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超超超筋肉増強剤

作者: 青水

『死ねよ、ヒョロガリ』

『枯れ木みてえな体しやがって』

『ぎゃはは! 見ろよ、こいつの骨、簡単に折れたぜ』


 夜、寝るたびに悪夢となって襲い来る。それは、いじめの記憶。もうずっと昔のことなのに、いまだに彼の心に深く刻まれている。

 男は背が高かったが、体は針金のように枯れ木のように細かった。筋肉をつけようとしたが、なかなかつかない。太ろうとしたが、太れない。そういう体質なのだ。体質というのは、元来持っているものなので、それを変質させることはなかなか難しい。


「畜生……」


 自らの、この貧相な肉体がどうしようもなくコンプレックスなのだ。コンプレックスを抱えたままだと、自らに自信が持てない。肉体を改造して、精神的にも強くなりたい。

 男はネットサーフィンをした。ネットの海を漂う中で、その薬を発見した。それは、どこかのホームページを見ているときに、広告として発見したのだ。


『超超超筋肉増強剤』


『超』という文字が三つ並んでいるのを見て怪しさを感じるか、それとも心強さを感じるかは、人によってさまざまだろう。男は前者でありつつも、後者でもあった。

 広告をタップして、そのページへと跳ぶ。


『超超超筋肉増強剤! この薬を飲むだけで、あっという間に筋肉だらけ♪ 筋肉だるま♪ 筋肉祭り♪ 通常価格10000円が、今ならなんと……驚異驚愕の5000円! まさに超超超お買い得!』


 ……怪しさは漂ってきている。

 値段は安くはない。けれど、5000円なら効果がなくても、つまらないゲームソフトを一本買ってしまった、とでも思えばいい。


「……買ってみるか」


 ◇


 届いた。

 小さな箱の中に、その超超超筋肉増強剤が入っている。薄っぺらい説明書も同封されている。説明書というか、注意書きである。


『注意! 毎日一錠をお飲みください。それ以上の服用は、肉体に多大な影響を及ぼす可能性がございます。規定以上の服用をして、何らかの悪影響が出たとしても、責任は取りかねます』


 小さな錠剤。これを一日一錠飲むだけで効果があるのか。注意書きからして、相当効果が強い薬のようだ。これは期待できるぞ。

 早速、飲んでみた。

 飲んで――眠くなったので、男は寝た。寝ている間に、成長痛に似た、じんわりとした痛みを感じた。

 8時間ほど寝て、朝目覚めると、明らかに体が大きくなっていた。全身鏡の前に立って、肉体を子細に観察する。筋肉が、ついている。

 体重計にのった。大して食事をとっていないのに、5キロも増えている。わずか一日で、5キロ。しかも、そのすべてが筋肉だ。


 小躍りした。これから毎日、欠かさずこの薬を飲もう!


 ◇


 やがて、男の肉体はボディービルダーのように、途方もない筋肉の鎧で覆われた。服はすべて買いなおした。小食だったが、今では大食漢になった。街を歩けば、道行く人々が男のことをちらちらと見てくる。


『今の人見た? 筋肉やばかったよね』

『ボディービルダーかな?』

『ウホッ! いい筋肉ぅ』


 すばらしい。

 幸福に満たされた。圧倒的充実感。皆が、俺のことを見てくれる! 驚き、慄き、羨望する……っ!

 しかし、ある日、ネットを見ていると、某ボディビル大会の優勝者の画像を見つけた。いずれの優勝者も、自分より遥かにマッチョである。あんな肉体に、自分もなりたい。しかし、あれほどの肉体は、才能がなければなれない。

 才能、才能、才能。俺には才能がないのか……?

 今でも、毎日一錠ずつ、超超超筋肉増強剤を飲み続けている。しかし、もうほとんど大きくならない。停滞、限界。そんな言葉が、頭をよぎった。


「駄目だ……一錠じゃ駄目だ……もっとだ。もっと飲んでやる!」


 男は一日に二錠飲むようになった。すると、今までの停滞が嘘だったかのように、さらに筋肉がつきだした。食事の量も増えていく。借金をするようになったが、筋肉のためだ。気にしてはいけない。

 しかし、やがて伸び悩むようになった。二錠の限界値に達したのだ。男の体は筋肉に覆われ、歩くのがやっとだった。健康的とは言えない。男の知り合いは彼を心配していたが、筋肉にとらわれた男は聞く耳を持たない。


「もっと、もっと飲まなきゃ。筋肉が足りない。まだだ。俺は世界最強の筋肉になるんだ……」


 三錠? いや、もっとだ。もっともっともっと、一気に飲めば膨大な筋肉が手に入るはずだ……。超超超筋肉増強剤の残りは……30錠……。これを一気に飲んでやる!

 ざらざらざら…………ごくんっ。

 どくん、と心臓が飛び跳ねる。メキメキメキ、と体の内側から音がする。風船のように体が膨らんでいく。筋肉がはちきれんばかりに膨らんで――。


「――うっ!」


 心臓が耐えきれなくなった。体内に蓄積されたエネルギーもすべて使い果たされた。筋肉で気道が塞がれて、呼吸ができなくなった。膨れ上がった筋肉に耐えられなくなった皮膚が弾けた。

 あらゆる死が、一斉に男に襲いかかった。

 そして、男は死んだ。死因はとりあえず、心臓麻痺と書かれた。

 超超超筋肉増強剤の販売会社は、薬事法違反でトップが逮捕され、潰れてしまった。在庫は闇マーケットで高値で売買されているという。


『注意! 毎日一錠をお飲みください。それ以上の服用は、肉体に多大な影響を及ぼす可能性がございます』




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― 新着の感想 ―
[良い点] 筋肉最高ですッ! [一言] 成程……何かに憑りつかれた人は怖いですね
2021/03/21 14:46 退会済み
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