5. どうしても確認したいこと
「ごちそうさまでした。毎日こんな美味しい食事が食べられるなんて本当贅沢だなあ」
「それは良かった。後で料理人達に伝えておきます」
アリスがこの城に引っ越ししてきてから丸2日が経ち、3日目の夜を迎えていた。引っ越し初日は疲れているだろうと軽い質問等で終わったのだが、昨日からついに本格的な研究が始まったのだ。
ちなみに相変わらず距離を詰めるのが早いアリスは、既にノアにも遠慮がなくなったようで、話し方も気軽である。ノアはそれを嬉しそうに受け入れている様子であった。
基本の基ということで、昨日今日で吸血鬼の基本構造、そして外部刺激に対する体の反応をアリスは調べあげていた。外部刺激とは例えば日光や熱、圧力などの外部から受ける刺激だ。吸血鬼の人体構造や反応は対吸血鬼の戦闘で大いに役立つ情報になる。現在戦闘時に使われている拘束具や対催眠術用のコンタクトレンズなどは実際の吸血鬼の特徴を利用して作られたものだった。研究対象プログラムの打ち合わせ日にアリスとジンは対催眠用のコンタクトレンズを着用していたのだが、残念ながらノアには効果がなかったようだ。このレンズはまだ試作段階だったので、今後改善する為にも色々アリスは探ってくつもりであった。ちなみにアリスに催眠が効かない原因がそのレンズではないということは、既に実証済みである。
「ノア、夕食後のリラックスタイムに悪いんだけど少しだけ付き合ってくれないかな?どうしても確認しておきたいことがあって」
「もちろん。研究に関する協力ならいつでも歓迎ですよ」
「ありがとう。準備したらいつも研究で使っている部屋に向かうね」
「あそこはもう今日は施錠されちゃってるんじゃないかな。アリスが準備してる間に使えそうな部屋を探しておきます」
「あ、じゃあわたしがノアの部屋に行くね。探してもらうのも手間だし」
どう返答するべきか一瞬迷ったノアを気にも留めず、アリスは続ける。
「そんな長く滞在しないから大丈夫。家から持ってきたおすすめの紅茶があるから持ってくよ」
「…………アリスがそれでいいのなら」
どことなく少し困ったような顔つきでアリスを見たが、当人は「それじゃあまたあとでね」といって部屋を出ていってしまった。
ここ数日一緒に過ごす中で、アリスに一般常識を当てはめるのは無駄だということにノアは薄々気がつき始めていた。
◇
コンコン
「どうぞ」
「お邪魔しまーす」
いそいそとアリスは扉を開けると小道具を抱えて入ってきた。ここは4階、階段をあがって向かって左手の突き当たりにあるノアの部屋だ。偶然にも3階にあるアリスの部屋の真上に位置していた。
「わあ、意外!インテリアが全然毒々しくない」
「アリスは私を大昔の吸血鬼だと思ってる節がありますよね」
「だってこのお城の外見って物語に出てくる吸血鬼城まんまなんだもん」
「古い城だから外見は変えられませんが、部屋のインテリアは基本好きにしてるんですよ」
ノアの言った通り古い城の中にあるとは思えないほどシックで落ち着いた部屋だった。相変わらず天井は高いが、家具は全てウォールナットの暖かみのある木材で作られており機能的で洗練された雰囲気を醸し出している。アリスは室内を一通り見て回ったあと中央に位置するソファーに腰かけた。
「これ紅茶持ってきたんだけど、勝手に淹れてもいい?」
どこまでも自由な娘にノアはふっと笑ってアリスの手から紅茶の缶をつまみ上げた。
「ありがとう。でも紅茶は私が淹れるので座って準備でもしてて下さい」
「うん、わかった」
ノアが紅茶用にお湯を沸かしにフロア続きの部屋へ入ると、向こうからカチャカチャと金属製の道具を取り出す音がする。今宵は何をされるのだろう。解剖かな?そんな冗談じみたことをノアは考えていた。
「はい、お待たせいたしました」
「ありがとう。んー良い香り。これ異国で取れたベリー系の紅茶らしいの」
自分が持ってきた紅茶を美味しいと言いながらアリスはソファーで寛いでいた。
「それで今日はなにを確認したかったんですか?」
ノアがアリスの前のソファーに腰を下ろすと、目の前においた紅茶のカップに手をかける。少し冷ますような仕草をしたあと、カップに口をつけた。
「催眠のことなんだけど、2日目にコンタクトレンズの検証をしたでしょ?その時は忘れてたけど1つ思い出したことがあるの」
初日の訪問の際アリスとジンは対吸血鬼用のコンタクトレンズを着用していたが、ジンに催眠予兆反応――催眠術にかかる手前の瞳の動きがあり、結局ノアの催眠には効果がないことが判明した。アリスはレンズのことをノアに話した。アリスが催眠にかからなかったのではなく、確率は低いがジンのしていたレンズに問題があり作用しなかっただけではないかとも。疑問を解消するため、引っ越しから2日目に使用人兼料理人のジョーを巻き込んでの検証が行われた。その結果レンズの不具合ではなく、やはりアリスにだけ催眠が効かないことが立証されたのだ。
「思い出したこと?」
「うん。初めてお城に訪れた日ね、ノアと話してる最中に見たの」
「……何を?」
「ノアの瞳が緑色に光るのを」