お願いしてみた
・
ドラゴンの肉は噂通り本当に美味しかった。
昔バブルの頃に一度だけ上司に連れて行って貰った焼き肉屋で、一切れ3000円と言う霜降りの牛肉を刺身で食べた事があったがあの時の感動以上に旨かった。
上質な脂身が口に入れた瞬間に体温で溶け出し甘みと旨味を口いっぱいに広げ、そして噛み締めると上品な肉の旨味と香りが後から追いかけて来て、気が付くとあっという間に口の中から消えていたがその余韻さえも楽しめた。
あの時生で食べたあの肉の感動をも上回るドラゴン肉の旨さは是非次はすき焼きで堪能したいと思っていた。
その為にも生卵を手に入れたい。
ついこの間までは自分で料理するなんて面倒だと思っていたが、美味しい食材が手に入ると自分好みで食べたいと言う欲求も湧きだた。
それに自分の作った物を美味しいと言って食べてくれる人がいるのは、料理をする楽しみにも励みにもなってやる気が出ると言うものだ。
転生してからこの方ずっと一人の様なものだった。
食べられればそれだけで有難く、誰かが作ってくれる物があるならそれで十分だと思っていた。
しかし美味しいと言いながら一緒に食べてくれる人がいると言うのは作る楽しさまでも思い出させてくれる。
すっかりと忘れていた感情を色々と取り戻させてくれるルリとシオンの存在が今はとても嬉しかった。
そしてNPCだと思っていた街の娘もその父も実はこの世界にしっかりと存在する人達で、私がそう思い込んでいただけだと知った。
ドラゴンの素材を売ろうと考えて街の素材買取所に持ち込んだら領主か王都の買取所でも無いと無理だと断られ、領主と連絡を取るならと街長を呼ばれたらあの父親だったと言うオチで、そりゃもう大騒ぎだった。
助けて貰いながら何のお礼もできずと屋敷へと招待されたのを無理やり断って、逃げる様に今は森林ダンジョンに籠った。
日中はビックキラーベア相手に魔法の熟練度上げをして、夜は第二エリア外の村の宿に泊まる日々を送っている。
しかし★3までは結構楽勝でサクサク上がっていた熟練度も流石に★5にしようと思うとそれなりに時間が掛かり、ただの作業となったその行為に何気に飽きて来ていた。
「ねえ、この後王都へ行くとして何日くらい掛かるんだろう」
「そうですねここからなら歩きで10日前後、馬車なら6日、馬ならば3・4日と言った所でしょうか」
この大陸はその全土で一つの国となっていて、中央に王都がある領土がある。
そしてその周りを6つの領土で囲む形になっていて、それぞれ領土の広さや地形により多少の変わりはあるが一応どの領地も中央と繋がっていた。
(この世界にはチョ〇ボはやっぱり居ないのか、海チョ〇ボとか育ててみたかったな)
「前の世界では転移魔法を使えたけれど、この世界には転移魔法は無いっぽいし、移動が大分不便になるよね」
「私達に乗って移動しますか?」
「そんな事もできるの?」
「聖獣の姿に戻れば可能ですが、街中では無理ですよ」
「そんなことしたら目立って仕方ないのに当然だわ。でも無理じゃないならお願いするね」
楽しみができた途端にやる気も上がり、自分で決めた事だからと魔法の熟練度上げになお一層気合を入れ村に戻ったその晩に盗賊に押し入られた。
狙いは私のポーチとお金だった。
街で大量の肉とマンドレイクの素材を買い取って貰った噂は既に広がっていた。
そしてその不思議なポーチの話も始めは眉唾物だったが、二度三度と見せた事でさらに噂は広がり、そしてドラゴンの素材の話での騒ぎで私が特定された結果だった。
私は肉を買い取っていた店員があまり驚いた様子を見せなかった事で、すっかりと受け入れられていると言うかそんなもんなのだろうと思っていた。
それにここはゲームの世界どうせNPCと心のどこかで思っていたそこからして間違いだったのだ。
当然盗賊達はルリとシオンによって捕らえられ警察に突き出したが、私達はポーチに見せかけたインベントリの噂をどうしようかと話し合った。
「これはもうダンジョンの宝箱から出たアイテムと言う事にして、早急にマジックバックを広める事はできないかしら」
「本当にダンジョンの宝箱から出すと言う事ですか」
「うん、やっぱり難しいかな?」
「少々お待ちください」
ルリはそう言うと、多分神様(?)と念話(交信?)している様だった。
そうしてヤキモキしながら待っていると「OKがでました」と返事があった。
この世界全土にあるダンジョンのダンジョンボスが宝箱をドロップする事になり、その宝箱から特殊な装備品やマジックバックを出すと言う事になったらしい。
前の世界ではレアドロップは宝箱に入っていたが、この世界では魔物は宝箱をドロップする事は無かった。
これで魔物が落とす宝箱から貴重なアイテムが出る事が決まったが、今回の様に思わぬ犯罪が起こりうる懸念もあるのでその調整も考えねばならないと頭を抱えているそうだ。
誰が? 神様かそれとも別の誰かが?
まぁその辺は私にはあまり関係無いのだろう。と言うか念話が私に届かない所を見ると関われないのだろう。
しかしそれでも私にはきっちりと確認したい事があった。
「じゃあ、あのビックキラーベアからも宝箱は出るの?」
「勿論です」
私はその話を聞いてポーチ問題が解決しそうな事に安心するよりも先に、明日からの魔法の熟練度上げでの宝箱の中身に思いを馳せていた。
なので「宝箱のドロップはレアドロップ扱いですよ」の先に何か色々と言っていた様だったが、すでにもうルリの言葉は耳には入って来なかった。