お節介をしてみた
考えてみたらもう既にイベントボスをソロで倒せるほどに強くなった私に恐れるものは無い。
と思うが、やはり女として男に凌辱される怖さはあるので大人しく話だけでも聞く事にした。
別にこの時点で転移魔法でどこぞの街へ転移してしまえば簡単に済む事なのだけれど、ブラックな笑みを浮かべる僧侶に興味をそそられたのも少なからずあったからだった。
取り敢えずお腹が空いていたので近くにあった食堂に一緒に入ると醤油ラーメンにタンメンにかつ丼に親子丼、そしてナポリタンにオムライスなど何とも田舎町に良くある食堂を思わせる節操も統一性も無いラインナップに心が躍った。
昭和の頃はファミレスもファストフード店もまだ無く、デパートや喫茶店なんて洒落たものも無い田舎で唯一外食ができる食堂と言った感じだった。
あれも食べたいこれも食べたいと住民の要望を取り入れるうちに、和洋中とメニューが増えて行ったのだろうと思われるラインナップ。
重要なのは味ではなく自分の家では気軽に作れないものだと言うのが肝心な所。昭和はまだ『食』に色んな夢と憧れが詰まっていたのだ。
令和の様にお金さえ出せば気軽に何でも食べられると言う時代ではなく、バナナやみかんの缶詰に桃の缶詰などは余程具合が悪くなくては食べられない贅沢品で、缶に残るシロップ迄兄弟で取り合った時代だった。
砂糖が一番のご馳走とばかりに砂糖をたっぷり使う料理が美味しいとされる時代。甘いものは何でもご馳走だった。本当に懐かしい。
私はラーメンとかつ丼を頼み、早く食べたいと気分をワクワクさせていると対面に座るチャラ男に話しかけられ現実に戻された。
すっかり忘れていた。と言うよりもうどうでも良い存在になっていた。
「それでパーティーに入る気になった?」相変わらず上からのその態度に「いいえ」とだけ返事をして彼らの方に向けた顔を調理場の方へと戻した。
「話は聞いて頂けるのですよね?」と言う腹黒僧侶の強い口調に「今のうちに話したらいかがですか」と冷たく返し早く話せと促す。
店内は4人掛けテーブルが10席ありその半分が埋まっていたが、私達は周りに人の居ないテーブルを選んだので大声を出さない限り周りに話を聞かれる心配も無いだろう。
私はすっかり調理場の方へと気持ちは向いていたが、腹黒僧侶の話を大人しく聞いていた。
その話の内容は、チャラ男がどこぞの国の第三王子だが継承権が無いので放逐された。
家族を見返すために未開の地に自分の国を作る為に旅をしている。
しかし二人だけではここの所厳しい戦いが続くので仲間を増やしたい。
仲間になればいずれ作る国で優遇する。と言う壮大な夢物語だった。
話は聞いてみたけれどやっぱり私にはラーメンにかつ丼の方が心が躍った。
「そんなに仲間が欲しいなら冒険者の館に行ってみたらいかがです」私がそう話すと「冒険者の館とはなんです?」って、彼らは冒険者の館の事も転職の事も知らないまったくの冒険初心者だった。
そう言えば冒険者の館って意外に何処にでもあると言う物では無かった事を思い出した。
今なら冒険者ギルドが必ずどの街にでもあるという設定が多いけれど、この世界では主要個所にだけだ。
それにしても王族関係者であるこの二人は今までそんな事も知らずに旅をしていたのかと思うと、私にゲームの知識があった事は本当に幸運だったのだと思うしかなかった。
「ちなみに今の職業を聞いても良いですか?」私はふと思った事を聞いてみた。
私は冒険者の館で職業登録を勧められたけれど、彼らが冒険者の館を知らないとなると職業っていったいどうなっているんだろうという興味からの質問だった。
弟は王様に勇者を許され職業は勇者と言う事になっているが、彼らもやはり王様に何かの職業を許されたりしているんだろうか?
「僕は第三王子、コイツは従者だと思うぞ」ってステータスの確認すらしていない様だった。
と言うか、第三王子と従者って職業があるのか?
王様が決めた職業だったとするともしかしたら勇者の様に転職出来ないかも知れないな。
そんな事を考えながら見ると装備だけはお高そうで立派なものを装備している。
きっと今までその性能で如何にかなって来たのだろうが、私はとにかく冒険者の館へ行く事を勧めた。
あまり関わりたくも無いと思っていたけれど、ラーメンとかつ丼を堪能し機嫌が良くなった私はお節介で彼らを神殿迄連れて行く事にした。
神殿になら冒険者の館もあるし転職の事も知れるだろう。私もついでに転移魔法がどんなものなのかを試すのには丁度良いだろうと考えたからでもあった。
ちなみにラーメンとかつ丼は彼らの奢りだった。当然だが。
そして念のため三人で手を繋ぎ選択の中から行先を神殿に設定し転移魔法を使うと、シュンッと言う様な音がして私達を囲む様に風が吹き始めた。
するとまるで竜巻の中心にでもいる様な感じになったかと思うと空高く舞い上がった。
しかし竜巻の中にも私達の身体にも何の変化も無く、ただその浮遊感に慣れずにゾワゾワしているといつの間にか神殿の入り口に降り立っていた。
時間にしてそんなに経っていないと思われたがゲームの中同様辺りは朝になっていた。
パーティー編成してなかったので心配だったが、4人以下だったお陰か何事も無く3人とも揃っていた事に安心した。
気分的に時間を損した様な気になってしまうが、まぁ体感的にほぼ一瞬でここへ転移出来たとは言え、歩いての移動などと比べたら便利なのだから仕方のない事だろうと納得しておく。
第三王子と従者もすっかりと驚いていたが、取り合えず冒険者の館へと案内して後の説明は職員へと委ねた。
それにしても自分の国を作るって言う壮大な夢が叶うのはいつになるやらと、二人を横目に見ていてふと思い出した事があった。
そう言えばこのゲームにもそんなイベントがあった。
確か宝玉を手に入れるためのイベントの一つだった筈。
何もない大陸で街を作りたいと言う老人の願いを叶えるイベントだった。
まさかこの二人ってそのイベントに関係していたりしないよね?
ちょっとばかり気分を良くしてお節介をしてみたけれど、それで何かが変わったりしないよね?
私はふと不安を覚えるのだった。