第4話 新生活
――次の日。
「はぁ~……」
昨日の事を思うと、つい大きなため息が出てしまった。でもあんな事があったんだからしょうがない。
あんな事というのは、俺は死んで異世界に転生した事。かと思えば、実はゾンビだった事。そして――ゾンビとして冒険者にやられなきゃいけない、という事だ。
せっかく異世界で冒険してやる、って意気込んでたのにこれだ。つーかそもそもゾンビって何なんだよ。冒険どころか、ろくに外出出来るかも怪しいぞ……。
これからどうなるんだろ、俺――――などと考え込んでいたら一睡も出来ずに今に至っている。
そして俺が今いるのは薄暗い洞窟。俺とゾンビA先輩は、小さな焚き火を囲むように座っている。
目の前には、壊れかけのマグカップにフーフーしながら何かを飲んでいるゾンビA先輩。よく見ると本当にヤベェ見た目だ。そういう俺も人の事は言えないけど、とにかく俺もゾンビA先輩も普通の外見じゃない事には変わりない。
なにせ俺がいま置かれている状況を考えると不安しかない。でも、このままゾンビのおっさんが可愛らしくマグカップをフーフーする姿を黙って見続ける訳にもいかないし。
なので俺は少しでも情報収集する為に、この世界について……それとゾンビの身体について色々と聞いてみる事にした。
「あの、A先輩。ちょっといいすか?」
「おぅどうした? 出勤は明日だぜ? へっ、まぁ最初はみんな緊張するよな」
「いや、そうじゃなくて……いやまぁ、緊張もしてるっちゃしてるけど……」
また冒険者に殺されそうになるのかと思うと、緊張で夜も眠れないし腹も減らない。というかぶっちゃけ、全っ然眠くないんだけど。もしかしてこれがゾンビの身体になった影響なのか? なんとなく気になったのでゾンビA先輩に尋ねてみる。
「ゾンビって、メシ食わなかったり寝なくても生きていけたりします?」
「あぁ、余裕だぜ。というか”生きる”っていう概念がないかもしれねぇな」
「へ、へぇ~……」
なるほど。だからメシも食わなくても寝なくても大丈夫なのか。まぁ、ゾンビだもんな。そりゃそうだ。
「でもA先輩、いま何か飲んでるじゃないすか?」
「あぁ、これか……特に意味はねぇよ。暇だから、豆茶っつー飲み物作って飲んでるだけだ。別に何も飲み食いしなくても問題ねぇが、こうやって息抜きするのも大事だぞ?」
「へぇ、なるほど」
じゃあ別に飲み食いしなくても生きていけるけど、飲み食い自体はしても問題ないってわけだ。いつか街に行く事があれば異世界の食事とか体験してみたいけど、あいにくこの顔じゃあなぁ……と、俺は自分の顔を触りながら肩を落とす。
俺の身体は腕とか足とかに関してはただ血色が悪いだけの人間とほぼ同じなのに、顔だけはホラー映画に出てくるレベルのしっかりとしたゾンビ顔だ。この顔じゃ食事はおろか、街に入る事すら難しいだろう。
「へっ、お前もいつか趣味だったり何かやりたい事を見つけておけよ? ゾンビ人生はまだまだ先が長いんだからな」
「……うす」
確かに……ゾンビとなった今、俺はほぼ不死身と言っていい。
そんな長い人生の中で、何か楽しみを見つける事は大事かもしれない。流石先輩、見た目とは裏腹にいい事言うじゃん。とは言ってもなぁ……俺は一生こんなところで過ごすつもりは――。
心の中で葛藤していると、ゾンビA先輩はマグカップに入っている豆茶をぐいっと飲み干し、思い出したかのように話し始めた。
「あぁそうだ、ゾンビE。明日の仕事について……というか、戦闘の事について先にいくつか教えといてやるよ」
「……ぜひ!」
「明日は遅出……太陽がほとんど出てない時間帯がメインになる。それはつまり、どういう事だと思う?」
知らねぇよ! とは言えないので、とりあえず考えてみる。そして俺は人差し指をピーンと立てて、自信アリ気に答えた。
「昼間より暗い!!」
「……お、おう、確かにそうだな。いや、よくよく考えてみればある意味正解かもしれねぇ。へっ、いいところに気がついたな。や、やるじゃねぇか」
ゾンビA先輩は目を泳がせながら頷く。なんか凄い気を遣ってもらってる気がする。
「――っと、確かにそれもあるが、俺たちゾンビにとって太陽がないってのは重要な事なんだぜ?」
「……と言うと?」
「俺たちゾンビは太陽に当たると、バッドステータス状態になっちまうんだ。簡単に言うと、身体能力がめちゃくちゃ下がるって事だ」
んん!? バッドステータス!? ゲームとかでよく聞く単語だ。つまりこの異世界はもしかすると、ゲーム的な要素がある世界なのかもしれない。ってことは、俺が気付いてないだけで実は激強なスキルとかも持ってる可能性が……!?
「じゃあ太陽が出てない夜とかは、身体能力を100%発揮できる……ってことすか!?」
「ま、そうなるな」
「よっしゃあ! 冒険者め、ボコボコにしてやるぜ!」
俺は拳を握って気合を漲らせた。
昨日、草原でぶっ刺された恨み。それを晴らす絶好のチャンス!!
「待て待て。ボコるのはいいが、最後はちゃんと負けろよ?」
「……え? なんでですか!?」
「それが俺たちの仕事だからだ。親分も昨日言ってただろ?」
「いや、そうですけど……」
ほとんどのゲームでも、最初に出てくるモンスターは雑魚だと相場が決まっている。主人公が勝つ事を前提にして。じゃないと、主人公が先に進めないからだ。それは俺もよくわかってる。
でもだからと言って、冒険に旅立つ奴にわざと負けてやるのもどうかと思う。ここがゲームの世界ならそれでもいいかもしれない。でもここは異世界。今の俺にとっちゃここもちゃんとした現実だ。それに、こんな序盤で負けるような冒険者はきっと、この先の冒険でも生き残れない。じゃあ俺は――――と俯いていると、ゾンビA先輩が俺の肩をポンと叩いた。
「ゾンビE。余計な事は考えるな。俺たちには俺たちの役目がある。それを忘れるな」
「うす……」
きっと俺の事を思ってかけてくれた優しい言葉なんだろう。俺はその言葉の意味を頭の中で反復しながら、目の前で小さくゆらめいている焚き火を眺めた。
* * *
――あれから俺はゾンビの身体について色々と教わった。
まずはトイレの事だ。当たり前だが、食事をしないのだからもちろん用を足す事はないらしい。汗も涙も、あらゆる排泄物はゾンビの身体には無縁だそうだ。
もしとんでもなくビビる事があったとしても、絶対にお漏らしなんてしないし、おねしょもしない。急にお腹が痛くなっても、必死こいてトイレを探し回らなきゃいけない心配もないのだ。ゾンビ最高!
それともうひとつ、ゾンビの特異体質について。
ゾンビは直接攻撃系の攻撃に関しては、ほとんど痛みもダメージもない。昨日、草原で心臓をぶっ刺された時も痛みをまるで感じなかったのはこの為だ。
しかしそんなゾンビにも、致命傷になりうる攻撃があるらしい。
ひとつは火属性の魔法。
属性とか魔法とか聞いてテンションが上がったが、ゾンビA先輩は魔法に関してはあまり詳しくないそうで、わかりにくい雑な説明しか聞けなかった。なんせとりあえず火に弱いらしい。
もうひとつは光属性の魔法。
でも光属性と言っても扱う魔法の範囲が広くて、その中の種類のひとつ”神聖魔法”ってやつがヤバいらしい。どれくらいヤバいかと言うと、その攻撃を受けると浄化されてゾンビじゃなくなってしまうぐらいヤバいらしい。なにそれマジでヤバいやつじゃん。
とまぁ魔法に関しては色々と忠告を聞いたが、デーオルの街から出てくる冒険者のほとんどはまだ魔法とかは使えないそうだ。親分情報では、妖精みたいな奴と契約しないといけないらしい。しかも美少女のような見た目だとか。なにそれ詳しく!!
――てなわけで、ゾンビA先輩と様々な話をしているうちに俺の一日は終わった。
明日はここに来て初めての仕事。全然眠くないが、俺は洞窟の壁際にもたれかかって目を閉じた。不安と緊張とやる気が混ざった心を落ち着かせるように。何も考えないように。
そして――その時はやってきた。