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ハルゼロバン  作者: 柳瀬
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私達の正義

◯四月八日

 夜中に目が覚めた。

 病院のベッドの上、腕に巻かれたギプスを見る。痛みはあるが、あの時ほどじゃない。

 治療が終わり、入院生活も思ったより怠惰で昼間に眠り過ぎて、一向に眠れる気がしない。

 怒られても良いから身体を動かそうと立ち上がり、廊下に出る。人気のない病院は少し怖いが、非常口の明かりや、どこからから漏れる照明の灯りを頼りにエレベーターに辿り着く。

 最上階は向かい、階段を使い屋上へ出る。

 誰も居ないかと思ったが、先客が居た。

 美夜と美々だ。

 黙って柵にもたれ、風を浴びている。

 「おっす。」

 こちらに気付いた美夜が軽く手を上げる。

 こちらも手を上げ挨拶に代える。

 三人並んで柵寄り掛かり、夜の街を眺めている。ビルの灯りはこんな時間でも消えず、街を走る車は多い。夜風が冷たい。

 「怪我、大丈夫?」

 「私は全然問題無い。狂態化の反動で全身疲労と、右腕骨折、筋断裂、右手の裂傷…。」

 骨折と筋断裂は、リミッターを超えた状態で身体の許容を超えた攻撃をしたためだ。裂傷は拳を握り締め過ぎたせいだ。

 美々はちらりと私の腕を見る。

 「骨折、筋断裂にしては治療が軽くないですか?」

 「そう、回復力も狂態化したみたいで、もうほとんどくっ付いてる。」

 「筋力、判断能力、治癒力、多方面で狂態化したわけですね。」

 「それってかなりレアだよね。」

 そう。基本的に狂態化出来るのは一部の機能に偏る。全ての感覚、機能を100パーセント引き出せる可能性はほとんどない。

 「二人は大丈夫なの?」

 「左腕はひび、右腕は骨折と筋断裂。全身疲労だけど、全部直ぐに治るみたい。」

 「肋骨一本、肺に損傷、全身疲労。大した事はありません。」

 二人とも強がってはいるが、元気がない。

 「二人とも。」

 目線が私に集まる。

 「本当にごめん。」

 頭を下げる。

 「新開さんと芳川さんを助けた事は一切後悔してないよ。結果ああなったけど、最初に助けないのは間違ってる。まあ、色々と反省点はあるけど。」

 「今回、四季さんが無策に突っ込んだ以外は間違っていなかったと思います。」

 「うっ…。すみません…。」

 心に刺さる。

 「それでも、確かに今回の一件は色々と考えさせられました。」

 「そうだね…。」

 しばし沈黙する。やがて、美々が口を開く。

 「何を正義とするか。」

 「富士根の言葉を考えてた。確かに私達三人が死ねば、今後PPを目指す人が減る。」

 PPなる前から危険が伴うとなれば、目指す人も減るのは通りだ。

 「そうすれば、私達三人の命で救われる命もあるんです。PPになったがために殺される人も減るわけですし。」

 「それでも、PPが減れば過去改変が起きかねない。」

 「それに、改変をしたがってる奴らの思い通りになってしまう。」

 「そもそも、過去改変は…。」

 美々はそこまで言って、言葉を区切る。しかし、言いたい事は分かった。PPにとってそれは抱いてはいけない疑念だが、私も何となく胸の奥で引っ掛かる。

 過去改変は悪なのか。

 これはまだ分からない。改変して、死ぬ運命の人が死なない。犯罪が起きない。それは幸せなのかもしれないが、また別の人の幸せを無かったことにしてしまうかもしれない。

 「正しいねがひに燃えて取った行動であれば後悔はしないと思います。」

 「宮沢賢治ね。」

 詩を思い出し反芻する。あれは恋愛について語っていたが、それは正義と置き換えることもできる。

 「私は自分が正しいと思う正義を、PPになるまでに探したいと思います。もしその正義が、PPとして美しくなければ、PPは辞めます。」

 こちらを見ずに、遠くに目線を送っている。

 「このままだと、私も自分の正義がないままPPになってしまいそうで怖い。」

 美夜は俯き、真下の道路を見ている。

 「私も決めた。卒業までに、PPとしてじゃない、私としての正義を見つける。」

 私は遠くのビルを見ていた。少し恥ずかしくて、二人を見れないが、それは二人も同じようだ。

 

 ◯四月十日 昼

 「その節はどうもありがとうございました。」

 「ありがとうございました。」

 「いえいえ、私達も助けられちゃったし。」

 四月七日から三日後、改めて新開さんと芳川さん、美夜と美々と集まった。場所は初めて二人と出会ったファミレスだ。

 「お二人とも、怪我とか何かいかがわしい事はされなかったんですか?」

 あれから病院やら検査やらでまともに状況を聞けていなかった。気になる事はたくさんある。

 「何もなかったと思います。気を失ったのは、その…。」

 芳川さんが言葉に詰まる。目線は美々にあり、そういえばと思う。

 「この人は貴船美々、月見ヶ丘の同級生。」

 「なるほど。その美々さんが来たタイミングで眠らされてしまったので、何もされてはいないです。」

 それなら安心だ。

 「それより、皆さんの方がやばくないですか?」

 三人で顔を見合わせる。

 「私は幸い肋一本で済みました。」

 包帯であらゆるところを巻かれた美々は言う。富士根の蹴りを喰らい、肺が圧迫され一時的に呼吸困難になっていたらしい。それで肋一本は確かに運が良い。

 「私は腕の骨が折れたけど、現代医学なら直ぐくっつくよ。」

 美夜の腕にはギプスがある。それでも数日で外れてすぐに元に戻るらしい。医学の進歩に感謝するしかない。

 「私も右腕折れたけど、もうくっついた。」

 念のため包帯の巻かれた腕を見せる。

 「ええっ!?折れた骨って、そんな直ぐくっつくもんなんですか!?」

 「四季さんは特別です。」

 「はぁ。」

 あまり納得は出来ていないようだが、話を続ける。

 「あの後、二人はどうしたの?」

 「私が優憂(ゆうい)を起こして、救急車呼んだんです。外で待とうとしたら、一階にいっぱい人倒れてるし、もう何が何だか…。」

 「私達も意識が朦朧としてて、気が付いたら病院でした。警察の人やPPの人に色々聞かれて疲れました。」

 芳川さんは大きな嘆息をする。

 「本当に無事で良かった。巻き込んでごめんなさい。」

 頭を下げる。

 「そんな!助けてもらったのは私達ですし、謝ることなんて!」

 新開さんは手を振って慌てている。

 迷惑をかけたわけじゃなければ幸いだ。

 「皆さんが謝る事はありません。落ち着いたら、一緒にご飯とか行きましょう!」

 「そう言ってもらうと嬉しいね。」

 美夜に顔が綻ぶ。

 「それには私も入っていますか?」

 美々が少し気まずそうな顔をしている。

 四人、息が揃う。

 「もちろん!」

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