四.
夏蘭と雪兎が婚約し、一緒に古保管庫へ行った日から数週間が経っていた
結論を言えば、二人は未だ婚約中で、互いの不快感の理由も見つけられずにいた
夏蘭は今日は里の同世代の女神達と女子会と称してカフェに来ている
春香が以前言っていた星屑モンブランを注文して女四人でのティータイムだ
「ねぇ、ねぇ、この里で一番いい男って誰だと思う?」
里の同世代の女神から唐突に投げかけられた質問に夏蘭は星屑モンブランを食べる手を止めた
「私は〜春香かな〜ハイスペだし、将来は春ノ神にだってなりそうじゃん」
と言ったのは夏蘭ではない別の女神である
「春君はあんたには靡かないでしょ、夏蘭にべったりだもん」質問した女神が夏蘭をにやにや見ながら言うのに対し春香推しの女神が答えた
「自分に靡くかは置いといて、里で一番いい男って事でしょー、春香くんが夏蘭を溺愛してるのなんて里中の皆がしってるよ」
「…溺愛ってか…ストーカーの域に片足突っ込んでるけどね」
夏蘭は眉間を寄せて半目で呟きグサリと星屑モンブランにフォークを突き刺した
夏蘭の地雷を踏んだ事を察した別の女神が話題替えに喋りだす
「あー…私は里一番て言ったら雪兎だと思うなー
見た目は言わずもがな
声がめちゃくちゃ神声だよねー、あの美声で囁かれてみたい」
「確かにー」 「わかりみ〜」 両手で身体を抱きしめて頬を染める三人の女神に夏蘭はフォークで掬ったモンブランをぼとりと皿に落としてドン引きである
(どのへんが…)
夏蘭には到底共感出来ないが夏蘭以外からは確かに雪兎の声は美声に聴こえるらしい
やはりおかしいのは夏蘭の耳なのだ
夏蘭は雪兎の声を聞くと胸がムカムカして声音に過剰反応するように耳孔にゾワゾワした不快感が走るのだ。聞くに耐えない声と言っても過言ではない
夏蘭は気になってフォークを皿に置き軽ーく手を挙げた
「あ、あのさ…そんな良いか?あいつの声…」
恐る恐ると言った感じで問いかける夏蘭に三人がキョトンとした顔で夏蘭を一瞥し一様に三人で目配せしたかと思うとケラケラと笑い出した
「良いも何もね〜♡だって、超イケボじゃん」
「そういやー雪兎も夏蘭の男になったんだった!
忘れてた〜、ごめん婚約者だもんね、キャーキャー言われたくないよね」
「そっかー、夏蘭はあの美声で「バカ…」とか「他の男見んな」とか囁かれてんのか〜〜やばい。羨ましい」
「…」
馬鹿も阿呆も夏蘭は雪兎から良く言われるが耳障りでイラつく声でしか無い為、何がやばくて羨ましいのか全くもって理解出来ない、そもそもバカは褒め言葉では無い…夏蘭は少し困惑し
(そんなセリフ耳元で囁かれたら秒でぶん殴ってしまいそう…)とか思う
だが盛り上がり始めた女神達の妄想は止まらない
興奮気味に口々に語り出す
「クールでちょっとSっ気のある感じの声
がたまらんよね」
「そのくせ、ドライな声とは違って意外にスマートで優しいからなあいつ〜」
「そうそう。あの碧眼の瞳でじっとみつめられて
あの声で口説かれたらキュン死にするね絶対」
「それな」 「わかる〜」 「やば〜い♡」
「そ…そんなにすごいの…」
夏蘭の喉がこくりと鳴った
今まで極力関わりたく無いと避けてきただけに雪兎に興味を持つ事など無かった夏蘭だったが自分以外のここにいる全員が神声だと言うのだから実際の雪兎の声はかなりのイケメンボイスなはずだ
何故なら神の世では神声は一番最上級の褒め言葉である
夏蘭にはイライラのゾワゾワボイスでもだ
(私も皆んなと同じ感覚で雪兎の声を聞いてみたい…気もしてきた…ぞ?)
夏蘭はなんだか胸の奥がむず痒いようなモヤっとした気持ちを祓うかのようにちゅーっとストローでアイスカフェオレを飲みケーキを頬張る
その後、ついでといった感じで雪兎の匂いについてもサーチを取ったが皆一様に
「え?香りなんてある?ちょっとわかんない」
「私も〜気にした事ないからわからない」
「同じく」
と言った感じでやはり自分だけが何かおかしな事になってるのだと夏蘭は大きく溜息をつくのだった
◇◆◇
その頃、雪兎もまた同世代の男神ばかりで集まって
神の世の男達の遊戯として親しまれている楊弓を楽しんでいた
胡座をくんだ状態で矢場に並んだ男神達が小弓を引いて矢を射る、悪鬼の描かれた的に矢が命中すれば
得点が得られ男達で得点を競い一番点を稼げなかった者が罰ゲームを受けたり酒を奢るのだ
「雪兎、お前夏蘭と婚約したらしいじゃん」
ひとりの男神が隣に座って矢をつがえる雪兎に話しかけた
「ああ、まあ…強制的にな」
淡々と述べた雪兎に男神三人が弓を引く手を止めた
「何が強制的にだよ!お前完全に謀っただろ、夏蘭に興味ねー、寧ろ嫌いみたいな態度ずっと取っておいて実はこうゆう展開狙ってたんじゃねーの?」
「あー、それ俺も思った!春香が昔からずっと夏蘭に近づく男を恋人面して牽制しまくっていただろ、
だから逆をついて犬猿の仲て立場に徹して機会を狙ってたんじゃ無いか?中途半端な仲より印象強いもんな〜」
「春も完全にお前に関してはノーガードだったからな、あいつが一番面食らったよな、番、つがいと囲ってきた女を横からサラッと掻っ攫われたんじゃなぁ〜お前あいつに刺されるんじゃね?」
「…お前らの目は節穴か?二百年以上見ててマジで言ってんのか」
雪兎がイラつきを隠す事無く立ち上がって3本の矢を持ちブー垂れる男神達を標的に定め矢をつがえる
目が本気だ
「うわ、馬鹿、やめろ!アホか冗談だよ、ちょっとからかっただけだろうが」
「こえーよ!弓下げろって!ジョークのわからんやつだな」
「わかった、わかってるから、こっち向けんなって、的あっち!」
雪兎は舌打ちをうって弓の向きを変え放つ
トトトッと矢が的に3本ともに命中して皆が一様にはーー、と息をついた
「で、お前が本気で夏蘭を嫌っているのはわかったが、これからどうする気なんだ?」
「もちろん婚約解消するつもりだ、あいつも同じ気持ちだしな」
「え〜マジかよ!?もったいねー」
「あんな綺麗でスタイル抜群で声まで可愛い女神とせっかく婚約出来たのに解消して後で後悔しない?」
「性格は少し勝ち気で口が悪いのが玉に瑕だがそんなの気にならなくなる程良い女だもんな夏蘭は」
雪兎は唖然とした顔で弓を下げ三人の神を見た
「…あいつ、そんなに良いか?」
夏蘭を今までちゃんと見た事の無い雪兎は男神達の夏蘭の評価の高さを知らなかった
「昔からお前夏蘭に対してだけ妙に距離取って嫌そうにしてるけどお前の感覚がどう考えても異常なんだよ」
「そうそう、雪兎いつも夏蘭の眼を見るとイラつくとか言うけど、意味わからんよな、寧ろ見てて良いならずーっと目合わせていられる」
「それより匂いが苦手って方が謎過ぎないか!?」
「「あ〜〜!それな」」
三人の神から訝しむ様なジト目を向けられて雪兎はごくりと喉を鳴らし、たじろいだ
「いや…だって…あいつの香りキツく無いか?
なんてゆうか、自己主張強い独特の匂いっつーか…」
夏蘭の香りは雪兎にとっては鼻腔をつくような強い香りで夏蘭がいる場所にはいつも匂い立つ程の香りが充満して主張するかのようにその空間を支配する
どんな匂いか?と聞かれれば雪兎も困ってしまうような何にも類似しない香りで夏蘭の匂いとしか良い様が無いのだが、臭いと言うのでは無く例えるならば香水を何種類も混ぜ込んで水をぶっかける様に浴びせた様に濃い香りを放っているようなキツさなのだ
だが、雪兎以外の神々が夏蘭の香りを例えるとそれは全く違う答えだった
「独特?違うよ、桃の香りだあれは」
「そうそう、桃源郷の爽やかな風にのってほのかに香る甘やかな香りだよ」
「全然きつくもないし控えめで芳しい香りだよな、春香が夢中になるのもわかるわ、あの甘い香り中毒性あるくらい良い」
「へー…俺にはわかんねー」
雪兎はなんとも言えない苛立ちを覚えた
雪兎は桃が大好きだ
本当に桃の香りならばあんな不快感におそわれるわけがない
だけれど、ここにいる自分以外の神は皆意見が一致している、嘘をついているとも思えなかった
雪兎はやはり自分だけがなにかおかしいのだと思い知らされた
そうして思う(そんなに良い香りなら…俺だって嗅いでみたい…)
雪兎は不貞腐れた感情を叩きつけるように
的に目掛けて矢を放つ
MAX高得点を叩き出しやつ当たりで言い放った
「俺一等上がりな、先に酒貰うぞ、お前らのうち誰の奢りになるんだろうな」
皆が手を止めてるうちに一人点稼ぎしていた事などお構いなしにしれっと告げて雪兎は弓を片付けにかかる
「あー、お前きたな!それでも神の端くれかよ」
「神は強かに策士であれ、だろ」
雪兎が喉の奥で笑って悪い顔をする
「俺先週奢ったばっかだぞ!俺が二等でぬける」
「いいや、俺だから!」
「あっ、こら、お前ら」
盃になみなみ酒を注いで口をつけながら仲間達の
慌てた様子を見つめる雪兎は
ぼんやりしながら夏蘭を思い返した
数週間前にはっきりと見つめた夏蘭の吸い込むようなエメラルドの瞳、あの顔を思い出して…
「くそ、やっぱりムカつく…」
記憶の中の夏蘭にさえ心を乱される自分に嫌気がさして雪兎は大きく溜息をつくのだった