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かっこつかないサプライズ

「覚えてないって言うの!? あれだけ抗議のコメントも送ったのに」

「……あのねえ。コメントが一日何百件ついてると思ってるの」


 ユカは全てのコメントに目を通しているが、それでもよっぽど印象的な文でない限り忘れてしまうという。それも無理もないことだった。


「で、どんな内容?」

「……あんたが最初に始めたっていうお菓子の紹介。私の方が先なのに、平然と元祖みたいな顔して全部持っていって。ふざけないでよ!」

「は?」

「証拠だってあるんだからね!」


 竹中たけなかがわめくので、僕たちは彼女のアカウントを確認してみた。確かに同じ菓子の紹介が、ユカより一ヶ月早く投稿されている。


「確かに日付は早いけど……」

「写真があんまり美味しそうに見えないよね」


 竹中のアカウントは袋の写真をあげただけで、紹介文も一文だけでそっけない。対してユカの方は、中身もちゃんと見せ凝った写真にしていて、紹介文もかなり気合いが入っている。正直、見た人がどっちを拡散したくなるかは明らかだった。


「これで負けたならしょうがないんじゃない?」

「ユカは、『自分が最初に見つけた』とも書いてないしなー。気にしてんの、あんただけじゃね?」


 関田せきたさんと啓介けいすけがばっさりと切り捨てた。それでも竹中は目をむく。


「……みんなそう言うのよ。どうして!? どうしてよ。私が最初だったのよ! それなのになんであいつばっかりチヤホヤされて、まともな仕事もしなくていいの。私はバイトで食いつなぐしかないのに。不公平じゃない!!」


 唾を飛ばして力説する彼女に向かって、ユカは冷たく言った。


「……私の投稿がただ遊んでるだけに見えるなら、そりゃあんたはそこ止まりでしょうよ。見やすくて分かりやすく、人の感情を動かす投稿にするにはどうしたらいいか。それを考えまくって毎回投稿してるのに、少しも参考にしようとしなかったんでしょ? 自業自得じゃない」


 その言葉には絶対零度の殺気がこめられていて、傍で聞いている僕の背筋にも冷たい物が走った。


「……もしかして、ペンキやなにやらの嫌がらせもあんた? だったら、余罪も増えるわね。頑張って服役してちょうだい」


 ユカが言い終わると、竹中は頭を垂れた。それを見計らって、警察官が彼女の腕を引く。これでようやく、大人しくなってくれるか……と思った次の瞬間、竹中の頭が弾かれたように上がった。


「……涼しい顔をしてられるのも、今のうちよ」

「あ?」


 怪訝そうな顔をするユカに向かって、竹中はまくしたてた。


「……はじめにあんたがやったこと、全部書いて予約投稿してあるから。これが明らかになったら、あんたもとうとう終わりね」


 確かにアカウントを確認すると、ユカの名前で「私は、この記事をパクって投稿しました」という書き込みがされている。すでに一部のファンは、物騒な投稿に騒ぎ始めていた。確かに、これが炎上したらユカのブランドはただではすまない。


「……で?」


 しかし、ユカは涼しい顔だった。


「で、って」

「今から、本物の私が投稿するんだから。偽物は黙ってなさい」


 ユカはスマホを操り、なにやら書き込み始めた。しばらくしてから見ると、今回の騒動の全てが書き込まれ、ファンに丁寧に謝罪してある。そしてそこに添えられていた動画のURLをタップすると……さっきの竹中の自白が、全部出てきた。


「撮ってたんですか、あの状況で」

「カメラは何台か持ってるからね。こんな時のために」


 様子を見ていると、本物のユカの投稿がすさまじい勢いで拡散され始めた。ユカがにこにこしながら勝一郎じいさんや警察関係者の動画まであげるものだから、余計にカウンターが回り始める。


「……これで騒動はお終いですね。人を殺しかけてまであなたがやったことは、全くの無意味だった。つまらない人生ですね」


 早乙女さおとめ執事さんが最後に大鉈をふるうと、竹中はとうとう泣き出した。連行される彼女の後ろ姿を見ながら、僕らはため息をつく。


「やっと終わった……」


 遊びに来ただけだと思っていたのに、えらく大きなことに巻き込まれてしまった。今まで緊張していた分の力が、一気に抜ける。その時僕は、ウエストポーチの存在に気付いた。


 そうだ、指輪。いつ渡せる機会があるか分からないので持ち歩いていたのだ。さっき、倒れた僕の体重がモロにかかったが……中身は大丈夫だろうか。


 渚沙なぎささんが別の方向を向いているのを確認して、そっと指輪を取り出す。幸い、ステンレスの表面には傷ひとつついていなかった。


「良かった……」


 事件も解決したし、今夜は美味しくご飯が食べられそうだ。それなら夜に渡した方がドラマチックでいいかもしれない。


「何が良かったの?」

「うえっ」


 僕が思考に浸っているうちに、いつの間にか渚沙さんがこっちを向いていた。僕が持っていた指輪のケースをばっちり見られてしまい、あわててしまおうとしたが……もう間に合わなかった。


「……あの、渚沙さん」

「うむうむ」

「これはですね。……ちょっと大きいコンタクトのケースなんですよ」

彩人あやとくん、目は悪くないよね?」


 いかん、動揺のあまり墓穴を掘りまくっている。


「いや、間違えた。ちょっと小さいスマホケースで……」

「お前、もうグダグダだぞ」


 顔に血液が集まるのを感じる。啓介けいすけにまでつっこまれてしまった。


「ちょっと見せてね」


 渚沙さんは僕からケースをとり、開けてみた。そして目を丸くして、まじまじと中身に見入っている。


「これ……」

「ほら。渚沙さん、今日が誕生日でしょ? ……プレゼント、渡そうと思って」


 最初はナイトツアーで渡すつもりだったのだ、と僕は今までの経緯を説明した。


「それが予定が狂いまくって……なんというか、こんなことに」


 頭をかく僕を見て、渚沙さんはふにゃりと崩れるように笑った。その目尻には、涙がにじんでいるように見える。


 僕はそっと指輪を外して、渚沙さんの薬指にはめる。それはまるであつらえたように、ぴったりとはまった。


「……これを隠してたから、色々挙動がおかしかったのかあ。なあんだ」

「心配かけてごめんよ」


 自分も指輪をはめながら僕がおそるおそる言うと、渚沙さんはにやりといたずらっ子のような顔になった。


「ま、気に入ったから許してあげるぞよ」

「ははあ」


 怒っていないのが分かったので、僕もわざとらしく頭を下げる。そして──二人で一緒に噴き出した。僕たちは明るい南国の空の下で、ひとしきり笑い転げて地面に寝転ぶ。


 並んで手を繋ぎ、見上げた空は……この上ないほど、青かった。






※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「サプライズになってないサプライズ」

「渚沙さんが喜んでるなら良しとするか」

「彩人はアドリブに弱すぎでは……」

など、思うところが少しでもあればブクマや評価、感想で応援いただけると幸いです。

作者はとてもそれを楽しみにしています!


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