07 晩ご飯
王都ではありふれたレンガ造りがハウスマン工房である。
1階には受付、応接間そして工房がある。
2階に登ると住宅スペースとなっている。
元々は両親とビオラの3人で住む予定で作られた家である。
ビオラが生まれた際に母は亡くなり、父は去年事故で亡くなった。
いつの間にか一人になってしまった。
魔導具や家具が所狭しと置かれている筈なのに、今はこの家がとても広く感じる。
外はすっかり夜になってしまった。
帰宅したビオラが灯りのついたエントランスから入る。すると、受付台には『所用で席を外しています』と書いたプレートが置かれていた。
これはビオラが置いたものではない。
工房で来客の対応や荷物の受取などの雑務をお願いしている女性の仕業だろう。
しかし、エントランスの鍵は掛かっていなかった。
父と一緒に経営していたときは、ビオラが施錠を忘れるとあった事は多々あった。
その度に父に怒られて、試しにオートロック機能のある魔導扉を作り、トイレに設置してみた所、父を閉じ込めてしまい、また怒られたことがある。
それ以来、ビオラは魔導扉を製作する事が禁止となった。
ただ、今は留守番をしてくれている女性がいて、今も勤務中のはずだ。
用心深い彼女が鍵も掛けずに外出することはないだろう。
「あ・・・・・・、ビオラちゃんおかえり」
鈴を鳴らした様な澄んだ声が2階へと続く階段から聞こえてきた。
「ただいま、アナスタシアさん」
事務員のアナスタシアが1階へと降りてくる。
黒髪よりも明るい藍色の髪にくりっとした瞳、東洋国とは違う、もう少し西の国の出身らしい。
身長はビオラより低いのだが、年齢はビオラより2つ上。
東国特有の童顔のせいで、どうしても年下に感じてしまう。
「もうすぐ帰ってくると思ったから、ご飯作ってた」
アナスタシアは住み込みで働いてくれている。
治安の良い王都であっても、ビオラという少女が一人で暮らすには不安があると、商会ギルドの副ギルド長の紹介で雇った女性である。
控えめな性格でありながら献身的であり、それなりに護衛術も身につけているからとても頼りになる。
今は胃袋も掴まれてしまって、ハウスマン工房には無くてはならない存在であった。
「今日のご飯は何かしら?」
「はい、市場で脂がのった【一角ウサギ】のもも肉があったからソテーに」
【一角ウサギ】は額に螺旋状の角を持つウサギである。
主に森の奥深くに生息しており、冒険者の戦利品として市場に流れることが多い。
【一角ウサギ】の旬は秋から冬で一番脂ののりが良い。
夏である今の【一角ウサギ】で脂がのっているのはとても珍しい。
「珍しいわね」
「北国から流れてきたらしくて。向こうは年中冬ですから」
ノーゲンブルク帝国よりも更に北の方。
年中冬と言われており、大地は凍り、交通の道具はソリらしい。
サグノリア王国からはとても遠いので、流通などまずないのだが。
「それは・・・・・・高かったでしょう」
「そう・・・・・・ね。美味しそうだったのでつい。あのレベルは王国の冬でもまず出回らないと思う」
アナスタシアが太鼓判を押すウサギ肉。
思えば、ソテーされた肉の脂の芳ばしい香りが工房に充満している。
換気設備はつけているが、この匂いなら換気しなくてもいい。
「それは楽しみね。じゃあ、先に着替えてくるわね」
「はい」
ビオラは2階の自室へと向かう。
リビングでは食器を置く音や、パンがトーストされた音が賑やかに鳴っている。
ビオラが部屋着に着替えリビングに向かうと、家族向けの大きな机の上に狐色に焼かれた【一角ウサギ】のもも肉と葉物とトマトのサラダ、コーンの冷製ポタージュに大きく切られたパンのトーストが置かれてあった。
外を歩き回ったビオラのお腹が鳴る。
五感の全てを刺激するその食卓にビオラの心が躍る。
「帝国麦酒があるけど、どうする?」
「今日は飲みましょう!」
夏の日差しの中仕事をして喉がカラカラだ。しかも、途中で酒場に寄ってしまい、変にアルコールを意識してしまった。
アナスタシアもそれを知ってか、芳醇さを楽しむ王国麦酒ではなく、喉越しを楽しむ帝国麦酒を勧めてくるのだから、分かっている。
麦酒用に作った雷魔酒冷庫から二人分の瓶を取り出す。
瓶の表面に結露が生まれる。これはよく冷えている証拠だ。
「それでは、いただきましょう」
「はい」
「「かんぱーい」」
まずは、このどうしようもない喉の渇きを解消しよう。
瓶口をそのまま口に運び、麦酒を流し込む。
レディとしてははしたない行為であるが、時にはハメを外す瞬間も必要らしい。
アナスタシアが言ってた。
アナスタシアの言う通り、ウサギ肉の脂は素晴らしい。
ウサギであるから一見、筋肉質で硬いという偏見を持たれるのだが、火加減に注意すれば柔らかく仕上がるらしい。
アナスタシアが言ってた。
粒を残したマスタードも添えられており、違った味わいも楽しめる。
口の中に残る脂をまた、麦酒を流し込むことで洗い流す。
流石は帝国麦酒である。喉を鳴らす度に刺激する感覚はたまらない。
その感覚を追いかける様にホップの香りが通り抜ける。
ビオラが大きく息を吐くと、アナスタシアが嬉しそうに笑っている。
「今日も大変だった?」
「うーん、開発の仕事。大変になるのはこれからですね」
ビオラはトーストをちぎり、ポタージュに浸す。
アナスタシアのポタージュはミルクが多めだ。
コーンの風味をアクセントとして、濃厚なミルクの味を楽しむ。
サクサクと焼いたパンの部分とポタージュを含み、柔らかくなったところを同時に味わうのがビオラ流だ。
「また、徹夜だね。夜食は?」
「欲しいですね」
ビオラはニヤリと笑う。
魔導具師としての徹夜作業は好きだ。いろいろ実験しているとすぐに朝になる。
さらに、アナスタシアの料理を食べられるとなると喜びが増す。
「分かった。徹夜するときは教えて」
「そうします。あと、ハルトマン商会に発注についての面会をお願いしたいので、手紙を出しておいてください」
これは開発に当たって必要な材料をお願いするのだ。
雷魔温水器についてはまだまだ先であるが、アランたち大工の熱中症対策については頭の中に構想がある。
取り敢えず、その材料だけでもハルトマン商会に揃えてもらう必要がある。
「では、アルフレッドさん宛に出しておく」
「お願いします」
アルフレッド・ハルトマン。リュドナイの父であり、現在は息子たちに経営を譲っているが、ビオラとは個別に対応してくれている。
リュドナイをバカ息子と自覚しているからこそ、しっかり者のビオラを側におきたいと言われたことがある。
いい迷惑であるが。
「アナスタシアさん、一本目終わりました!」
「はやっ!!待って、私もすぐ飲む」
こうして、乙女二人の酒盛りは夜遅くまで続いた。
閲覧ありがとうございます!
肉にはやはりラガーですよね。
まぁ、私は何にでもスーパードゥゥゥウウウラァォアアイなんですけどね
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