第3話 親分
薄暗い洞窟の中を先導するゾンビのおっさんに、俺はただついて行く。
道中にはところどころに部屋みたいな場所があり、そこには散らばったガラクタと小さな火が焚いてあった。もしかしたら他にもゾンビがいるのかもしれない。
「へっ、もうすぐだ。ちゃんと挨拶しろよ?」
「う、うす……」
なんか変に緊張して部活の後輩みたいな返事になってしまった。というか実際、ゾンビ歴としては俺の方が遥かに後輩なんだろうけど。
しばらくして着いたのは、円形に拓けた空間。そこは洞窟の中とは思えないほど広く、随所に掘られた壁にランタンを設置しているせいか、日中と遜色ないほど明るい場所だった。
ふと見てみると、壁の一部には洞窟には似合わない豪華なタペストリーが飾られている。そのタペストリーには国旗とか何かの紋章みたいな感じで、盾を囲むように四つの剣が描かれていた。まるで芸術品みたいな美しさに、俺は思わず見入ってしまう。
「親分! 例の新入り、連れてきましたぜ!」
ゾンビのおっさんは突然、大きな声で奥に寝そべっていた大きな背中に呼びかけた。その背中の主は、ゾンビのおっさんの声に反応するようにむくっと起き上がると、俺たちの方を振り向いた。
「おう、ご苦労だったな」
想像以上に渋い声だ。しかも銀髪のオールバック。右目は潰れ、ゾンビとは思えないほど鍛え上げられた上半身裸の肉体。全身は傷だらけで、とんでもない迫力。この人が……いや、このゾンビが親分なんだ、と俺は直感的に理解した。
「おめぇが新入りだな。初めてにしちゃあ、いいやられっぷりだったらしいな。笑えるぜ」
いやいや、笑えねーよ。というかさっきから言ってるそのやられっぷりってのは何なんだ。まるで負ける事が正しい、みたいな言い方に聞こえるけど。
「あの……それって褒められてるんですか?」
「あぁ、褒めてるさ。それが仕事だからな」
「仕事……?」
え、何、どういう事!? お化け屋敷でもあるまいし、ゾンビの仕事って意味がわからん。
そんな困惑した表情が親分に伝わったのか、親分は何やらしばらく考え込む。そして軽く鼻で笑うと「そこに座れ」と石で出来た座布団みたいな物を指差した。
* * *
「まずは基本的なところから説明してやる」
「う、うす……」
「勿論知ってるだろうが、ここはディナヴィアという国。俺たちが拠点を置いてるこの洞窟は、その端にあるカロム大草原っていう所にある」
「へ、へぇ~……」
なるほど、全っ然わからん。どれも初めて聞く名前だ。でも、やっぱりここが異世界っていうのは間違いないっぽい。
俺は適当に相槌を打ち、続けて親分の説明を聞く。
「わかりやすく言やぁカロム大草原ってのは、昼間おめぇがぶっ刺されたところだ。それでこの大草原のすぐ近くには、デーオルっていう街が隣接しててな。その街は何人もの冒険者や英雄を排出してる由緒ある街だ」
「冒険者……! 英雄……!」
おぉ……! じゃあ俺も冒険者に――――って、そういや俺はゾンビだってのを忘れてた。
つーか異世界に転生って普通さ、そのデーオルっていう街に転生した俺は大賢者の生まれ変わりと崇められ異世界で無双する――みたいなやつになるんじゃないの? あれれ~? おかしいな〜? 俺ゾンビだよ? 無双される側なんだけど?
「ここからが本題だが、その街から旅立つ冒険者の卵……その相手をするのが俺たちの仕事だ。おめぇが昼間、見事にやられたみてぇにな」
親分はニヤっと笑う。
いやいや。なるほどなぁ、とはならない。なってたまるか。そんなのゲームとかでよくある、序盤に無限に湧いて出てくる雑魚敵じゃん。経験値じゃん。養分じゃん。
「どうした? 何か不満か?」
「いや……それっていつまで、とかあったり……?」
「……んなもんねぇよ」
「で、ですよね、はは……」
俺は引きつった愛想笑いで、親分の鋭い眼光を受け流す。
これはヤバい。くっそ、神Aめ……なんつー事をしてくれたんだ! 転生したはいいものの、このままじゃ冒険どころか一生ソンビのまま労働生活じゃねぇか! あぁ……俺はこれから異世界でどうすれば……。
「安心しろ、新入り。なにもゾンビはおめぇだけじゃねぇ。おいゾンビA、勤務中のゾンビB以外全員ここに連れてこい」
「うっす!」
親分から命令されたゾンビのおっさんは軽快な返事と共にどこかへ駆けて行った。
というかゾンビのおっさん……ゾンビAって言うんだ!? えっ、もしかしてこの世界にいる人は皆そういう感じなの? ヤバい、じゃあ俺の名前はどうなるんだ。怖い。
しばらくすると、ゾンビのおっさん――ゾンビA先輩は、二体のゾンビを引き連れて戻ってきた。
「じゃ、おめぇら……新入りに自己紹介してやれ」
「うっす! 最初に会ったから知ってると思うが、俺はゾンビA。親分を除いたゾンビの中じゃ一番の古株だ。よろしくな、へっ」
どうやら「へっ」が口癖らしい。親しみを込めてゾンビA先輩と呼ばせて頂くが、モヒカン頭に左目が崩れ落ちそうになった歯抜けのホームレススタイルは圧巻だ。さすがゾンビ。
「ワシはゾンビC。わからん事があればなんでも聞いてくれ」
きた! C! やっぱりCだった! 見た目は背が高くて坊主頭。黒い布をベストみたいに着ているワイルドでガタイのいい先輩だ。なんかまともな感じっぽい。ただの勘だけど。
「ぼ、ぼぼ、僕はゾンビD。この中じゃ、い、一番の若手で、です。こ、後輩が出来て、ひひっ、嬉しいな……」
うわぁ……。身体はひょろくて、七三分けの円縁メガネ。一見ゾンビとはかけ離れた見た目の気弱そうな先輩だ。つーか本当にゾンビか? ただの栄養失調のサラリーマンとかじゃないよな?
「あと……ここにはいねぇが、いま仕事中のゾンビBって奴もいる。そいつとはまた後で顔を合わせるとしよう。さて、じゃあここから仕事の説明だ」
親分はあぐらをかき、腕を組んだまま話しだす。
俺は他のゾンビ先輩たちに混じって、親分の前に整列した。特に何も言われてないけど、そうした方がいい気がしたからだ。
「仕事は俺を含めた五人でシフトを組んで回してる。朝から夕方までが早出、夕方から翌日の早朝までが遅出だ。で、今ちょうどゾンビBが遅出に出たとこか。それ以外の奴らは基本的に休み。だいたい一日働けば二日休みって具合だな」
バイトかよ!! まじで仕事じゃん。シフトとか言ってるし。というか休みあるんだ……。親分、結構ちゃんとしてるんだな。
「まぁ、特に心配ないとは思うがしばらくの間、おめぇはゾンビAについて仕事してもらう。次の出勤は……明後日の遅出か。ゾンビA、新入りと一緒に準備しておけ」
「うっす!」
もう出勤とか言っちゃってるじゃん。親分というより、ただの上司じゃん。
「あぁ、そうだ新入り。今日からおめぇはソンビEだ。よろしく頼むぞ」
「う、うす……」
ゾンビE……うーん、もはや名前ですらない。俺には"善を司る"善司という立派な名前があったんだけどなぁ……。
* * *
「はぁ…………」
俺は洞窟の奥へと歩きながら、血の気のない自分の両手を見つめていた。
うーん、この世界がモンスターだけだったとしたらまだ少しの希望はあったかもしれないけど、さすがにゾンビの姿じゃ普通に冒険なんて出来るわけねぇよなぁ……。
せっかく異世界に転生してきて、さぁ自由に冒険するぞ! って意気込んでたのに……これじゃあんまりだ。
でも……とにかく、今はここでゾンビとして上手く乗り切るしか方法はない。もしかしたら人間になれる方法とか何かしらの情報がゲット出来るかもしれないしな。うん、そうだ……諦めるのはまだ早い。
「……ま、頑張ってみるか」
こうしてゾンビの親分と個性豊かな先輩方との対面を果たした俺は、不本意ながらも異世界でゾンビとしての生活をスタートさせたのだった。