3-6 変な五人が集まって
「あれです、俊介さん! 秋津さんの蛮行を止めてください!」
優ちゃんに案内されるままついていくと、拠点から少し離れたところで何やら黙々と作業している秋津さんの姿があった。
近づきたくないのか、優ちゃんは一定の距離を保っている。そのため秋津さんが手元で何をしているのか見えなかった。
「わかった、とりあえず声をかけてみるよ」
俺、渚、鷺ノ宮の三人で秋津さんの元に近づく。事前に渚に話を聞いた限り、秋津さんは一人で森に入り戻ってきてからずっとあの調子らしいとのことだ。
何をしているのか、渚も詳しく把握していないらしい。
「秋津さん戻りましたよー」
「あ、江古田くん……それに咲もおかえり。カレーは作れそう?」
「ええ、なんとかルーが手に入ったんでカレー作れますよ」
「やった」
秋津さんは小さくガッツボーズをする。
その表情もいつもの無表情から心なしか柔らかくなっていた。きゃわわ。
「……それで秋津さんは何を作ってるんですか?」
さて、本題に入ろう。
秋津さんの体に隠され手元は見えないが、そこには優ちゃんがドン引きするような何かが隠されているわけだ。真実を確かめないといけない。
「これよ」
「おええええええええええええええ」
至急、モザイクをお願いします。だめだ、マジで吐きそう。同じく秋津さんが作った”それ”を見てしまった鷺ノ宮も吐き気を必死に抑えていた。
渚はきょとんとしていて「二人ともなんでそんな反応?」とも言いたげだった。
「朱利さん、朱利さん。それってなめろうですか?」
「その通りよ。さすが小川くん」
俺と鷺ノ宮がダウンしている横で渚と秋津さんが盛り上がっている。
やっぱりこの二人はバグっている。
一日目は二人と一緒に過ごしたせいで感覚がおかしくなっていたが、鷺ノ宮と優ちゃんに合流したことであらためて二人の異常性を理解できた。
「江古田くんと咲はなめろう嫌い?」
「いや、なめろうは好きですよ!? けど”それ”はなんですか!?」
なめろうとは千葉発祥の郷土料理。捌いた青魚に味噌、ネギ、シソ、生姜などを加えて、まな板の上で粘り気が出るまで包丁で叩いた料理のことだ。
ジイちゃんが酒のアテに作っていたものを分けてもらったことがある。
魚と味噌の甘みにネギ、生姜、シソの辛みや風味が調和し、味は濃いけど不思議と舌には残らない、そんな独特の味をした料理だった。
けど、目の前にあるものは絶対に俺が知っているなめろうではない。まず色がおかしい。どう見えても緑色……ところどころ茶色も混じっていた。
これだけは断言できる。絶対にこれは人間の食べ物ではない。
「このなめろうはね。バッタで作ったのよ」
『おええええええええええええええ』
俺と鷺ノ宮は悪心を抑えることができなかった。薄々気がついていたが、あらためて言葉にされるともうどうしようもない。
間違いなく、秋津さんに料理担当を任せたのが失敗だった。優ちゃんが取り乱していたのも無理ない。
これはちょっとやばい。昨日バッタを食べた俺でもキツイ。
だからこそ、平然としている渚はやっぱりちょっとおかしい。いやもちろん、こんなものを生み出す秋津さんが一番頭おかしいけどね。
もうこれ、アニメとか漫画で料理下手な女の子が「てへ、失敗しちゃった」のレベルを完全に超えてるからな。もはや不味くて気絶できる方が羨ましい。
「俊介、今日はご馳走だね!」
「いやいやいやいや、それ食べるの!?」
渚は食べる気満々だった。ねぇ、なんでこんなにも乗り気なの?
ご両親から食べ物の好き嫌いはダメって言われてきたのかな? だとしても、これはご両親も「
食べなくていいって言ってくれるレベルだと思うんだ。
「江古田くん、食べないの?」
「秋津さん! そんな目で俺を見ないで!」
上目遣いで懇願するように秋津さんはこちらを見つめてくる。
くぅ、かわいい。……でも無理です。
俺だってできれば女の子の手料理は食べたいけどさ。限度があるよ、限度が。
めっちゃ焦げてるとか、味付けが最悪とかなら全然食べるよ。でもさ、これは違うじゃん。あまりにもジャンル違うじゃん。無理だってさすがにさ。
「えーでも、俊介。これ三人分くらいあるよ? さすがにボクと朱利さんだけじゃ量が多すぎると思うなー」
『あたし(ゆう)は大丈夫!』
「おい二人とも早々に逃げるな!」
鷺ノ宮、話が聞こえてたであろう優ちゃんがさっそく拒否。
これで五人中二人は食べないという計算になる。そして用意されたものは三人分。当然、渚と秋津さんは食べます。
はい問題です。では、残りのバッタのなめろうは誰が食べることになるでしょうか。
「江古田くん、命を粗末にしてはダメよ」
「そうだそうだ、俊介! 昨日は普通に食べられてたでしょー!」
いや、昨日とは事情が違うじゃん。
何も食べるものがないって状況じゃないじゃん。
だって、カレーとか食えるんだぜ? 俺今カレー食ったら泣く自信あるよ? なのにその付け合わせがバッタのなめろうって残酷すぎませんか、神様。
「お願いです、せめて火を通してもいいですか……?」
しかし、鷺ノ宮や優ちゃんに食べさせるわけにもいかないし、鷺ノ宮さんがせっかく作ってくれたものを捨てるというのも忍びない。
結果、俺には食べるという選択肢しか残ってないのだ。
「少しだけ江古田くんのこと見直した」
「俊介さん、よっ! 男の中の男! 愛してます!」
鷺ノ宮からは労いの意で肩を叩かれ、優ちゃんからは愛の言葉をもらった(煽っているようにも聞こえるが推しだから許す)。
この二人を守ったと思えば、格好つけた甲斐もあったものだな。
「だめよ、江古田くん。火を通したらなめろうじゃなくなるわ」
「お願い! 鷺ノ宮、優ちゃん協力して!」
前言撤回。もうプライドとかどうでもいいや。
あれを生で食べるのは平成生まれの僕には無理です!
「ちょ、江古田くん巻き込まないでよ!」
「えーゆう聞こえないー。なんも聞こえないですぅー」
なんとか二人にも協力を仰ごうとしたが当然のように拒否されました。ひでぇ、俺たちはこれから無人島を一緒に生き抜いていく仲間じゃなかったのかよ。
仕方ないので、なんとか『つみれ』にしてもらえないかと秋津さんに交渉。
交渉は難航したが、カレーの具材を多めにするということで納得してもらった。
もちろんその分俺の具材が減りますが、バッタのなめろうを食べるよりはマシです。というか、もっと言えばバッタのつみれだって食べたくないんですけどね?
金輪際、秋津さんのバッタ料理は禁止とさせてもらいます。




