女王様のご提案
「いやー、久しぶりの大きなイベントが来たな」
啓介がやたらニコニコし出したら、体育祭が近い証拠だ。啓介はバスケ部所属だが普通に足も速いため、色々な競技に引っ張りだこなのである。この時期は自然に女の子に注目されるからか、奇行の度合いも低かった。
今年は関田さんと気軽に話せるようになったから、啓介はさらに落ち着いている。ずっとこのままならいいのだが。
「中間テストがあっただろ」
「あれはイベントって言わない。忘れろ」
ツッコミを入れても、比較的冷静に返してくる。良きかな良きかな。中間の成績が底辺を這って妹に蔑みの視線を向けられたと愚痴っていたことも、もう忘れたようだ。
「あー、やる気出ない」
「お前はいつも体育祭の時、テンション低いよな」
「だって、別に運動得意じゃないし。入賞したって、記念品の鉛筆がもらえるくらいだろ」
正直、僕が楽しみにしているのは、渚沙さんが作ってくれるお弁当くらいだ。……それも、殺意MAXのお父さんの視線をかいくぐりながら食べないといけないのだが。
「つまらんねえ、この男は……」
「うるさい」
僕と啓介がそんな会話をしている横で、渚沙さんと関田さんがくすくす笑いながらこっちを見ていた。平穏な時間だ。
──その平穏は、直後に破られることになる。
「二年三組の面々。連絡事項があるので、よく聞いてほしい」
教室の戸口に、獅子王さんが現れたからだ。別に大声をあげたわけではないのに、教室内がしんと静まりかえる。
「体育祭のことだ。異例のことだが、我が獅子王グループの提案により、今回のみ各学年、優勝したクラスに特典がつくことになった」
「特典?」
獅子王さんのお母さんは引退後、落ち目だったスポーツ用品メーカーの社長におさまった。就任当時からびしばしと経営体制をたたき直し、最近はカジュアルなジョギングウェアを開発して大成功を収めた女傑だ。そしてそれだけではなく、おじいさんも大企業をいくつもまとめる有能な人だという。
そんな人たちが、一体なにをよこそうというのだろうか。
「ウェアかシューズでももらえるんですか?」
おずおずと、入り口に近い場所にいた女生徒が聞いた。獅子王さんに自然と敬語になっちゃうの、僕だけじゃなくて良かった。
「いや。クラス全員を、獅子王グループが所持するリゾート施設に招待する。これが該当施設のパンフレットだ」
僕たちはそのオールカラーのパンフレットを見て、おそれおののいた。アジアンリゾートをうたうその施設は、太平洋のとある島にある。広大な敷地にゆったりとコテージが建ち並び、エメラルドグリーンの海だけではなく、山でのアクティビティやスポーツをも楽しめるように開発されていた。
「今年の八月からオープンなのだが、七月にお披露目をやるのでな。三クラス、百人くらいなら楽に泊まれる」
「いや……これは……」
「どうした、嫌か?」
獅子王さんはなぜ全員が戸惑っているか分からないらしく、首をかしげてみせた。
「嫌ではないんですけど……こんなところの代金、私たち絶対払えないし……」
「親だってなんて言うか……」
「代金? そんなもの、うちが全額出すに決まっているだろう」
その言葉を聞いたとたん、クラス全員の目の色がザザッと変わった。
「それは交通費も、食事代もってことですか?」
「ああ。行き来の船の代金、三泊四日の宿泊費および滞在時にかかる費用は、全てだ」
爆発するような歓声が教室を満たした。僕はその中で頬杖をついている。関田さんや渚沙さんも同様に、あまり盛り上がっていなかった。
「南国リゾートだ-!!」
「しかもタダ」
「獅子王、ありがとう。太っ腹だな!!」
「では、確かに伝えたぞ。鋭意努力せよ」
獅子王さんが戸口を離れる。僕は喜ぶ級友の横を抜けて、廊下へまろび出た。
「獅子王さん、待って」
「ん?」
獅子王さんは少し不機嫌そうに振り向いた。余計な手間をとらせるな、と言いたげな様子だ。
「……あまりにも話がうますぎない? さっきの」
※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?
「獅子王グループ強すぎない?」
「こういう時だけ一致団結するんだ……」
「どんな裏があるんだろう?」
など、思うところが少しでもあればブクマや評価、感想で応援いただけると幸いです。
作者はとてもそれを楽しみにしています!