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第8話 告白

 壁に設置している幾つものランタンの明かりが、洞窟の暗がりを優しく照らしている。その明るさはまるでどこかの屋敷のような、とても洞窟とは思えない空間だ。


 ここに来たのは一ヶ月ぶりくらいか。以前来た時はまだ右も左もわかっていない頃だった。というか今もよくわかってないんだけど。なんせこの一ヶ月、ほとんど洞窟と草原の往復しかしてないし。

 でも……そんな状況を変える為に、俺は親分のいるこの場所へと再びやって来た。



 転生する前、俺には夢があった。それは――――冒険家になる事だった。

 でもそんな俺の夢は一瞬にしてついえた。理由は単純。死んだからだ。


 でも俺は今、この世界に生きている。いや、ゾンビだから生きているって表現は正しいのか微妙だな。でもこの世界に”俺”は存在している。

 死ぬ事のないゾンビに姿を変えてしまった俺だけど、俺は俺のままだ。心の奥で燻っていた冒険への夢。その情熱も死ぬ事はなかった。

 いやもしかすると、世界が変わって、間近で冒険者を見て、その情熱は更に熱さを増したのかもしれない。

 生まれ変わった体で、この異世界で、俺は冒険がしたい。あらゆる''未知''を"既知"にしたい。その夢が、思いが、とめどなく俺の奥底から溢れてくる。

 例え俺がゾンビであろうと関係ない。俺は――――。


「――そんなところに突っ立ってどうした? ゾンビE」


 突然聞こえた低い親分の声で、俺は我に返った。

 どうやらいつの間にか親分の目の前でぼーっと突っ立ってしまっていたらしい。


「う、うすっ! お疲れ様です!!」

「おう……何だ? 覚悟を決めたようなツラしてやがるじゃねぇか。喧嘩でも売りに来たのか? だとしたら笑えるぜ」

「あ……え、えーと…………」


 流石、親分だ。鋭い。というか改まって目の前に立つと威圧感が凄い。ぴちっと整えられた銀髪オールバックと、ゾンビらしからぬ鍛え上げられた上半身のせいで、思わず目が泳いで萎縮してしまう。

 何も悪い事をしてないのに悪い事をしてしまったような……まるで生徒指導の先生に突然呼び出しでもくらったかのような感覚だ。

 だが覚悟を持ってここにやって来た手前、もう後には引けない。俺は勇気を振り絞って話を切り出した。


「……えっと、実は親分にお話があって……」

「話……? えらくかしこまるじゃねぇか。まぁいい。聞こう」

「その……えぇと…………この仕事って大変、ですよね……はは…………」

「……? あぁ、大変だな」

「その……もし今ゾンビが減ったら、その、もっと大変になったり……とかしますよね……?」

「あぁ、かもしれねぇな」


 ちょ、ちょっと待って。ここからどうやって冒険者になりたいってところに話を持っていけばいいんだ!? 出だし絶対ミスったじゃん!


「あ……えぇと、冒険者についてどう、思いますか?」

「冒険者……?」


 しまった……焦りすぎて街頭インタビューみたいになってしまった。でも、親分が冒険者についてどう思ってるのかはちょっと気になる。

 親分はしばらく考えたあと、冷静に答えた。


「冒険者は……この世界に必要な存在だ。だからこうして、俺たちがいる。次の街へ良い冒険者を送り出す為にな」

「へ、へぇ……なるほど」


 思ったより深イイ答えだった事に驚いた。親分なりにモンスターとしての誇りがあるのかもしれない。

 それにしても、親分が言った「冒険者はこの世界に必要な存在」って答えに俺は少し戸惑いを覚えた。親分がそうまでして冒険者の肩を持つのは何故だろう。何か理由があるのか、それとも――――いや、今は関係ない。集中しよう。


 そう、ここへ来た理由は一つ。俺の決心を伝えるためだ。

 最悪、親分の許可がもらえなくても勝手に出ていく事も出来る。でもこれまでお世話になった手前、きちんと義理は果たすべきだ。それに、ここできちんと親分に俺の思いを伝えないと、アシストしてもらったゾンビB先輩にも顔向け出来ない。


「あの、親分……突然なんですけど…………その、これまでお世話になったのは感謝してるし、それに……親分だって他の先輩たちだって、あの……めちゃくちゃ良くしてもらったし、でも……その、なんていうか……」

「…………?」

「俺………………冒険者に、なりたいんです……っ!!」


 言えた……! 拙い言葉をひとつひとつ紡いで絞り出した泥臭い決意。決して上手く言えたとは思えないけど、それでもいい。自分の思いを口にした事に全く後悔はない。むしろ清々しさすらある。


 恐る恐る親分の反応を窺ってみる。すると親分は左目を大きく見開き、言葉を失っていた様子だった。


「……理由はなんだ?」

「夢……っつーか、その……きっとこの世界には俺の知らない事が沢山あって、色んなモンスターとか人とかアイテムとか、魔法とか……。俺はそれを、この世界を知りたい…………この目で、この足で……感じて、冒険したい……!」

「……わかってるのか、おめぇは人間じぇねぇ。ゾンビだぞ? モンスターが街に出るって事がどういう事か――」

「わかってますよ!! でも……それでも…………”未知”を”既知”にするのに、人間もゾンビも関係ないじゃないですか!!!!」


 つい声を荒げてしまった。親分もきょとんとしてしまっている。

 俺はすぐさま「すみません」と謝り、目を伏せるしかなかった。

 感情的になってしまったけど思いは伝えられたはずだ。でも多分、親分の許しは得られないだろうな。こんな生意気な態度を取ってしまったのも最悪だ。はぁ……どうしよう。

 肩の荷が降りたようにしゅんとした俺に、親分は唸るように腕を組んだ。そしてポツリと呟く。


「ふっ、そうか……おめぇは――――」

「えっ……?」

「……ゾンビE。ついて来い」


 親分はそれだけ言って、洞窟の壁に飾られていた豪華なタペストリーをひらりとめくった。どうやらタペストリーの奥に隠し通路があるらしく、暗い空洞が見える。

 親分がそこへ入るのを見て、俺は無言で後をついて行った。



 * * *



 人一人がなんとか入れるほどの暗く細長い通路を進む。意外と遠くまで続いているようだ。

 そのまましばらく進むと、ぼんやりと明るい所が見えた。おそらく出口だろう。その明かりに向かって進むと、やがて濃灰色の硬そうな岩盤に覆われた小さな空間に出た。中央にはそこそこの大きさの古びた宝箱のようなものが置いてある。高い天井には小さく穴が空いていて、そこから優しい月明かりが僅かに差しこんでいた。


「こ、ここは……?」

「なに、ただの秘密基地だ。まぁ……俺以外でここに入ったのはおめぇが二人目だけどな」


 親分はニタっと笑う。

 えっ、まさか……俺が生意気な口を聞いたから、お仕置きを!? あぁ、終わった。俺はここで銀髪オールバックのガチムチゾンビにあんな事やこんな事を……!? と意気消沈していると、親分は月明かりに照らされている宝箱を指差した。


「そいつをおめぇにくれてやる。中身を見てみろ」

「う、うす……」


 俺は命じられたまま宝箱に手をかける。

 一体何が入っているんだろう。ま、まさか俺を縛る縄とかグウィングィン動くおもちゃとか、とんでもなく露出度の高い衣装とか!? あの親分がそんな変態チックなものを隠してるとなると、そりゃある意味お宝だ。

 ふぅ……よし。失礼なリアクションをとらないように心を落ち着かせよう。いいか、どんなにヤバい代物が中に入っていても落ち着くんだ。ここから先は大人の世界。俺は……大人になるんだ! ――と心の中で泣き叫びながら、宝箱を勢いよく開けた。


「ん……? なんだ、これ…………?」


 するとそこに入っていたものは古びた鎧。ところどころ錆びたり朽ちたりして、くすんだ銀色をしている。見た感じ相当な年季が入ってそうだ。

 つーかそれより、まさか鎧が入っていたなんて予想外すぎて逆にリアクションができなかった。もしかして親分は鎧プレイが好きなのか? よくわからんけど、常人には理解できない相当な変態なのかもしれない。


「どうだ? 多少くたびれてるが良い鎧だろう」

「は、はぁ……そう、ですね」


 親分は腕を組んで自慢げに胸を張っている。

 よく見てみると、確かにちゃんとした作りっぽい。どうやら胴、頭、腰、腕、足……と、全身に装備するタイプの鎧みたいだ。


「とりあえずそいつを着てみるといい。サイズは……なんとかなるだろう」

「は、はい」


 俺は言われた通り宝箱に入っている鎧を丁寧に取り出して、ぎこちない手つきで装備していった。

 かなり手こずりながらも、頭を守る兜を最後に装着する。

 兜はかなりシンプルなデザイン。視界を確保する為に、横に細くスリットが入っている。ふぅ、と小さく息を吐いてから俺は兜を被った。


 全身鎧なんて初めて着てみたけど、変な感覚だ。身につけるだけで勝手に俺の身体にジャストフィットしてくれる感じがする。いわゆる魔法的な効果なんだろうか。


 それにしてもこの鎧、めちゃくちゃ軽い。

 見た目は金属のような重厚な質感だったのに、装備するとまるで肌着で過ごしているかのような感覚。重さも暑苦しさも全く感じない。

 兜から見える視界だけが少し狭い気がするが、それ以外は至って快適だ。異世界ってやっぱすげー、と俺は興奮気味に手をグーパーグーパーする。


「へっ、いい感じじゃねぇか」

「あ、ありがとうございます……」


 やっぱりだ。親分は鎧にそそられている。特殊な性癖なんだ。でもそういう大人だっていてもおかしくない。異世界だもの。


「さて、そいつは餞別せんべつだ。それがありゃあ、ゾンビのおめぇでもひとまず怪しまれねぇだろう」

「ありがとうございま――って、それってどういう……」

「ふっ……冒険者になるんだろう?」


 親分は腕を組み、ふふっと笑う。


「お、親分…………!!」

「――――だが、幾つか条件がある」


 親分は指を三本立てて、隻眼の左目で俺を見つめる。


「まずひとつ。ゾンビだって事は隠せ」

「うす!」

「それと、もし身の危険を感じる事があれば、その鎧は脱げ」

「……? う、うすっ!」

「で、最後に…………おめぇの気が済んだら、いつでもここへ帰ってくるといい」

「お……親分………………!!」


 まさか親分からそんな言葉をかけてもらえるなんて……。驚きと喜びで俺の感情はぐちゃぐちゃだ。

 つーか正直、俺はビビってた。でもそれは親分に対してじゃない。

 夢を否定されるかもしれない、って事にだ。だから今まで、誰にも自分の夢を言った事はなかった。言えなかった。でも、こうやって全力で思いを伝えれば、案外そう悪い結果にはならない――のかもしれない。


 そして我に返った俺は、全力で頭を下げる。もうそれ以外に感謝を伝える方法が思いつかない。


「ありがとう……ございます…………っ!!」



 ――今思えば、この世界に来て大変な事ばかりだったな。最初は、なんで俺がゾンビなんかに……って一日に五、六回は思ってた。今は一日一回ぐらいに減ったけど。

 それでも、今日やっと、初めてこの世界に転生して良かった、と少しだけ……ほんの少しだけ思う事が出来た。


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