2-7 出会いに感謝して
「咲さーん。おそいー、ゆうーお腹すいちゃったー」
洞穴の中に入ると一人の少女がうつ伏せになってゴロゴロしていた。地面には干し草のようなものが敷き詰められており、思った以上に快適そうだ。
少女はこちらに振り返ることもなく、物音だけで鷺ノ宮の帰宅を判断したようだ。
当然、後ろに控えている俺たち三人には気がついていない。
……あれ、なんだろこの感覚。
なんかデジャブというか、なんだこれ。なんか引っかかるな。しかしそれが何かまでは特定できない。とてもモヤモヤする。
とにかく今は二人の会話に耳をすませよう。会話に入るタイミングを見つけないと。
「ねぇ、優。ちょっとくらいは働いてもいいんじゃない?」
「ちゃんと働いたよー。外の火が消えないように木を焼べたし、なにより自宅警備員としてこの洞穴をしっかり警備してるんですよぉ」
そうなんです。昨日、あれだけ苦労しても起こせなかった火が、洞穴の入り口のあたりでメラメラと燃えていたのです。
……あとでどうやったのか教えてほしい。
男女平等の時代において言うべきことではない、分かってはいるが言わせてくれ。
男としてめちゃくちゃ情けない。というか悔しい。男のプライドにかなり傷がついた。
こんな今時のギャルみたいな女子高生にすら及ばない自分が不甲斐ない。
たった一週間で弓を作ったり、生活基盤を整えたり、火を起こしたりと、もしかして鷺ノ宮ってめちゃくちゃ有能なのか?
「そうじゃなくて……もっとこう食料を探してくるとか……」
「そこは適材適所ですよー、咲さん。自慢じゃないですけど、ゆう体力ないですしぃ。あと方向音痴だから遭難とかして逆に迷惑かけちゃいますぅ」
ああ言えばこう言う。聞いていた通り生意気な少女だ。
鷺ノ宮は肩を落としてため息をついた。どうやらもう言い返すのを諦めたようだ。
チラリと渚と秋津さんの方を見ると、二人はシャドーボクシングの要領で宙に拳を突き出す動作を繰り返していた。いつでも殴れるから、と言いたげに。
うーん、こんな様子ならちょっとお灸を据えてもいいんじゃないかと思ってきた。……いかんいかん。ちゃんと話せばきっと分かってくれるはずだ! うん!
「あのー、ちょっといいかな」
ここぞとばかりに口を開く。そろそろ俺たち三人を認識してもらわないと。
「だれですか!?」
「え……」
少女は驚いてこちらに振り向く。そして、違和感の正体に気がついた。
そうだどこかで聞いたことある声だと思ったら————
『キラリ!?』
後ろで渚も驚いていた。
無理もない、目の前に有名動画配信者がいるのだから当然だろう。
どこかで聞いたことある声だとは思ったけど、まさかキラリがこの島にいるだなんて思わないだろ。だから、ファンの俺でもすぐに気がつくことができなかった。
この辺境の地で激推ししている配信者と出会えるなんて……!
あれか、もしかして俺死ぬんか?
「ありゃ、こんなところでファンに遭遇してしまうとはー」
「え? え? なに、江古田くんと渚くんは優のことを知ってるの!?」
彼女、キラリ……いや優ちゃんはしまったという顔をしている。どうやら鷺ノ宮にはそのへんの話をしてなかったみたいだ。
いやーそれにしてもすごいな、生キラリと遭遇できるなんて。相変わらず可愛い。というか顔ちっさ。動画越しで見るのと実際に見るのでは全然違う。
それに……なんといっても、おっぱいがデカい!! これがHカップか!!
でけぇ!! しゃぶりつきたい!! おっぱい最高!!
「もぉ〜、そんなに胸見ちゃいやですよぉ〜」
「ご、ごめん!」
俺としたことが凝視しすぎた。これはさすがにバレるか。おっぱいを見ていることを気取られないようにするのが紳士の務めだというのに。いけないいけない。
「ちなみに江古田くん。それ、あたしも思ってたからね」
「わたしも」
「ボクも」
「本当にすみませんでした!!」
めちゃくちゃバレてました。超恥ずかしいです。女性ってそういう視線にすぐに気がつくんですね……。ちなみに渚は男——以下略。
「てかてか、咲さん。この状況について説明してもらっていいですかー? そちらのお三方も同じような境遇ってことは分かるんですけどー」
「そうだった、えーとね————」
鷺ノ宮はこれまでの経緯を話す。続いて俺、渚、秋津さんはそれぞれ自己紹介する。
「なるほどなるほど。これから一緒に行動していくってことなんですねー。じゃあ、ゆうも自己紹介しまーす! えとえと下井草優、一五歳です! あと池袋住みです! 高校は通信制で……そんなことはいっか。で、キラリ名義で動画とか投稿してました! だから、俊介さんと渚ちゃんには本名は内緒にしてもらえると嬉しいでーす!」
そう言って優ちゃんはウインクをする。目元で星が弾けた(ような気がする)。
もう本当可愛い。大好き。愛してる。俺の子供を産んでほしい。
「俺の子供を産んでほしい」
「え?」
やばい、声に出てた。
「い、いや! なんでもない! ずっと応援してた子と会えてちょっとテンパってます!」
「え〜うれしい! 咲さんもゆうのこと知らなかったし、やっぱまだまだだな〜ってヘコんでたんで、超自己肯定感高まりますぅ」
そう言って、キラリこと優ちゃんは手を握ってくる。
瞬間、俺は勃起した。
「あー! 俊介の俊介が大変なことに!」
「やっぱり興味深いわ」
渚と秋津さんは屈みこんで俺の股間を観察し始めた。
なんなら、ツンツンと触ってくる。
やめてっ、ビクン、反応しちゃうからっ。ビクンビクン。
「あんたら頭おかしいですよ!?」
「え、江古田くんのほうがおかしいし、ひ、ひ、非常識だからね! ちょ、ちょっと早くソレ何とかしてよ!」
鷺ノ宮は顔をこれでもか、というくらい赤くする。
こいつギャルのような見た目をして意外とウブだよな……って、そんなこと考えている場合ではなかった。俺は大好きな配信者の前で粗相をしてしまったのだ。
怖くて、優ちゃんの顔が見れない。
「俊介さん気にしなくていいですからねー、男の人の生理現象なんで理解してますよー」
「神対応!」
この子、マジで天使。「うわ、キッモ」くらいは普通に言われるかと思った。
男の生理にも理解があって助かります。
「い、いいから! 江古田くんは早くソレを引っ込めてよ!」
「すまんすまん」
鷺ノ宮がもう限界と金切り声をあげている。
生理現象とはいえ異性がいる場ではふさわしくないよな。
やれやれ、仕方ない。
俺は宇宙の真理を考える。ついでにおばちゃんの裸を想像する。
時間、空間、熟女、愛、奉仕、熟女、繁栄、衰退、熟女
———————————————リトル・俊介はおとなしくなった!
「あ、ちっちゃくなった!」
「海綿体の神秘ね」
「あのー、マジマジと観察するのやめてもらっていいですか……?」
人前で元気にしといてあれですが、恥ずかしいものは恥ずかしいのです。
「え、江古田くん! これから共同生活するんだから、そ、そういうの気をつけて!」
「はい、すみません」
ぐうの音も出ないです。息子がご迷惑をおかけしました。
鷺ノ宮はだいぶ興奮気味だ。まるで初めて見ました、といった感じの反応。まさかこんな見た目で……いや、そういう邪推はやめよう。
「俊介さん、ごめんなさい。ゆうが急に触ったりするからこんなことに……」
「いやいや! 優ちゃんはまったく悪くないから! むしろこんな気持ち悪いものを見せてしまって申し訳ない」
「そんなことないですよー。むしろ、ちょっと可愛いなって思いました!」
……耐えろ! 俺ッ! ババアの裸ァ!
あぶない。また元気百倍になるところだった。……ふぅ、一安心。
それにしても優ちゃんは男心をくすぐるのがうますぎるな。配信でも思っていたが、人心掌握というか他人を惹きつける能力は天下一品だ。
「ま、まぁ、そんな感じでこれからよろしく、優ちゃん」
「こちらこそ、よろしくですー! 俊介さんとだったらうまくやれそうですぅ!」
優ちゃんは太陽のような笑顔を浮かべる。眩しい。
この子の笑顔を守るためだったら罪を犯すことすら厭わないぞ。
「……なるほどね。優は男子に対してこういう反応をすると。いつまでそれが続くのか、楽しみではあるけど」
鷺ノ宮はなにやらぶつぶつと呟いている。
なんだ、俺と優ちゃんの仲の良さに嫉妬してるのか?
やれやれ、可愛い子猫ちゃんだぜ。けどな、俺は貧乳より巨乳が好きなんだ。