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帰省  作者: John
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父と母 家族団欒の一時

シャーリーはハンドバッグからクリネックスを取り出しくもった車窓のガラスを拭いた。車窓から見える景色は大地を見下ろす小高い丘だ。ノースダコタを形成しているのは大幅に占める平坦な農業大地だがノースダコタにはケスタ地形に見られる一方の側では切り断った崖になっておりもう一方は緩やかな傾斜となっている丘が在る。さほど高くないにしろその平坦な地をその丘は見下ろしている。シャーリーはその小高い丘を見つめながら何か小さく呟いた。微かに「ただいま」と言う言葉は聞き取れたがその後の言葉はか細く電車の音にかき消され消え入った。車内を散策していたと思われる9つくらいの女の子が母親の座る席まで駆けて行った。「こら、駄目でしょ。電車の中を走ったら」「ごめんなさい、ママ。でもね、窓から見えたオキザリスが綺麗だったの。野原にいっぱい咲いてたのよ。ママに教えてあげようと思って走って来たの。ママも見た?」「ええ、見たわよ。綺麗だったわね。もうすぐ着くからママの横に大人しく座っていなさい」「はーい」シャーリーはその様子を微笑ましく見ていた。そのオキザリスが咲き誇っていた野原はシャーリーが妹のエイミーと共に子どもの頃よく行っていた場所だった。シャーリー クレインは隣接するサウスダコタで私立の小学校の教師をしている。地元のノースダコタでの教職も考えたがサウスダコタの大学に進学しサリー マクマナスと言う節介好きな女主人の一軒家に下宿していた。就職先を探していたらサウスダコタの学校に欠員の募集が出ていた。ミセス マクマナスと何気ない日常会話をしていたら就職の話になった。「ウエストリバーのブラックヒルズ小学校に欠員の募集が出ているみたいなのでそこに面接に行こうと思っているんです」「あら、その学校なら人事部に知り合いの方が努めてらっしゃるのよ。貴方の人柄をその方に推薦する手紙を書いて差し上げるわ」とミセス マクマナスは持ち前の節介を存分に焼いてくれた。こうしてシャーリーは自身の器量とミセス マクマナスの節介によってブラックヒルズ小学校の教職に有りついた。学校までの通勤もみせす マクマナスの下宿先から通える距離だったのでそのまま下宿する事になった。シャーリーは真面目で上品な女性だった。子どものいないミセス マクマナスにとっては可愛い娘みたいな存在だったのでそのまま居座ってもらえて嬉しかった。その日の朝もシャーリーはミセス マクマナスに二泊の予定で実家に帰る事を伝えた。昨年は就職一年目で毎日の生活に追われ帰省出来てなかった。最後に帰省したのは大学在籍最後の歳の6月だった。2年半ぶりの帰省になる。ミセス マクマナスは「気を付けて帰るんですよ、シャーリー」と送り出した。もうすぐ下車だ。ダウンジャケットのファスナーを首元まで閉じて白地にオレンジとブラックのタータンチェックのマフラーを巻く。網棚からショルダー式のボストンバッグを下ろし肩に掛ける。さっきの女の子と目が合ったのでウインクすると女の子は「お姉ちゃん、バイバイ」と手を振った。シャーリーも女の子に向かって手を振り返した。駅に着き乗降口の扉が開くと冷たい空気が車内に入ってきた。ホームに足を下ろし息を吐くと白かった。ノースダコタの冬は身体に堪える。改札口をでて一望する。殺風景な眺めが目に映る。何も変わっていない思い出。見渡すと父の車が目に留まった。小走りで駆け寄り助手席の扉を開き乗り込む。「父さん、ただいま」と言い放つと肩にからっていたボストンバッグを後部座席に投げやる。「お帰り、シャーリー」と柔和な表情で娘の帰りを喜ぶ父。シャーリーは父と母との再会は1年半ぶりだった。その時は父のデニスと母のアンが就職して間もない娘を気に掛けてサウスダコタの下宿を訪れた時だった。暫く見ていなかった父を見ると頭髪は少し薄くなり皺も増えたような気がした。シャーリーは両親が40過ぎてから授かった子なので60半ばを迎えている。シャーリーは自然の成り行きとはいえ両親が老いていくのを垣間見て少し沈んだ気持ちになった。デニスはバッファローの生態学者で文字通り荒れ果てた地で自然豊かなバッドランズに来てこの自然に魅せられた。ネイティヴアメリカンのスー族が多く占める人口割合の生活だが皆とも上手く共存している。バッドランズ国立公園などの観光施設もありバッファローを見にやって来る人々もいる。「仕事の案配はどんな感じだい?」「父さん、毎日が発見の連続よ。大変な仕事だけどやり甲斐があるわ。それに生徒達からもパワーをもらっているのよ。父さんがバッファローに入れ込んでいるのと同じよ」とシャーリーは情熱的に言った。「そうかい。誰にでも天職ってもんがある。わしもシャーリーもそれに巡り会えたって事なんだろうよ」とデニスは笑みを浮かべながら言った。ふとドリンクホルダーに目をやるといつも父がそこに入れている煙草が入ってない事に気が付く。「あれ、父さん、煙草は?」と尋ねた。「止めた。母さんがうるさいし母さんの身体にも良くないと思ってね。それにわしも孫の顔が見たいからね」シャーリーは作り笑いを浮かべながら内心は憂いた。両親が元気なうちに孫の顔を見せてはあげたいが相手もおらず。そもそも結婚願望といったものもまだ無いのだから。でも健康に気を遣っている事は喜ぶべき事だ。多分、帰るなり母さんからも「誰か良い人はいないの?」と聞かれるだろう。シャーリーは帰省の喜びとともに若干機が滅入ってきた。「喘息の具合は?」とデニスが心配そうに尋ねてきた。「そうね、まあまあってとこ。寒くなるとやっぱり発作が多くなるわ」「拡張剤は忘れずに持って来たかい?」デニスやアンは生まれた時から妹のエイミーと対照的に身体が弱かったシャーリーの体調を気に掛けている。「ええ、父さん、忘れずに持って帰ったわ。あたしの事より父さんと母さんはどうなのよ」「わしは元気だよ。母さんもあの心筋梗塞をやってからは薬は毎日飲んでおるが前と変わっとらんよ」アンが心筋梗塞を患ったのはシャーリーが2年半前に帰省した二日前の事だった。デニスから電話があり「母さんが心筋梗塞で入院する事になった。幸い軽度で命に別状は無いと医者は言っておるがカテーテルの手術をしなくちゃならんそうで2週間ほど入院せないかんそうだ。母さんも就職の事やらで忙しいだろうから帰って来んでいいと言っておる。何も心配せんでいいからね」と気丈に言った。シャーリーは受話器口の向こうで泣き崩れ「命に別状は無いのね。良かった。本当に良かった。母さんに明日帰ると伝えてちょうだい。だけど軽度で本当に良かったわ」と鼻を啜りながら言った。矢も楯もたまらず帰省したあの日がつい昨日のように思い出され今日まで母が大事に至らなくて良かったと感謝している。最近の身に起こった出来事などを会話していたら家に着いた。後部座席のボストンバッグを掴み父がガレージに車を駐車している際に玄関に向かう。呼び鈴を鳴らすと母が迎えてくれた。「お帰り、シャーリー、元気にしてたかい?」「ただいま、母さん。この前も電話で喋ったばかりでしょ」と笑みを浮かべ言った。「あら、この子ったらお馬鹿さんね。電話で話すのと実際に会ってこの目で確認するのとでは大きな違いよ。いつまでたっても親から見れば子どもって存在は小さな頃からと変わらないものなんですからね」とアンは言ってのけた。

シャーリーは染み入る。両親が元気でいてくれる事といつまでたっても変わらない愛情を自分に降り注いでいてくれる事を。「さあ、突っ立てないでお入んなさい。寒かったでしょ。今しがたレモンパイが焼き上がったばかりだから父さんとお茶にしましょう」取り敢えず慣れ親しんだ自分の部屋にボストンバッグを置きに行く。リヴィングに入ると薪ストーブで部屋は温もっていた。デニスがガレージから寒々しそうに手を擦りながら入ってきた。ケトルで湯を沸かしながら「ダージリンにする?それともアッサムのミルクティー?」とアンが聞く。「わしはダージリンがいいな」「母さん、あたしも同じでいいわ」「手間が省けるから私もダージリンにしようかね」ロイヤルアルバート社製のラベンダーローズが焼き付けられたアンティークのティーカップによそわれて盆に載せられリヴィングに運ばれて来た。シャーリーがレモンパイを口に運ぶと自然と顔が綻ぶ。「美味しい。母さんのレモンパイはカスタードの甘さも甘すぎずに生地の触感が絶品なの」嬉しそうに我が子を見るデニスとアん。アンもデニス同様にシャーリーに尋ねる。「学校の仕事はどんな感じだい?」「誰か良い人はいないのかい?」「ちゃんと食事は食べているのかい?」と矢継ぎ早に尋ねてくる。「父さん、母さん、あたしももう一人前の大人よ。父さん、母さんも早く子ども離れしなくちゃね。誰か良い人が出来たら父さん、母さんに真っ先に紹介するから気を長くして待っててちょうだい」と悪戯っ子のように一掃した。「あらま、この子ったら。暫く見ないうちに小生意気な口を利くようになったわね」とアンが笑って言った。「母さん、身体の調子はどうなの?」「ああ、お陰様で普通に生活する分には何も不自由はないよ」「母さん、ちゃんと薬を忘れずに飲んでる?」「もう、私を年寄り扱いするのはお止めなさい。今夜は晩御飯作ってあげないよ」アンはそう言いながらレモンパイを口に運んだ。「おや、今日のレモンパイはいつもより良く焼けているね」「母さん、それはシャーリーに美味しい物を食べさせてあげたいからいつもより本腰を入れて作ったからだろうよ。母さんとわしの二人だけの時はこんなに美味く焼けてオランからな」「まあ、父さんったら。今日は二人とも晩御飯は抜きですからね」三人の大きな笑い声が室内に響く。「シャーリー、母さんに今夜の晩御飯を聞いたらシャーリーの好物のシチューとローストビーフだそうだよ」シャーリーは子どものような無邪気な笑顔で「だから、あたし母さんの事、だーい好きなの」と甘ったれて見せる。「さあ、お茶を飲んだら邪魔者は散った、散った。シャーリー、先にお風呂が沸いてるから入っておいで」「シャーリーが風呂に入っている間にわしはもう一仕事してくるとするか」とデニスは庭に薪ストーブの薪を割に行った。シャーリーが風呂から上がり部屋着を身に付けリヴィングで髪を乾かしているとデニスが入れ替わりに風呂に入る。アンはキッチンをせわしく動き回り夕食の支度をする。デニスも風呂から上がるとほどなくして夕食の支度が整う。「出来たわよ。さあ、みんなでいただきましょう」とアンが声を張る。そそくさとデニスが取って置きの赤ワインを持参する。ボルドー産のシャトー グリヴィエールを娘の帰省に合わせて2本購入していた。シャーリーもアンもそれほど酒は強い方ではないがやはり喜ばしい日には男と言う生き物は飲みたくなるものである。皿に盛られたローストビーフ、シチュー、それにサラダとフランスパン。母が腕によりを掛けて作った香ばしい手料理は湯気が立ち上り冷めやらぬうちに胃袋に運ばれるのを今か今かと待ちわびている。シャトー グリヴィエールのコルクを抜き3つ並んだワイングラスに注いでいく。熟成された芳醇な香りが食欲を促し家族の絆をより一掃親密なものへとしてくれるのに一役買ってくれている。TVではCNNがレーガンとゴルバチョフのモスクワでの米ソ首脳会談を大々的に報じている。デニスが「INF条約にサインして軍縮を推進するって言っているけどソ連はちゃんと守るのかね。共産主義国はどうなるんだろうかね?」とシニカルを含んだ口調で呟いた。皆が着席するとデニスが「シャーリの前途に幸あれ」とグラスを掲げる。「もう、父さんたら。昔の貴族みたいな事やめてちょうだい」とシャーリーが笑いながら言った。「シャーリー、父さんは嬉しいんですよ」とアンが口元を緩めて言う。母の手料理で夕食なんて何年ぶりだろうか。3年それとも3年半?普段は一人で自炊するかたまに友人や職場の教師と外食するくらいだ。月に二度か三度くらいミセス マクマナスが夕食に招いてくれるが大半は一人侘しい夕食だ。家族団欒の一時がこんなに温かいものかと感じ入る。学生時代は気楽なものだったが一歩社会に踏み出せばその厳しさを痛感し家に帰れば一人での食事。寝て目覚めるとまた仕事。仕事にはモチベーションを維持している状態で臨めているが対校時には燃え尽きている日々。人間が生を全うする上で根幹を成している衣食住。その食べるという行為を愛しい人と分かち合える喜び。日々の生活で何気ない当たり前の事なのかもしれないが親元を離れて沁沁と感じる。「これ、生徒が送ってくれたのよ」と言って一枚のポストカードをデニスとアンに見せる。そこには色鉛筆でシャーリーの似顔絵が描かれてあって『大好きなクレイン先生 いつもありがとう メリッサより』と記されてあった。「おや、まあ、生徒さんからも慕われているんだね」とアンが言ってデニスとそのポストカードを繁繁と眺めていた。シャーリーは気恥ずかしそうな感じだったが両親が喜んでくれて嬉しかった。ローストビーフとシチューを一口ずつ口に運ぶとまたしてもシャーリーの表情は綻ぶ。皆まで言うなと言わんばかりに「おかわりはまだあるからね」とアンが満面の笑みで言う。ワインも一口含むと「父さん、このワイン美味しい」と無邪気に言う。「明日はどうするんだい?」とアンが尋ねる。デニスはTVを消してソウルバラッドのコンピレーションのCDをオーディオに装填した。ジョー テックスの『ホールド ホワット ユーヴ ガット』が流れ出した。この曲は夫婦の互いが互いを思いやる気持ちの大切さを諭す詞でデニスの好きな曲だ。「明日はちょっと家の片付けを手伝って夕方からジェニファーの家に遊びに行くの。ジェニファーもファーゴから泊まりで帰って来てるらしいの。遅くなるから泊めてもらうつもりよ」「へえ、あの娘はファーゴで務めているのかい。何の仕事をしてるんだい?」とアンが尋ねる。「デパートの衣料品売り場で働いているのよ。彼氏もいるみたいで順調にいけば来年に式を挙げるとかなんとか言っていたわ」「へえ、うちのお姫様にも早く王子様が現れんもんかねえ」とデニスが二杯目のグラスを空けながら言った。「ジェニファーって娘もよく家に遊びに来てたね。あの娘も結婚かい。子どもってのは親が思うよりも早く大人になっていく気がするね。私から見ればいつまでたっても小さい子どもみたいなものなんだけどね」とアンが感慨深げに言う。「父さん、母さん、ちょっと待ってて」と言って自分の部屋から包装紙に包まれリボンが掛けられたプレゼントを二つ持って来る。「父さん、母さん、もうすぐクリスマスでしょ。これ」デニスとアンはびっくりしたように互いの顔を見合わせ雀躍する。「開けてもいいかい?」とアンが尋ねる。「どうぞ」子どもが宝箱を開けるような高揚感に包まれながら丁寧に包装紙を開封していく。アンにはブルーラベンダーのショール、デニスにはブラックのニット防とブラックとホワイトのチェックのマフラーだった。アンが嬉しそうに肩に羽織ってみせる。「母さん、似合ってるわ」とシャーリーが目を細めて言う。「そうかい。でも高かったんじゃないのかい?」とくすぐったそうに言った。「シャーリー、わしはどうだい?」とデニスが気恥ずかしそうにニット帽とマフラーを身に付けて尋ねた。「父さんもすごく似合っているわ。二人ともあたしのイメージ通りだわ」シャーリーは休日を一日中あちこち見て回って探したので両親がこんなに喜んでくれて労が報われた。「ありがとう、シャーリー」とデニスとアンが口を揃えて深謝した。「シャーリー、ちょっと待っていておくれ」とデニスが書斎に行く。リボンが掛けられたハードカバーの一冊の本をシャーリーに手渡す。83年のピューリッツァー賞を受賞したアリス ウォーカーの『カラーパープル』だった。「これは母さんとわしからだよ」「父さん、母さん、なんであたしがこれ読みたかったの知ってるの?」「昔からシャーリーはトニー モリスンとか黒人の女流作家の本なんか読んでおったじゃろ。だから、この本は気に入るんじゃなかろうかと思ってね」とデニスがアンに目配せしながら言った。「父さん、母さん、大事に読むわ。ありがとう」と本を胸に抱きしめシャーリーが言った。デニスが大きな欠伸をする。「今日はちょっと飲み過ぎたようじゃな。わしは先に休ませてもらうよ。女同士で話したい事もあるじゃろうからね」と言って就寝前の所作を済ませに行った。戻って来ると「母さん、シャーリー、おやすみ」と言い残し寝室に行った。「おやすみ、父さん」と父の背中を見送りながらシャーリーとアンが言った。「シャーリー、もうお腹は一杯になったかい?」「ええ、母さん、美味しかったわ。ここはあたしが片付けとくから母さん先にお風呂に入ってきたら?」「おや、そうかい。それじゃ甘えさせてもらおうかね」とアンは風呂に入る。シャーリーは手際よくテーブルの食器をシンクに運び入念に洗っていく。20分くらいでアンが風呂から上がってきた。シャーリーは先ほどデニスがオーディオに装填していったCDをヴォリュームを下げて聴いていた。「おや、まあ、すっかり片付けてくれて。ありがとう、シャーリー」「母さん、ちゃんと温もってきた?ワインが残ってるから母さんも一杯飲む?」「そうだね、いただくとしようかね」シャーリーが洗ったばかりのワイングラスを拭き上げグラスに注ぐ。久々の母と娘の水入らずの時。「今日の父さんは嬉しそうだったね。あんなによく喋る父さんは久々だよ」「そんな事ないでしょ。普段も父さんと母さんは仲が良いからよく喋ってるんじゃないの」「私もそうだけど娘が帰ってくるとなると親は嬉しいもんなんだよ。今日の父さんを見てたら露骨に解るでしょ」とアンがシャーリーにウインクしながら言った。二人とも堪えていた笑いがこみ上げてきたようにクスクスと笑い出す。「母さん、あたし肩揉んであげようか」「おや、今日はそんなサービスまでしてくれるのかい?あんな素敵なショールまで貰ったのに」「いいの、いいの、母さん」シャーリーが立ち上がりアンの背後に回る。肩を揉むとガチガチに固まっていた。入念に揉みほぐしていく。「気持ちいいもんだねえ」とアンが悦に入る。背後から見下ろした母の背中は1年半前に見送った時よりも小さく感じた。アンがあまりの気持ちよさにこくりこくりとし出す。それを見て「はい、母さんおしまい。湯冷めする前に寝なくちゃね」と言った。「嗚呼、気持ちよかったよ。ありがとね、シャーリー」と言ってグラスに残っていたワインを飲み干した。「洗っとくから先に母さん寝ていいわよ」と「そうかい。歯でも磨いて来るとするかね」とアンは洗面台に向かう。オーディオを切りさっとグラスを洗う。「おやすみ、シャーリー」「おやすみ、母さん」シャーリーも寝る準備を済ますとテーブルの上の本を掴み寝室に向かう。ベッドに潜り込み『カラーパープル』のページを繰る。10ページほど読み進めたところで心地よい睡魔が襲ってきた。父と母との楽しかった今日一日の余韻に浸りながらシャーリーは静かに眠りに落ちていった。

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