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1-2 文明から切り離されて

「恥の多い生涯でした」


 意気揚々と歩き出してから一時間くらい。俺は大木に寄りかかる形で倒れていた。

 炎天下の中で歩き続けることは困難で、途中で立ちくらみや目眩を覚えた。

 これは間違いなく脱水症状の兆候だ。喉はカラカラに乾いており水を欲している。そういえば、この場所で目覚めてから一滴も水を飲んでいなかった。

 これ以上、体の水分を失うわけにはいかない。だから日陰で休むことにしたのだ。


 しかし、脱水状態であることに変わりはなく、時間が経つにつれて否応なく死を意識してしまう。とにかく水が欲しい。こんなに水を飲みたいと思ったのは初めてだ。

 もし、今の状態で「水を飲む権利」と「キラリのおっぱいを揉める権利」のどちらかを選べと言われたら————いや、普通にキラリのおっぱい揉みたいな。

 そこは水より性欲が勝りました。


「ふざけている場合でもないんだけどなぁ。けど、正直どうしようもないし」


 俺は楽観的に考えすぎていた。少し歩けば誰かに助けを求められると。

 一時間近く歩いたが、相変わらずここがどこなのかも分からない。本当に日本なのか、と思うくらい広大な自然しかない。

 俺は自分が思っている以上に危険な状況にあったのだ。

 今思えば、まず優先するべきは飲み水の確保だったのかもしれない。


「……今更そんなこと言っても仕方ないか」


 さて、どうしたものか。

 最後に水場を探して足掻くべきなのだろうが、俺にはそこまで生への執着がない。

 キラリのライブ配信を見れないのは残念だ。それでも、ここで死ぬならそれもまた運命なのだろうと受け入れられてしまう。


 とはいっても、死因が脱水症状というのはちょっと嫌だな。いかにも苦しそうな死に方だし、どうせ死ぬのであればもっと楽な死に方がしたい。

 それに出来ることなら童貞を卒業してから死にたいなぁ。もし天国なんていうものがあったとしたら、童貞であることでバカにされそうだし。

 天国にさ、小学生のガキがいてさ、「えー、俊介さん童貞のまま死んだんすかw 小学生の自分でも経験済みっすよw」なんてマウント取られた暁には死ねる(死んでるけど)。


 はぁ、もし目の前に美女が現れたら熱烈な告白ができるんだけどなぁ……。

 なんかこうアニメとか漫画みたいな展開は起きないもんかねぇ……。


「あの……、もしかしてあなたも遭難者ですか……?」

「————ずっと前から好きでした! 付き合ってください!」

「ボクとあなたは初対面だと思いますけど!?」


 運命の神様はいました。俺の目の前に見目麗しい少女が現れたのです。

 スラリとした手足。透明感のある白い肌。小さな顔にはバランスよく目鼻口が配置されており、透明感のある素顔にドギマギしてしまう。

 ショートヘアがとても似合う美少女。年齢もそこまで離れていなそうだ。

 こんな可愛い子が涼しげな白いワンピースを着て話しかけてきたら惚れてまうやろ。こちとら童貞のまま死にかけているのだ。種としての本能がバリバリに働いている。


「今、わかったんです! 自分はあなたと出会うために生まれてきたのだと!」

「そ、そ、そんないきなり言われても……」


 俺は一歩も引かない。死にかけの童貞はなんでもできる。

 窮鼠猫を嚙む……いや、死にかけ童貞美女を口説く。

 相手だって満更でもない感じだし、ここはプッシュ、プッシュ、プッシュだ。


「もっとあなたの事が知りたい! 運命を感じてしまったんです! 好きです! 自分がアダムだとしたら、あなたはイブです!」

「そ、そこまで言うなら仕方ないよね。はぁ……はぁ……ボクも我慢の限界だったんだ……」

「ふぇ?」


 まだ名も知らぬ美少女は息を荒くして、俺のところまで迫ってくる。その顔は明らかに紅潮しており、二つの眼は溶け出しそうなくらいトろんとしている。

 うーん、えっちだ。

 というかえっち過ぎる。もしかしてSSR痴女に遭遇してしまったのか。


「優しくするからね……」

「ちょ、ちょ、え!? い、い、一回落ち着きましょう!」


 完全に美少女のスイッチが入ってしまった。その様子はさながら発情期の獣だ。

 俺は攻めるのは得意だが、攻められるのは苦手なのです。誰からも羨まれる状況だというのに、ここにきて尻込みしてしまっています。

 据え膳食わぬは男の恥なんて言いますが、自分は今時の草食系男子なんで。


「目を瞑って……」

「いや、ちょ、むぅ!! っ!?」


 唇から伝わってくるぷるんとした柔らかさ、少し遅れて体温も伝わってくる。

 体の芯がビクンと震えたのが分かった。今まで感じたこともない不思議な感覚に襲われる。

 美少女の顔が目の前にある。長く綺麗なまつ毛。きめ細かやな肌。近くで見ても変わらない美しさ。俺、こんな可愛い子とキッスしてるんだ……。

 なんかもう、どうでもいいや。快楽に溺れて何が悪いんだ。ここに来るまで色々とあったが、最後が幸せな記憶で終われるならそれでいいじゃないか。


 —————体を委ねる。

 俺は抵抗するのを止めて、彼女の全部を堪能することに決めた。


「(…………あれ?)」


 そんな最中、何か固いものが太ももに当たったのを感じた。棒のような……、なんだか覚えがあるような……とても馴染みがあるものだと思う。

 俺はおそるおそる太ももにあたったものの正体を確認する……。


「ええええええええええええええ!?」

「うわ! ビックリしたよ! どうしたの急に?」


 俺の叫び声を聞いて、えちえちになっていた美少女が正気に戻った。突然のことで戸惑っているようだ。しかしだ、俺の驚きはその比ではない。


「ちんちんついてるやん!!」


 そうなのです。俺の太ももにあたった固いソレは……勃起したおちんちんでした。白いワンピース越しではあったけど間違いない。女性の股間はもっこりしないからな。

 つまり、彼女は彼女ではなく彼だったということだ。


「あはは、バレちゃったか。ごめんね。別に騙すつもりはなかったんだけど……どうしても言いづらくて。あんな熱烈な告白を聞いちゃった後だとね」


 彼女……いや、彼はシュンとしてしまった。

 ぐぬぬ、男だと分かってもその表情は抱きしめたくなるくらい可愛い。

 もう、性別とかどうでもよくないか。……いや、でも、この考え方はよくないな。俺は目の前の彼を性の捌け口としか思っていない。きっと彼が女装をしているのは何か複雑な理由があるからで、そんな彼の心の奥底まで汲み取れないまま関係を持つのは違うだろう。


「こちらこそごめん! 正直、君の性別を勘違いしていた! 勝手に勘違いしてあんな反応するのは失礼だったと思う……。でもこれだけ伝えさせてくれ。男だとわかってもなお、俺は君に魅力を感じている!」

「…………ふっ、あははははは!!」


 俺は俺なりに精一杯の気持ちを伝えたのだが、彼(?)はなぜか大笑いしていた。


「な、何も面白いことは言ってないんだけどなぁ……」

「ご、ごめん。あはは……いやだってさ。そんなこと言われたのは初めてでさ。やけに真剣な顔で言うもんだから妙にツボっちゃって。……でも、ありがとう。嬉しかった」


 彼は満面の笑みを浮かべた。不覚にもその表情で落ちそうになる。めっちゃ可愛い。


「ま、まぁ? ちゃんと伝わったなら良かったよ……?」

「じゃあ、続きしよっか?」

「ふぇ? ————っむぅ!」


 再びキスをされる。しかも濃厚なやつだ。口内をぐちゃぐちゃに掻き乱される。

 どれくらいキスをしていたのだろうか。一分、いや一◯分? それが定かにならないくらいには脳みそが完全に蕩けていた。ほわわわわ。


「さて、じゃあ次は…………」

「まてまてまてまて!! どうしてこうなった!?」

「え、だってボクのこと好きだって言うから」

「ちょっと待ってくれ! なんか色々とニュアンスが伝わっていない気がする! 実際に魅力は感じているけど! こういうのはさ、もっとこう付き合ってからとかさ!」


 まさかこんな簡単にチュッチュすることになるとは思わなかった。俺が想像していたのはもっとプラトニックな感じだ。少しずつお互いのことを理解していくみたいな。

 そして、ついに性別の壁すらも超えて————二人は一緒に歩いていく、みたいな!

 こう見えてもロマンチストなんです、僕。


「えーあんな熱烈な告白をするくらいだから軟派な人だと思ったよー。意外とピュアなんだね。……え、もしかして童貞だったりー?」

「ど、ど、ど、童貞じゃないから! 童貞って言うほうが童貞なんだぞ!」

「……うん、なんか色々とわかったよ。ちなみにボク”も”童貞だから安心して」


 やけに「も」を強調された。完全にバレバレでした。

 しかし、彼については童貞と評するのが正しいのだろうか、甚だ以て疑問である。ビジュアル的には完全に女子だからな。


「ちくしょう! そうだよ! 俺は童貞だよ! 短小包茎童貞野郎さ!」

「いやいや!? 後半のやつはボク言ってないからね!? 頼むから落ち着いて!?」


 ……そうだ、落ち着け。落ち着くんだ、俺。

 いつものクールで冷静沈着でイケメンで二枚目な自分に戻るんだ。


「ふぅ……やれやれだぜ」

「ど、独特な落ち着き方だね……。まぁ、いいや。それで、さっきの話だけどさ! もし無事に帰還することができたら、ボクと付き合うことを考えてほしいな!」

「ここから帰還できたら……か。悪いが、その約束はできない。俺はあと数時間もしないうちに脱水症状で死ぬことになるからな」


 キッスに夢中で完全に忘れていたが、俺は脱水状態にあるんだった。今すぐ死ぬってことはないと思うが水分を摂取しない限り、長く持たないのはたしかだ。


「あ、もしかして喉乾いてる? ちょっと待っててねー!!」


 いきなり大きな声を出したかと思えば、彼はどこかに向けて駆け出した。

 

 ……後ろ姿は完全に美少女なんだよな。白いワンピースがゆらゆらと揺れるのがどうしようもなく扇情的に映ってしまう。

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