それは奇跡か偶然か
「じゃ、ポーズはどうしよっかな……」
「待て!! その撮影、俺も映る!!」
そろそろ試しに一枚、という時、ものすごい顔で啓介が割り込んできた。そうまでして目立ちたいか、この男。
「ごめんね、小林。止めたんだけど犬並みの素早さで逃げ出して……」
関田さんが困った顔で追いついてきた。
「んー、まあいいか。カップルが写ってれば目的は果たせるし。最後に集合写真ってのも面白そうだしね」
ユカはそう言うと、近くを歩いていたスタッフに声をかけた。
「じゃ、みんな。小林と渚沙を中央にして、寄って」
「牧埜さまがセンターでないなんて……見る目のない人っ」
「文句があるならお前は外れていろ」
「いやん、そんなことおっしゃらないで」
「啓介、中西くんを早乙女さんの隣に押し込んで」
「なんでだよ」
「いいから」
「くんくん」
「渚沙さん、ここぞとばかりに匂いかがないで」
結局大騒ぎしながら写真を撮り、ユカがそれをSNSにアップすることで──僕らの短かったけど濃い、夏の旅行は終わった。
「……で、こうして詫びに来たと。婿、相変わらず律儀だねえ」
一週間後、僕は危険を承知で渚沙さんの家を訪れていた。なんとか玄関を突破し、リビングで美波さんと相対する。
「いや、結局僕のせいで大損を……」
「確かに、百万弱はいったけどさ。投資の結果を人のせいにするような、みっともないマネはしませんて」
被害額が予想以上で、僕は青ざめた。美波さんはしれっとしているが、とてもそうは思えない。
「それにさ、この宝くじ。一等は一千万でしょ? 当ててくれたら、借金どころか資産大幅増ってこともありえるんじゃない」
「さすがにそれは、ムシがよすぎる気がしますが……」
勇気を出して買わなきゃ当たらない、と言ったって、現実問題当たるものではない。それこそ、魔法じみた運がなければ。
「そういえば、夏帆お姉ちゃんはどこ行ったの? 今日、休みだって言うから夕飯の材料多めに買ってきたのに」
台所にいる渚沙さんが聞いてきた。
「さっきうちに電話があって、いそいそ出て行った」
「どこへ?」
「賢人を迎えに。駅で事故があって、帰ってこられなくなったみたい。向こうは彩人に知らせたいだけだったみたいだけど、楽しそうに車を出しに行った」
こちらのカップルはまだ進展なし、か。兄貴の受験が終わったら、少しは夏帆さんも積極的になるのかな。
「じゃ、しばらくしたら帰ってくるよね。そろそろ麺を作り始めるか」
渚沙さんが腕まくりをした。今日は前にした約束通り、手作りうどんを食べさせてもらうことになっている。
「その前に、宝くじの番号を確認しとくか。婿殿、読み上げて」
「どうせ当たってませんよ」
僕はそれでも、言われるがままに数字を口に出していった。組数と本数字を確かめ、あと最後の一桁を残すのみ、という時になって、美波さんがわななきはじめる。
「……どうしたんですか? 顔色悪いですよ」
僕が言うと、美波さんは大きく深呼吸をした。
「……それ、一等の番号?」
「そうですよ。上から読んでいってますから」
「……今のところ、組番号まで全部合ってる」
その言葉を聞いて、僕も寒気がしてきた。心を落ち着けようと飲んだコーヒーが、口元からこぼれ落ちてくる。
「いやあ、まさかそんなことは」
「そうそう。まさか末尾の数字が『9』なんてことはないよね?」
「そんなまさ……か……」
いや違う。これはきっと「6」の間違いだ。だってこんなに手が震えているんだから、紙が逆になって……
「9だね」
「9だ」
ということは。
「一千万だ──!!」
僕たちは力の限り叫んでしまった。渚沙さんの家が高級マンション(防音バッチリ)で良かったと、後になってしみじみ思う。
「なに、どうしたの? 一千万ってなに?」
台所にいた渚沙さんが振り向く。ことの次第を説明すると、彼女も目を丸くしていた。
「……買ったの、十枚だけだよね? 二千円分。それが、一千万?」
僕は青くなっている彼女の手を握った。
「そうなるらしいね……渚沙さん、これは努力では説明がつかないと思うよ……」
「か、かも」
渚沙さんは緊張した顔でうなずいた。しかしその顔から迷いは消えていない。
「それでも、前回のこともあるし」
「何、二人でゴチャゴチャ言ってるの?」
怪訝そうな顔をした美波さんに、ことの次第を説明する。
「ふーん……せっかく頑張って仮説を立てたのに、それに当てはまらないケースが出てきたわけか」
「もう何がなんやら」
頭を抱える僕を見て、美波さんは低く笑ってみせた。
「じゃ、実験を繰り返すしかないんじゃない?」
「え?」
「今までの『仮説』の方がまぐれだったのか、はたまたその逆なのか。検証を始めたのは最近のことなんだから、これから数を重ねて実証していくしかないじゃない。科学ってそういうモンでしょ」
「ま、まあ……言われてみれば、確かに……」
僕がうなずくと、美波さんはさらに言った。
「それともなに? その間一緒にいるのが嫌なわけ?」
「そ、そんなことは決して!!」
「私も全然思ってないよ!!」
二人で叫ぶと、声が重なる。僕たちは自然と見つめ合い、苦笑を漏らした。
「……じゃあ、実験を続けようか」
「そうだね。今まで通り、また一緒に」
僕たちはまだ、歩いて行く。時には暴風のような強運に振り回されつつも、二人で手を繋いで──歩いて行く。僕はそれを確認するように、握った手に力をこめた。
★★★
「ところでさあ。そろそろそのコーヒーこぼしたシャツ、洗ってきたら」
「そ、それはそうですね。洗面所、借ります」
美波さんに言われた僕が洗面所に入ってタオルを取ろうとした瞬間、その間からものすごい勢いで鉄板が落ちてきて意識を失った。
僕を発見した渚沙さんに聞いたところによると、「引いたな、馬鹿め」とシュワ父さんの置き手紙が傍らに落ちていたという。
不運に関しては、確かめる必要なし。
※今回更新で無事完結となりました。
「もっとラブラブさせろ!」
「一千万の使い道は?」
「ええい、まどろっこしい。続きを見せろ」
など、思うところが少しでもあればブクマや評価、感想で応援いただけると幸いです。
作者はとてもそれを楽しみにしています!