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ハルゼロバン  作者: 柳瀬
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月見ヶ丘中学校

◯四月六日 午前の授業

 春の日差しが教室に差し込んでいる。窓際の席は、その光が直接当たり、眩しいくらいだ。

 幾分か暖かい気温になってきたが、まだまだ寒さが残る4月に、新しいクラスで授業を受けている。

 教師が話しているのは、既に聞いたことのある、もはや常識と言えるものばかりで、退屈に感じる。

 「過去にタイムスリップした際に気を付ける事は、未来から来た証拠を残さないこと。未来にしない物や技術を、過去の人間に知られてはいけない。それらが、過去に何らかの影響を与えて、未来を変えてしまう、つまり過去改変に繋がりかねない。」

 過去を改変する事はタブーであり、重罪だ。

 そんなこと、皆とっくに知っている。小さい頃から、そういう法律があり疑う余地もない。

 しかし、未来について知られてしまった実例は少なくない。それらを教師が紹介する。

 「未来の機器を過去へ置いてきてしまったり、未来人と悟られるような行動をしてしまったり、まあ、学校で何を学んだって僕は思うけどね。」

 と、笑い話のように話す。

 「幸いな事に、それらはオーパーツやオカルト話として信憑性の薄い情報として処理されている。未来からの根回しもあるが、過去の人間はタイムマシンを非科学的な物と捉えている節もある。」

 それでも、このように教訓や悪い例として、後輩にずっと笑い者にされるのだ。私だったら耐えられない。

 「習ったことを思い出し、禍根となるような行動は控えること。ましてや、過去の人間に未来人であると素性を明かし、交流を取るなどあり得ない。」

 過去に戻り、未来を変えてしまうような過去改変を事前に食い止める仕事、それがPP。PPは各時代に配属、常駐し、警備員のように未来人が居ないか観察する。もし、未来人が居れば身元を確認し、タイムスリップの許可のない者であれば、武力行使で拘束し未来へ送還する。

 そのPPを育成する我が校では、日頃、タイムスリップに関する法律や、過去の時代の生活や溶け込む術、武力で改変を止めるための訓練を行なっている。

 二年生になった私は、今日の午後の訓練をずっと楽しみにしてきた。いや、正確には二年生になるのを楽しみにしていた。基礎知識や基礎訓練が終わり、ようやくPPとして必須の技術を身につける事ができるのだ。



◯四月六日 午後の授業

 「これから、3年生と一対一の戦闘訓練をしてもらいます。貴方達は一年生の時に基礎体力を伸ばし、基礎体術を身に付けてもらいました。既に一般人を制圧する力を持っていますが、狂態を身に付けた3年生はとてつもなく強いです。

存分に揉んでもらい、あわよくば狂態化への足掛かりにしてください。」

 体育館に、クラスメイトと3年生数人が集まっている。

 「それじゃあ、色紙(しきし)さん。」

 名前を呼ばれ、私、色紙四季(しきししき)は体育館の中央へ出る。

 「一ヶ(いちがせ)さん。」

 一ヶ瀬と名前が呼ばれると、周囲が騒めく。当たり前だ。

 一ヶ瀬透子(いちがせとおこ)さん。この、月見ヶ丘中学校の知力部門武力部門総合一位、つまり我が校で1番強い生徒。月見ヶ丘は、PP育成校の中でも、全国でも上位に入る学校だ。その中の一位は、全国でも有名になる。

 その一ヶ瀬さんの戦闘を見れるのだ。そして、私は手合わせが出来る。興奮を感じ、鳥肌が立つ。一ヶ瀬さんを倒したら、実質私が一位だ。運が良い。

 15メートル程の間隔を取り、立ち止まる。

 相手と目を合わせるが、薄らと笑みを浮かべている。

 「余裕ってこと…?」

 思わず小声で苛立ちを出してしまう。

 「はじめ!」

 渡辺(わたなべ)先生の合図共に、一ヶ瀬さんに向かって走り出す。勢いを殺さず、宙で2回転し遠心力を付け、渾身の回し蹴りを放つ。一ヶ瀬は体を反らし交わすが想定内だ。

 左足でローキック、右手の拳を顔面へ、思いつく限り連撃を続けるが、ひらりひらりと身を躱し擦りもしない。その間も、ずっと薄ら笑いを浮かべている。それが腹立たしい。

 攻撃を辞め、呼吸を整え策を練るため距離を取ろうと重心を移動する。

 不意に、一ヶ瀬さんが間隙を縫うようにストレートを顔面へ放つ。

 後方へ寄っていた重心を加速させ、バク転する。

 攻め姿勢を休めちゃだめだ。相手は、一瞬の気の緩み、悪手を狙ってくる。常に全力を出す。今の数手のやり取りで圧倒的差があることが分かった。

 着地と同時に距離を詰めようとし、前を向くと既に目の前には一ヶ瀬さんがいて、左手で二撃目のアッパーを放ってくる。

 重心が前に寄っていて回避は難しい。反射的に腕を顔の前で交差し、防御姿勢を取る。

 衝撃と共に、身体が宙に浮く。

 そして気がつくと、元立っていた場所より5メートルほど後方に吹っ飛ばされていた。頭は無意識で守っていたようで、意識もはっきりしている。

 まだ戦える。

 状況を把握するため立ち上がろうと、床に手を突いた時、痛みで顔を顰める。

 「そこまで。」

 渡辺先生の合図で、一ヶ瀬さんは踵を返す。

 殴られた腕を見ると、くっきりと後が残ってる。念のため、手を握っては開き、多少腕を振ってみる。痺れと痛みはあるが、骨にまでダメージはないようだ。

 きっと今のは本気じゃない。さっきの攻撃がもし一ヶ瀬さんの全力なら、防御に使った腕は使い物にならなくなり、衝撃が頭まで届き、損傷も避けられなかっただろう。やっぱり手加減されていたみたいだ。

 「はぁー。」

 座り込んで、大きなため息をする。一発くらい入れれるかと期待はしていたが、目の前の大きな壁を改めて実感させられた。

 「お疲れ様。学年一位の四季(しき)でも、三年には敵わないかぁ。」

 声の方を見ると、鹿折美夜(ししおりみや)が立っている。負けた私を馬鹿にするでもなく、慰めるでもなく、ただただ一ヶ瀬さんの強さを噛み締めているようだ。

 「やっぱり、狂態化はとんでもない力だった。」

 腕の痛みを我慢し、負け惜しみを言いつつ立ち上がる。

 「美夜さん、正しくは学年一位じゃなく学年武力部門一位です。」

 美夜の言葉を訂正してきたのは貴船美々(きふねびび)だ。一年生の頃から何度も話をしてきたが、一言で説明するならば変人だ。

 「そうですね、学年知力部門一位の美々さん。」

 「褒めても何も出ませんよ。」

 美夜が嫌味たっぷりに言い返したのに対して、赤面し予想しない返答をする。美々はいつもこんな感じだ。

 「ところで四季さん、腕は大丈夫ですか?先ほどの戦闘、相変わらず美しい立ち回りでしたが、狂態化した校内一位相手は、四季さんでも難しかったようですね。」

 改めて自分の腕を見て話す。

 「うーん、痛いけど深刻なダメージはないかな。」

 「それは良かった!四季さんの美しいお体に傷でも残れば許しませんでしたよ。」

 「あ、ありがとう。」

 「というわけで、今日こそ四季さんの美しいフェイスラインを…、」

 そう言って顔を近付けて来る。

 「いや、全然脈絡ないから!」

 美々は事あるごとに私の顔を舐めようとしてくる。私は必死にそれを、時には腕尽くで拒否している。今まさに、美々の顔面を両手で押さえている。さっき怪我の心配をしたばかりなのに、ちぐはぐな行動だ。

 「まあ、いずれお願いしますね。」

 「ごめん無理。」

 「代わりに美夜さん…。」

 「無理。」

 美々は諦めたようで、半歩下がる。

 「相変わらず…。」

 美夜は呆れたような声を出す。

 かれこれ一年の付き合いになり、多少は慣れてきたが、理解は未だ及ばない。誰にでもこうする訳ではなく、本人が美しいと思った物にこうなるらしい。人でも物でも見境無い。

 「それはそうと、放課後ちょっと街に出ない?」

 美夜が提案する。放課後に特に用事はない。

 「放課後?別に良いけど?」

 「ごめんなさい、私放課後は用事があるので…。」

 「いやいや、美々には言ってないから。」

 「また今度誘ってください。」

 美夜の険悪になるような返答も、美々にはまるでダメージがない。初対面では出来ない、刺のある言葉も一切効果がないことも、承知しているからこそできる返答だ。

 「でも、放課後街に出るから気を付けてくださいね。」

 「そういえば、事件が多発してるんだっけ?」

 そういえば、そんな話を聞いた気がする。

 「アンテナが低いですね。PPたるもの常に衛星のような情報収集力を備えてください。」

 叱られるが、聞き流す。

 「それはどんな事件なんだっけ?」

 「近くの学生が、不良に絡まれる事件が最近多いらしいです。我が月見ヶ丘中学の生徒は被害にあってないようですが、他の中学や高校の生徒が多数被害に遭ってます。」

 「絡まれる事件って、それは事件と呼んで良いわけ?」

 美夜は疑問を呈する。

 「通りすがりに肩をぶつかられ、転倒して軽症を負った被害者もいるそうです。恐怖を覚える生徒も多く、治安が悪くなっているのは事実です。」

 「通りすがりの一瞬じゃ、警察沙汰にするにも難しいし…。」

 「そこが問題です。まあ、お二人なら問題ないと思いますが…。」

 「心配には及びませんよ。」

 美夜が自信満々に言い放つと同時に、チャイムが鳴った。

 


◯四月六日 放課後

 美夜に誘われて、街に出てきた。

 門限があるため、あまり無計画に外出は出来ないが、ある程度の自由はある。私は特に見たいものや欲しいものがあるわけではないが、美夜と2人で適当に歩いている。

 「美夜は何か欲しいものあるの?」

 隣に声を掛ける。

 「私も特に欲しいものは無いんだよね。ただ、学校と寮の往復だけじゃ精神衛生上よろしく無いなと思って。」

 「それはわかる。」

 見知った人しかしない空間というのは、安心感と同時に閉塞感もある。たまに息抜きが必要になるのは、美夜も同じであったようだ。

 歩道を歩いていると、前から高校生くらいの男性2人が歩いてくる。私が前で美夜と一列になり、進行を妨げない様にするが、わざとぶつかってこようとしてくる。

 少し憤りながらも、それを避ける。

 きっ、と睨み付けられるが無視した方が得策だと思い、前に向き直る。

 「なに?さっきの?」

 美夜も気付いたようで、苛ついた声で話す。

 「分かんない。明らかにわざとだよね。」

 視線をさっきの男性2人組に向ける。

 すると、私達の後ろを歩いていた同い年くらいの女子生徒2人にぶつかっていた。

 ぶつかられた背の低い方の女生徒は、尻餅をついて短い悲鳴を上げた。

 「あいつら、またわざと…!」

 美夜の声には、更に怒りが籠もっている。

 ずかずかとそちらに向かって歩いていく。

 男達は、

 「おい、どこ見て歩いてんだ!」

 と、大声を上げ1人の転んだ女子生徒に手をあげようとしている。

 「ちょっと、なんですか!?」

 もう一人の女生徒が、その間に立ち塞がる。拳が彼女の顔に向かっていく最中、間一髪美夜が掴み、背負い投げをする。

 「痛って!」

 受け身もなく転んだため、だいぶ痛いだろう。

 もう1人の男が美夜に掴みかかろうとしたところに、後ろの襟首を掴み強引に後ろに倒す。

 「おわっ!」

 間抜けな声を出して、もう一人も地面に倒れる。

 「大丈夫?」

 美夜は転んだ女生徒に手を差し伸べる。

 「はい…、ありがとうございます。」

 そう言う彼女の目は酷く潤んでいる。

 立ち上がった男達を見るが、また一段と攻撃的な目をしている。しかし、直ぐに驚愕の色が出る。

 「こいつら、月見ヶ丘の奴らだ!」

 「は!?嘘だろ!?」

 二人は私達の足先から目線を上げ、制服を見て気がついたようだ。

 「マジかよ!行くぞ!」

 「大島さんに報告しないと…。」

 そう言って、2人は走り去って行く。

 「中学生に喧嘩売って、負けて逃げてくなんて本当にダサい。」

 美夜はそう言って哀れみの目をする。

 「怪我とかない?」

 「私は大丈夫です。」

 涙の出る寸前の目をしている。

 「私も、怪我はないっす。本当に助かりました。」

 もう一人は溌剌とした調子だ。放っておいても良かったんじゃないかと一瞬思うが、二人は一般人だ。危ない状況であったことに違いはない。

 「気にしない気にしない。」

 美夜はもっと溌剌とした調子で言う。

 「もしかして、あれが噂の不良なのかな?」

 思い当たったことを言う。

 「可能性はある。本当に、自分の鬱積を晴らすために他人に迷惑を掛けるなんて信じられない。」

 「これに懲りて、やめれば良いけど。」

 「月見ヶ丘の方なんすか?」

 溌剌とした方の女生徒の質問に首肯する。

 「噂は聞いてましたけど、流石ですね!」

 一体、どんな噂なのか疑問だが、聞くのも怖く流すことにする。

 「あいつらに心当たりとかないの?絡まれる理由とかも。」

 「いえ全く。」

 怯えていた方の女生徒は、多少落ち着いたようで声の震えもなくなっている。

 「私も全然、本当何なんでしょうね。」

 「ただ単に憂さ晴らしなんでしょうね。」

 「そうだと思うよ。」

 不良のすることなんてそんなもんだろうと、美夜に同意する。

 「また絡まれたら私達をお呼び。」

 美夜が堂々と宣言する。そういえば、自己紹介をしていなかった。

 「私は月見ヶ丘中学の色紙四季。こっちが鹿折美夜。どっちも2年生。」

 「私は、永岡中学の新開展(あらきひろみ)、一年っす。」

 「私は同じ中学の同級生で、芳川優憂(よしかわゆうい)です。」

 「新開さんと芳川さんね。」

 「これからどっか行くの?」

 美夜は尋ねる。

 「二人で近くのファミレスで駄弁ろうかなって思ってたんすけど。」

 新開さんはそこで言葉を切る。

 言いたいことは分かったようで、美夜は話を切り出す。

 「良かったら私達も一緒に行っていい?することなかったしさ。」

 「あ、それじゃあ、今のお礼させてください!ドリンクバー奢ります!」

 「流石にちょっと安っぽい過ぎるお礼かもしれないですけど…。」

 新開さんと芳川さんも了解し、私が断る理由は特にない。

 それに、美夜が一緒に行きたいと言うのは、本心もあるだろうが、怖い思いをした二人を慮ってのことだろう。

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