第2話 ご対面
「――――っ!」
目が覚めると、俺は見知らぬ薄暗い場所にいた。
さっきまでいた草原じゃなく、全く身に覚えのない場所。雰囲気からすると洞窟っぽい。それに、何やらすぐ近くでパキっという焚き火みたいな音がする。
俺は辺りの様子を窺いながらのそっと身体を起こし、確かめるように自分の胸に手を当てた。そこは、さっき剣で心臓を貫かれた場所。まだ鮮明に記憶が残っているのがなんとも気分が悪い。
「あれ……? 傷が、ない」
あるはずのものがない。まさか夢……じゃないよな。痛みはなかったけど確かに剣でぶっ刺されたはずだ。その証拠に制服には穴が空いて、血もついている。しかし肝心の身体には痛みどころか傷すらない。
一体何がどうなっているのか混乱していると、俺の背後から急に低い声がした。
「おっ、やっと起きたか、新入り」
「えっ…………ひっ!?」
声をかけてきた男の姿を見て、俺は思わず声を上げてしまった。
湯気が立ったマグカップを片手にボロボロの薄汚い布切れで全身をコーディネートした、まるでホームレスみたいな風貌。いくつも抜け落ちた歯を見せながら、気味が悪い笑顔を浮かべている。
しかしその男の容姿で一番気味が悪いのは、モヒカン頭に左目がボロンと崩れ落ちそうになっている腐ったようなヤベェ顔面だ。
「へっ、どうした? 俺の顔になんかついてるか?」
いやいや、逆についてねぇから見てるんだよ。左目どうした。あっ、やめて。そんな顔でこっち見ないで。キモいからやめて。
「へっ、ビビったような顔しやがって。お前も似たような顔だろうが」
「えっ!? 俺も……!?」
いやいや、冗談はよしてくれ。自慢じゃないけど、俺の顔面は全国の男子高校生の顔面偏差値の平均オブ平均かつ、これぞフツメン代表と言っても過言じゃない。それがこんなホームレスみたいなおっさんと似たような顔な訳が…………ないよね? あれ、なんか心配になってきた。
「なんだ? 自分の顔も見たことがねぇのか。へっ、確かその辺りのガラクタの中に割れた鏡があったはずだ。試しに見てみるといい」
おっさんはそう言って、壁際に山積みなっている場所を指差した。恐る恐る近づいてみると、そこには確かにガラクタばかりが積まれてあった。
割れた皿、折れた包丁、半分になった盾、持ち手だけの剣、ひび割れた写真立て……まるで粗大ゴミだ。やはりこのおっさんはまじでホームレスなのかもしれない。
そんなゴミ溜まりを漁っていると、言われた通り手のひらサイズの鏡の破片を見つける事ができた。
俺はその鏡をゆっくりと手に取る。緊張の一瞬だ。異世界に来て初めてみる自分の顔。せめて生前と同じ顔でありますように――と祈りながら鏡にそっと目を向けてみる。
「…………ん?」
誰だコイツ、気持ち悪っ。鏡に映っていたのは、見た事もないゾンビみたいな醜い顔。でも念の為、まじで念の為にもう一回確認しておこう。
「……ん? いやぁ……疲れてんのかな……」
それから何度も見ても、鏡には恐怖の権化みたいなゾンビの顔しか映らない。それに何故か戸惑ってるような驚いてるような不気味な表情だ。
「いやいや、そんなまさか…………」
恐る恐る自分の顔に手を当ててみる。当たり前っちゃ当たり前だが、鏡にも同じように手が映り込む。うーん、そりゃそうだよな。鏡ってのはそういうもんだ。って事はつまり――――え?
「俺、ゾンビじゃん!!!!!!!!!!」
思わず叫んでしまった。人間は想像以上の驚きをすると、悲鳴や雄叫びよりも先にツッコんでしまうらしい。
ってそんな事はどうだっていい! ちょ、ちょっと待ってくれ。ま、まずは一旦落ちちちち着こう。
「へっ、そうさ。俺たちはゾンビだぜ。もしかして知らなかったのか? 呑気な新入りが入ってきたもんだぜ、全く……」
ホームレスのおっさん――もとい、ゾンビのおっさんはやれやれ、と肩を竦める。
ふむ。つまり俺は、口が裂けて顔面蒼白で目の辺りががっぽり窪んだ白目の化け物――いわゆるゾンビに転生してしまった、と。
なるほど。だからあの勇者風のイケメンが、俺をモンスターだと言って襲いかかってきた訳だ。
……って納得できるかぁ!!!
「まぁいいさ、ともあれ初仕事ご苦労だったな。いいやられっぷりだったぜ」
「初仕事……? やられ……?」
なんの事かさっぱりわからん。頭上に?を浮かべていると、ゾンビのおっさんは言葉を続けた。
「昼間、駆け出しの若造に見事に剣でぶっ刺されてたじゃねぇか。最高だったぜ」
いやいや、そんな満面の笑みでグっとサムズアップされても! こっちは死ぬ思いしたんですが! つーか見てたなら助けてくれよ……っていうか俺って死なないのか? ゾンビって死なないんだっけ? それとももう死んでるんだっけ? もう訳わかんねぇ。
「……あの、ひとつ聞きたいんですけど」
「おう、どうした?」
「ゾンビって、死なないん……ですか?」
俺の質問に、ゾンビのおっさんはぎょっとした顔で固まった。そして頭をぼりぼりと掻きながら答える。
「愚問だな。俺らは剣でぶっ刺されようが、蹴られようが殴られようが、死ぬ事はねぇよ。そもそも俺たちは死、って概念がねぇからな」
「って事は、首とか切られても……?」
「へっ、怖ぇこと考えるんだな。でも……流石に首を切られりゃあ、どうだろうな。まっ、もう一度くっつけたら動けるようになるけどよ、はははっ」
なにそれ不死身じゃん。ゾンビ恐っ。って、そんな恐ろしいものに何故かなっちゃったみたいなんですけどね!!
「じゃあ、受けた傷とかも元に戻ったり……?」
「それは……程度によるな。大抵の傷は数時間も経てば元に戻る。腕や足をぶった切られてもな。だが、聖なる魔法みてぇな強力な攻撃をまともに食らうと後遺症は残る。この、俺の左目みたいにな」
ゾンビのおっさんはそう言って崩れ落ちそうな左目を指差した。
なるほど、それはヤバい。絶対にあぁなりたくない、と眼底陥没白目ゾンビの俺は深く心に誓った。というか俺、すでに強力な攻撃を食らった可能性ありませんかね?
「まぁ、そんなに心配する事はねぇよ。ここじゃそんな攻撃をしてくる奴は滅多といないからな。それに、何かあっても親分が守ってくれる」
「親分……?」
「あぁ。ちょうどいい、挨拶がてら紹介してやるよ」
そう言ってゾンビのおっさんは、ついて来いと言わんばかりに親指をくいっとしながら、洞窟の奥に向かって歩き出す。
そして俺は小さくため息をつき、一抹の不安を覚えながらも、とりあえずその後をついていく事にした。