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帰省  作者: John
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エイミー 皆と暫しの別れ

ジェニファーの寝言で目が覚めた。時刻を見ると6時5分を指していた。シャーリーはベッドからジェニファーを起こさないようにちょこんと降りて昨日、飲み散らかした空き缶や菓子の包み紙などを片付けていく。片付け終えると着替えてショルダーバッグから財布を取り出し昨晩ストラスバーグ夫妻の店で支払った勘定の半分をテーブルの片隅に置いた。「ジェニファー、あたしちょっと用事があるからもう帰るね」ジェニファーが寝ぼけ眼で「今何時なの?あたし送っていくわよ「」と目を擦りながら言った。「いいわよ、ジェニファー。昨日は大分飲んだみたいだから。ゆっくり寝ててちょうだい。また電話するね」と言い残しジェニファーの家を後にした。外に出ると空が白み始めていた。まず最初に向かったのが電車の女の子が見とれていたオキザリスが咲き誇っていた野原だ。家からも近くエイミーと子どもの頃にかけっこやバトミントンをよくやった。シャーリーはオキザリスが好きだった。寒空の下で逞しく根を張り健気に咲き誇っているその生命力。花言葉も決してあなたを捨てないと言う堅い絆を示唆しているのにも素敵だとシャーリーは思っていた。母が使っていた草切り鋏をバッグに忍ばせていた。紫のオキザリスを一輪切り取ろうとするがこの鼻もいきているんだと思うと躊躇してしまう。シャーリーはごめんねと心で呟き一輪だけ摘み取らせてもらった。そして電車から眺めていた小高い丘に向かって歩き出した。久しぶりに通ると途中から遊歩道が石畳に整備されていた。丘の麓には霜が大分残っており体感温度も5度くらい違う気がした。丘の遊歩道を100mくらい上った所にその場所はあった。アメリカンブラックで設えられた墓石。『エイミー クレイン 1964-1981 父デニス クレインと母アンの娘として生を受け姉シャーリーと家族4人で17年というはかない生涯だったが賢明に駆け抜けた エイミーと過ごした17年間は私達家族にとって掛替えのない日々だった』この文言が墓石に刻まれていた。摘んできたオキザリスを墓石に手向け祈りを捧げる。あの悲劇は独立記念日から一週間後の7月11日だった。独立記念日には家族4人でエイミーが眠っているこの丘にピクニックに来て夜は自宅の庭でバーベキューをして皆で笑い合った。遠くの方で打ち上がっている花火を見物しながら。エイミーは何も変わった素振りは見せていなかった。普段のままのエイミーだった。11日の前日の22時くらいだった。「お姉ちゃん、ちょっといい?」エイミーはどことなく物憂げな面持ちを携えて部屋に入ると閉じた扉に寄りかかってシャーリーに視線を投げかけていた。ベッドの上で寝そべって読書をしていたシャーリーが本から視線を外しエイミーを見やる。「どうしたの?エイミー。そんなとこに突っ立てないでこちらにお座りなさいよ、エイミー」「ううん、ここでいいの。ところでお姉ちゃんには何かやりたい仕事や夢なんかある?」「ウーン、そうだなあ。大学に行って教員の資格を取って学校の先生かなあ。その先は未定だけどね」「お姉ちゃんは頭が良いから人生設計も立てれて、それを実現させる能力も兼ね備えているからね」「エイミー、何で急にそんな事聞いてきたの。エイミーには何かあるの?やりたい仕事とか夢とか」「ううん、それが無いの。色々考えたけど」「でも、あなたにはテニスがあるじゃないの」「いいえ、お姉ちゃんも知っての通りあたしの成績は下降気味よ。上のレベルには追いつけてないのが現状よ。あたしはテニス一筋でやって来たから勉強もあんまり出来ないし他の事にも応用が利かないし潰しが効かなくなってきているってのが今の自分を客観的にみた感想なの」「潰しが効かないって、あなたまだ17よ。何か、ほら漠然とでもいいからあんな事がしてみたい。こんな事がしてみたいとかあるでしょ」「それがね、色々と考えてはみたんだけど何も思い浮かばないの」「それならエイミー、色々な事にまずはチャレンジしてみて駄目だったらまた次って感じで失敗してもいいからまずはチャレンジするべきよ。人間は失敗からも学ぶ事は多いものよ」シャーリーは諭すように言った。「お姉ちゃんの言うことは尤もだけど挫折するのがあたし怖いの。テニスを一生懸命やってきたけど今は壁に阻まれているわ。この壁を超えてもまた眼前に壁は立ちはだかってその壁はさっき越えた壁よりも高くなっているわ。お姉ちゃん、解る?これが人生でエンドレスに繰り返されるのよ。果てが見えないの。もう、あたし挫折感を味わうのは嫌なの。あたし、それに耐えられる屈強なハートは持ち合わせていないの」エイミーは凍える子犬のように声を震わせながら言った。シャーリーは茫然となり絶句した。妹がテニスが好きで一生懸命打ち込んでいたと思っていたらここまで追い詰められていたという事実を知って。「エイミー、この悩みを父さん、母さん、それに友人とか学校の先生に相談した?」「ううん、誰にも言ってない。お姉ちゃんなら何でも話せるからいいけどあまり他の人には聞かれたくない事なの。父さん、母さんはがっかりすると思うしね」「でもね、エイミー、テニス部のコーチとか学校の先生には話して相談に乗って貰うのが賢明だと思うわよ。色々な人の意見を聞いて総体的にエイミーが判断して決めるのが最善の方法だと思うわよ」シャーリーは親身になってエイミーに説く。「ありがとう、お姉ちゃん。もうちょっと考えてみるね」とエイミーは空元気を出して扉を開けた。「おやすみ、お姉ちゃん」「おやすみ、エイミー。元気出すのよ」とシャーリーはサムズアップを見せ妹を鼓舞した。笑みを浮かべサムズアップを送り返してきたエイミー。それが生前に見たエイミーの最期の姿だった。翌朝、6時45分に目を覚ましキッチンへ行くとアンが朝食の支度をしていた。「おはよう、母さん」「おはよう、シャーリー」昨晩の事が気になったので「母さん、エイミーは?」と尋ねた。「テニスの朝練でもう学校に行ったよ」シャーリーはそれを聞いて一先ず安心した。朝食を済ませ身支度を整え学校へ行く。教室に入り自分の机でバッグの中身を整頓していた時であった。教室の扉が開いた。担任の先生が「シャーリー、ちょっと職員室に来るように」と言った。何も思い当たる事がないのでシャーリーは悪い胸騒ぎがした。個室の進路指導室に通され先生が言った。「シャーリー、気を確かに持って聞いてちょうだい。妹さんがさっき校舎から転落して亡くなった状態で発見されたの。何て言っていいのか。お悔やみ申し上げるわ。今、ご両親も学校に向かっているところよ」シャーリーは止めどなく涙が溢れ出しその場に泣き崩れた。暫くするとデニスとアンが駆けつけた。アンも取り乱しその目に涙を浮かべていた。デニスも涙を堪えて気丈に振る舞いシャーリーとアンに寄り添った。「クレインさん、この度はお悔やみ申し上げます。警察の方が事件と自殺の両方で捜査するそうなので御遺体と御対面出来るにはもう暫くお時間を要するそうです。本当に何とお言葉を掛けていいのか解らないのですがエイミーは素直でいつも一生懸命な良い生徒でした。このような事態になり無念でなりません。どうかお力落としなされないように」とエイミーの担任の先生が伝えに来た。警察の捜査では事件、事故の可能性は低く遺書などは残されていなかったが自殺と断定された。三人で遺体安置所にエイミーの亡骸を引き取りに行った。校舎の4階から転落したとは思えないほど損傷は少なくエイミーはただ眠っているだけの様であった。丘に埋葬する際にはみんなで泣いた。そしてエイミーと最期の抱擁を交わした。この悲劇からエイミーの事を口にすると家族みんなが悲しい気持ちに包まれ自然とタブーとなっていった。いつしか、それは暗黙の了解となり誰しもがエイミーの事を愛おしくおもっているのに誰も口に出さないという生活になっていった。エイミーの死は家族の絆を深め皆が皆を労り慈しむ思いで溢れるようになった。エイミーが亡くなった当初はデニスもアンも虚無感に襲われ蛻の殻となり意気消沈していたが月日が少しづつ解決してくれている。シャーリーもエイミーが亡くなる前夜の事を悔やみ自分を責めたがそれも月日が少しづつ解決してくれた。エイミーの墓石を前にしてあの日の事が走馬灯のように過ぎる。「エイミー、また来るわね」と囁いて家路に着く。帰るなり草切り鋏をそっと戻してキッチンへ向かう。アンがシャーリーを見るなり「おや、もう帰って来たのかい。えらく早かったね。御飯もまだなんじゃないのかい?」「母さん、歩いて帰って来たからお腹ペコペコよ」「そうかい。すぐ何か作ってあげるからちょっとお待ちなさい」アンは手際よくトーストとベーコンエッグをこしらえてドリップコーヒーを入れてあげた。いい香りに誘われてデニスも起きてきた。「母さん、シャーリー、おはよう。シャーリー帰りが早いけどこっちを何時に出るんだい」「そうね、今から一時間くらい仮眠して11時58分の電車で帰ろうとおもってるんだけど」朝食を終え昨晩のジェニファーとの会話をデニスとアンに話していたら電話のベルが鳴った。アンが出るとジェニファーからだった。「シャーリー、ジェニファーからよ」受話器を受け取り「シャーリーが言う。「今、ちょうどジェニファーの事を父さんと母さんに話していたところよ」「シャーリー、あたしが飲んだビールの量までは言ってないでしょうね」シャーリーが笑った。「それより送ってあげなくてごめんね。それにお金なんて置いていかなくてもよかったのに。あたしの方が消費量が多いんだから」「何言ってるのよ。別に気になんかしてないよ。昨晩は楽しかったね。今度はジェニファーがあたしのとこへ遊びにおいでよ。また、ゆっくり会おうね」「気を付けて帰ってね、じゃ、またね、シャーリー」「ありがとう。じゃーね、ジェニファー」受話器を置いてシャーリーは少し眠った。目を覚ましキッチンに行くとアンがハムと卵のサンドイッチを作っていた。「起きてきたかい。サンドイッチを作ったけど食べていくかい?それとも車内で食べれるように包もうかね?」「そうね、まだあまりお腹空いてないから車内でいただくわ。ちょっと荷物を纏めてくるね」帰路の準備を終えて荷物を玄関に置く。キッチンに戻るとアンが紅茶を入れていた。母が入れてくれる紅茶もまた暫く飲めなくなるんだと思うシャーリー。「父さんを呼んできてちょうだい」書斎に行くとデニスが仕事の書き物をしていた。「父さん、紅茶が入ったから母さんが呼んできてって」「そうかい、すぐに行くと伝えておくれ」もうすぐ娘との暫しの別れかと少し寂しげなデニス。三人での今回の帰省での最期の一時。皆、楽しい時間はあっという間に過ぎ去るものだなと刹那に思う。デニスが「そろそろ出るとするか」と言う。「私も見送りに行くよ」とアンもエプロンを脱ぎコートを着る。三人で車に乗り込み駅までの短い道のり。シャーリーはこの景色も暫し見納めだなと思う。暫しの静寂が車内を覆う。駅に着き車を駐車し三人で駅舎に向かう。駅員の計らいでホームでシャーリーを見送る事が出来た。電車がホームに入って来る。また父と母との暫しの別れ。「父さん、母さん、楽しかったわ。また帰って来るね。父さんと母さんも気分転換にあたしのところに来たらいいわ」「ああ、そうさせてもらうよ。風邪をひかんように気を付けるんじゃよ」「それじゃね、シャーリー。元気に頑張るんだよ」「父さん、母さんも風邪ひかないようにね。体調管理に気を付けてちょうだいね」電車が停止し乗降口が開く。名残惜しそうに乗り込むシャーリー。乗り込んで振り返る。「父さん、母さん、またね。バイバイ」右の掌を肩まで上げてチャーミングに手を振る。「気を付けて帰るんだよ」とアンが言ったら乗降口の扉が閉まった。電車がゆっくり走り出す。大きく手を振っている父と母がどんどん小さくなっていく。座席に腰掛けノースダコタの景色を車窓から眺めていたら小高い丘とオキザリスが咲き誇っている野原に差し掛かった。丘を眺めていたらエイミーが「またね、お姉ちゃん」と言ったような気がした。シャーリーも「またね、エイミー」と心の中で呟いた。父と母に貰った本を大事そうに膝の上に置きページを繰る。電車を降りたらまた日々の日常に戻っていく。でも、それまでは皆と楽しく過ごした余韻に浸っていようと思うシャーリーだった。

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