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0. プロローグ: 吸血鬼と研究対象プログラム

「ジン副班長ーー!吸血鬼にメール送ってみたんですけど、返信返ってきました!」

「…………なんだって?」


 ここはクレセント王国の中心部ヴァンクールに設置された特殊部隊ASTN本部である。


「吸血鬼にダメ元で研究対象になりませんかって送ったらオッケーの返事が来たんですよ!」

「……おう、ちょっと待て。色々つっこみたいがなんでお前吸血鬼本人にメール送ってんだよ」


 ジン副班長と呼ばれた男は「嘘だろ……」と言いたげな呆れとも絶望ともとれる顔つきで目の前の女を見た。

 アリス•エヴァンズ21歳、ここ特殊部隊の対吸血鬼班に所属している女性班員である。対吸血鬼班に所属している班員は戦闘要員がほとんどだったが、彼女は唯一の吸血鬼研究者としてこの班に所属していた。対吸血鬼との戦闘に役立てるため、吸血鬼の身体的構造や対外的反応などを研究している。

 栗色のロングヘアを後ろでひとまとめにしたアリスは、パッチリとしたヘーゼル色の瞳や瑞々しい雰囲気も相まって透明感のある美人であった。そう美人なのだ、喋らなければ。


「もちろん近年の吸血鬼事件の詳細とかここ数日で起きた事件の見聞録とか調べ物も進めてはいるんですよ。いるんですけど、正直吸血鬼本人に聞いた方が早くないですか?」


 本心から言っているのであろう、キョトンと首をかしげたアリスを目の前にどこから説教を始めようかとジンが考えていると後ろから声がかかった。


「なにを騒いでいるんだアリス。吸血鬼に関して世紀の大発見でもあったか?」


 ジンとアリスが振り向くと、煙草を咥えながらスリーピースのスーツを艶やかに着こなした男が近づいてきた。全く隙がないスマートな出で立ちだが、その顔にはなにやら面白そうな予感がすると書かれており、ニヤニヤ顔だ。


「ザック班長すみません。アリスがまた……やらかしました」

「というと?」

「どこぞの吸血鬼に研究対象プログラムを申し込んだようです……」


 ザックは一瞬動きを止めるとクールな外見からは想像もつかないような姿で――大口を開けて笑いだしたのだ。だははは、とあまり上品とは言えない笑い方で机を叩いて笑い転げている。笑いのツボが浅い自分の班のボスにジンは一抹の不安を抱えながら、この人も黙っておけば随分と男前なのにな……とゲンナリしながら班長に目をやった。フロア中に響き渡った声につられてなんだなんだと班員たちがざわつき始める。


「研究対象プログラムを吸血鬼に申し込んだ、だって?そりゃ傑作だな」


 机に腰を掛けながらまだ笑いが収まらないのかザックは目頭を手でつまみ、笑いの波をやり過ごしている。


「笑い事じゃないですよ班長。承諾の返信も来てるみたいだしどうすりゃいいんだか」


 遠い目になり現実逃避するジンを見て、ザックはまたツボに入ったようだった。


「ちょっとちょっと、すごいんですからわたし。見てくださいよこれ」


 アリスはしたり顔で机からノートパソコンを持ち上げるとジンとザックの目の前に置いた。2人が出されたスクリーンに目を向けると、メールの受信履歴が表示されていた。


 ――――――――――


 アリス•エヴァンズ様


 この度は研究対象プログラムをご提案いただきありがとうございます。微力ながらご協力させていただきます。つきましては直接伺いたいことがございますので、一度打ち合わせをお願いしたく存じます。

 日程は……


 ――――――――――


「…………なんだこのビジネスパートナーみたいなやり取り」

「ぶはははは」

「なにこれーウケるんだけど」


 呆れ顔のジンと派手に笑うザックの隣に、どこから沸いてきたのか寧寧(ねいねい)もしれっと居座っている。笑い声を聞き付けて参戦しに来たようだ。


 研究対象プログラムとは特別な才能や身体的構造を持った人間、及び病気からの奇跡的な回復などが認められた人間に対して研究の協力要請を申請できる制度である。研究対象になった人間は国から報酬を貰う代わりに、研究者が実施する研究に協力しなければならない。いわゆる承認された人体実験のようなものだ。期間は様々。短いもので数ヶ月、長いものになると10年単位で行われるものもある。通常は報酬が高額になるため、人体実験と言えど協力に積極的な人も多い。この研究対象プログラムは厳密に言うと規定に記載はないが、もちろん想定対象者は人間である。吸血鬼に対してご丁寧に申請申し込みをする人間もいなければ、研究を受け入れ自らの種を危険にさらすような吸血鬼も存在しない。当たり前と言えば当たり前だが、吸血鬼が共存するこの世の中でも、吸血鬼が自ら研究対象になった事例は一度もないのだ。


「オッケーって言ってるじゃん。打ち合わせ条件は……吸血鬼の家?へー、吸血鬼のねぐら乗り込んで打ち合わせしてくれば?」


 寧寧は完全に他人事だと思っておりツインのお団子を弄りながら楽しそうにしている。対吸血鬼班の戦闘要員では唯一の女性である寧寧は、東方の国出身のため髪型やファッションが独特だ。


「寧寧まで何言ってんだ。どっからどう見ても何か企んでるに決まってるだろうよ。どこに自ら研究対象になる吸血鬼がいるんだ」

「ふふ。まあそうだな、さすがにそこはジンの言う通りだろう。でもこんな面白い機会を逃すのももったいない、そう思わないか?」


 やっと笑いのツボから抜け出したらしいザックはニっと口角をあげる。まさか……と呆気にとられるジンを尻目にこう言った。


「俺が一緒に乗り込むよ。吸血鬼に直談判しに行こうか、アリス」


 ――――これを発端にしてこの時誰も想像だにしなかったであろう、アリスと吸血鬼の奇妙な同居生活への幕が開けたのだった。

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