港町
「アーサー様、港町に着いたら一休みしませんか?」
「そうですね、少し喉が渇いたかもしれません。さっき、ルカを海の中でしか呼んだことないって言ってたけど、海に入るんですか?」
ギクッ。
「……ええと。……はい」
「クスッ。恥ずかしがらないで? フローレンス様のことは全部知りたいな」
ドキドキする。何?この子、私を殺す気?……全部知りたいなんて。
「お、泳ぐのが好きで。本当は毎日のように泳いでいるんです」
「そっかー。僕に付き合わせちゃったせいだね。泳げなくてごめんね?」
「! いいえ、毎日泳がなくても平気ですわ!……アーサー様といる方が楽しいですし……」
「! 嬉しいな……。そう思ってくれるなんて……ほんとうに?」
「は、はい」
うわー、私、どうしちゃったの? 好きになる予定じゃなかったのに!!
この先、きっとヒロインに奪われるのに!!どうしよう……彼に惹かれている。
「フローレンス様。フローレンス……ありがとう。僕も君といるととっても楽しい」
「あ、アーサー……さ。アーサー、私の方こそ、会いに来てくれてありがとう」
私とアーサー様はいつの間にか手を繋いでいた。
2人とも俯いてその後言葉が出てこなかったけど、すごく優しい時間だった。
時々見つめ合って微笑むだけの優しい時間……。
やがて砂浜が見えなくなると、馬車は港町に着く。
「到着いたしました。どうぞお足元にお気をつけてお降りください」
執事のジョセフが扉を開けてくれる。
再びアーサーが先に降り、私の手を引いてくれた。
「アーサー、ここが港町です。 ちょうどそこに王家直轄の店舗があるんですが、そこで休憩しませんか?」
「フローレンス、そうだね。喉も渇いたし、いいと思うよ」
先に通達を出していたので、大勢で店に入っても席は確保されている。
「アーサー。実はここのスープが名物になってまして、海藻が入っているんです」
「海藻?食べられるんですか?」
「はい。栄養もあって、体にもいいのですよ?」
この世界では、海のものを口にしていなかった。海藻はゴミ、海洋生物はゲテモノ扱い。魚だけは食べていた様だけどごく少量。なので、王子であるアーサーにはお勧めしていいのか迷ったのだが……。
「是非飲んでみたいです。フローレンスが勧めてくれるなら美味しいのでしょ?」
「! っはい! 注文しますね。あ、みなさんもお好きなものを頼んでください」
まとめて会計するように言ってあるので大丈夫。
「なんだ?焼き魚定食って」「刺身定食?これも気になるな」「俺、焼き蛤!」
まだ醤油を発見してないから、味付けは塩で食べるんだけど、なかなか美味しいのよ。騎士たちへの説明をアンナとナンナに任せて、私は卵スープ2つと鯛めしとお刺身を注文する。そう、お米があるのが救いだったわ。
目の前に土鍋がドーンと出て来た。
鍋つかみで蓋を開けると湯気と一緒にいい香りがする。
一番最初に頼んだのでみんなの視線が土鍋に集まる。
「はい。これが鯛めしです。骨をとって身をほぐすので少しお待ちを」
目の前で店員がやってくれるのを見ながら、卵スープを飲む。
「ふぅ、おいしぃ〜。ホッとします」
横にお毒見役が来て、スプーンですくって飲む。そしてうなずく。
「僕もいただこう。!! あぁ、おいしい。卵がふわふわで、塩味だけじゃないね?なんだろう。すごく美味しい!」
きっとそれはコンブ出汁ですね。よかった気に入ってくれた。お毒見役の人もちゃんと注文したのかしら?
さぁ、鯛めしよ。土鍋で炊いたのでおこげもある。それぞれのお茶碗によそう。お毒見役の方の分も。
「さぁ、どうぞ。召し上がれ」
「! う、うまいです」お毒見役の方の許可が出たわ。
「じゃぁ、僕も……!! 美味しい! 鯛めしというんですね? 初めて食べました」
お刺身も来たわ。塩で食べる。風味が足らないけど、これはこれで美味しいわ。
「これは、生なんですか?」お毒見の方も不安そうだけど、美味しいのよ?
「どうぞ、食べてみてください」
「は、はい。では……。!! なんと! この舌触りは、素晴らしいです!」
お毒見役の方、仕事忘れていますね。うふふ。
「では、僕も食べてみるよ? ……!! うまい! 本当に、今まで食べた事がない食感だね」
そうでしょう、そうでしょう。血抜きの後内臓をとり、氷水に晒すのですから、そうでしょう!
おかげで漁港の人達が皆、氷魔法を覚えたわ。
周りを見てみると騎士の方達もそれぞれ食事休憩してワイワイしていた。
「この魚、骨が邪魔だが、ものすごくうまいぞ!」それは干物ですね。
「あぁ、俺、この貝っていうの?好きだなー」それはハマグリですね。うんうん。
「俺はこっちの貝だな。このでかいところが、ほろほろとほぐれるんだよ」それはホタテですね。バターが欲しいですよね。
「これは食べるの大変だが、感動するうまさだぞ!食ってみろ!」それはカニですね。伊勢エビっぽいのもありますよ?
はい、大盛況。いただきました〜。
ワイワイと皆が盛り上がる。アーサー様もニコニコだわ。よかった〜。
「そろそろいきましょうか? みなさん満足されたでしょうか?」
と、私はアーサー様に聞いてみた。
「大満足だと思いますよ? 僕もとってもおいしかった。城に帰ったら食べられないと思うと悲しいです」
「うふふ。転移魔法陣があるではないですか。あれを消さないでおけば、これからは定期的にお魚や貝を持っていけますよ」
「あ、魔法陣がありましたね。そっか、貴方が僕のところに来ても故郷の味が食べられるという事ですね」
「!! は………。ええ……あの」
どういう意味か気がついて、顔が熱くなるのがわかるわ! ど、どうしましょう。
すると、アーサー様も自分が言ったことに気づいて慌て出した。
「っは! す、す、すいません。えと、忘れて! いや、忘れてもらっては困るけど!あの、ちゃんと、その、ちゃんと!後で言いますから!」
「は、……はい」
私たちきっと2人とも顔が赤いんだわ。ナンナとアンナの視線が生温かい。
それからまた馬車に乗り込み、今日は城に帰ることにした。
ただ、その時はお互い気づいていなかったと思う。
お城に着くまで、ずっと手を繋いでいたということに。きゃー。