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1-7 文明から切り離されて

 敷布団代わりの枯葉と枕代わりの石を探していたら、オレンジ色の世界を飲み込むように闇が徐々に周囲を覆い始めた。

 都市部にいれば夜でも街のネオンがギラギラと輝いているが、文明から切り離されたこの場所の夜は本来的だ。一寸先も見えない深い深い闇。

 俺たちはキリのいいところで作業を終えると三人川の字になって横になった。

 

 左から渚、俺、秋津さんの順番。

 美少女二人(片方は男だが)に挟まれるという最高の形だ。周囲はもうどうしようもないくらいに真っ暗で暗順応によってお互いの顔がギリギリ見えるくらい。


「ねぇ! 俊介、朱利さん! 星が!」


 仰向けになってすぐ、渚が空を指差して大騒ぎする。


「すごいわ」

「…………すげぇ」


 渚に続いて、俺も秋津さんも夜空を見上げた。

 そこにはラピスラズリの空に無数の星が煌々と散りばめられている。

 都心では絶対にお目にかかれない、満点の星空だった。


「宝石箱みたい!」

「すごいわ」

「…………」


 思わず言葉を失ってしまう。

 俺は世界が嫌いだった。そして自分のことも大嫌いだ。

 でも、そんなことすらどうでもよくなるくらい、この世界は綺麗だった。

 夕日も星空も。

 そのことに気がつかなかったことが悔しい。そして憎らしかった。自分が今まで小さな視野でしか判断できていなかったのだと、嫌でも理解してしまうから。


「俊介、どうしたの?」

「……いやなんでもないよ。こんなの見たら言葉も出なくなるさ」


 人にあふれていた世界から切り離された今でも擬態はやめられない。

 たとえ三人であってもそこには関係が生じるから。俺は他者の他者であるから。交わりの連関にあるから。だから、渚を心配させまいと平常心を装うのだ。


「だよね! 都会じゃこんなの見れないし! ……それでさ、俊介。お願いなんだけどさ。ボクそっちいってもいい? ちょっと肌寒くてさ」

「いや、それは、色々と問題があるというか……」


 男だと分かっていても渚はめちゃくちゃ可愛い。そんな子に同衾されたらもうどうにかなっちゃいそう。自分の欲求を抑えられるかどうか(つーかそれは不可能)。


「わたしも寒いわ」

「秋津さんまで……って二人とも! ち、近いって!」


 俺の返事などお構いなしに二人はこちらに迫ってくる。

 そして俺の腕に抱きつくようにして体を密着させた。もう秋津さん側はおっぱいの弾力が凄まじいし、渚側はなにかもっこりとしたものを押し付けられている。

 その心はどちらも柔らかいです。いやいや、これじゃあ謎かけにもなってない。


「あったかいね、俊介」

「人の体温って安心するわ」


 俺の心境などどうでもいいと言わんばかりに二人は満足げだった。

 耳元にかかる吐息。腕にじんわりと伝わってくる温もり。これはもう息子が限界だ。


 ————ついにテントが張ってしまいました。ごめんなさい。


「さ、三人でする!?」

「いやいやいや! 今はそんな状況じゃないだろ!」


 そんな俺のテントを見て興奮気味の渚。こいつはやっぱり超エロい。


「三人で何をするの? わたしトランプは持ってないわ」

「なんか秋津さんは秋津さんで安心しました。こんな天然少女はどうやったら生まれるんでしょうね……もはや天然記念物級ですよ」

「朱利さん! ここで言う『する』ってのはごにょごにょ————」

「おい、悪いことを教えるな!」


 純粋なものはこうやって悪い大人に穢されていくのです。大人になるというのは悲しいことなのかもしれませんね。


「ありがとう、小川くん。『する』ってのはセックスの隠語ということね。勉強になった。それにしても、セックスって三人でもできるのね。知らなかった。面白そうだしみんなでやってみましょうか」

「軽すぎる! え、えっちというのはもっとこう神聖なものというか、なんかこうお互いが好きあってないと駄目なんだよ! 愛がないとさ! 愛だよ愛!」


 なんで俺がこんなにも愛を説いているのだろう。

 俺はもっと享楽的かつ開放的で自由奔放な人間だと思っていたのに。この面子の貞操観念が異常すぎて諭す側になってしまう。


「……ははは、本当に二人がいてくれてよかったよ」


 渚が突然笑い出す。そして、俺の腕を強く抱きしめた。


「ボクさ。この場所で一人だったらきっとダメだった。こんな星空を見ても感動できなかった思う。だから……っ、俊介と朱利さん、本当にありがとうっ……!」


 渚はすすり泣いていた。

 張り詰めていた糸が切れるように。ダムが決壊するように。

 そう、忘れていた。

 俺たちはみんなどこか変わっているから、こうして平気なフリをすることが出来ていたのだと。いきなり知らない土地で目覚め、家族と会えなくなって、十代の若者が平静でいられる方がおかしいのだ。


「小川くん泣かないで」


 そう言う秋津さんも涙声だった。

 渚と秋津さんは強靭なメンタルを持っていると思っていたが、二人も俺と変わらない年相応の人間だと分かって安心することができた。

 そんな二人が泣いている状況で、俺が泣かない訳もなく。


「大丈夫……っ! 絶対に大丈夫だから……っ!」


 なんの根拠もなく、ただ大丈夫だと二人に語りかけていた。

 大丈夫じゃないから大丈夫という言葉を口にする。

 そんなことは自分でも分かっている。けど言葉にすることで、それを相手に伝えることで、少しでも安心させたい。


 俺は二人のことを強く抱きしめる。

 それに応じるように二人も強く抱き返してくれる。

 星空は、世界は、ただ美しい。

 寒いから、辛いから、哀しいから、みんなで泣く。そして抱き合う。

 いつからそんな当たり前のことが出来なくなっていたのだろうか。

 文明から切り離されて、こうして人と触れ合って、ようやく認識することができる。

 人はひとりでは生きていけないと。


 ————きっと俺はこの夜のことを生涯忘れないだろう。

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