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始動

 松子(しょうこ)の運転で東北自動車道を下っている盃都(はいど)。車内には松子セレクトの盃都の趣味ではないEDMが流れる。車の中央にあるナビの目的地は、例の田舎だ。なぜ再び二人が田舎に向かっているのか。話は数時間前に遡る。

 

 高速道路に乗る前に松子は盃都の案内もなく盃都の自宅へと向かった。“本当に家の場所まで割れていた“と頭を抱える盃都だが、いちいち突っ込んでもいられなかった。松子が家の前に車をつけたため、この炎天下に駅から歩いて帰ってこなくて良かったと僅かに感謝する盃都。車を降りた盃都はすぐに玄関に向かうが、家の前に車が停まった音で気づいたのか、ドアを閉める音で気づいたのか、盃都の母親が出てきて松子を見られてしまった。自分の部屋へ行き、荷造りをしている最中、盃都の母親は何を考えたのか松子をリビングに通してお茶を出している。“この女はアンタの息子にエアタグ仕込んで後をつけてきた実質ストーカーですよ”なんて盃都は言えるはずもなかった。この現実から目を背けたくなった盃都だが、母親と松子の両者が余計なことを言う前にさっさと準備を整えて家を出るのが最善だと思い、可能な限り急ぐ。

 準備を終えてリビングへ降りると、二人は何を話していたのか大笑いをしていた。目の前に広がる光景が悪夢のように見えて、松子の腕を引っ張り出発するように促す盃都。その様子を見た母親は何を勘違いしたのかニヤニヤしている。

「盃都、彼女がいたなら紹介しなさいよ〜しかも年上なんて、アンタもお父さんと一緒ね〜」

「お母さん?私たちは別に付き合ってませんよ?未成年に手を出した犯罪者になっちゃいますからね私?ね?お母さん?あなたの息子さんはサークル活動に参加してもらってるだけって、私さっき言いましたよね?」

「あら、そうだった?なんでもいいわ、うちの息子をよろしくね、松子さん!うちの子、あまりにも女の子と接点なかったから、もしかしてゲイなのかと…あーよかった!盃都、アンタ松子さんと同じ大学に行くの?志望大学変えたなら教えなさいよね、も〜」

「……」

 母親が自分をとんでもない目で見ていたことが発覚したおかげで言いたいことが沢山あったが、この状態の母親に何を言っても無駄なのは盃都が一番わかっている。何も言わずに母親が喋るのをやめるまで黙っているしかない。“いい母親なんだけど、ちょっとハヤトチリというか、他人の話を聞かないというか、自分に都合のいい見方をするんだよな…普段どうやって看護師の仕事してんだ?患者の話もこうやって聞いてるんだろうか?”と、内心思っていることは決して言えない盃都だった。松子と家を出て車に乗り込むと、母親が玄関から出てきた。嫌がっている盃都をよそに松子は窓を開ける。

「盃都!アンタやる時はゴムしなさいよ!」

「母さんはもう黙っててくれる??」

「松子さん、盃都をよろしくね!おかしいことしたらぶん殴って!」

「はははは、はい、わかりました!お母さん、ちゃんとお土産買って来ますから、待っててくださいね!じゃあ、行ってきまーす!」

 松子は早くも母親の扱いを覚えたようだ。バックミラーには満面の笑顔で手を振る盃都の母親が遠くなっていくのが見える。その様子を見ながら松子は楽しそうに話し始めた。

「盃都のお母さん、面白い人だね〜」

「いや、あれは面白いのとはちょっと違うと思いますけど…」

「でも、楽しい人じゃん」

「まあ、一人で楽しそうな人ではありますね」

 盃都は母親が休みの日に本やドラマや映画を見て一人で大笑いしているのを何度見かけたことか。


 盃都が羞恥心から眉間を押さえているうちに、三郷ICから外環に入った。二人は田舎から帰った後について話題が移る。

「で、なんで神戸に行ってたの?」

桜太(おうた)の遺族を探してたんです」

「桜太くんのお父さんと妹さん?」

「そうです」

「で、会えたの?」

「今さっき会ってきたんです」

「え?」

 数日前の神戸の出来事を尋ねたはずなのにも関わらず、先ほどの話をされた松子の頭に疑問が広がる。

 盃都は田舎から帰って今日までの数日間の出来事をかいつまんで話した。

 

 桜太の事件を調べていた桜太の母親“(あかね)”が事件から2ヶ月後に亡くなったこと。夫の弥生人(みきと)曰く彼女は自殺するようなタイプではないこと。桜太が亡くなってから桜太が洞牡丹(ほらぼたん)を殺害したと根も葉もない噂を流され遺族が村八分にされていたこと。桜太の家に強盗が入ったこと。その前に茜は桜太の友人達を調べていたこと。桜太の遺族を匿った春如(はるゆき)が田んぼを取られたこと。弥生人が嘉乃(よしの)を守るために苗字を変えて弥生人の実家である神戸に引っ越したこと。誰が住所を漏らしたのか神戸にも記者達が押し寄せたため、今は東京のあのマンションで隠れるように暮らしていること。先ほど会った女児が嘉乃であること。嘉乃に桜太のスマホを渡されたこと。ざっとではあるが、事件後に何があったのかおおまかな流れを盃都から聞いた松子はまっすぐ前を見て運転をしながら顔を歪めた。

「うっげえ…わかっていてもやっぱりエグいね〜あの田舎」

「だから、誰かにこの事件を調べていることを気づかれたら、何されるか分からないんですよ。鶴前(つるさき)さんもさっさと忘れた方がいいですよ」

「私が運転する車に乗って何言ってんの?」

「だから近くの新幹線が止まる駅に俺を降ろしてください。俺一人で調べるので」

「はあ?ここまで来てこの事件からは手を引けって?一番楽しい謎解きは独り占めする気?」

「あのですね、殺人事件の捜査ですよ?人が死んでるんですよ?危険なんですよ?」

「高校生のガキに言われんでもわかってるわ!」

「自分だってニ歳しか違わないくせに…」

「私はアンタのお母さんに頼まれてるの。アンタを宜しくって」

「体のいい口実に俺の母親を使うのはやめてください」

  お互いに悪態をつきながら一歩も引く気がない。だが二人は全く似ていないようで似たもの同士。嘉乃に渡された桜太のスマホが気になってしょうがないのだ。盃都は電源を入れてみるが画面が明るくならない。横目でその様子を見た松子は車と自分のスマホにつながっている充電コードのスマホ側のコネクタを抜いて盃都に渡す。盃都はそれを桜太のスマホに刺して、しばらく充電が貯まるまで別の話題に切り替えた。

「重要参考人って言うんですかね?そんな感じの人が三人いるみたいですよ」

「茜さんが調べてたって人たち?」

「おそらく。ただ、二人の身元は調べられそうですけど、残り一人が誰なのか不明です」

「2年も前のことだしね。二人覚えてくれてるだけで十分有難いよ…で、誰なの?その二人」

「おそらく、柳田議員の息子と、県教育委員会の桐生元教育長の孫です」

「柳田って、確か…国会議員じゃない?この前あの田舎町に行った時に、やたらポスター見かけた気がするんだけど」

「おそらくその人です。じいちゃん曰く、柳田議員はあの事件の後に市政から国政に移ったらしいです。あの町では一強かと」

「なーんかクサイね」

「陰謀論者みたいなこと言いますね」

「だって私、ミステリーサークルだし?」

 真面目なのか不真面目なのか分からない松子をよそに、盃都は自分のスマホで柳田議員について検索する。

 政治家は露出が多く、情報はすぐに集まった。柳田雨竜(やなぎだうりゅう)。衆議院議員一期目。元市議会議員と市長を経験。メインの政策は農業政策。政府が行った減反政策に反対するもので、一次産業に関わる人々を支援するというもの。それで過疎化地域の地方に人を呼び込み、東京一極集中を緩和させるというものだ。田舎の人には好かれそうな政策である。初出馬で当選しても不思議ではない。市長も二期務めているならば、市民からの信頼も厚いだろう。

 家族構成は奥さんと息子の三人暮らし。奥さんについての情報はあまり出てこないが、おそらく一般人なのだろう。息子は柳田燕大(やなぎだやすひろ)。東北の国立大学の2年生。桜太と同じ高校で同じ学年。

 フェイスブックには柳田議員のアカウントがあった。政治資金パーティーなのか、やたらとパーティー会場での写真が多い。町で撮ったであろう写真は作業着姿の人たちや子供達、農作業の老人達など地域密着のアピールも欠かさずやっているようだ。その中で一枚、気になる写真があった盃都。桜太が亡くなって間もない投稿日だった。町役場で撮られた郷土芸能に携わる人々との集合写真。柳田議員の横にいる郷土芸能の衣装を着た若い男性がやけに不安そうな顔をしている。みんなが笑顔の中、一人だけ明らかに表情が違う。彼に何があったんだろうか。彼の顔はよく見ると、柳田議員のフェイスブックにあった家族団欒の写真に写っていた息子に似ている。郷土芸能の集合写真もよく見ると強張っているその男性の肩に柳田議員は手を置いている。親しい間柄で、息子に顔が似ているのは、これが息子本人ということだろう。息子の燕大の他の写真をもっと見たいが、柳田議員のフェイスブックにはほとんど写真がない。フェイスブックで燕大のアカウントを探すが見つからない。当然だろう。おじさんが使うメディアに若者のアカウントがある方が珍しい。

 燕大が松子と同じ年齢ならば、きっとインスタのアカウントは持っているだろう。それを調べればもう少し柳田燕大の情報が得られそうだ。だが、SNSの検索に関しては自分よりも優れているだろう人物が盃都の横で今、運転をしている。以前図書館で盃都が辿り着けなかった掲示板やネットの情報を拾って見せてくれたのは松子だ。癪ではあるが、松子に頼むことにした盃都。

「あの、次の休憩ポイントでいいので、柳田議員の息子の柳田燕大のインスタを探してもらいたいんですけど」

「何?ついに私を相棒って認めた?」

 この後に及んでそれを言われると思わなかった盃都は軽くため息をついてあしらうことにした。先ほど松子が自分の母親にやったように。

「はいはい、そうです。なので柳田燕大のアカウントを探してください」

「松子さんに任せなさい!」

 軽いノリの返事に不安を覚える盃都だが、松子の検索能力が長けているのは事実だろう。インスタを連絡先交換の捨て垢としてしか使っていない盃都にとっては、松子はまさに“今時の若い人“という印象だ。きっと自分が調べるよりも沢山の情報にアクセスできるだろう。オンラインの情報収集は松子に任せて、盃都は町の地形やあの田舎の特徴、桜太や茜の人となりを知っている点を踏まえて事件を捉えることにした。

 盃都から信頼を得たと思った松子は気分をよくしたのか、自分がいつも聞いているBGMをスマホで流し始める。松子にとってはノリに乗ってテンションが上がる曲だが、盃都にとっては脳みそをガンガン揺さぶられるような喧しい音楽だった。運転してもらっている手前、文句を言いたくても言えない盃都は慣れないEDMに耐えるしかない。川口JCTから東北自動車道に入った時、車のナビに表示される目的地までの所要時間を見てため息をついた。

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