3-2 変な五人が集まって
「じゃあ、料理担当は渚、秋津さん、優ちゃんってことでいいかな。渚もちょっとは料理できるんだよな?」
「うん、人並みにはできると思うよ」
「ぐさっ!」
流れ弾が鷺ノ宮に当たる。
「渚、『人並み』って言葉をむやみやたらと使うな! 人並みじゃない人にとっては大ダメージになるだろ!?」
「あちゃー、ごめん。……そうだね。多少はできる方だと思うよー」
渚も料理ができる、ということで話はすんなりまとまった。優ちゃんは当然のように料理担当。秋津さんは本人の希望で料理担当になった。
この判断間違ってないよな、大丈夫…………だよね?
そして必然的に、俺と鷺ノ宮が食材担当ということになる。
「じゃあ、鷺ノ宮と一狩りいってくる」
「はぁ、なんであたしが江古田くんと」
その反応は傷つきます。けど、いいんだ。見たところ鷺ノ宮はツンデレタイプ。このあと徐々に俺に対してデレデレになってくるんだろうな。
ふふふ、その時が楽しみだ! がはっはっははは!!
……なんか虚しくなってきたぞ。
「わたし、カレー食べたい」
「だから秋津さん、ここ無人島ですって! そんなもの作れるわけないですよ!」
「カレーが一番好きなの……」
秋津さんはしょんぼりしている。きゃ、きゃわいいい!!!
え、抱きしめていいですか? いやもう抱きしめる! ————と思った矢先に、優ちゃんからの鋭い視線。「わかってますよね?」と目で訴えていた。
目は口ほどに物を言う、って言葉を考えた人は天才かもしれません。
「え、カレー作れますよ?」
「は!?」
鷺ノ宮がとんでもないことを口にする。
こんな無人島でどうやってカレーを作るっていうんだ。スパイスで一から作るってことか? ターメリックとコリアンダーと……なんか色々とあったような気はするけど。インド人でもない限りそんなのスラスラ出てこないと思うが(偏見)。
いや、これはあれですね。日本人なら全員寿司握れるって言ってるようなものだもんな。いかんいかん。インドの方すみません、許してください。
しっかりと炎上対策をしておきます。
「ほ、ほんと……?」
鷺ノ宮の言葉に秋津さんは目をキラキラさせている。
どんだけカレー好きなんだ。けど、いいのか。ここまで期待させといて『何の成果も得られませんでした!!』じゃすまないぞ。
俺ら全員駆逐されるかもしれない。秋津さんならやりかねない。
「はい、ちょっと前に魔物がバーモ◯ドカレー落としたことあるので」
「バーモ◯ドカレー!?」
ちゃんと市販品を落としてくれるんですね。
なんだかサバイバルの難易度が一気に下がったような気がするぞ。下手したら今日もバッタなんじゃないかと戦々恐々としていたのに。
「その魔物ちょっとだけ手強かったから……江古田くん覚悟してね?」
「ふぇ?」
「二人とも頑張って」
色々と確認したいことがあったが、秋津さんの笑顔の前で口を挟む余裕もなかった。
装備を整えいざ森の中へ。鷺ノ宮は弓矢、俺は石槍を携えて。
石槍は鷺ノ宮が優ちゃん用に作ったものだそうだが、結局一度も使われることなく物干し竿になっていたものを借り受けた。
先端の石は鋭く削られており、これで突いたら大抵の生き物にダメージを与えられるだろう。なかなかの凶器である。弓矢といい鷺ノ宮の武器作りスキルには脱帽だ。
はじめての狩り。女子の前で格好つけたい気持ちはあるがかなり緊張していた。
そのため、特に会話もないまま俺たちはどんどん森の中を進んでいく。
「そういえば、江古田くん。なんで地元から東京に出てきたの?」
「——ま、色々と」
表情を変えずに飄々と答えた……いやつもりだった、が正しいな。
森の緑も徐々に濃くなり、周囲の音が消え始めたときのことだった。鷺ノ宮が突然そんなことを尋ねてきたのは。
東京の学校でもよく同級生に聞かれたこと。
江古田俊介のコアに関わる部分の話。何度も聞かれることなので、繰り返していくうちに徐々に冷静に返答できるようになっていたのだが、今のは不意打ちすぎた。
「ごめん、不躾だったね」
「いや、もう……その反応された時点で負けみたいなもんだから」
鷺ノ宮の表情は”察している”やつのものだった。
この会話だけで察するやつはだいたい同種なんだよな。
人っていうのは自分が知っている範囲でしか想像することができない。ちょっと違うかもしれないが、他人に対する悪口は自分のコンプレックスを映し出す鏡という話がある。
その”こと”を悪口だと思っている、ということは誰よりもそれを気にしているということだ。他人の容姿を悪く言う人間は、誰よりも自身の容姿を気にしている。
考えられる時点で同類なのだ。相手の思考を読み取れる時点でその世界を理解しているということなのだから。
「こっちの江古田くんでもいいんじゃない? あたしは接しやすいし」
「やめいやめい、そういう核心に迫った話はやめよーぜ」
これはあくまで例え話だけどさ。
正面から殴られるより後ろから殴られる方がダメージがデカくないか。正面なら敵が来ていることが分かるからさ、いくらでもガードとかできるわけだ。
けど、後ろからだと完全無防備で、急所も狙いたい放題って感じなんですよ。……いや、うーんこれじゃあ例として不適切か。
なら、普通に地獄に落ちるより、天国から地獄に落とされた方がつらいとかさ。
あんまりいい例えが浮かばないな。
まぁ、仮面っていいですよねって。一枚仮面を隔てればダメージも和らぐというか。
————だめだめ。これ以上は比喩じゃなくて、そのままになってしまう。
「あたしさ、実はちょっとグレててね」
「知ってる」
「いやいや!? あたしの何を知ってるの!?」
「ギャルみたいな見た目のやつはだいたいグレてる」
「偏見すご!? 怒られるよ、絶対。……まぁ、あたしに関しては間違ってないけどさ」
どうでもいいけど、ギャルのパンティーふがふがしたい。実物のギャルは怖いけど、画面越しのギャルは大好きです。いつも息子がお世話になっております。
「てか、鷺ノ宮やめろって。そのなんか秘密を打ち明けようみたいな流れさ」
これ以上はなんか色々と露呈しそうだから。あんまり頭の中でもゴチャゴチャ考えないようにしている。ギャルのパンティー。ギャルのパンティー。略してギャルパン。
「頑なだなぁ。まぁ、ここまで話しちゃったしあたしの話はさせてよ」
「どうせ、学校の窓ガラス割ってたんだろ、それか盗んだバイクで走り出してたのか?」
「あたしそんな尾◯豊的な世界観の不良じゃないからね!?」
想定していたツッコミが帰ってくるとボケ甲斐があるというものだ。鷺ノ宮相手だとこちらも安心して身を委ねられる。そして話も逸らすことができたぞ。
「……江古田くん、話を逸らそうとしてるでしょ」
「もう降参だよ! わかった、黙って聞くからさ!」
やはり、同族はなかなか手強い。
こちらの考えがある程度読めるのだろう。ここは大人しく話を聞いた方が墓穴を掘ることもなさそうだ。
動けば動くほど透けるからな。俺という人間が。
「じゃあ話すね。グレてたってとこまでは話したよね。だけどさ、その発言を取り消すような形にはなっちゃうかもだけど……グレてたって言ってもね、所詮は私立のそこそこ偏差値高い女子校の出身だから、やっていることもしょうもないことばっかりだった」
「……全裸で校内駆け回るとか?」
「それはもう異常よ! そんな江古田くんみたいにぶっとんでないから! というか、黙って聞くって話でしょ!」
「すまん」
シリアスってやつが苦手なんですよ。相手の雰囲気に合わせて自身の態度を変化させるというのは人間関係の基本ですが、シリアスにチューニングするのは特に難しいです。
どこまで深く潜るか、その調整が難しくて。相手の深さに合わせられればそれが理想ではあるのだけれど、俺は潜りすぎてしまうことがあるから。
それで相手に「え?」みたいな顔をされたことが多々あります。
しかも今回の相手は同族、鷺ノ宮。相手がめちゃくちゃ悪いんですよね。
たぶん、鷺ノ宮もかなり深いところまで潜れるタイプなんで、その基準に合わせていたらどこまでも深みへと誘われてしまう。むこうはそれが狙いなんだろうけどさ。
深まれば深まるほど本質的になってしまう。だから浅瀬で軽くボケるのだ。
引き込まれないように、相手のペースにはまらないように。
久々だ、この感じ。読み合い、騙し合い、化かし合い。
渚と秋津さんは表人間だからな。額面通りにその行動を受け取ればよかったが、鷺ノ宮は完全に裏人間。言動は一致しないし、言葉には何重もの意味がある。
「ま、それが江古田くんのやり方なんだろうけどね」
ほらな。こわいこわい。
「……続けてくれ」
「江古田くん、分かりやすっ! 腹芸は女の方が上手いからね」
「ほらよくないぞ、そういう女だから◯◯みたいなやつ」
「いいのいいの。女の能力を肯定する文脈なら問題ないから」
「フェミニストの闇!?」
俺は男女平等には大賛成です。だからフェミニストの方、目をつけないでね? 一緒により良い男女平等社会のために議論をしていきましょう!
わたくしが言いたいのはね、男女平等と女性優遇はちが……いた、いたた! やめて、石を投げないで! うわわ、今度は火炎瓶が投げ込まれた! 大炎上だ! うわあああああ!
……女性専用車両賛成! レディースデイ賛成! 男による性的搾取を許すな!
「話を続けるけどね。ま、そんな感じでやっていたことといえば、染髪、ピアス、サボり程度のことで、いいとこのお嬢ちゃんが社会にプチ反逆してるだけみたいな」
「自分のこと、客観視できてるんだな」
「客観視できてるからこそ、完全にはグレきれなかった。中途半端なコウモリみたい」
「コウモリ……ね」
————鷺ノ宮の話は刺さりすぎるんだよ。
「似てるでしょ」
「いや、俺は不良じゃないし。学校毎日行ってたし」
「ま、そーいうことにしてあげる。だけどさ、あたしは江古田くんと案外仲良くなれるんじゃないかと思ったよ。最初の印象は最低最悪だったけどね」
そう言って鷺ノ宮は破顔した。
ここにきて彼女のとびきりの笑顔を初めてみた気がする。
やばい、なんか落ちそう。童貞っていうのは目があっただけで相手のこと好きになっちゃうわけで、目の前でこんな笑顔を見せつけられた暁には結婚したくなる。
今回見せてくれたのは彼女の要素の一部に過ぎないだろうが、少しだけ、ほんの少しだけ彼女の心に近づけた、そんなような気がした。
「……俺のどこに鷺ノ宮の印象を変える要素があったんだよ?」
しまった、口に出してから気がついてももう遅いけど。鷺ノ宮に踏み込む口実を与えてしまったじゃないか。女の子の笑顔ひとつで取り乱しすぎだ、俺。
「周囲との距離を測りかねてる感じ?」
「核心つくなって」
ほーら、言わんこっちゃない。鷺ノ宮もニヤニヤと笑っている。
「大丈夫、あたしも仲間だから」
「べ、別に正解だとは誰も言ってないからな!」
よくない、こういうのはよくないぞ。けど、ちょっと嬉しいと思っている自分がいるのが、それまたムカつくんだよな。触れ合えた気がしてしまっている。
「だからこそ、優への接し方とかも気になるんだけどね」
「た、ただファンなだけだよ」
本当に怖いな、この女。ベラベラ喋ると丸裸にされそうだ。
理解してもらえるのは嬉しいが見透かされるのは怖い。そんなわがままな生き物なんです、俺ってやつは。あまり押し切れれないようにこっちも観察しないとな。
鷺ノ宮の底の底を。さっきの話だって鷺ノ宮の表層にすぎないのだから。自分の根幹を簡単に喋るタイプでもなさそうだし、まだ隠しているものがあるはずだ。
「あらためてよろしくね、江古田くん」
「あ、あぁ、よろしく」
俺と鷺ノ宮の奇妙な関係性が築かれた瞬間だった。