02 アレッシアの心配
ビオラが商会ギルドの受付まで来ると、受付嬢のアレッシア・コルテーゼが不機嫌そうに頬杖をついていた。
王国では珍しい赤毛の癖っ毛。そばかす混じりの美人さんである。
ビオラが当主になった頃から仲良く付き合いしている。
「聞いてた?」
「一部始終」
どうやら、リュドナイに対しておとなしく対応するビオラの代わりに怒ってくれているらしい。
「どこがいいの?あんなやつ」
「私が聞きたいわ」
リュドナイの良いところを探すのは困難だ。
付き合いの長いビオラだって、ぱっと考えて思い浮かぶのは『声が大きい事』くらいだ。
小さな頃は守ってくれたり、優しいところもあったのだけれど。
「金貨出す?」
「お願い。っとそれより、出荷表が見たいわ」
ハウスマン工房は商会ギルドへ一定量の商品を倉庫へ納品している。
商品が売れて出庫されると次の商品を納品する。
ハウスマン製品が信頼されているからできる仕組みである。
「はい、『雷魔石』3個と『雷魔送風機』4個よ」
「『雷魔石』3つも?1つはイシェルさんとこの買い替えでしょ?」
『雷魔石』の寿命はおよそ10年だ。父が『雷魔石』を商品化したのが18年前である。
当初に購入した人であればそろそろ2回目の交換の時期だろう。
「新規さん。『送風器』もその人たちが。今年熱いから」
これは嬉しい知らせであった。商品化して18年、最近では中々新規で『雷魔石』を取り入れてくれる住宅は少ない。
ほとんどが、故障や寿命での交換だ。
それに『雷魔石』はそれほど安くない。
雷魔石の大きさにもよるが、最低でも金貨3枚、高いものでは金貨10枚以上だ。
雷魔石の大きさについては、小さい物では子供の大きさ。大きいものでは天井につくのでは無いかという物もある。
そこらへんは、使う魔導具の種類や住宅の規模によって応相談である。
こういった細かな設定ができるのも『雷魔石』の特徴である。
「雷魔温水器はやっぱり売れてないよね」
「無理よ。火災騒動なんて起こして」
『雷魔温水器』。これは電気の力でお湯が作れないかと父が考案した機器である。
魔石では、水魔石と火魔石を同時に使う魔導具があり、魔力提供者により蛇口から即座にお湯が出せる。
いわば瞬間湯沸かし器だ。
父の考案した雷魔温水器は、タンクに水を貯め、内部にある電熱棒に電気を通し発熱させてゆっくりお湯を作る。
夜間の寝静まった間にお湯を作り、昼間の活動時間にお湯を使う。そして水を貯めるのだ。
容量も多いため、浴槽に湯を張ることもできる。とても好評な商品であった。
しかし、突然降って湧いた火災騒動。雷魔温水器にはいくつもの制御盤と遮断器を噛ませているからありえないと証言した。
だが、一度飛び出た風評被害は収まることを知らず、今日もハウスマンの懐を攻撃している。
「電熱棒が焼け落ちたんじゃない?」
「もしそれでも、火災は無い。それに、調査では外部からの出火でしょ?」
ビオラは放火と睨んでいた。
外部の出火で制御盤や遮断器の問題を上げられたが考えにくい。
父がいなくなってから、『魔石専売』や『他の魔道具師』などが急に煩くなってきた。
こういった者たちが関係しているのではないかとビオラは思っている。
「まぁ、なんにせよ。別の構造を持った物に変えないと厳しいわよ」
「はぁ、また開発ね」
つい先ほど決意したばかりなのにもうため息である。
「それと、金貨5枚。王都は治安がいいって言っても、女の子がこんな大金持って歩くものじゃないのよ」
「ありがとう。そのまま、リュドナイに言ってあげて」
まじめな顔で話すアレッシアにビオラは苦笑いで返す。
5枚の金貨を金貨袋に仕舞う。
「それと、大工のアランさんが住宅設備の相談がしたいから顔出せるか?って」
「えーっと、近くにサンドイッチのお店あったよね。昼飯のついでに寄ってく」
アランは父の代から『雷魔石』を協力的に取り入れてくれている大工だ。
雷魔温水器の件も導入を勧めたのはアランだったため、ビオラは平身低頭した。
しかし、
「施工した俺が言う。機器に問題はねぇ!大工の勘を舐めるな!」
これはとても心強かった。アランが既婚者でなければ惚れていたかもしれない。
口調は荒っぽいく、職人気質であるが根はやさしい人であってビオラは大好きだ。
ビオラは、サンドイッチ屋で何か差し入れでも買おうと思った。
「それじゃあ、行ってくるね」
「本当に、リュドナイとは縁切りなよ!あの男にビオラは勿体ないよ」
「ありがとう。でも、家の問題もあるから、そんなに簡単にいかないよ」
婚約破棄、できるものならしてみたい。
しかし、父親同士の仕事の関係での婚約である。
自分たちで好きだ嫌いだという話では無い。
ビオラから婚約破棄などしてしまえば、ハルトマン商会からの援助は何一つ無くなる。
援助が無くなるのは百歩譲っていい。
問題は、妨害する側に回られることだ。
あのリュドナイだ。あり得る。
だから、ビオラにとってリュドナイと縁を切るという選択肢は無かったのだ。
心配そうに見るアレッシアを横目に、ビオラはサンドイッチ屋に向かうのだった。
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