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2. ノアという名の吸血鬼

「ジン副班長!白い……わんちゃんが……!わんちゃんが!」

「おいわんちゃんはやめろ。どっからどう見ても狼だろ、失礼だぞ」


 アリスは目の前の生き物が喋ったことに興奮を隠しきれず、目を輝かせながらジンの肩をバシバシと叩いている。一方のジンは吸血鬼の城に行くと決まった時から何が起こっても驚かない心持ちでいたが、狼が喋ったことに随分と動揺しているようだ。目の前でヒソヒソとアリスに小声で喋り掛けているが、それも大概失礼だとは気づいていない。


「こちらへどうぞ、(あるじ)の元までご案内致します」

「はい!お願いします!……あの、お名前伺っても?」

「テディと申します」

「……くまの」

「……熊でも犬でもないんですけどね」

「ですよね」

 

 アリスは目の前の白い狼に根掘り葉掘り聞きたいことが山のようにあったが、テディが答えたタイミングで隣のジンに肘でどつかれ、渋々会話を切り上げることにした。テディに案内されるまま玄関から大広間を抜けて柱がいくつも並ぶ廊下へと足を進めていく。城の外見は不気味で暗い雰囲気が漂っていたが、中に入るとゴシック調ではあるが案外シンプルな作りになっていた。

 廊下の突き当たりが見えてきたところで、突然テディがある扉の前で止まった。


「主、お客様をお連れ致しました」


 テディが行儀良く扉の前でお座りをしていると、目の前の扉がガチャっと開いた。


「よくいらっしゃいましたね。中へどうぞ」


 客間と思われる部屋から顔を出したのは、黒いマントに赤い目をしたおどろおどろしい吸血鬼――――なんかではなく、銀の長い髪を後ろで緩く束ねた恐ろしく美しい顔の男だった。

 陰気で恐ろしい容姿の吸血鬼が出てくると思い込んでいたジンとアリスは、目の前にいる上背のある男をポカンとして見ていたが、ハっと我に返ったのかアリスがすかさず疑問を口にした。


「あなたがバートンさんですか?」

「ええそうです。私がノア•バートン、ここの城の主です。あなたはアリスさん?」

「はい!わーすごくお綺麗な顔してますね!こんな美形な方初めて見ました」


 アリスの思ったことをそのまま口にしたような言葉にノアは目を見開き驚いている様子だったが、すぐにありがとうございますと答えて人懐っこい顔に破顔した。ニコニコとお互い顔を見合わせているアリスとノアを困惑した様子でジンが眺めている。


「はじめましてバートンさん。特殊部隊、対吸血鬼班副班長のジン•フォスターと申します。今回は研究対象プログラムの打ち合わせで参りました。お招きいただきありがとうございます」

「はじめましてフォスターさん。こちらこそご足労いただきありがとうございます。ここで立ち話もなんですから、中へどうぞ」


 言われて始めてアリスは自分達がまだ扉の外で立ち話していることに気がついた。





「改めましてお二人とも来ていただきありがとうございます」


 客間に入ったアリスとジンは案内されるがままにソファーへと腰かけた。仰々しいソファーは深紅のベロア生地で作られていて、細部まで吸血鬼っぽいなとアリスは感心していた。紅茶が出されたタイミングでノアが喋り出す。

 ノアの自己紹介を聴きながらふとアリスは紅茶を運んできた人物に目線を向ける。スーツの袖を辿った先には燕尾服をさらっと着こなした年老いた執事が佇んでいると思っていたが、そこにいたのは燕尾服を着た引き締まった体型の黒い狼だった。正確には黒い狼の頭を持った人間というべきか。


「黒いわんちゃん!!」

「犬じゃねえ!」


 お互い反射的に叫んだため、はっとお互いの主を――アリスの場合は上司を――目線だけで盗み見る。ノアは冷ややかな顔でにっこりしており、ジンはあからさまにおでこに血管が浮いている。あーあ、お説教確定だ、とアリスは心の中で愚痴た。


「ランディ、お客様に対して口の聞き方がなってないね」

「いえ、バートンさんこちらのアリスが先に無礼な事を。申し訳ありません」


 ランディは尻尾を下げながら失礼しましたとすごすご下がっていった。「すみませんでした……」と消えるような声で呟いたアリスは、下がった尻尾と垂れた耳が幻想で見えるくらいにしょげている。

 本題に入る前に一瞬部屋に冷気が流れたが、気を取り直したノアはジンに向き直った。


「こちらも失礼いたしました。ええと、今回研究対象プログラム申請いただいたと思うのですが、できる範囲内でご協力させていただくという認識でよろしいですか?」

「はい。まさか吸血鬼本人に承諾を貰えるとは思っていなかったので、感謝と共に正直とても驚いています……何故ご承諾いただけたのか聞いても?」


 目を眇めながら柔らかい口調で聞き返すジンに、さすが抜け目ないなとアリスは尊敬の眼差しを送っていた。聞いた話や実際に目の当たりにした人当たりの良さから、ジンは完全にノアを信頼しきっていると思っていたが、全く警戒を解いていなかったのだ。対吸血鬼班の副班長たる所以をアリスは見たような気がした。


「そうですね。吸血鬼が自ら吸血鬼に関する研究に協力するなんて何か企みがあると、そう考えるのが普通でしょうね」


 ニコニコした朗らかな表情の時はわからなかったが、顔に笑顔が浮かんでいないと非常に温度が低そうな、冷たい顔立ちをしていることに気がつく。顔が整いすぎていると血が通ってないような印象になるのかな。あれ?吸血鬼ってそもそも血通ってる?などとアリスは考えを巡らせていた。


「私は人間と吸血鬼が共存できる社会を望んでいます。いまは吸血鬼という姿を隠さないと生きづらい。人間側が信頼と安心を手に入れ共存の道へ近づけるなら、喜んで協力します」


 真顔のノアからは本心が読み取りづらいな、真意はどこにある……と考えていたジンにノアは話を続ける。


「まあ、そんな堅苦しい理由は置いておいて以前人間に助けられたことがあるのです。今回はその恩返し、みたいなものと思ってください」


 ニコっと笑ったノアを見てアリスは内心ほっと息をつく。


 (無表情だと何を考えているか不安になるけど、やっぱり笑った顔見ると悪い人に見えないや)


「わかりました。ご協力に感謝致します。それでは研究の具体的な内容ですが……」

「ああ、その前に一つ。協力するにあたって条件があります」

「……条件?」


 協力する際の条件なんて連絡したときはなかったはず、とジンとアリスは顔を見合わせる。


「ええ。条件ですが、研究を進めている期間はアリスさんをこちらの城に住まわせていただきたい。これを飲んでいただけるのであれば、全面協力させていただきます」

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