三人
スティーヴ・アオキのライブ音源を流しながらハイテンションで東北自動車道をかっ飛ばす松子。マニュアル車とEDMという情報を見聞きしただけで、超偏見ではあるがスピードを出しそうだなと予想していた盃都。松子は思った以上だった。次々と車を追い越し、ギアをどんどん上げていく。盃都はアシストグリップから手を離せず、楽しそうに横で喋っている松子の話や曲を聞く余裕がない。そんな中、対向車線で赤色灯が見え、間も無くすると事故車両が見えてきた。対向車線とは言え実際に事故を見るとヒヤッとする。
「あの、スピード出し過ぎじゃないですか?」
「高速でスピード出さなくてどうすんの?」
「いや、あの、自動車専用道路でも制限速度ってあるじゃないですか。余裕でオーバーしてますよ」
「大丈夫大丈夫、このナビ優秀だからオービスの場所は事前に教えてくれるし」
「そういう心配をしてるんじゃないです。俺の命の心配をしてるんです」
「失礼だな〜。ていうか、あと何時間かかると思ってんの?目の前をちんたら走ってる車いるとさ、疲れんだよね。追い越せる時に追い越しておかないと大変なのよ、長距離運転は」
一応松子なりに考えがあっての速度らしいが、運転をしたことがない盃都は長距離運転で飛ばす意味がわからなかった。“パーキングエリアやサービスエリアって何のためにあるんだっけ?“と思いながら、横で運転するスピード狂に運命を託すしかなかった。
松子の運転に最初は命の危険を感じていたものの、慣れとは恐ろしいもので、郡山を過ぎた辺りで何も思わなくなった。また郡山。どうやら盃都は郡山で何か確変するようだ。休憩のために長者原サービスエリアに入った二人。昼ごはんを食べていなかった二人は早速フードコートへと向かう。松子は運転で空腹になり、盃都はスピードとEDMという慣れない環境で空腹になった。夕ご飯時でもあり、フードコートは賑わっている。食券機の列に並んで順番が来るまでずっと悩んでいた盃都。こんな場所でもその人間の特性は出るわけで、松子は自分の番になった瞬間迷わずにボタンを押して発券していた。一方、盃都は蕎麦とラーメンでギリギリまで悩んでいると、後ろの客から“早くしろ”という圧を感じて一番上にあったボタンを押す。
蕎麦を啜る盃都に向かって不服そうな顔をしながら向かいの席で牛タン大盛り定食を食べる松子。
「ねえ、なんでご当地のものを食べようとしないの?ざる蕎麦なんて東京でも食べれるじゃん。あれだけ悩んでそれなの??」
「俺は麺類が好きなんです」
「どうせならわんこ蕎麦にしなよ」
「わんこ蕎麦は隣の県の食べ物です。あと俺、フードファイターじゃないんで。適量で、自分のペースで食べたいんです。追加のお椀持って横にスタンバられたら味わうものも味わえません」
「つまんないのー!」
“人がご飯を食べているのを勝手に見てつまらないとは何ごとだ?“と問い正したくなったが、言えば言ったでまた面倒臭い問答が続きそうだと思って諦める盃都。松子は先ほどまで暇を持て余した子供のように盃都を散々弄っていたのが、気づけば牛タン定食を食べ終えていて今はスマホを弄っている。盃都よりも後から食べ始めたというのに。どうやら松子は早食いらしい。太ってもいなければ極度に痩せているわけでもない松子だが、女性らしい華奢な体のどこに大盛りの定食ご飯が消えて行ったのか。そしていつの間に買ってきたのだろうか、デザートにずんだシェイクを飲んでいる。見れば見るほど謎に包まれた人だなと思った盃都。飄々として掴めない。松子に対してそんな印象を抱いた。
盃都は松子を待たせるとまた何か言われそうだと、少し急いで蕎麦を食べ終えると松子はスマホを盃都に見せてきた。無言でその画面を覗くと、先ほど盃都が検索した際に柳田議員のフェイスブックに載っていた息子の顔が、いくつもの投稿に掲載されていた。
「多分これが、柳田燕大のインスタ」
「これ、鍵かかってますけど…どうやって入ったんですか?」
「普通に友達申請した」
“普通に友達申請”。知らない人間の鍵垢に友達申請できる精神性を盃都は理解できない。だが、以前松子とインスタを交換した際に除いたアカウントには、まさにリア充と言い表す他ない写真ばかりが投稿されていたのを思い出す。盃都は確信した。松子は自分とは別の生き物だと。正真正銘の根明の陽キャだと。一人行動も厭わないあたり、一匹狼のギャルとでも言おうか。見た目は普通の女子大生だが、中身はあっさりしているものの冴えないパンピーの自分にとっては計り知れない破天荒さがあるのではないか、と盃都は松子と一緒にいると驚かされてばかりだ。
気を取り直して、盃都は燕大のインスタの写真を高校時代まで遡る。桜太と二人で写っている写真はおろか、桜太が写っている写真すらない。このアカウントを探したのは無駄だっただろうか。そう思った時、ある時を境に“ある女性”がよく一緒に写るようになっていることに気づいた盃都。どこかで見覚えがあるような、無いような。彼女が写っている投稿を拡大しては投稿文を読んでいく。誰かの家や自分の家でよく一緒に遊んでいるようだ。イベントにもよく一緒に参加している。燕大の彼女だろうか?そう思っていた時、松子がポツリと呟いた。
「それ、洞牡丹じゃない?」
盃都は自分のスマホで以前ネット記事を調べた時にスクショした洞牡丹の画像を探す。2枚の写真を並べると、瓜二つだった。
「彼女で間違い無いですね」
「洞牡丹が亡くなってさ、こうやってSNSに写真をあげるくらい仲良かった柳田燕大のことを警察が調べなかったのは、なんか変じゃない?」
「調べたけど何もなかったとか?」
「いや、もし本当に警察に調べられてたらさ、あの田舎だよ?すぐ噂が回ってお父さんとか国政に出るどころじゃなくない?」
「確かに…桜太が疑われたときは村八分どころか強盗まで入られたのに。本人は死んでるっていうのにそんなことされるんじゃ、疑惑の人間が存命なら尚更放っておかないですよね、あの田舎なら」
「と思うけどね」
さらに写真を見ていくと、もう一つ、各投稿の共通点を見つけた盃都。
「写真に写ってる人、洞牡丹だけじゃなくて他にも二人、同じ人が多く写ってません?」
「どれ?」
盃都は指差す。髪をワックスで遊んでいる長身の男性と、小柄のストレートヘアの女性。制服を着ている写真もいくつかあるため、同じ高校の生徒だろう。同級生だろうか。タグ付けされている名前を確認すると、“キヨタカ”と“ナツキ”だった。さらに投稿を遡っていくと、この三人はどうやら洞牡丹が登場する前より仲が良かったのが窺える。投稿日から確認すると、洞牡丹が燕大のインスタに載るほど仲良くなったのは、彼らが高校2年生になったあたりだ。
写真を見てさらに違和感を感じる盃都。洞牡丹が出てくる前と後で、それぞれの雰囲気が少し変わっている。表情や立ち位置、特に見た目が変わっている。イメチェンしたのか。高校生デビューならまだしも、すでに過去の自分を知っている人間だらけの空間で、高校2年生というなんとも中途半端なタイミングで印象を変えることにどんな意味があるのだろうか。
燕大が父親のフェイスブックに載せられた写真のように強張っている表情があるわけではないが、キヨタカだろう長身男と、ナツキだろう女性の表情とファッションが明らかに違う。三人だけで写っていた時代は無邪気に笑っていて年相応の見た目だ。男女を意識したような微妙な距離感もある。
だが、洞牡丹が登場してからはキヨタカは明らかに色気付いている。悪い表現をすれば、イキっているとてでも言おうか。写真によるとワックスで髪を遊び始めたのもその頃らしい。服装はノーブランドのものから明から様にブランドがわかるような服になっている。それまではマッシュのような髪型で男らしさは無い上に、ブランドには興味なさそうなスタイルだ。
ナツキの方は洞牡丹が登場してから無表情で写る写真が多いように感じる。笑っていないわけではないが、表情に威圧感があるのは気のせいだろうか。まるでボトックスをしているおばさまたちのように目元や口元に笑顔を作る時にあるべき皺がない。洞牡丹が登場する前は確実にあった笑い皺。そしてナツキはキヨタカと燕大との距離感がやたら近い。幼馴染だから、と言われればそれまでだが、思春期の時期に異性にやたらと近づくのはただのビッチだ。牡丹が登場する以前はあった微妙な距離感がなく、むしろ牡丹が登場してからこの三人の何かがバグったようにも見える。燕大はともかく、キヨタカの牡丹を見る視線は異性を見るそれそのものだ。
盃都が燕大のインスタを見て何となく感じたのは洞牡丹と三人の異様な四角関係だった。
「なんか、この三人…洞牡丹が登場するようになってから、おかしくないですか?」
「えー?そう?むしろ洞牡丹が登場するようになってからまともになってない?」
松子は盃都と真逆の反応を抱いた。それは松子と盃都の人間性の違いからくるものでもある。だが松子が言っていることが盃都は理解できない。盃都が頭の上に疑問符を並べていると、松子が察して説明してくれる。
「いやさ、まずこの三人。洞牡丹がいない時代、何この微妙な距離感」
「中高生って、異性を意識するじゃないですか。意識してることを明から様に隠すとそれはそれで不自然だから、意識してませんよ〜みたいな雰囲気出してるだけじゃないですか?」
「それがキモいって言ってんの。この真ん中の女が両脇の男を抑えて逆ハーレムでしょ?そんなのいちいち隠さずともみんな分かってるって。普通は女一人で男複数がいるコミュニティに行かないの」
「そりゃそうかもしれないですけど…」
「特にこの女さ、自分がビッチだって見え見えなのに隠そうとしてんのウケる。“男にモテる私“に酔ってんだよ。オタサーの姫と何が違うの?キモ」
いきなりギャルモードに入ったのか元々口が悪いのか、松子の突然のディスりに驚く盃都は思わず松子を見て固まる。松子からまるでカースト上位で幅を利かせている女子のようなオーラを感じた盃都は若干引いている。盃都からしたら最も関わりたくない人種の一人だ。そんな盃都に構うでもなく続ける松子。
「でも洞牡丹が登場してからは欲を隠さなくなってるよね、特にこの真ん中にいるナツキって女。逆ハーポジションを洞牡丹に取られて嫉妬丸出しじゃん。ほら、ほとんど真ん中にいるのが洞牡丹だよ。それでもナツキが見た目だけは清楚系ぶってるのは相変わらずっぽいね。まあ、清楚系の方がビッチ多いって言うし?両サイドの男は願望というか下心というか性欲を隠そうともしなくなってるね。特にキヨタカとかいうヒョロ男。洞牡丹が無意識のタラシなのかな?このヒョロ男は間違いなく洞牡丹に惚れてる。こんなの誰でも見ればわかる。でもそれが気に入らないんだろ、ナツキは。女二人で写ってる写真ないじゃん。女王様同士の争いじゃんこれ。うわー、正常正常。女の嫉妬ってどうしてこう分かりやすいくらい醜いのかな〜」
松子は楽しそうに話すが盃都からしたら内容が全く楽しくない。盃都は途中から何を聞かされてるのかわからなくなったが、松子とは受け止め方は違うとはいえ、同じ状況を読み取ったらしい。松子曰く、男女のあれこれにまつわる感情はむしろ出さない方が異常であり、隠すのはいいこぶったビッチらしい。盃都からすれば、明から様に出す方がどうかしていると思った。これがカースト上位と冴えない凡人の違いなのか?と自分と松子を比較した盃都だった。
松子はそのままキヨタカのアカウントに飛ぶ。どうやらキヨタカの方はアカウントに鍵をかけていなかったらしい。見た目通りと言えばそうだろう。“いかにも”という感じだ。松子が閲覧するのを反対側から覗き込んで一緒に確認する盃都。キヨタカの投稿はまさに、“いかにも”という感じだ。だが、洞牡丹が登場する前は意外なものだった。
中学高校とキヨタカは弓道部に所属していたらしい。ほとんど弓道をしている写真ばかりだ。写真の構図も正直、優等生が撮ったつまらない画だ。だが、洞牡丹が登場したあたりからは例の4人で遊んでいるような写真でおしゃれな画角やフィルターばかりだ。腕にシールタトゥーを貼って撮られている写真もある。優等生の坊ちゃんからチャラ男に変身したのが見てとれた。こんなにも分かりやすい人はいるだろうか。もう少し4人の関係性を見出そうと盃都が真剣に覗き込んでいる中、松子は別のアカウントに飛んでしまう。
「あ、ちょっと、もう少し見せてくださいよ」
「こんなつまんない男の投稿見て何が面白いの?」
「面白いから見てるんじゃないんです、手がかりを探してるんです」
「手がかりなら、ナツキの方があるかもよ?」
そう言って松子はナツキのアカウントであろうものの投稿を見ていく。ナツキもキヨタカ同様に鍵をかけていないらしい。投稿内容は相変わらずオタサーの姫だった。高校生の頃に比べて今時風の若い女である。というより、顔が変わっている。盃都は思わず呟く。
「……整形?」
「いかにも港区女子って顔だね。どうしてこう田舎娘って上京すると同じ顔になっていくんだろうね」
「垢抜けたってことですか?」
「垢抜けたんじゃなくて、パパ活女子化でしょ」
盃都がリアルで耳にするのは初めての単語だった。SNSやニュースではよく見かけるが、実在の人物でその様相をその言葉で表現される人を見たことがない。ブランド品が複数投稿されているものや、いわゆる回らない寿司屋や高級店で食事しているのだろう写真が投稿されているのを見ると、見たことはないとは言え盃都もこのアカウントの人間はパパ活しているようにしか見えなかった。ただ唯一、目元の涙袋の整形だけはやっていないようで、かろうじて昔の清楚系オタサーの姫時代の名残がある。鼻と顎が変わるだけで、こうも人間は変わってしまうのか、とある種の関心さえ抱く。そんな中、松子のディスりは止まらない。
「うわー、整形するならフルフェイスやれよ中途半端だなー」
「……鶴前さんはナツキをディスりたいだけでしょ」
密かに思っていたことを投げてみた盃都。怒られるかと思いきや、松子の反応は意外なものだった。
「そうよ?私こういう女が一番嫌いなの」
松子が言う“こういう女”とは具体的にどんな女を指すのか分からなかったが、ナツキに嫌悪感を抱いているのはわかった盃都。
「何がそんなに嫌なんですか…」
「他者評価が無いと自分を保てないから男に媚びるしかない上に結果として醜い嫉妬心しか出てこない中身空っぽ女のくせに、いい子ちゃんぶってるところ?洞牡丹を殺したのワンチャンこいつじゃない?」
さらっととんでもないことを言う松子に、余計なこと聞かなきゃ良かったと後悔する盃都。まさか自分が一緒に捜査している相棒はとんでもない女かもしれない、と身構えてしまう。その様子を見た松子は一人で笑っている。何故この状況で笑えるのか、何が面白いのか盃都は理解できずに、ますます目の前の松子が別の生き物に見えてきた。