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第1話 転生

 「――――っ!?」


 どこだ……ここ…………。

 気が付くと、目の前には無限に広がる澄んだ青。背中に伝わる生暖かくてゴツゴツした感触。少し湿った土の匂い。葉擦れのさざめきと共に、肌に触れるこそばゆい感覚。

 どうやら俺は、草原の中で仰向けになっているらしい。


 しかも寝起きのごとく全身がダルい。俺は戸惑いながらも、とりあえず身体を起こして辺りを見渡した。

 周りは一面、爽やかな緑が揺らぐ草原。遠くには建物らしきものもちらほらと見える。しかしそのどれも、全く見た事もない景色。俺は唖然とするしかなかった。


「一体何がどうなって…………はっ!? まさか天国……!?」


 いやぁ、生前の俺の善行が実を結んだんだな……って、えっ。ちょっと待って。俺って死んだのか!? 


 とりあえず立ち上がって辺りを見渡す。

 う〜ん、でもなんか不思議な感じだ。目の前の光景も、鼻をくすぐる自然の匂いも、音も。その何もかもが妙にリアルすぎる。まるで最初から、この見知らぬ地で生きていたみたいな感覚さえ覚えてしまう。

 そこで俺は初めて、別の可能性を思いついた。


「まさか…………転生!?」


 いやいや、まさかそんなはずは……と思いつつ、自分の身体を無造作に触って確かめてみる。

 俺が今着ているのは、少し大きめサイズの薄いブルーのワイシャツに、黒いスラックス。ふむ、いつもお馴染みの制服だ。特に不審な点はない。

 身体に関しても特におかしな感じはしない。強いて言うなら、風邪をひいた時みたいな気怠い感じがずっと続いている事ぐらいだ。

 そう思いながらふと両手を見ると、なんとも言えない違和感を感じた。


「あれ……? なんか青白いような……」


 慌てて制服の袖をめくり、腕の方まで目を通す。

 そこにあったのは正真正銘、人間の腕だ。しかしどこか生気が感じられないというか、血の気を感じないというか……。なんとなく嫌な予感が頭を過る。


 その時――――俺の頭の中に直接、誰かの声が響いた。


『もしもーし! もしもーーーしぃ!』

「えっ!? な、何だっ!?」

『もしもーし、もしもーし。聞こえてるかぁーン? まぁ、いいや。とにかく、聞こえてるみたいだから話しを進めるぞぉン』


 いやいやいやいや! 一方的過ぎるだろ! というか頭に直接聞こえるこのじいさんみたいな声は一体何なんだよ!? 


『ワシはじいさんではない』

「っ!? 声に出してないのに……」


 まさか俺の考えてる事がわかるのか……!? もしそうなら、まずはここはどこでアンタは誰なのか教えて欲しいんだけど!


『おっほん。ワシは神A。前世で死んだ君をこの世界に転生させてあげた神様だぁン』

「か……神っ!? 転生……!?」

 

 え、マジで? 俺死んだの……? いや、それより……まさかとは思ってたけど、やっぱり転生したのか! や、やべぇ! こんな事がマジで起こるなんて――――っつーか神Aって何だ。神Bとか神Cとかいるのか? なんか途端に嘘っぽくなってきたぞ。


『ワシは嘘などついてない』


 こうハッキリと否定する辺りが余計に胡散臭いんだけど……。まぁいいや、それより聞きたい事が山ほどある。自称神Aが俺の思考を読める事を考慮して、俺は脳内にいくつもの質問を思い浮かべてみる。


『あっ、質問とかは受け付けてないぞン。これからワシが話すのは、あくまで説明だぁン』


 質問出来ないのかよ! 全く不親切な神様だな……。つーか今更だけど、その語尾なに? もしかしてあれか? 名前が神Aとか言う雑な感じだから、せめて喋り方だけでも個性をつけようとかそんな安易な……ははっ、まさかそんな訳ないよな。


『…………』


 黙っちゃったよ! まさか図星!? 


『……ゴホンっ。さてここは、とある世界のとある国。君にもわかるように言うと、ここは異世界だぁン』


 い、異世界!? アニメとか小説とかでよくあるやつ!? まじか……でも夢じゃななさそうだし。とりあえず目の前に広がるこの景色と、神様と会話できてるという現実を素直に受け入れるしかなさそうだ。


『じゃ、以上』

「…………は?」


 ちょちょちょちょっと待て、嘘だろ!? まさかこれっぽっちの説明で今から異世界で生きていけってか!? いきなりハードモード過ぎない!?

 つーか転生ってこんな感じでいいのか!? もっとこう、ポンコツっぽい女神なんかが「なんかの手違いで転生しちゃいました! てへぺろ! お詫びに好きなスキルを差し上げます!」みたいな感じでスタートするもんじゃないの!? 俺が思ってた転生とだいぶ違うんだけど!?


『おっとそうだぁ。君は生前とても良い行いをしていたねン。だから君の願いをいくつか叶えておいてあげたぞン。じゃ、頑張りたまえぇン』


 そう言ったきり、俺の頭の中に神Aからの声が届くことはなかった。

 というかほんとにこれで説明終わりかよ! 一方的過ぎるし説明になってねぇし、それどころか余計に疑問が増えただけだし。


 わかった事と言えば、俺は死んでこの世界に転生した事。あとはそうだな……それぐらいか。うん、絶望的に状況が訳わかんねぇな。

 でも転生してしまったのだからもうどうしようもない。気持ちを切り替えてこの世界で生きていくか……。


「……まぁ、やるしかねぇ」


 やる事は山程ある。情報収集、食料確保に住処探し。まるで無人島に来たみたいな感覚だ。いや、待てよ……。これって考えようによってはサバイバル感強めの冒険みたいじゃね? しかも異世界! 燃える!! 


「おっと、でもまずは……」


 ここは日本じゃなく異世界。そんな見知らぬ地に一人。右も左もわからない状態で鍵を握るのは、まずは情報だ。

 ここがどんな世界なのか。人間はいるのか。言語は。モンスターはいるのか。魔法とかはあるのか。コンビニとかあるのか……ないよな。こんな感じで考え出すとキリがないくらい、俺はこの未知の世界に対して余りにも無知な状態だ。

 でも……その未知や無知を"既知"にするのがたまらなく面白くて楽しい事なんだってのを、俺は知っている。


「へへっ……まぁいいさ、やってやる! せっかくもらった命だ。異世界だろうがなんだろうが、俺はこの世界に眠る未知を全て”既知”にしてやる! よっしゃ! 俺の冒険が今ここで始まるんだ……!!」


 って事でまずは情報収集だ。手っ取り早いのは現地の人との接触。幸い、草原の向こうには街らしき建物群がちらほらと見えている。誰かしらが住んでいるのは確実だ。

 「よし!」と心の中で自分を激励しながら、ひとまず俺はそこに向かって歩き出した――――が、二歩ほど進んだところで、ある事に気がつき足を止める。


「ん……?」


 待て待て。ここは異世界だ。建物があるからと言って必ずしも人間が住んでいるとは限らなくね!?

 俺は自慢じゃないけど、コミュ障とまではいかないがそこまでコミュニケーションが得意な方じゃない。陰キャとまではいかないが、別に陽キャでもない。とにかく普通の男子高校生だ。

 そんな普通の男子が、人間以外の生物……例えばドワーフだったりエルフだったりと、どうやってコミュニケーションを取ればいいんだよ。いや、よくよく考えるとドワーフとかだったらまだマシだ。リザードマンとかよくわからん魔族みたいなモンスター的な奴らだったらヤバい。もし敵だと思われて襲われたら詰み。そこでゲームオーバーだ。


 いや、それよりもだ! せっかく転生したってのに、神様にチート能力授けられる――みたいなラノベとかにありがちなイベントが皆無だった訳なんですが! こういうのって普通さ、異世界で生きていく為に何かしらの能力とかスキルとかもらえるんじゃないの!? その辺も含めてスタートがハードモード過ぎない!? あぁ~、なんかムカついてきた。くそ、あの神A……まじで何なんだよ。役立たずめ。


 しかし無いものはしょうがない。チートとか能力も何も無いただの一般人のままの俺では、誰が相手でもソッコーでボコられる自信がある。むしろ死ぬ。そう考えると、現時点ではあまり無闇に動かない方がいいのかもしれない。

 とか考えながら草原の先に見える街並みをぼーっと眺めていると、一つの影がゆっくりと俺の方に近づいてくるのに気が付いた。


「なんだ……あれ……?」


 ゆっくりと草原の間を縫って動く影。それが近づくにつれ、段々とはっきりとした姿になる。それは俺と同じ、人間だった。


 「よかったぁ……この世界にも人間がいたぁ……」


 その人間は、某RPGの主人公風の衣装を身にまとっている。背格好は俺と対して変わらなくて、見たところまだ若者っぽい。

 でもその表情は凛として、気合溢れている精悍なものだった。わかりやすく言うと、勇者っぽい格好のイケメン。フツメンの俺とは違うその風貌に思わず見惚れてしまいそうになるが、まずは念願の第一村人発見だ。


 そんなイケメンは俺の姿を確認して、ニヤリと笑う。そして腰にさげた剣のようなものに手をかけたと思えば、気合の入った台詞を吐きながら俺の方に向かって急に走り出した。


「現れたな! モンスター!!」

「えっ!? モンスター!? ど、どこっ!?」


 イケメンが発した声に、俺は辺りをきょろきょろと見渡して狼狽うろたえる。しかし周りには俺とイケメン以外の姿はない。

 なんだよ……驚かせやがって、と安心したのも束の間。正面を振り返ると、そこには大きく剣を振りかぶったイケメンが俺に迫っていた。

 そしてその剣は勢いよく振り下ろされ、風を切る音と共に俺の鼻先をかすめる。


「えっ、ちょ、待って!! 俺はモンスターじゃねぇよ!?」

「しゃ、喋った…………!?!? ひょっとして……い、いや、見たこともない怪しい服にその顔! どこからどう見てもモンスターだ! 間違いない!」


 俺がモンスター……だって? 何言ってんだコイツ。いや……もしかするとこの学生服と俺みたいな平たい日本人顔は、この世界の人間にとっては化け物(モンスター)に見えるのかもしれない――って誰がモンスターだ! こちとらこの顔で十七年生きてきたんだよ、文句あんのか。


 そう心の中でノリツッコミをかましている間にも、イケメンは攻撃の手を緩める事はない。中学までの剣道部の経験と、大ぶりで雑な剣捌きのおかげでなんとか避けられてはいるが、向こうは着実に俺の命を仕留めにかかっている。

 相手は本気だ。戦う手段も何もない俺にはどうすることもできない。とは言っても異世界転生していきなり殺されるのも勘弁だ。


 「こうなったら、逃げるしかねぇ……!」


 俺はイケメンに背を向け、全速力で走り出す。

 とりあえずこの世界にも人間がいる事はわかったし、言葉も通じる。まずはこの状況をどうにかするのが先だ。情報収集はそのあと機会を窺ってからでも遅くない。

 そう割り切り、数十歩走り出したところで急にこれまで以上に身体が重くなるのを感じて足が止まる。全身を襲う強い倦怠感。思うように身体が言う事を聞かない。


 このままじゃ――そう思った矢先、ぐしゃっという音と共に()()は姿を現した。

 現れた先を目で辿ると、そこは俺の胸の辺り。頭上から降り注ぐ太陽の光を反射する尖った《《それ》》は、俺の命を狙っていた凶器。その切っ先は赤い飛沫に塗れていた。


「嘘……だろ…………」


 溢れ出す赤い液体と、体から飛び出た凶器を視線で往復する。あまりにグロテスクな光景とは裏腹に、不思議と痛みはない。

 でもその衝撃の光景に、俺の意識はだんだんと遠くなり――――――。


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