6. 瞳に隠された秘密
「緑の、瞳を見た……?」
「うん。緑の瞳というか、緑色に光ったように見えたの。ノアって瞳の色グレーじゃない。でも緑色に光ったというか、なんかホワンと緑の熱が籠ったというか」
でもまあそんなこと忘れてノアに思わず綺麗って口走っちゃってたんだけど。とアリスは付け加えた。ノアが催眠をかけようと試みたのはアリスとジンが最初にノアに対面したタイミング、まさにいまアリスが話した場面だった。前を向き話を聞いていたノアだが、ふと目を伏せる。口を噤み何かを考えるように押し黙っている。
「ノア?」
「……ああ、すみません。ちょっと思うところがあって」
明らかに雰囲気が変わったノアに、アリスは不思議そうに声をかけた。いまだ下に視線を落とすノアを見つめる。長い睫に縁取られた切れ長の目や通った鼻筋、透き通るような白い肌。薄い口元は造形が整った顔を冷たい印象にしている。銀色の長い髪も相まって全体的に美人という単語が似合う外見だが、高い身長や顎から首にかけてのライン、広めの肩幅はどこから見ても男性のものだ。線が細いようでいて存外しっかりした体躯をしている。
(耳たぶ薄いなあ)
不躾にノアを見つめながら待っていたアリスは、目の前にある人間のものとは到底思えない美しい顔を前に余計なことを考えていた。そもそもノアは吸血鬼なので人間のそれと違って当たり前なのだが。
「アリス」
「うん」
「私たち吸血鬼は瞳に秘密があります」
「……秘密」
「はい。それは……」
ノアは言いかけてふいに言葉を切った。アリスはそんなノアをじっと見つめながら促しもせずに待っている。
「……吸血鬼は催眠をかける際に目の色が変わるのです。丁度アリスが言ったように」
「催眠をかけるときに色が変わる?」
ノアから発せられた言葉にアリスは素直に驚いていた。
「いままでずっと吸血鬼を研究してきたけど、そんな記録どこにもなかったよ」
「記録は……残らないでしょうね。人間には見えないものですから」
「どういうこと?」
吸血鬼は催眠をかけるとき瞳に熱が宿り緑色になること。そしてその色は吸血鬼でないと見えないこと。少なくともノアの知っている範囲では、吸血鬼以外に瞳の変化を感知できるものはいないとノアは話した。
「うーん……わたしもしかして本当に吸血鬼なの?」
「いえ、違います。吸血鬼同士であれば絶対にわかるはずなんです。人間は猫と犬を見間違わないでしょう。それと同じ感覚です」
「じゃあどうして」
「……それは私にもわかりません。聞いたことはありませんが現れてないだけで吸血鬼の血が少し入っているのかも。そもそもアリスが見た緑の瞳が吸血鬼に見えるものと同じとも限りませんが」
二人は自分達の常識ではカバーできない出来事に色々な可能性を模索することにした。お互いに頭を働かせ考えていたが、アリスが思い付いたと言うように沈黙を破る。
「それじゃあノア。いまからわたしに催眠をかけてみて?色をもう一度確認したいの。あと吸血鬼の血が混じってるかどうかも別の角度から検証しよう」
「催眠ですね、わかりました。でも吸血鬼の血が入ってるかなんてどう検証するんです?」
「まあ任せておいてよ」
研究者の性なのだろう、未知への可能性を探る機会を得てアリスは心底楽しんでいるように見えた。