないだけで松子なりに確信があって疑っているのだろう──そう思った盃都。
松子が盃都用に用意した人物のプロフィールに目を移した。どうやらこの人物は高校時代は不登校でほとんど学校には行かなかったらしい。そして中学生からあの田舎に引っ越ししている。小学生の知り合いはあの町にはいない。
つまり中学生の頃からの知り合いだけ警戒していればなんとかなる。成り済ますには格好の人物。当人の写真を見ると、いかにもオタクという感じで、不登校になりそうな印象ではある。
大学は工学部で仲間に恵まれ現在は楽しいキャンパスライフを送っているらしい。SNSでの露出もなく、オタク用のアカウントで趣味のアニメや飛行機など航空機械についてオタク仲間と鍵垢で呟いている程度。万が一身元が割れても、航空機械については盃都も多少は話すことはできる。何せ父親が現役の宇宙飛行士。父とよく話していたため、それなりに知識はあるジャンルだ。
──父さんとこういう話しててよかったー……。
自分が成り済ます人物がまさに適役だと安堵したと同時に、これも松子が全て考えて配役したのだとするとゾッとした。
盃都は気を取り直して松子が成りすまそうとしている人物の書類を確認する。
「……この人、松子さんと全然顔違いますけど、地元の人間とはコンタクト取ってない人なんですか?」
「高校卒業後は全く連絡とってないみたい。あと、この人の今の写真見てみなよ。びっくりするから」
盃都は言われた通りに書類をめくって写真を探すと、最後の書類に写真がクリップ留めされていた。2枚ある。それぞれ別人の写真だろうか。
「どっちですか?」
「同一人物よ」
「え……?」
もう一度2枚の写真を見比べる盃都。何度見ても別人のように見える。
「……整形、ですか?」
「そう。ナツキよりも上を行く整形女」
「整形というよりもはや別人ですけどね……この人も港区女子とかいう生き物なんですか?」
「彼女は違うわ。パパ活もしていなければSNSで自己承認欲求満たしたりもしていない」
「じゃあ何で整形したんですか?この人は。別に元々極端な不細工というわけでもないじゃないですか」
「……誰も知らない自分になりたかったんだって」
「え?」
「虐められてたんだって、同級生に。黒歴史なのよ、彼女にとってあの田舎で過ごした過去は」
盃都が想像していたよりも重い理由だった。何をどう返せばいいのか分からず黙っていると、松子は笑いながら口を開く。
「そんな辛気臭い雰囲気出さないでよ〜。彼女はそれで過去と決着がついたみたいだし。会ってみたらあっけらかんとしてたよ?この招待状も無視する予定だったらしいけど。彼女、洞牡丹に助けられたんだって」
「あの被害者に?」
「そう。洞牡丹だけが唯一、彼女と普通に接してくれてたんだって。だからどうにか不登校にならずにあの高校を卒業できたって。だから彼女に伝えたの。あの事件を捜査してるって。そしたらこの招待状くれて」
「この人が自分に成り済ますことを自ら許可したってことですか?」
「そう。だから、彼女の気持ちを無碍にしないためにも、この同窓会に潜入して必ず何か手がかりを掴まなきゃいけないの」
あらゆる人の気持ちを背負っていく二人。最初は桜太の遺族と盃都の祖父だけだったが、いつの間にか洞牡丹の関係者の思いも託されてしまった。そもそも大掛かりになる捜査ではあったが、盃都は予想以上にたくさんの人を巻き込んだ捜査になるのかもしれないことを改めて覚悟した。
「今回協力してくれた人たちには迷惑のかからないように慎重に調べなきゃならないですね」
「そう。でもだからって怯む必要はない。犯人はこの事件はもう終わったものだと思ってる。だから“掘り起こすな”って警告まで出してきたんでしょ?なら、こっちだって大人しく引っ込むわけには行いかないのよ。犯人の思い通りにはさせない。思いっきり引っ掻き回して犯人にボロを出させてやらなきゃ。そこをうちらが抑える!」
「……あの、俺たち犯人を特定して梅澤さんや警察に逮捕してもらうために今調べてるんですよね?」
「何言ってんの?私たちが犯人逮捕するのよ」
「私人逮捕ですか?リスク高いですよ。これは梅澤さんに協力してもらって警察を動かした方が……」
「あの町の警察が今更動くと思う?アッキーは別として、あの地域の警察は使い物にならないでしょ。内部にも犯人の協力者がいるんじゃないかな?」
「どういうことですか?」
「だってさ、うちらど素人がちょっとSNSや同級生を調べただけでこれだけ情報が出てきてるのよ?うちらが被害者に親い人間だとしてもさ、どの情報を見ても縞桜太が殺人を犯したような状況には見えないわけよ。こんな事件に巻き込まれる要素がないんだもの。警察がそれに気づかないわけなくない?」
「まあ……」
「洞牡丹の血痕が縞桜太の体から発見されたくらいしか司法解剖の情報は発表されてないから断言はできないけどさ。誰かが捜査班の情報を止めるか偽装するかしない限り、縞桜太が洞牡丹を殺害したなんて思われるような情報をマスコミに開示しないでしょ。マスコミが勝手に印象操作してた可能性もあるけど、だったら流石に警察も事実と異なるのなら訂正記事書かせるでしょ?それをしなかったってことは、縞桜太に罪を着せたい人間が警察関係者にいるってことじゃない?縞桜太が犯人だっていう決定的な証拠はどこを探しても出ていないんだから。縞家に強盗に入られたってのも怪しい。その犯人さえも逮捕できないって、いくらなんでも警察が無能じゃない?」
盃都は松子の言葉を聞いてあることを思い出した。梅澤が言っていたことだ。この町はどっかおかしいと思う──と。
具体的に何がおかしいのか言及していなかったが、警察官として地方に来た人間が言うのだから町の治安について何か異変を察知しているのだろう。あるいは、自分の属する組織についての思いも含んでいたのかもしれない。
初めて盃都が梅澤に出会ったとき。藤田建設の事務所の場所に悪い若者が出入りしている──と言っていったことを思い出した。警察もマークしている何か危険な組織があるという言い方にも捉えられる。あの話し方ではまだ逮捕には至っていない。つまり、警察も難航している厄介な勢力があるということ。この組織が桜太の事件に関わっているのかどうかは、今のところ判断できる材料がない。だが藤田建設に出入りいている悪い若者の件も片付いていないということは、警察の動きを止める何かの力が働いていることは確かだろう。捜査中であれば無闇に一般人に情報を出すはずがない。実質捜査できないでいるということだ。
であれば、この事件に関しても同じように捜査になんらかの圧力や外的要因が加わって捜査が難航している可能性がある。いくら田舎とはいえ、犯人の手がかりが全くないことはあり得ないのだ。そう思った盃都は松子の言葉に同意せざるを得なかった。
「確かに、あの地域の警察、先魁市警察署もしくは当時陣頭指揮を取ったであろう県警は信用しきれないですね」
「アンタがはっきり言うなんて──なんかあったの?」
「まあ、今回の事件に関係しているかは不明ですが、あの地域の警察は何かに忖度している可能性はゼロじゃないなって思っただけです」
「でしょうね。だからうちらはあの街ではアッキーしか信用できないのよ今」
「警察組織ではなく、梅澤さんに逮捕してもらえるように動きましょう」
「うちらが逮捕したいところだけどね」
「頑固ですね……なら、俺ら三人で真犯人を逮捕しましょう」




