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七.

夏ノ神と冬ノ神も春香が夏蘭に入れ込んでいる事は知っていた。

昔からとても有能な春香なのだが、いかんせん思い込みが激しい事で父である春ノ神から色々相談を受けていたのだ、雪兎と夏蘭を無理やり婚約させた経緯には多少なりと春香の頭を冷やさせ、夏蘭と距離を取らせるという計らいもあった事を三人の子らは知らなかった


「…春香、父はどうした?お前だけか?」


「お柱様に、若輩者のお前が個人的に謁見など、

お前の父が許すとも思えんが…」


夏ノ神と冬ノ神が夏蘭と雪兎を背に隠す様に春香の前に立ちふさがった


「父上には…反対されました

僕個人の願いの為にお柱様に会いに来ました」


春香の願いなど、この場にいる里の神ならみんな察しがついていた。


春香は四季節ノ女神達に夏蘭と雪兎の婚約解消を願うつもりなんだろう


夏ノ神が大きな溜息を一つついた


「春香、お前の父が反対した願いをお柱様方にお聞かせする事などできぬ

父の了承を得てからまた日を改めて謁見の機会を受けるんだ、お前を四柱様に合わせるわけにはいかない!」


「それではダメなんです! お柱様が次に里にお越しになるのはいつです?! 天上の…僕なんて入る事さえ許されていない場所へどうやって赴き謁見するというのですか?今日しかチャンスなんて無い!」



夏ノ神と冬ノ神の間を割って強行突破しようとする春香の腕を冬ノ神がしっかりと掴んだ


「春香、私達はお前の父から自分がいない時にお前が暴走したら代わりに止めてほしいと言われている。

お前の願いも大方予想がつく、だが、お前の願いは絶対に聞き入れられない」



雪兎によく似た顔と冷静な口調ではっきりと言い捨てた冬ノ神を春香が睨めつけ掴まれた腕を力任せに引き離した


「絶対なんて決まって無い!」


「いや、もはや決まったも同然だ」


きっぱりと言い切る冬ノ神の肩を慌てて夏ノ神が

掴み顔を寄せた


「おい! 今この場で突きつけるつもりか?!」


「そのほうが春香の為でもある

いつまでも思い込んで里中に知れてから宣告されるよりずっとマシだ」


「しかし…」



「一体、何の話を…っ、とにかく、僕はお柱様に話があるんだ! そこを退いて下さい」



春香が夏ノ神と冬ノ神の間を両手で割って前へ進もうとした時だった



「何を騒いでおる、見苦しいぞ」


ピシャリと冷ややかな宇津田姫様の声が降り注ぎ

一瞬にしてその場の空気が凍てついた



「まあまあ、うーちゃん、皆んなびびっちゃうから

覇気出すのはやめとこうよ」


そう言って筒姫が天上に片手を上げ人差し指でクルクルと円を描いた

ほわんと僅かに部屋の温度が温かみを取り戻す


「で? 何をごちゃごちゃ揉めてるわけ?」


「あら、もめてるというより、私達に合わせるのをとめていたのでしょう?そこの子がさっき言ってたじゃない」


「そうみたいだな、まあ私達は元々視察でここに来たわけで、若いからと無下に突き放す気もないのでな、春ノ神の息子だったか、もうしたい事があれば言うてみよ」


竜田姫が手を差し伸べ来いと命じる



「は、はい! 春ノ神の息子の春香と申します、

拝謁賜り感謝申し上げます 」



「あー、いい、いい、で?お前の願いとはなんだ」


宇津田姫が腕組みしながら促した


「はい、実は僕、私には幼き頃より好いた女神がいるのです。ですが、彼女は今、自分が大嫌いな男神と里の長達の決定で婚約させられているのです!」


「…ほう…ん? なんか、どっかできいたような話しだな」


宇津田姫の頭に?マークが浮かぶが

他の三柱は全てを察して

あー…なるほどね、と目を逸らしはじめる


そんな様子に気づかない春香が話しを続けた


「彼女は婚約解消を心から願っています!」


その春香の言葉に宇津田姫以外の柱達がバッと

夏蘭の方へ向き直る


夏蘭は両手でバッテンをつくり全力で首を振った

これが昨日の事であったなら状況はかなり変わっていただろう、だが、今の夏蘭は婚約解消する気などさらさら無くなっていた、だって今隣にいる雪兎にさっきからずっと引っ付きたくて使用がなくなってしまっているのだ。

もはや感情の振り幅が180°切り替わっていた


夏蘭の様子を見て春香以外は皆、だよな〜…と

心の中で相槌を打つ

雪兎はと言うと、隣で必死に婚約解消なんて願って無いと訴える夏蘭が可愛い過ぎて今すぐにでも連れ去りたい衝動に全力で耐えていた


そんな状況にも悲しいかな春香と宇津田姫だけが気付かないで話が進んでいく



 「私は彼女をなんとしても救いたい、そして、婚約が解消された暁には彼女をわが伴侶として一生大切にしたいと思っているのです! どうか彼女を助けて下さいお柱様、彼女の婚約を解消して下さい!」



「それほどまでに意にそぐわぬ婚約であるならば、無理強いは良く無い…お前のその娘への直向きな愛情も伝わった、それなら…」


「ちょっと待ったあー!ストップ、ストップ!」


宇津田姫が言い終わる前に筒姫が割って入った


「宇津田ちゃーん…ちょっとこっちいらっしゃい♡」


佐保姫がつくり笑顔を張り付けて手招きし、なんだと宇津田姫が佐保姫率いる夏蘭グループに移動した

説明を受けた宇津田姫のあー!と言う悲鳴にも似た声が部屋に響いた


「あー、春香だったか。其方の願いはわかった。

だが、誰と誰の婚約を解消したいのかをまずはっきりとしてもらわねば私達も判断しかねる、その者達の名を申してみよ」


竜田姫は畏まって事の解決に取り掛かろうとしている、春香の瞳は希望に満ちて輝いていた


「はい! それは、先程からそこにいる二人、夏蘭と雪兎です。二人の婚約を解消して下さい」


「…と、申しておるが、双方前にでよ、

夏蘭、雪兎、其方達は本当に婚約解消を願っているのか?」



夏蘭が前にでて春香を見つめた

春香が夏蘭に期待の眼差しを向ける

だが、しかしーー


「いいえ、お柱様、私は婚約解消を望みません

私は雪兎との婚姻を望みます」


「は?…夏蘭…なにを…言って」


春香の顔から表情が抜けきった

だが、竜田姫はさらに続けて問うた


「雪兎、其方はどうだ?」


「はい…俺はーー」


はっとして、春香が懇願するように雪兎を見た


「っ…すまん、春香…お前は俺を一生許さなくてもいい…」


雪兎は罪悪感に苛まれていた、それでも状況が一変し今では夏蘭を手放す事など到底考えられなかった


春香がひゅっと息をのんだが、無常にも雪兎は告げる、嘘偽りない本心をーー


「俺は夏蘭との婚約解消を望みません、番として夏蘭を生涯の伴侶として認め、正式に婚姻する事を望みます」


「お前…何を、婚約は解消するとあの時いってただろ?! 望まない? 番としてだと?!

ふざっけるな!!

僕が! 僕が夏蘭のつがいなんだ!夏蘭に嫌われているお前なんかじゃない!」


春香は今にも食いちぎってくれようといった鬼の形相で雪兎の胸ぐらに掴みかかった


「っ…状況が、変わったんだ、俺が夏蘭の番だった」


「まだ言うか!僕の夏蘭をお前なんかに渡してたまるか」


「春香! やめて! 話を聞いて! 確かに昨日までは婚約解消する気でいたの! それは嘘じゃない、雪兎だって春香を騙すつもりだった訳じゃないの! 雪兎を離して! 私の話を聞いて」


夏蘭が必死になって春香の手を雪兎から離そうとする、雪兎が、番が傷つけられると思っただけで胸が引き裂かれそうな恐怖が夏蘭を襲っていた


もう夏蘭は完全に当たり神として雪兎と一対の神になっていた


「夏蘭、何で雪兎をかばうんだよ、何で…どうして、二人の距離がこんなにも近いんだ、ずっとずっと、二人は相容れない仲だったはずなのに」


春香はわけがわからないと言った感じで困惑していた、それも仕方の無い事だ、数十分前まで夏蘭と雪兎でさえこんな事が自身におきようとは思ってもいなかったのだ


春香にはきちんと説明して理解してもらわなくてはならない。夏蘭は春香の手首を力を込めてしっかりと握った


「春香、私はあんたが言った通り、当たり神だった、それを今さっき、お柱様から教えてもらったの」


「やっぱり、やっぱりそうだったでしょ!?

夏蘭は僕の番いの当たり神だって…」


「春香、私は当たり神でも、私の番は春香じゃない、雪兎だったの」


雪兎を掴んでいた春香の手が力を無くしだらりと落ちた


「雪兎…」



春香は四季節ノ神々の方へ視線を向けた

誰でも良い、誰か一人でも否と申して欲しかった

だけれど、四柱は皆一様にコクリと頷き春香を見つめるだけだった



「春香くん、あなたこそが、一番真実を知るべきだったようね、あなたにもきちんと説明をしなくてはなりませんね」


佐保姫が夏蘭達の側まで来て負の感情に囚われた春香の頬をそっと両手で包み込んだ


ふわりと桜の仄かな香りがその場を包み込む

春香はホッと息をついて肩の力が抜けていくようだった


「佐保姫様…?」


「春香君、あなたの心の色は透明なのね…」


穏やかに優美に笑む佐保姫に春香は瞳を奪われて

いた


この多幸感と高揚感を春香は知っていた


「僕に何をしたのです?」


「あら?夏蘭ちゃんのようにわたくしを番だとは思わないのかしら?残念だわ」



「…僕は、確かに夏蘭を愛している…はずなんです」



「ええ、貴方の積み重ねた思いの全てを間違いだなどと否定する気はわたくしにも無いわ、だけれど、

貴方は知るべきだと思ったから手を出したのよ


春香君、貴方を救えるのは、夏蘭ちゃんだけでは無いという事を貴方は正しく理解するべきだと思うのよ」



「これは何の拷問ですか…僕は、夏蘭が良かった

ずっとずっと二百有余年、出会ってからずっと満たされていたのが、恋でも愛でも無かったなど、

どうわかれというのです…そんなの認めたら

僕は、僕ではなくなってしまう」


春香は崩れ落ちるように地べたに手をついた

ぽたりぽたりと大粒の涙が床に染みをつくる


「いいえ、そんな事はないわ

貴方が正しく貴方である為に、遅かれ早かれ貴方は知るべきことだったのよ」



佐保姫は屈んで涙する春香の頭を優しくそっと撫でてやるのだった









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