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五.

夏蘭(カラン)、起きなさいな

 今日は年に一度のお(はしら)様の御成の日なんだから、御勤めの時刻に遅れたらパパに怒られるわよ」


「ん〜ん〜……おはしらさま……ああ、視察日か」


 寝ぼけ眼で夏蘭が布団からむくりと起き上がった


「ママおはよー」


 夏蘭は目を擦りながら立ち上がり手と指を動かし念力で自身が先程まで寝ていた布団を畳んで押入に片す


 夏蘭がそうこうしている間にも夏蘭の母神がパチンと指を鳴らし念力で夏蘭の顔と髪を清める

 狐の面を被った巫女服の眷属(けんぞく)二人が音も立てずやってきて夏蘭の寝衣を内衣にしほんのりと顔に白粉と紅をのせる


「夏蘭様、グロスとアイカラーはお使いになられますか?」


「今日はやめとこうかな、四季節ノ神様達にお会いするのなんて三十年ぶりだし、ゆとり世代って思われてもやだし、見た目だけでもピシッとしてかないとね」


「さようでございますれば、旧来の神衣でご出仕なされるのもまた一興かと」


 眷属は黒塗りの衣装箱から衣服を取り出した


「ええーーなにこれ〜the神!って感じじゃん」


 夏蘭が畳んであった衣服を広げて見ればそれは

白の衣裳(きぬも)で袖の長い上衣と二重になった軽く滑らかなスカートを腰帯で固定する神衣だった

 神の世では夏蘭が誕生する以前に流行ったファッションである


「あら、久々にみたわ〜、ママも昔はこれ来て出仕したものよ〜、ほら、領巾(ひれ)もあるわ

 人の世では天女の羽衣とも言われてる神界アイテムなのよ」


「ほへ〜確かにキラキラしてて綺麗……」


 夏蘭達の世代の神々は白を基調にしたファッションでも一枚布をワンピースのように巻きつけて着る神衣で胸下を細い結び紐で止めている簡易服だ

 丈は女神の好みで踝までしっかり足を隠すものもいれば、膝丈まで足を出す女神もいて、夏蘭は後者だ


「どうなさいますか?」


 小首を傾げて伺う眷属(けんぞく)に夏蘭が笑顔で返す


「いいね!着てみよっかな」


 ◇◆◇


「夏蘭、今日気合い入ってるじゃん

 それ旧来の正装だよね、うまく着こなしてるじゃん」


「可愛い〜〜似合ってるよ」



 今日シフトが一緒になった女神に褒められ夏蘭も満更でも無いようでくるりとその場でひるがえり領巾(ひれ)をふわりと揺らして見せた


(地上で謳われる女神降臨とはこんな感じだろうな〜)


(あっ、桃の香り久しぶりだ…はあ〜良い)



(美しい…可愛い…良い匂い)



 その場にいる男神達の心もガッシリと掴んだ所で御勤めの時間になった

 皆が四季玉の周りに集まりいつものように神力を送る


(視察日にシフト入りしてたのは運悪かったけど雪兎と被らなかっただけ良かったわ、このメンバーなら順調に御勤めも終われそうだし)


 そんな事を思っていた所でその場の空気がガラリと変わった。その場の神々全てが来る(きたる)来訪者の気配に入り口の方を向き直る


 冬ノ神が両開きの扉を開け広げ入ってきた


「皆の者、四季節神、四柱様の御成である」


 冬ノ神が入り口の端により四柱なる女神がぞろぞろと入室してきた


 春ノ女神 佐保姫(さおひめ)が先頭に立ち春の桜を纏うようなおっとりとしたいでたちでうららかに微笑む


「皆さん御勤めご苦労様です、今日はよろしくおね

 がい致しますね、ああ…私たちにはお構いなく、そのまま続けて頂戴」


 続いて夏ノ女神 筒姫(つつひめ)が現れて佐保姫様の隣に並び、夏の太陽の如くサンサンとした明るい笑顔を振り撒まいた



「やっほー、元気にやってる?おお、年齢層若いね〜、100〜200歳前後のメンバーかな?」


 夏蘭の父、夏ノ神が背後から答えた


「はい、本日は若い衆ばかりにございます。

まだまだ若輩で経験も浅いのでお柱様方にご指南いただけましたらこの者達も励みとなりましょう、


右手前の衣裳(きぬも)姿の娘が私の娘夏蘭です」


(ドヤ顔で自分の娘プッシュすんのやめてパパ〜〜ああ)


 四季玉に手をかざし神力を送りながら羞恥で顔を真っ赤にする夏蘭に共に四季玉を囲む仲間達が同情の眼差しを向ける


「ああ、

 例の冬ノ神の息子と婚約させたという……」


 秋ノ女神の竜田姫(たつたひめ)が夏蘭を色々な角度からガン見する、その瞳は秋の紅葉を表すかのような色鮮やかな暖色で

 何か鋭い観察眼をもって考えにふけっているようだ


 そんな竜田姫の背後から顔を出したのは四柱の最後の女神、冬ノ女神である宇津田姫(うつたひめ)だ。

 宇津田姫が雪の様な白銀の美しい髪をかきあげて夏蘭のすぐ側までよるとそっと夏蘭の手に自身の手を重ねた

 夏蘭の手にひんやりとした神力が流れこんで夏蘭はピクリと震えた


(うっ…わあーー宇津田姫の神力が今私の手を通して四季玉に…なんだこれ、なんだこれ〜)


 夏蘭は完全にキャパオーバー状態だ

 こんな近くに天上の上層神、八百万の神が居て、さらに自身の手に尊い力を通しているこの状態は憧れの人に手を握られてる状態と同義である



「父君のせいで集中が途切れたか、

 若干波動が散乱してる…私の波動に合わせてごらん

 …うん、そうだ、うまいぞ…」


 優しく褒められて不意に宇津田姫を見上げればクスリと口角をあげ優しく微笑まれ夏蘭はまた顔に熱が溜まりだす


(か、カッコイイーー、めっちゃ色っぽい!!)



 先程まで同情の眼差しを向けていた仲間達は今度は皆羨ましそうにその様子を眺めている



 しばらくして冷静を取り戻した夏蘭は一つの事に気がついた


「…宇津田姫様…あの、姫様の波動はとても馴染むというか、私の波動に重なっても全く乱れる所か私の波動をさらに整えてくれてますよね…」


「ん…?ああ、お前に合わせているからな」


「合わせる、というのはとてもスキルのいる技なのでしょうか?」


「いや、合わせる相手を受け入れる気持ちと少しの鍛錬があればお前達でも可能だよ」


 夏蘭は大きく目を見開いた

 そうして…


「あの、御勤めが終わった後にご指導願いたいのですが! 」


 次に目を見開いたのは宇津田姫だった

 夏蘭の真剣な顔に一瞬固まって、だけれど次の瞬間には破顔して夏蘭の肩に手をついた


「何かわからんが、せっかくの視察日だ、大盤振る舞いで付き合ってやるぞ」



 その言葉についに他の皆が口々に声をあげる


「夏蘭だけズルいです!私もお柱様にご指導いただきたいです」


 私も、俺もと皆が名乗りをあげ取り乱し四季玉への神力まで乱れだす


「お前達!騒ぐでない!」冬ノ神が皆を叱り

 夏ノ神がやれやれと四季玉のコントロールにまわる



「あらあら、若い子達はエネルギッシュね、可愛らしいわ、わたくしも指南致しましょう」


 うふふと花が咲き誇るように佐保姫が微笑む


「私も頑張っちゃうよ〜〜」と筒姫がビシッと親指を立てる


「ふむ…やはり何かひっかかるのう…」と竜田姫だけはまだ夏蘭を観て何か考えている様子であった



 ◇◆◇



「で……? 俺は何で出仕の日でも無いのに呼び出されたんだ?」


「状況観て察しろ、特訓だよ」


「なんの?」


「私とあんたの神力が反発しなくなるようにする特訓、私一人じゃ意味無いから」


 相変わらず距離をとりお世辞にも仲が良いとは言えない雰囲気の二人を見て筒姫

がケラケラと笑う


「君たち本当に仲悪いんだ〜」


 筒姫の横で腕組している宇津田姫もぷっと吹き出した


「そんなに距離を取らぬでも、今は婚約者どうしだろ?

 仲良く並んで特訓すれば良いだろ」



「「こいつとは生理的に無理なんです」」


「匂いとか」ふんと夏蘭が顔を背ける


「声とか」チッと雪兎が舌打ちする



「いや、お前達本当は凄く仲良しなんだろ、

 なんだその絶妙なハモリと双子のような返しは」


 宇津田姫が信じられないといった視線をおくる


「「 そんなこと無いです!ガチです! 」」


「あっはははは〜めっちゃハモってくるこの二人、

 ウケる〜〜」


 筒姫がついには腹を抱えてふらふらしだす


 そんな一連の様子を遠目で観察していた柱がいた


「……あの二人」


「竜田ちゃ〜ん?、貴方はわたくしとこちらの子達の指導ですわよ、がんばりましょー」


 何か思い至った様子の竜田姫であったが佐保姫に腕を掴まれグイグイと別グループの方へ連れて行かれた




 パチンと宇津田姫さまが手を鳴らした


「あーー、ひとまず!はじめるとしようか、

 ここに練習用の四季玉を準備させた、まずはお前達

 がいつも通りするように神力を注いでみろ」



「はい」

 真剣な瞳の夏蘭が四季玉に手をかざす


「…わかりました」

 お柱に逆らう気も無い雪兎も素直に四季玉に手をかざした



 暫くして別々に注ぎあっていた夏蘭の神力と雪兎の神力の波動が四季玉ではなく互いの波動にぶつかりあうように四季玉の上に上がり

 バチ、バチっと打ち合ったかと思うと互いに絡みあう様にグニャグニャと紐が絡んだようになり四季玉の上で毛糸玉のようになってしまった


「あー、ほら〜〜すぐこうなる」

 げんなりとした顔で夏蘭がぼやいた


「はー、毎回こんな感じですよ」

 雪兎が大きな溜息を吐いた


 それを見ていた宇津田姫は思った


(な…んか…一部始終を端的に観て

 エロいな!バチバチしてたのはなんかまるで接吻のようでわなかったか?その後、なんか戯れるかのように絡み合って最後には一つに…っ…)


「なんてものを見せるのだお前達は!

 神力でイチャイチャしよってーー真面目にせんか」


 宇津田姫の御尊顔がほんのりピンク色に染まる


「ええ!? イチャイチャ!? そんな真面目にやってます私!! 」


「そうです! 真剣にやってても毎回こうなるから俺達本当に困ってるんです」



「はあ? しかし、これは…どうみても、反発と言うより、まるで互いの神力に反応して引き寄せ合うようでは無いか?」


「だよね〜〜どっちかっていうと共鳴しあって繋がりあう感じ?相性が良くないと勝手に共鳴なんて絶対起きないよ、君たちなんなの?」


 筒姫も呆気に取られている様子だ


「何、と言われても…寧ろこちらが知りたいです」


「これが共鳴? こんなぐちゃぐちゃにまるまってるのに?何かの間違いでしょう?」


 二人の神力の塊は今はくいっと引き寄せた雪兎によって夏蘭の波動が切れて雪兎の手のうちにあり

 しばらくして自然に消えて無くなった



その時ーー少し離れた場所から新たに声が降り注いだ


「あのさ、やっぱりこの二人て、(つがい)じゃないか?」


 その声に夏蘭、雪兎が「は?」と口を開け固まった


 宇津田姫と筒姫が声の主、竜田姫に振り向き目を見開いて声を上げた


「それだ!」  「あ〜〜今周期て四季ノ里かー、

 久々過ぎて完全に忘れてたね」


 三柱で和気藹々と夏蘭と雪兎を囲んで話し出す

 それを遠目に観た佐保姫もたかたかやってきて

「やだ〜わたくしもまぜてよ、さみしいわ〜」と加わった


(…今、(つがい)って言った?…え…つがいって春香がいつも言ってるあの?)


(つがい…って(つがい)だよな?それとも上層階の神々では別の意味合いの言葉なのか?、

 俺と夏蘭が番?春香が番なんじゃないのか?)



 四柱でなにやら話し込んで盛り上がる中、呆然と立ち尽くす二人に四柱の女神達はニコニコ笑みを向け

 筒姫が四柱を代表して声明を下す


「おめでとう! 君たちは当たり神だ 」


 そんな言葉を突然贈られた二人はといえばーー



「「え、違います!!」」


 よくわからないが、それだけは無いだろと思う二人の声が見事に重なったのだった







作者メモ


柱様おはしらさま

高天原に住まう上層階の神々の呼び名

八百万の神々でも名を馳せた神達、

夏蘭達は末端の神なので同じ天界でも住まう階層が違うのです


眷属けんぞく

夏蘭達神の世界での眷属は神に使える臣下です

全ての神に従順では無く主の神とその妻神、子神に付き従います、人型で狐の面が特徴


四季玉しきぎょく

夏蘭達四季ノ里の神達が人の世の季節の移ろいをコントロールする為に使用している神器

水晶玉のように丸い、四季節の神々は四季玉に神力を送るのが御役目


当たりあたりがみ

神々の世界で一千年に一組の周期で誕生する番神の呼称、稀であり「当たり神」に生まれた神は死ぬまで幸福が約束される加護を持ってして誕生する事から当たり神と言い伝えられている

番なる神同士は出会った瞬間相手の香りに酔い、引かれ合うという伝承以外、末端の神はその存在すら知らないものがほとんど

稀な為上層階の神ですら周期を忘れがち


衣裳きぬも

日本の古墳時代の衣装

天照大神やイザナミといった女神の纏った神衣

夏蘭達若い神も白を基調にした神衣を着ているがデザインはインドのサリーのような一枚布の神衣を好みの膝丈で着ている

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