プロローグ
宜しく御願い申し上げます。
『グスターノ=ロンヴァルド樣、我が国の東部に位置するアルザンヌ湖が、寒波の影響によって凍りついてしまい、民衆による漁業産業に支障が生じている模様に御座います』
うやうやしくもそう報告する辺境伯の声を、公爵夫人のイワセリーナ=ロンヴァルドが聴いたのは、宮殿の中に、眩しい程の昼の陽光が射し込みはじめて間もなくの頃であった。
辺境伯とは、国境地帯の防護の為に設けられた爵位のひとつである。アルザンヌ湖とは、国の東部国境地帯を塞ぐように位置して、敵国の進軍を物理的に阻むのと同時に、貴重な漁業資源の採集地として、経済を支える国として非常に重要な要所のひとつなのであった。
その湖がとうとう凍りついたという。
西部の農村地域はすでに、ことごとく、農地のすべてが凍土と化す程には寒冷化していて、いよいよ農作物の収穫もままならず、食糧不足が深刻化しているのは、国政に関わらないイワセリーナ公爵夫人でさえも知っての事実であった。
イワセリーナは、臣民たちの飢えと苦しみとを思い、酷く心を傷めている最中なのであった。
彼女は、心を傷めながらも、数ヶ月にもわたって続くこの寒波の原因をよく知っていた。
原因はイワセリーナ自身なのであることを。
それというのも、彼女は極度とも言える冷え性の持ち主なのであった。
それも、指先や脚元だけといったような局部的な冷え性などではなく、頭の天辺から脚の爪先までの全身で感じてしまうような強烈なる悪寒に襲われるような重度のものだったのである。
しかも・・・、しかも、である。彼女のその身體の冷えは、やがて、彼女の居る部屋の温度にまで影響を与え、ひいては街全体の気温までをも下げ、このように国全体に猛烈な寒波をもたらす程のものだったのである。
そう。イワセリーナは、生まれつき自ら感覚を増幅させ、それを物理的現象へと具現化する能力を持ってしまっていたのである。
幸いにも、二十六歳になる今までは、体温を一定に保つ為の投薬治療が功を奏して冷え性を抑え込むのに成功していたのだが、あることをきっかけに能力は暴走し・・・。
そんなイワセリーナの悩みを、夫であるグスターノ=ロンヴァルド卿は、よく知っていて、献身的に看病したのだが、彼女の冷え性はとうとう治らず、今回の国難とも言える災害をもたらしたのであった。
次、書きます。