名前を付けてみた
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気が付くと目の前に草原が広がっていた。
振りむいてさっき足を踏み入れた筈の渦を探したがそこには既に何もなく、ただ深い森が広がりさらに奥に険しい山々が見えていた。
(この森はアレだね、奥深くに行く程強敵が現れてあの山はドラゴンの巣があるとか、冒険初めの定番あるあるって感じなのかな)
「って事は、この草原は初心者がレベルを上げる為の場所って事か」
以外にあっさりと今の状況を飲み込みながらも、これから始める冒険に抱えた少しの不安を打ち消す様に一人そう呟いてみた。
「そうです。ここはヤキニック王国にある辺境の地で、もう少し行くとバアラニックと言う街がございます」
武〇伝のパクリかと言った感じの国名に驚きながら声のする方へと顔を向けると、突然の様に現れた白銀のストレートな髪を艶々と輝かせたやたらと妖艶なお姉さんが居た。
人間化した神獣と言うだけあって何だか神秘的な雰囲気がエルフを思わせたけれど耳は尖っていなかった。
「冒険の始まりと言えば定番だな」
引き締まった全身の筋肉が美しいビキニなアーマーのお姉さんも当然のように現れた。
「もしかしてこれから私のお供をしてくださる方ですか」
「あれっ、あなた男性ではありませんの?」
「違います。面倒なので男装しているだけです」
「それじゃ女ばかりのパーティーになってしまいますわ」
妖艶なお姉さんが途端に困り顔になる。
「お前はこのまま男って事にするんだろ?」
「二人がお供になってくれるのなら男装する必要ないですよね?」
アリサの返事に筋肉美のお姉さんも困り顔。
(女性だけのパーティーって何か不都合があるのだろうか? って言うかあの神様私を男だと思ってたの? ハーレムパーティーを喜ぶとでも?)
「この世界はまだ女性の地位は確立されていませんの、ですから女性だけだといらぬいざこざを起こしやすいですね」
妖艶なお姉さんの説明にアリサも納得する。
「ハーレムパーティーを狙ったんだがおまえが女として生きるなら仕方ない」
そう言っていったん区切り、とても嫌そうに溜息をついてから「仕方ない、変わるか」そう言うと筋肉美のお姉さんはみるみるうちに男性へと姿を変える。
そしてビキニなアーマーのお姉さんは、均整の取れた全身の筋肉が美しい長身のキラキライケメン男子へと変わっていた。
さっきまで軽くウエーブの掛かった金色の長い髪も今はショートにされキリリとした雰囲気で、ビキニなアーマーはいかにも戦士ですと言った戦闘服ぽい出で立ちに変わっていた。
「お前はどうする?」
「状況に応じてTPOって事じゃダメかしら」
妖艶なお姉さんはキラキラ筋肉イケメンにそう答える。
「俺はそんな器用な真似はできないからな、このままでいかせて貰うぞ」
「ええ、それで良いと思いますよ」
何やら目の前で繰り広げられている不思議な出来事に呆気に取られるばかりでアリサは何も言えずにいた。
「あらあら、神獣には性別と言う概念は有りませんの、ですから人間化する時に好きな性別に変化できますのよ」
妖艶なお姉さんにそう説明されたが、目の前で繰り広げられた変化の様子は簡単には受け入れられなかった。
「普通はそう言う反応だよな、だから嫌だったんだよ。まぁ俺はもう変わる事は無いから安心してくれ」
筋肉キラキライケメンがそう言いながらアリサの頭をポンポンと叩く。その自然な仕草に(イケメンかよ)とすっかりと心を許してしまったのは乙女として仕方のない事だろう。
「それであのぉ、お名前を伺っても宜しいでしょうか」
心を許したと言うか、気持ちが落ち着いた事でアリサは自己紹介を始めるべく名前を聞いてみた。
「あら、あなたが付けてくれなくちゃダメじゃない、そう言うものなのでしょう」
「そうだよな、名前を付けられる事で力が増すだとか絆が深まるだとかってのが定番なんだろう」
いきなり定番を持ち出されて驚いてしまったが、仰る通りですと受け止めて定番通りに少し悩む。
「お姉さんは『瑠璃』でお兄さんは『紫苑』でいかがでしょう」
「残念ね、この世界で漢字は適応外なのよ、名前はひらがなかカタカナね」
「ちなみに記号も使えるが文字数は4文字だ」
(世界が変わった筈なのにそう言う仕様はファミコンのままかよ、そして一度は否定されるのも定番か)
アリサは少しばかり頭を抱えた。
「じゃぁ『ルリ』に『シオン』で良いよね」
「それで良いわ」
「問題ない」
二人は定番通りの喜んだ様子は見せずアリサの命名に簡単に納得してくれたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
誤字報告ありがとうございました、本当に助かっております。
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