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お宅訪問は突然に

 天気のいいうららかな土曜日の午後。僕は久しぶりに渚沙なぎささんとのデートもなく、家でぼんやり寝転んでいた。このままうとうと眠ってしまおうか……と思っていると、不意に部屋の扉がノックされる。


彩人あやと。起きてる?」

「なに?」

夏帆かほちゃんが遊びに来てくれたわよ。ご挨拶なさい。賢人けんと、あんたも来るのよ」


 有無を言わさない口調で母に言い放たれて、僕は言い返す気力もなく部屋を出た。それは兄貴も同じだったようで、渋面ながらも外に出てきている。


 神経質そうな細面の兄は、いかにも秀才といった風貌だが、髪は寝癖がついて一部が乱れ、顔には机の角の跡がくっきりついている。寝床に入らず、机で寝落ちした証拠だ。


「よう」

「うん、久しぶり」


 一つ同じ屋根の下に暮らしていても、最近兄とはめったに会話をしない。朝は兄が早く出て図書室で勉強。夕食はサンドイッチやおにぎりなど、片手で食べられるものを中心にリクエストし、もっぱら自分の部屋で勉強しながら食べている。時間がもったいないのだそうだ。


 何もそこまでしなくても、と思うのだが、兄はこの一年だけ夢のために協力してほしい、と両親に頼み込んでいた。両親がそれを承諾したのだから、僕がどうこう言える筋合いではない。悪いことをしようとしているならともかく、医学部受験という立派な夢のために頑張っているのだから。


 ──でも、それでも。やっぱり、ちょっと寂しいのだ。だから、夏帆さんの訪問でしゃべる時間ができたのは、素直に嬉しかった。


「夏帆さんが来そうな心当たり、なんかあるのか」

「いや? この前遊びに行った時は、何も言ってなかったけど……」


 兄弟そろって階段を降りると、夏帆さんが笑顔で手を振っていた。今日は落ち着いた桜色のワンピースで、まさに清楚なOLスタイルだった。そういえば、家庭教師の時はいつもこんな服だったな。


「賢人くん、彩人くん、こんにちは」

「久しぶり」

「この前はお世話になりました」


 夏帆さんは僕と兄貴の顔を交互に見て、ため息をついた。


「賢人くんはずいぶん白い顔になったわね。ちょっと痩せたし」

「今年、受験なんで。ほとんど遊びにも行ってないんで、そのせいじゃないすかね」

「偉い偉い……と言いたいところだけど、ちゃんと食べてる?」

「食べてるって」

「夏帆ちゃん、信じちゃダメよ。この子、最近は食事残すのよ。夢中になると、食べるの忘れちゃうんだって」


 母が速攻で近寄ってきて密告した。それを聞いた夏帆さんは、眉根を寄せた顔になる。


「食べ盛りがそれじゃ困るわねえ……」

「夏帆ちゃんからも言ってやってよ。最近、やり過ぎなのよ賢人」

「お袋、そのために夏帆さん呼びやがったな……」


 兄貴は困った顔になった。夏帆さんには、苦手だった数学の基礎をみっちり鍛えてもらった恩があるため、強く出られないのだ。いつもは剛胆な兄貴らしくなくて、妙におかしい。


「汚いぞ、お袋」

「策士とお呼びなさいな」


 母は兄ににらまれてもしれっとしている。


「じゃあ、今日これから二人ともうちに来ない? 今日すき焼きなの。お肉も野菜もいっぱい食べられるから、きっと育ち盛りの脳にいいわよ」


 夏帆さんがそう言うと、母は目を輝かせた。


「あら、いいの夏帆ちゃん」

「渚沙が商店街の福引きでいいお肉を当てたんですよ。それを食べてしまわないといけないから、男の子がいてくれると助かります」


 この前、僕が渚沙さんと一緒に行った時のやつか。確かに肉、五キロって言ってたもんな。渚沙さんの家は四人家族だが、それでも食べきるのは大変だろう。


「んな急に……」

「賢人、お誘いを断っちゃダメよ。お母さんたちは、そういうことなら久しぶりに外食してくるから。ああ、楽しみだわ」


 兄貴は難色を示していたが、うきうきした様子の母は全ての文句をシャットダウンした。何を言っても無駄、と判断した兄貴は、深く深くため息をつく。僕もそれを見て、苦笑いした。


「じゃ、着替えてくるよ。夏帆さん、ちょっと待っててね」

「ゆっくりでいいわよ。逃亡は許さないけど」


 こうして僕たちは、夏帆さんの運転する車に乗せられて、遠海家にお邪魔することになったのだった。





※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「彩人がちょっと恵まれすぎだと思う」

「小林家はどんな家族なの?」

「夏帆さんってやっぱりそういうこと?」

など、思うところが少しでもあればブクマや評価、感想で応援いただけると幸いです。

作者はとてもそれを楽しみにしています!


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