温泉に入ってみた
「あ~~~、もうホント限界!! ルリお願い、今すぐお風呂に入れそうな所へ連れてって!」
アリサは頭を掻きながら限界値を超えた不快感を露わにして叫んでいた。
「仕方ないわね。急ぎましょう」
そう言って連れてってくれたのは、長閑というよりも辺鄙という方が似合いそうな領地にある開拓途中らしい村の近くだった。
「こんな所に宿なんてあるの? 本当にお風呂に入れるの?」
空を飛ぶルリの背中から見た限り、家はまばらにしか建っていない本当に小さな村だ。
周りは開拓途中の土地と森が続くだけで街道らしい道もなく、少なくとも旅人が頻繁に立ち寄るような村には思えなかった。
そんな村にお風呂がついた宿が本当にあるのだろうかと、ルリを疑う訳ではないがアリサは少なからず不安を覚えていた。
「ふふふ。空から見て気づかなかった?」
「何よもったい付けて。いったい何があるっていうのよ」
ルリはアリサを村から少し離れた場所に下ろすと人間化した姿に戻り村とは別の方向へと歩き出した。
「まあ、ついてくれば分かるわ」
説明する気のないルリの後をアリサは仕方ないと諦め大人しく追った。
しばらく歩くと川のせせらぎが聞こえ始め、なんだか嗅いだ事のある独特な匂いが漂い出す。
アリサはその匂いからその先にあるものを推測し思わず駆けだしていた。
「もしかして温泉があるの!?」
森の木々の間を抜けるように移動すると見え始める川辺には、大小様々な大きさの岩が転がりその所々から湯煙を噴出している。
多分岩をどけ、地面を少し掘ったら温泉が出てくるだろう事は簡単に推測できた。
もしかしたら川の中にも温泉が湧いていて、適温になっている場所があるかもしれないと、アリサは迷う事なくジャバジャバと川に入ってみた。
川幅は五メートル以上ある感じだが流れはそれほど急でもなく、深さは場所によって違うのだろう水の色が所々違って見える。
しかし残念な事に冷たいと飛び上がるほどではないが、けして浸かりたいと思えるような水温でもなかった。
アリサは川に浸かるのを諦め、湯煙が上がる場所の近くに湯船を作ることにする。
どけた岩を湯船を形成するように積み上げ、その中をくり抜くように掘っていくと思った通りすぐにお湯が地下から湧き上がってくる。
もっと深く掘りたかったがどんどん熱くなる水温に耐えきれず途中で諦め、川から水を少しだけ引き込めるように工夫する。
半身浴程度の深さとはいえ一人用温泉のできあがりにアリサは満足し、辺りに人影がないのを確認して迷わずに飛び込むようにして入った。
「あ~~~、生き返るぅ~」
「喜んでくれたようで良かったわ」
ルリの事などすっかり忘れていたアリサはちょっとだけ恥ずかしくなり顔を赤くする。
「しばらく誰も近づけないようにしておくから思う存分堪能しなさい」
「あ、ありがとう・・・」
アリサは体がふやけるほどお湯に浸かり、迷う事なく湯船の中でゴシゴシと汚れを落としていく。
どうせアリサしか入らない温泉だ。仕上げは川の水を使わせて貰おうとアリサは遠慮なく体中を磨き上げるように擦り、頭の汚れも落としていく。
「あぁ~、さっぱりした」
思う存分お湯に浸かり、体中の汚れを落とし終わったアリサは、今度はそのまま川へとダイブする。
火照った体に川の水は日向湯のようだったがそれでも十分気持ちよかった。
体に残っていた泡をすすぐように落としさらにさっぱりしたアリサはルリに心から礼を言う。
「こんな大自然の中の貸し切り温泉なんて贅沢させてくれてありがとう。本当に色々スッキリさっぱりしたよ」
アリサは前世で当然温泉に入った事はある。勿論銭湯やスパの露天風呂じゃない所にだって。でもこんな贅沢は前世でもした事はなかった。
「私からの今回の事のお礼だと思って」
「私たいしたこと何もしてないよ?」
「いいえ、私に信仰が戻ったのはアリサのお陰よ。腐り始めていたこの大陸を助けてくれてありがとう」
ルリはお礼を言ってくるが、アリサはちょっと納得できなかった。
そもそも聖都を壊したのはシオンだし、宗教が本当に潰れたかなんてまだ分からない。
これからどうなっていくかもまったく分からないのに、そんなに安心しきった事を言っていて大丈夫なのかとアリサは考える。
でもきっとアリサが知らない事理解できない事をルリやシオンは知っているのだろうとも思う。
しかしそれを聞いたとしてもルリが素直に話すかも分からないし、本当に理解できるかも分からない。
それにこれ以上アリサにできる事もないのだろうとなんとなく感じていた。
ならばここは素直に頷いておくしかないのだろうとアリサはふっと笑顔を作る。
「ルリの問題が解決したのなら私の肩の荷も下りた気がするわ」
アリサはルリにそう答えると、後はジョブレベルをMAXにするだけだと考えていた。