八.
お読み下さりありがとうございます。
夏ノ神は出仕でその場にいた者と四季節ノ女神についていた里の者を人払いし、冬ノ神が「ならば…」と、この場に春ノ神と秋ノ神を呼んでくるようにとその者達に命じた、程なくして春香の父である春ノ神と秋ノ神がやってきて、その場は四季節ノ女神と里長の四神と夏蘭達だけになる
竜田姫が中心となって夏蘭と雪兎が当たり神であった事と今しがた正式に番となった事をまずは事務的に春ノ神と秋ノ神に報告し終えた所で、こうまで当たり神を認知せず放置してしまった責任は里の柱である自分達にあると四季節ノ女神達は謝罪した
たまたま夏蘭達が生まれた二百年前に高天原では色々あったようで、その後落ち着いた頃には皆スコンと忘れていてそのまま二百年もの間放置してしまったらしい
(四柱もいて誰も思い出さなかったわけ…)
(お柱達が今日来て夏蘭と会って無かったら、
俺達未だにあの状態のままだったのか?)
夏蘭と雪兎は複雑な心境にあったがお柱に意見などできる身分でも無い、物申したくもあったが黙って謝罪を飲み込むほかなかった。もちろん里長達もそうである
春香はといえば、すっかり気を落とした様子で床に立ち膝で座り込みただじっと黙ったまま話を聞いていた
そうして、ひと通り話し終わった所で次は春香の話しに切り替わる。
切り出したのは佐保姫だった
「…それより、わたくしはあの子の状態について聞きたいのだけど。春ノ神、貴方は息子である春香くんの性質を知っていたのかしら?」
「っ…… 佐保姫様はお察しになられましたか、
お恥ずかしながら、数十年程前から疑念を持ち始めてはいたのですが、軽度のたまに起きるものと思い放任しておりました。しかし、最近の春香の様子から見るに…今となって思えば、夏蘭がいたから春香は今まで何事もなく生きてこられたのでしょうな…」
春香には何か問題があるのだというようなもの言いをしながら悲痛な面持ちで春ノ神が春香を見つめる
そうして、その後ちらりと夏蘭の方を見て眉を下げながら小さく微笑んだ
「私が…?」
突然あがった自分の名に夏蘭がきょとんしていると夏蘭の疑問に応えるように佐保姫が口を開く
「ええ、その通りでしょう…
同じ里の同世代という身近な存在に夏蘭がいた事が偶然にも春香くんを守る事につながった、
夏蘭、貴方には生まれた時から邪気を祓う力がそなわっているとさっき話したでしょ?」
当たり神の女神が纏う桃の香りは近くにいる者の邪気を祓う
しかし、夏蘭自体は自分の香りにその様な力を感じとれなかったし、人に香りを褒められたからといって自身が特別であるなど思う事も無かった為、今日まで夏蘭も里の皆も気付かずにきてしまった。
だが、夏蘭には生まれた時からずっとその力があり常に周りの神を知らぬ間に邪気払いしている状態であった
(私の邪気を祓う力が春香を救っていた?)
ふいに夏蘭が春香に視線を向けた時だったーー
「夏蘭の力と春香に何の関係があるというんです」
雪兎が酷く苛立った声音と殺気だった顔でそんな言葉を発したものだから一瞬、部屋の空気が張り詰めた
「そう威嚇するでない、心配せずとも夏蘭はお前の番だ、春香に必要だからと言ってお前から引き離してあてがうような事は誰もしない」
そんな竜田姫の言葉にも安心できないのか雪兎が夏蘭の側により自分のだと主張するように肩を抱きよせた
夏蘭は普段の雪兎からは考えられない行動に驚いたがすぐに頬は熱を帯びて紅く染まり、チラリと横から雪兎を見上げればその真剣な碧の瞳に胸の奥をきゅうっと掴まれたように愛しさが込み上げる
そんな息子と娘の変わりようを父達は唖然と見つめていたが、そのままには捨て置けず、ゴホン、ンンッ、と咳払いし物申す
「雪兎、人目も憚らず感情のままに動くでないわ、
少しぐらい制御できんのか」
呆れた声と生温かい目線でやんわりと距離を取るよう促した冬ノ神であったが、雪兎はガッシリと夏蘭を抱き寄せて一向に離れようとはしない
「これでもやってる…嘘じゃなくて、本当に…制御しようとしてるんだ!、だけど、こいつに何かあると思うだけで、我慢が、理性がまるできかなくなってきてる、自分でもあきれてるよ」
切なそうに雪兎が夏蘭を見下ろすので夏蘭は堪らなくなって雪兎に甘えるように擦り寄った
「こら、やめんか夏蘭! 嫁入り前の娘が」
夏ノ神は口元と手をわなわなさせて今にでも雪兎から夏蘭を引き剥がしたいようであったが隣には冬ノ神がいて、更にお柱様も見ている前となっては大人げ無い態度も取れず、せめてもと夏蘭に注意するのだが、夏蘭は雪兎の胸にグリグリと額を擦りしっかりと雪兎の服を掴んで離れない
「っ…心では我慢しようって思うんだけど、無理!」
真っ赤になりながらイチャイチャする当たり神達に四季節ノ女神達は生温かい視線を向けながら苦笑する…まあ、自分らのせいで200年もの間互いを嫌ったまま生きていたというのだからこれくらい見せられた所で誰も咎める気などない、リア充爆発しろ、なんて思ったりもしない
「…あ〜…まあ今さっき番になったばっかりだからな感情のコントロールができるまで時間がもう少し必要なのかもしれんな」
宇津田姫が苦笑しながらフォローする
「当たり神の引き合う力は相当なものだね」っと
筒姫は本気で感心していた
「それより、春香くんの話しをしませんか」
普段控えめで里長の中でも一番若い秋ノ神のその一声に皆が一斉に春香に向き直った
「あっ…」
恋愛脳から我にかえった夏蘭が雪兎から離れ顔をあげた
「!!…」
雪兎も同じく正気に戻ったようでがばりと夏蘭を引き剥がした
春香が一瞬伏せた目を夏蘭達に向けたがすぐにまた俯いてしまった
「…いや、もう…僕の事は放っておいてくれないか?もう全部どうでも良いから…なんならいっそ、
落神になるのもいいかなって」
何か黒いものに飲み込まれるようにあやしい空気を纏った春香を包み込むように、ふわり、穏やかな風が夏蘭達の周りを通り過ぎその風にのって部屋に桜の香りが漂いはじめる
「あら、あら…
またそんなに溜め込んで…
だめよ〜、春香君。戻ってらっしゃい」
佐保姫がまた春香に近づいて掌で顔を包み込みこむ
瞼を閉じた春香から、ふっと何か憑き物が落ちたように表情が和らいでいく
「はあ、佐保姫様…僕に桜の香りをもっと…」
そう囁いて春香が佐保姫の手を掴みそのまま甘えるように頬ずりをする
それは今までずっと春香が夏蘭に向けていた様子と酷似していた
「春香くん、可愛いけれど、もうダメよ、貴方が正気を取り戻せ無くなっちゃうから、これは貴方にとって薬でもあって、毒でもある諸刃の剣、過剰摂取は身体に毒でしかないわ」
至って冷静な佐保姫の優しい声が春香の頭上に降り注ぎ、春香はピクリと反応し顔を上げる
「あっ…僕は…何を…」
まだ虚ろな様子だが正気を取り戻した春香が佐保姫の手を離し、困惑した様子で自身の掌をぼんやりと眺めている、そんな春香をその場にいる誰もが異質なものを見るような困惑した様子で見つめていた
佐保姫と、ただ一柱の神を除いて…
「春香…お前…」
酷く動揺した声音が春香の名を呼び、春香はびくりと肩を震わせ恐る恐るといったように振り返り
目が合ったその先にうつる青ざめた父親の姿に完璧に我を取り戻した様子で今度はブルブルと震えだす
「っ父上…!ぼ、僕はーーー
申し訳ありません佐保姫様! 僕は何と無礼な…
申し訳ありません!申し訳ありません父上…、
僕はもう…自分でも何がなにやら…自分で自分がわからない…ただ、佐保姫様の香りが香ってくると、ひどく身体が軽くなり、暗く重たい気持ちがはれて幸せな気持ちになるのです、他の事など考えられない程に、
まるで…僕が夏蘭の側にいる時のように…」
「春香…」
それはもう、夏蘭への春香の気持ちが恋情とはかけ離れたものであったとものがたっていて、だけれど、今の春香を見ていれば側に邪気を祓う事が出来る存在が必要不可欠である事もものがたっていた
春香がなぜ夏蘭にあれほどまでに執着し、自身の番として望んでいたのか、それは無意識に春香の自己防衛本能が働いていたからなのだと夏蘭もようやく合点がいった
佐保姫に土下座をして父である春ノ神にも涙ながらに頭を下げる春香を見てこんな自信の無さげで弱りきった春香を今まで見た事がないと夏蘭は思っていた、
自分なら苦しむ春香の力になってやれるのではないかと思った夏蘭が一歩前にでようとして、だけれど、すぐにグイッと力強く雪兎に手を握られ、懇願するような、不安に揺れ動く番の瞳を垣間見てその足を止めた
そんな夏蘭の代わりに春香に寄り添ったのは佐保姫であった
つっと一筋の涙を流し小さく震える春香の背中をゆっくりと癒しの力を纏わせた掌で撫でながら優しい声で語りかける
「春香くん、貴方は他者より有能で春ノ神ともなれる資質を持っているぶん、心に邪気を取り込みやすい性質を持って生まれてきたようね、邪気と一言で言ってしまうと、神々に忌み嫌われる落神や悪鬼のようなものと結びつけてしまうけれど…邪気を多く溜め込みやすい神はその性質上、他者の邪気も自身に取り込んで増幅する傾向にあるの、いわゆる邪神、その性質が貴方にはあるのよ」
「邪神って…そんな!僕はこのまま死ぬのですか?それとも死ぬ事は許されず黄泉の国で悪鬼として生きねばならないのですか?」
「あら、邪神様にも色々な神がいるのよ、貴方はまだあまり知らないようね、大丈夫よ春香君。貴方は死なないし、悪鬼にもならない。このわたくしが補償するわ。人に生まれ持った個性があるように、神にも生まれ持った個性がある、春香君の個性は少し複雑だけれど、その個性を上手くコントロールできたならあなたは強靭な力を持った神となるわ」
「僕がですか?」
信じられないと言った感じで春香が両目を見開いた
「お前次第だな、八百万の神々に連なる存在となるか、この世の穢れの成れの果てと化するか…
禍津神のように恐れられながらも名を馳せ、祓い神として祀られる存在もいればお前が言うように邪気のコントロールが出来ずにその力に飲み込まれ悪鬼と化したものもいる。
どちらに転ぶかは己次第という事だ」
宇津田姫の嘘偽り無いはっきりした声が春香の胸をつき動かした、春香は真っ直ぐとした瞳で正座したまま柱達と向き合っていた
「…邪神でも、人の世で名を馳せる事ができるのですか?」
「はじまりは忌み嫌われるだけの存在であったが、人とはまことに面白きものだ、
邪を集め司るならそれを取り込みあらゆる厄災を除ける存在ともなるといつからか考えたようだ、それからは禍津神であっても信仰され祀られている。人気者というわけでもないがな、
人が神を信仰して八百万の神が生まれる。人の心が神を作り、人の心が移ろい変化する度に神はその存在を変化させ更新し続ける。
つまり、人一人の信仰が安寧にあれば神は存在し、善にも悪にもなれるわけだ」
「それは…知ってます。
人があるからこそ、新しい神々が生まれ、僕達のような末端の神々までもが存在している。
だからこそ、神は人を助け、人の為に生きるのだと」
「つまり、Win-Winの関係て事だよね〜」
筒姫様が両手にVサインでカニカニする
「だから、其方も、鍛錬し、その力をコントロールできる神になって人の為に尽くそうでは無いか、
目指せ、厄除け、禍津神」
竜田姫がニヤリと笑った
「僕は、春ノ神になるものだと思っていました、
でも、僕にそれよりも高みの役目が叶うならどんな試練でも乗り越えてみせます!どうか、その術を僕に教えて下さい、佐保姫様」
春香は綺麗に正座したまま深々と佐保姫に首を垂れるのだった
春香の為の八話です。
ただの当て馬で春香を終わらせるのは切ないのでね
主役二人の影の薄さは…次話で取り戻す所存です
ブクマ入れてくれてる方々、ありがとうございます。
作者の神です、後二話で終わる予定です