4-8 ラスボスが登場して
「第一問。鷺ノ宮咲が今までに異性と付き合った人数を答えよ」
「はぁぁぁぁぁ!? ちょっと待ってよ、何その質問!」
まず肝心な第一問目。
ゲームマスターの口から飛び出したのはコンパで飛び交うようなわりと浮ついたような質問だった。当然、鷺ノ宮から抗議の声が上がる。
しかし、この問題は……。
「渚、秋津さん、優ちゃん、ラッキーでしたね」
「うん! これなら何とか!」
「そうね、咲ってわかりやすいもの」
「直接聞いたわけじゃないですけど、多分合ってると思いますぅ」
よし、この反応。みんなも同じ答えに辿り着いているようだ。
「じゃあ、せーので」
「ちょ、江古田くん!? ちゃんと話し合わなくても大丈夫!? この問題、結構難しいと思うけど……」
鷺ノ宮は考える様子のない俺たちに困惑している。それでも、俺たち四人には短い付き合いながら感じ取っているものがあった。だからきっと————
『0!』
「正解」
「いや正解だけどね!? そんな堂々と答えられると複雑なんですけど!?」
よし、第一問クリア。こんなの初級も初級のイージー問題だ。どう考えても、鷺ノ宮に男性経験があるわけないだろ(断定)。一応根拠としては見た目に反してウブな反応するところとか、女子校に在学中といったものがある。
だが、一番の決め手は雰囲気だ。何というか上手く言語化はできないんだけど、そういう処女的なオーラ(?)みたいなのがあるんだよね。
「第二問。鷺ノ宮咲の胸のカップ数を答えよ」
『A!』
「正解」
「まさかの即答!? ちょっとは悩みなさいよ!」
これはもはや常識問題。悩むまでもない。
「第三問。鷺ノ宮咲の血液型を答えよ」
ん、これは難しいぞ。一番付き合いが長い優ちゃんに確認をとってみたが「わからない」とのことだった。つまりこればかりはどうやっても四択になってしまう。
俺たちはしばらく話し合って一つの結論に達した。
『A……?』
「正解」
「あんた達絶対にカップ数に引っ張られたでしょ!? 正解だからよかったものを!」
危ない危ない。どうやら正解だったみたいだ。
正直、AカップでA型なら面白いと思ってしまった自分もいる。
しかし、さすがに今回ばかりは真面目に考察してA型と回答した。この問題は四択という意味で各選択肢ごとの正解確率は二五%であるが、実際の血液型の割合には偏りにある。
日本でいえばA型が一番多い。そういった要素を考慮しての回答だった。
「第四問。鷺ノ宮咲の苦手な————」
『料理!』
「正解。ちなみに問題文は『鷺ノ宮咲の苦手なことを答えよ』じゃ」
「まさかの早押し!? 別に時間制限ないんだから問題文を全部聞いてからでいいと思うよ!? というか、苦手な〜で「料理」がすぐ出てくるのも心外なんだけど!」
これはもう反射的に答えられちゃうよね。
鷺ノ宮、苦手、という単語が並んだら間違いなくこの答えになる。
「第五問。鷺ノ宮咲の好きな男のタイプを答えよ」
男のタイプ、男のタイプ……か。これも全員パッと思いつくものがない。これはみんなでイメージを擦り合わせた方が良さそうだ。
思いつく限りの鷺ノ宮的な要素を洗い出す。よし、これを繋げてみよう。
『深夜のド○キにいる、ミニバンに乗っている、EX○LEが好き、地元愛が強い』
「不正解」
くっ、不正解か。ここにきて初めての不正解。
何だかんだ言ってオラオラ系が好きなのかなと思ったのだけど当てが外れた。
「完全にマイルドヤンキーの特徴じゃん!? あたしのことをなんだと思っているの、みんな!? 本当にあたしのこと理解してる!?」
「いいぞ、いいぞ。お主ら仲間割れを始めているじゃないか。このゲームはシンプルなようで人間の本音が出やすいからな。ちなみに答えは『王子様みたいな人』だ」
「うわあああああ!!! 違う! 本当に違うから! みんな忘れて!!」
……意外と乙女だった。
「第六問。鷺ノ宮咲の幼少期に考えていた将来の夢を答えよ」
またしても即答ができない問題。しかし、みんなで話し合ったところ意外とすんなり答えが出た。前問の答えを考慮して————
『お嫁さん』
「不正解。正解はキャリアウーマン」
「そういう女の幸せ=結婚という価値観は前時代的よ! 今の時代は男女平等! そもそも『嫁』という言葉自体が差別的。漢字が女に家という造り、かつ『嫁ぐ』という読み方もできる。旧時代の家制度を象徴するような言葉。今の時代の価値観にアップグレードされた言葉を使うべきよ!」
……そうだった。鷺ノ宮のフェミニスト要素を失念していた。
いやはや、全員に配慮した言葉・表現というものは果たして存在するのでしょうか。多様性を追求した先にあるのが画一的な世界。アイロニーですね。
「第七問————」
それから第七問正解、第八問不正解、第九問不正解という結果に。
これで九問中五問正解という状態。次の問題の正否がこのゲームの勝敗を決める。
「では、次が最後の問題じゃが……出題は鷺ノ宮咲に任せよう」
「え、あたし!? 何よ、アンタ勝負を捨てたの?」
最後の最後でゲームマスターが謎の提案をする。出題者を鷺ノ宮自身にする、だと? そんなことしたら鷺ノ宮は俺たちでも分かるような簡単な問題を出すだけじゃないか。
「あっはっは!! はっきり言おう! 妾は正直このゲームの結果なんてどうでもよかった。大事なのはお主らがリーチをかけたところで、出題者を鷺ノ宮咲にすることじゃ」
「……何が目的だ?」
彼女の目的がなかなか見えてこない。リーチがかかった瞬間に出題者を鷺ノ宮自身にする……? そうすることでどんなメリットが……。
「言うたじゃろ! 妾が見たいのは、仲間・絆なんて鳥肌が立つようなことを言う連中が争い、罵り合い、袂を分つところじゃ! じゃからこそ、鷺ノ宮咲を出題者にすることには大いに意味がある。————のう、鷺ノ宮咲。元の世界に帰りたくはないか?」
「……っ、そんなの当然でしょ! みんなで日本に帰るつもりよ!」
「くっくっく。”みんな”でか。さてここで一つ提案じゃ、鷺ノ宮咲。最後の問題、江古田俊介らが不正解だった場合、お主だけは元の世界に返してやろう」
『なっ!?』
ここにいる全員が驚きを隠すことができなかった。
ようやく、ゲームマスターである彼女の狙いを理解する。
……なるほど、だから鷺ノ宮を人質として選んだということか。俺たち五人の中で一番現状にストレスを感じていたのは間違いなく鷺ノ宮だ。
一週間もこんな場所にいたらそれも無理もない。それが普通だ。そんな限界近い人間の前にあらわれた蜘蛛の糸。悪魔が持ちかけた取引。誑かすような甘言。
鷺ノ宮だけが帰還できる権利。
思い返せば、このゲームを始めるときのコチラの勝利報酬は『鷺ノ宮の返還』だけで、日本に返してもらうことは担保されていない。
つまり、この勝負に勝ったところで日本に戻れるとは限らないのだ。しかし、鷺ノ宮だけはここで不正解になるような問題を出すことで日本に戻ることができる。
「咲ちゃん、そんな言葉に惑わされないで!」
「そうですよ、咲さん! その人が約束を守るとは思えません!」
渚と優ちゃんが必死に鷺ノ宮を諭そうとする。
「いいや、妾は約束を守るぞ。お主らが不正解となれば、必ず鷺ノ宮咲を元の世界に戻す」
「…………」
「江古田くん、どうする?」
黙っていると心配そうに朱利さんが覗き込んできた。顔が近い。
こんな時でもなければキスしていたが、今はそんなことをしている場合でもない。俺の中である一つの結論が出ていた。それを言うか言わないか迷っている。
チラリと鷺ノ宮の顔を見る。そして目が合った。
「鷺ノ宮……」
「江古田くん……」
今日の目標、最終目標、どちらを優先するかで迷っていた。
でも、やっぱり、俺はこうするべきだと思う。
……やっぱり俺はどこかで合理的というか損得で物事を判断しがちだな。けど、それが俺の役割なんだと割り切らせてもらう。
「なぁ、アンタ。ひとつ聞きたい」
「なんじゃ、江古田俊介」
「この問題に不正解の場合、鷺ノ宮の記憶も消すのか?」
「そんなわけないじゃろ! 鷺ノ宮咲にはお主らを裏切ったという記憶を抱えて未来永劫過ごしてもらうつもりじゃ! そうか、そういう魂胆か。それを盾に鷺ノ宮咲に簡単な問題を出すように説得するつもりか?」
「いいや、違う。でもよかった。鷺ノ宮の記憶は消さないんだな」
それを聞いて安心した。なら、もう迷う必要はない。
「渚、秋津さん、優ちゃん。いいかな」
三人が一斉にコチラを見る。
「ごめん、今日の目標は達成できないかも。けどさ、最終目標に向けては一歩前進すると思うんだよ。だからさ、最後の問題は不正解でよくないかな? これで少なくとも鷺ノ宮は日本に帰れるんだぜ。俺たちは勝っても負けても失うものがない。別に記憶がなくなったところで、また一からみんなで始めればいいさ」
これが俺の答え。確実に一人が帰れるならそうするべきだ。
ただ、問題はこの提案をみんなが受け入れてくれるか……だけど。
「たしかに。咲ちゃんだけでも帰れるならむしろ負けた方がいいかもね! うーん、みんなでまた揃ってご飯を食べられないのは残念だけどー」
「咲にはもっとバッタ料理を食べてもらいたかった。けど、江古田くんの案でいい。それに、わたし記憶力いいからたぶん忘れないと思うわ」
「咲さんに会えなくなるは寂しいですぅ。けど、ゆうは貰えるものは貰っておけ精神なのでそれでいいと思います! ただ、記憶なくなってもなるべく早くゆうと合流してくださいねー? あんまり放置されると餓死する可能性があるのでー」
「……ありがとう、みんな」
よかった、全員が納得してくれればもう迷うことはない。
「ちょっと待ってよ、江古田くん! それってあたしにみんなを裏切れって言うの!? せっかくできた繋がりを断ち切れと!? しかもその記憶を抱えたまま! あたし一人で帰れても全然嬉しくない! どうしてそんな残酷なことが言えるのよ!」
そうだった、鷺ノ宮のことも説得しなきゃいけないんだったな。
いきなりこんなこと言われても簡単には納得できないよな。
「別に俺らは裏切られた、なんて思わないよ」
「江古田くん達は全て忘れられるからいいよね! でもあたしは一生この記憶を持って生きていくんだよ……! そんなの耐えられない! それにもうみんなとは……」
鷺ノ宮がポロポロと涙を流し始める。……泣かせるつもりはなかったのに。
俺は本当に言葉足らずだ。
これは悲しいことでもなんでもないんだと、伝えないと。
「違うんだ、鷺ノ宮。記憶を失わないのは悪いことじゃない。だってさ、鷺ノ宮だけでも覚えてくれていたら、また俺たちはきっと集まれると思って。俺たちも絶対に後から日本に戻る。その時に鷺ノ宮に声をかけてほしいんだ」
今日一緒に食事ができなくても、いつかまたみんなで集まれれば結果オーライだ。最高の未来のために今が少し辛くてもいいんじゃないか。
これは未来への投資ってことでさ。
「……江古田くんの考えはわかった。たしかに誰一人も帰れないなら一人でも確実に帰れる時に帰ったほうがいい。あたし達ならまたきっと再結集できる。たしかに合理的ね」
「じゃあ、鷺ノ宮——」
「だが、断るわ」
「えっ」
誰もが一度は言ってみたい名台詞で提案は拒絶される。
「江古田くんの勘定にはあたしの想いとか、感情とか、幸せが欠けてる」
「でも鷺ノ宮……この機会を逃したら、いつ帰れるかわからないんだぞ?」
すでに一週間。
次にチャンスが訪れるのが一ヶ月後、一年後、下手すれば一生————
「だいたい、なんでそんな逃げ腰な選択なのよ。だって、全ての元凶はそこにいるのよ? 全員で協力してあのゲームマスターを名乗る子をとっちめればいいじゃない」
そう言って鷺ノ宮はゲームマスターのことを指差す。
そんな俺たちのやり取りを、ゲームマスターは時に何も言わずに静観していた。……なんだ、さっきまでの勢いはどうしたのか。まるで何かを試すような。
「そうだけどさっ……! 俺はひとえに鷺ノ宮のことを想ってさ……!」
仲間の幸せを願う俺は間違っているのか。ちくしょう、分からねーよ。こちとらこんな深い繋がりを持つのは初めてなんだよ。
正直言えばさ、鷺ノ宮にはここにいてほしいよ。もっと話をしたいよ。だって俺はここに来る途中で宣言したんだぜ、みんなで一緒にご飯を食べようってさ。だけど、ここに残ってほしいというのは、俺のエゴで……それを押し付けるのは違うだろ。
「はぁ……江古田くんにもちゃんとわかるように言葉にしないとダメか」
「え?」
鷺ノ宮はやれやれとため息をついた後、真剣な顔でこちらに向き直った。
俺と鷺ノ宮の間にはそこそこの距離があるはずなのに、まるで目の前にいるかのように錯覚してしまう。
しばし無言の時間が続く。一瞬にも永遠にも感じられるような矛盾した時の流れ。
だからいつ鷺ノ宮が喋り始めたのか、それも曖昧だった。
「あたしは昨日、人生で一番美味しかったと言えるような食事をしました。あたしはいつも人との距離感がわからなくて。その人にとってメリットがある存在じゃなくちゃ、って考え考えてそれで失敗して。でも、みんなとはそんな感じじゃなくて。なんて言えばいいのかな。あたしの中にみんながいて、みんなの中にあたしがいる。そんなふうに思えたから。だからこそ、みんながいたから、みんなの中にあたしがいたから、昨日の食事は人生で一番って思えたんだと思う。だからお願い。これからもあたしと一緒にご飯を食べてほしい。帰る時はみんな揃って帰ろうよ。これがあたしのエゴ。みんなの提案を拒絶しても押し通したい想いよ。みんなの前ではいい子を演じるようなことはしないからね
————さて、問題です。あたしがみんなと食べた昨日の夜ご飯のメニューは?」
そんなのアリかよ。
そんなこと言われちゃったらさ、もう……。
「俊介」
「江古田くん」
「俊介さん」
渚、秋津さん、優ちゃんが何かを諦めたような、それでいてどこか嬉しそうな顔でこちらを見る。残すは俺のみ。みんなの中では質問の答えもこの場における正解も分かっているようだ。あとは俺が答えを出すだけ。やれやれ……だな。
「あーもうわかったよ! じゃあ、俺もいい子を演じるのはやめる!」
俺はやっぱりまだ鷺ノ宮と一緒にいたいよ。それにみんなのことだって一瞬たりとも忘れたくないよ。ちくしょう、仮面を外すのってクソダサいし、クソ恥ずかしいな。
でも相手も同じ状態ならおあいこだ! 俺たちの間に建前は不要ってことだな。
「はい、じゃあ江古田くん————みんな答えは?
『カレー!!』
「うん、正解」
さすがにこの問題だけは間違えられない。本当にずるいな、鷺ノ宮。
これで過半数の六問正解。この勝負、俺たちの勝利だ。
さて、今日は何を食べようか?




